ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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作戦会議です! (後)

「すったもんだの末にチーム名も決まったし、対戦相手の戦力分析をしましょう!」

 

 眼鏡のずれを直し、あくまでも元気良く、船橋は会議を進めた。ホワイトボードに書かれている千種学園隊の識別名は次の通りだ。

 

 トゥラーンIII →お馬さん

 T-35 → ナナホシ

 マレシャル → ヒラメさん

 タシュ → たい焼き

 ズリーニィI → ツバメさん

 トルディIIa → トンボさん

 SU-76i → オカピさん

 ソキ → でんでん虫

 

 SU-76iに関しては言い得て妙である。半分がドイツ製、もう半分がソ連製なのだから。トルディは車長の船橋が眼鏡をかけていることからトンボとなり、ズリーニィとソキは車長の好みで決められた。タシュだけ思い切り浮いているが、気にしていては会議が進まない。

 サポートメンバーが部屋の明かりを消し、カーテンを閉める。映写機が起動され、スクリーンに『ドナウ・決号 装備解析』の文字が表示された。一同が気を引き締めて画面を見つめる中、一人の少女が立ち上がった。あんこうチーム装填手・秋山優花里その人である。

 

「では敵戦車についての説明を、大洗の秋山さんからお願いします」

「はい!」

 

 レーザーポインターを受け取り、優花里は勇んでスクリーンの前へ出た。映像が切り替わり、ドナウ高校が今までに使った戦車のリストが表示された。IV号突撃砲が四両、IV号戦車F2型およびJ型が二両ずつ、後はI号戦車C型、KV-1が各一両という編成である。

 ドナウ高校は同じドイツ系の黒森峰と縁のある学校だ。しかし戦車は黒森峰のような猛獣軍団ではなく、比較的運用が楽でバランスの取れた戦車を揃えている。大半がIV号系列なので整備も楽だと思われ、大洗・千種にとっては羨ましいところだ。

 

「IV突はIII突の代用として開発された車両なので、性能は似たレベルです。カバさんチームのIII突とは転輪の数、操縦席の形状、防盾の形などで見分けられますが、塗装は同じジャーマングレーなので、しっかり確認してから攻撃しましょう。IV号戦車の方は塗装は我々と異なっていますが、こちらも一応間違えないように注意してください」

 

 戦車道において、敵味方に同じ戦車がいるというのは厄介な状態だ。友軍誤射は決して珍しいことではないし、むしろ夜戦などでは頻発するが、戦車乗りの恥とされている。逆に言えばそれを作戦に組み込む手もあるわけだが。

 続けて、変わり種の二両の解説に入る。画面に映ったのはジャーマングレーに塗られた、小さな軽戦車。一人乗り砲塔からは長短二つの銃身が突き出ていた。

 

「まずI号C型ですが、特筆すべきはその速度性能! 最高でなんと、79km/hです!」

 

 対戦相手についての考察なのだが、戦車となるとエキサイトするのが彼女の性格だ。沙織が眼鏡をかけ、戦車データをまとめたノートを開く。

 

「ええと……グロリアーナのクルセイダーよりずっと速いじゃない!」

 

 彼女が言う聖グロリアーナ女学院のクルセイダー巡行戦車は、リミッターを外す改造を施されている。二次大戦においては車両の命を削る諸刃の剣だったが、戦車道では試合後にしっかりとメンテナンスができるためよく行われるのだ。これにより最高速度は60km/hに達する。

 

「うん。二回戦で戦ったクロムウェルも、64km/hちょっとだね」

「しかも船橋殿の情報によると、ドナウのI号Cはエンジンを通常のマイバッハHL45Pから、より高出力のHL61に換装して、足回りにも規定内でチューンナップを施しているようです」

「ドナウではその改造型を“戦車道界最速のガラクタ”と称しているとかで、速度記録テストで90km/hをマークしたという噂もあるわね」

 

 会議室内がどよめいた。二次大戦中の戦車は40km/h前後が普通で、ソ連の快速戦車でさえ装軌状態では50km/hを超える程度だ。大洗の『レオポンさんチーム』車長・ツチヤはいつものように笑みを浮かべながらも、瞳をぎらつかせながらI号C型の写真を睨んでいる。彼女は戦車道のルールに電動モーターの改造制限がないと気づいてから、常にポルシェティーガーの高速化を目指しているのだ。二回戦で高速戦車クロムウェルに撃破されたこともあり、それを上回る高速戦車に敵愾心が増していた。

 

 それを他所に、優花里は次の画像に切り替える。今度はソ連製の、KV-1重戦車だ。T-34などと同じ傾斜装甲や、八九式同様の砲塔後部機銃が特徴的である。しかしその砲はソ連製の76.2mm砲よりも長く、先端にマズルブレーキがついていた。それどころか防盾もキューポラも、大洗……特にあんこうチームにとっては馴染みのある形だった。

 

「この大砲……F2仕様のIV号と、同じものですよね?」

「さすが五十鈴殿」

 

 優花里はレーザーポインターで砲塔防盾を指した。

 

「この戦車はPz.Kpfw.KW-1 753(r) 43口径75mm砲搭載型です。ドイツ軍が鹵獲したKV-1で作った改造車両を再現したんですね。ドイツ軍仕様なので『カーヴェー』はKWと表記します」

「パンツァー・カンプフ……なんだっけ?」

「とりあえず、KW-1改でいいと思います」

 

 長い名前に混乱する沙織に、以呂波が告げた。優花里は楽しそうに解説を続ける。

 

「主砲は五十鈴殿の言う通り、IV号の長砲身75mmを防盾ごと移植してあります。同じくIV号のキューポラもつけられていますね」

「つまり、ニコイチの戦車?」

「独ソ戦中の実物と同じなら、T-34から剥ぎ取ったベンチレーターも搭載されてますから、サンコイチですね」

「KV-1の年式は?」

 

 みほが小さく挙手しつつ尋ねる。彼女ならKV-1とも戦ったことはあるだろうが、このような改造戦車は初めてだ。以呂波も同様である。

 

「四二年型です。最大装甲厚は130mmという重装甲です」

「あたしらのタシュも120mmあるよね?」

「一番厚いところは、ね」

 

 美佐子の問いに答えつつ、以呂波は記憶しているKV-1のデータを呼び起こした。一九四二年型のKV-1は装甲を強化したタイプで、それは正面だけではない。砲塔は正面から側面にかけて120mmという重装甲で、後部でさえ砲塔90mm、車体75mmという堅牢さだ。タシュは最大装甲厚こそ120mmだが、側部・後部は薄い。

 KV-1は操縦系統のトラブルが頻発する車両で、レバーをハンマーで叩かないとギアチェンジできなかったという話は有名だ。しかしドナウのKW-1改は足回りもチューンナップされているようで、今までの試合ではスムーズに動いていたという。その役割は隊長が乗り込み、重装甲を生かして部隊の先鋒となることだった。船橋が資料を取り出し、ドナウ高校隊長のデータを読み上げる。

 

「ドナウの隊長はグデーリアン流の人で、黒森峰から西住流も習ってるみたいね。通称トラビさん」

「トラビ!?」

 

 ツチヤが吹き出した。ドイツの自動車産業は数多くの名車を生み出したが、トラビは東ドイツで生まれた『迷』車の愛称なのだ。なんとも人を食ったような呼び名である。

 続けて船橋は副隊長……正確にはその代理についての情報を読み上げた。千種学園にとっては馴染みのある名だ。

 

「正規の副隊長は急病で倒れたけど、一年生の矢車マリさんが代理として登録されているわ。一回戦でも二回戦でも、あの子のIV号がフラッグ車を仕留めてる。それと……」

 

 別の資料へ目をやり、船橋は少しの間をおいて続けた。

 

「戦車のことだけど、ドナウは非常に強力な車両を一両持ってるという噂よ。ただ運用に難があってコストがかかるから、使ったことがないとか」

 

 車種までは分からないけど、と船橋は残念そうに言う。今回は二校同士でチームを組んでの試合、その兵器を投入してくる可能性もある。だが正体が分からない以上、対策は立てられない。そしてつい先ほど分かったことではあるが、隠し球があるのはドナウだけではないのだ。

 

「決号工業高校も、八戸タンケリーワークから何か買ったみたいね」

「千鶴姉が……」

 

 以呂波はそれほど驚かなかった。守保は自分であろうと姉だろうと、正当な取引であれば喜んで戦車を売るだろう。「金さえ払えばラーテだって作ってやる!」というのが彼の決め台詞だった。八戸社の品揃えを知る千種学園の面々はざわつく。姉をよく知り、決号のこともある程度知っている以呂波は、姉が何を買ったか見当がついた。実際に兄の会社へ行った際、その戦車のパーツを目撃したのだ。

 

「八戸タンケリーワークって、戦車の会社?」

「そうです! 戦車本体や部品、その他戦車道用品を幅広く扱っていて、国内外のプロチームから高い評価を受けているんですよ!」

 

 沙織の質問に、優花里が目を輝かせて答えた。

 

「特にトランスポーターのような戦車道支援車両では国内でトップのシェアを誇っていて、他にも試合中に食べる糧食やレシピ本なんかも扱ってるんです! 私秘蔵の軍用レーションコレクションも、八戸社経由で買ったものがいくつかあります。さらに噂では陸自と提携して……」

「そして、その八戸タンケリーワークの社長が!」

 

 船橋が優花里の言葉を遮る。

 

「一ノ瀬家長男の守保さん、つまり以呂波さんや、決号の隊長・千鶴さんのお兄さんよ」

「ええっ!?」

 

 大洗の面々が驚愕の声を上げた。以呂波に視線が集中するが、彼女は冷静だ。

 

「兄ならきっと、私にも姉にも、差別なく戦車を売ると思います。何を買ったか目星はつきますけど、想像で動くのは危険ですね……」

 

 会議室が静まり返った。どうすべきか思案に暮れるのと同時に、両校の隊長がどのような判断を下すか待っている。

 みほは俯いて考え込んでいた。何かを躊躇しているようだったが、やがて意を決して顔を上げた。視線の先にいるのは優花里。以心伝心というものか、彼女は敬愛する隊長の考えをその眼差しから読み取ったようだ。ならばやることは決まっている。彼女自身、先ほどからそれを考えていたのだから。

 

「では西住殿! この秋山優花里に、決号・ドナウ同盟偵察の許可を!」

「……分かりました。お願いします」

 

 みほは凛として答えた。優花里が自分から、それも笑顔で言ってくれたので安心したのだろう。試合に勝つため必要でも、友人思いな彼女としてはやはり不安だったのだ。

 そして以呂波も、彼女らと同じ結論に達していた。情報は力だ。連合軍がエニグマ暗号の解読で戦争に勝ったように、敵の情報を掴むことが何よりも大事なのだ。だが以呂波もまた、みほ同様に不安を持っていた。相手は一ノ瀬千鶴……“梁山泊の女頭目”と称される、一弾流史上最も野蛮で、最も狡猾とされる人物なのだから。

 

「ご存知の通り、決号の一ノ瀬千鶴は私の姉です。こちらが偵察を送り込むことを警戒しているかもしれません」

「しかし一ノ瀬殿。情報なくして勝利はありません」

 

 優花里は毅然と答えた。彼女は全国大会でサンダース大付属高校、アンツィオ高校への潜入偵察を成功させたのである。心構えはできており、プロ意識に似たものも持っていた。だが以呂波とて、彼女の試みを否定する気は一切ない。

 

「我々はチームです、千種学園のメンバーもお連れください。何かあったときを考えると、複数人いた方がいいと思いますから」

「ならば! あたしとみさ公だね!」

 

 『戦車道楽』と書かれた扇子を広げ、晴が芝居がかった仕草で立ち上がる。そして美佐子も、嬉々として起立した。

 

「あたしらは二回戦で潜入偵察を経験済み。みさ公の馬鹿力は頼りになるし、あたしゃドナウ高校に行ったことがありましてね。お役に立てますよ」

「本当ですか! それは助かります!」

 

 顔をほころばせる優花里。人一倍勇敢な彼女とて、不安がないわけではないのだ。

 「よろしくお願いします」「気をつけてね」などの言葉を受けながら、三人は胸を張って整列する。潜入部隊が結成された。

 

「潜入作戦については後で西住さん、一ノ瀬さん、澤さん、私の四人で決めましょう。秘匿しなきゃいけないことだものね」

 

 船橋の正しさを以呂波は認めた。今はメンバー全員の前で作戦が決定されたが、本来ならば公にしてはならない秘密作戦なのだ。優花里も昨年の全国大会では、みほたちにすら知らせず偵察を行っていた。

 

「そうですね。では現時点で判明している範囲で、決号の戦力分析を行いましょう」

 

 ……こうしてブリーフィングは続いた。しかし先に合同訓練を行ったのは正解だったかもしれない。戦車を通じて両校の波長が合い始め、会議も円滑に進んで行ったのだ。それもまた戦車道の良さである。特に西住みほたち大洗の生徒は、それを身にしみて分かっていた。




お読みいただきありがとうございました。
劇場版、凄まじかったです。
拙作に島田嬢を出す余地はなさそうですが、劇場版の要素もちょくちょく入れてみたいところですね。

さて、今回は拙作では珍しく、作戦会議回となりました。
読んでいて退屈だったかもしれませんが、今回はちょっとブリーフィングのシーンをカットするわけにはいかなさそうだったもので。
次は番外編を更新するかもしれません。

それと、pixivでまたしてもイラストをいただきました!
ATH-06-ST様、パフェ配れ様、本当にありがとうございます!

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