ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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兄と妹です!

 千種学園の滑走路に向かい、百式司令部偵察機が着陸態勢に入る。かつて連合国の兵士がこの双発偵察機へ付けたあだ名の一つに、『地獄の天使』というものがあった。この機体が飛来するのは日本軍が攻勢に出る前兆だったからだが、悪魔ではなく天使と呼ばれたのは流線型の美しい姿故である。胴体には交差したパンツァーファウストのシルエットに『八戸』の二文字を書いた社章が描かれていた。八戸タンケリーワーク社の社用機だ。

 

 滑走路に滑り込み、タキシングしていく百式司偵を、以呂波はじっと見守っていた。傍らには船橋と、いつものように肩を貸す美佐子がいる。

 やがて機体が足を止め、後部の風防が開いた。ダークグレーのスーツを着た男がゆっくりと降りてくる。

 

 八戸守保。若くして戦車道用品を専門に取り扱う会社を開き、その筋では名の知れた人物となった男であり、一ノ瀬家の長男。以呂波の兄だ。

 

 作業着を着た社員数名を伴い、守保は出迎えてくれた妹に歩み寄る。以呂波もまた、美佐子の肩から手を離し、ゆっくりと踏み出した。

 

「来てくれてありがとう、お兄ちゃん。……この前は、ごめんなさい」

 

 悲しげな表情で、ぺこりと頭を下げる以呂波。守保は「気にするな」と笑顔を浮かべた。

 

「元気そうで何よりだよ、以呂波」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……倉庫まで車で移動し、守保は社員たちと共に以呂波たちの戦車を検分した。普段戦車のレストアなどを担当している社員らは、T-35やハンガリー戦車などの珍しい代物に興奮している。

 その一方で船橋が各チームの車長に招集をかけ、新車両入手のため守保との交渉が始まった。提示された予算額を見て、守保は頬を掻いて唸った。

 

「この額でも戦車は用意できなくないが……攻撃力の高い車両となるとな」

 

 以呂波たちが求めているのは、長砲身75mmかそれ以上の主砲を持つ戦車だ。火力以外にも不足している物は多いが、勝ちを拾いに行くにはまず強力な主砲が欲しい。しかし限られた予算内ではそれも難しかった。

 正直、船橋も以呂波と守保の、実の兄妹という縁に期待していた。だが社長という立場上、私情に流されて安値で品物を売ることはできない。社員の生活を守らねばならないし、商売は信用が第一だ。肉親と言えど特別扱いをすれば、他の顧客からの信頼に関わるのだ。

 

 守保はタブレット端末で商品のリストを確認した後、倉庫内の戦車四両に目を向けた。

 

「何なら、カヴェナンターとT-35を買い取らせてもらおうか?」

「えっ?」

「カヴェナンターに大した値はつけられないけど、T-35はレア戦車だ。しかもこいつは円錐砲塔型じゃないか」

 

 T-35最終生産型は避弾経始を考慮し、円錐型の砲塔と傾斜装甲を持っている。このタイプは六両しか製造されず、特に珍しい車両だ。戦車マニアなら大喜びするだろう。

 

「戦車道で役に立たなくても欲しがるマニアは大勢いる。主力を担える戦車を何両か揃えられるだけの値段は保証するぞ」

「何ならすぐにでも、おおよその査定額を出しますよ」

 

 T-35を検分していた社員が言う。確かにこの多砲塔戦車は実戦でも大して役に立たず、スターリンが「何故戦車の中に百貨店を作ろうとするのかね」と珍しく正論を吐いたことでも有名だ。動きが鈍い上に対戦車火力も高いとは言えないので、戦車道でも使い道はないと見るのが普通だろう。

 だがそれを売り払えば、まともな戦車を三両揃えられる。早急な戦力強化を行うなら最良の手段だ。

 

 だが。

 

「それは賛成しかねますっ!」

 

 そう叫んで挙手したのはT-35の車長を務める三年生・北森だった。農業科チーム十名を率いる少女で、日々の農作業で日焼けした肌がたくましい。

 

「T-35は農業学科のシンボルであり、その前身であるUPA農業高校の遺産でもあります! それを手放すことは私のみならず、農業科全員が反対します!」

「……だからって、これで戦うつもりかい?」

 

 守保は問いかけた。

 

「百も承知です、失敗兵器だということは。でも私はT-35を信じます。私の一番大事な戦車ですから」

 

 一歩も譲らないという態度で北森は宣言する。それは精神論と言っていいだろう。だが戦車道チーム結成に至った理由を守保も聞いているため、彼女の気持ちはよく分かった。海上都市とも言える学園艦に暮らす学生たちにとって、自分の学校は第二の故郷であり、誇りなのだ。母校の存在意義を否定された彼女たちが、母校の遺してくれた戦車に愛着を持つのも当然だ。

 

「隊長も同じ考えかい?」

「……戦車を動かすのは人間だから」

 

 守保が社長としてビジネスをしなくてはならないように、彼女も隊長として部隊を引っ張らねばならない。だから守保は妹を名前ではなく『隊長』と呼んだ。

 そして『隊長』として以呂波は答えた。

 

「乗る人たちの思いを大事にしたい。先輩たちの誇りや、統合前の学校から引き継いだ物を示せなきゃ、この学校で戦車道をやる意味がないと思う」

 

 毅然と言う以呂波。そして皆同じ意思だと告げている、チームメイトの眼差し。

 守保は再び頬を掻いた。そこまで言われてはしつこく売却を勧める気にはなれない。守保は決して薄情な人間でもなければ、兄妹愛が欠如しているわけでもないが、カヴェナンターのみを高値で買い取るほどお人好しにはなれなかった。何せ欠陥戦車のくせに千七百両以上も生産された車両なのだから。

 

 しかし妹の義足をちらりと見て、兄心に何とかしてやりたいと思う。何より以呂波の才覚はよく知っていた。チームの士気も十分高いようだし、まともな戦車さえ与えれば強豪に上り詰めることもできるかもしれない。

 

 再びタブレットを操作し、在庫リストを確認する。その中にふと、目につくものがあった。

 

「……この予算で強力な主砲となると、無砲塔戦車だな」

「何かいい奴が!?」

 

 船橋が期待を込めて尋ねる。

 

「ええと、船橋さんだったね。実績を作れば予算が降りる見込みはあるって言ってたよね?」

「はい! 生徒会や学園長とも掛け合って、ある程度は話をつけてあります。生徒みんなの注目が集めることができれば必ず」

「ならローンでどうかな。ただしT-35を担保として、払えなくなった場合差し押さえさせてもらう」

 

 守保は以呂波にタブレットの画面を見せた。映っていたのは戦車の写真で、箱形の角張った車体に、ポールマウントで長い砲身が装備されている。装甲はリベット留めで、回転砲塔のない固定式戦闘室である。イタリアのセモヴェンテM40に似ているが、砲身は対戦車戦闘を意識した長砲身だった。

 

「ズリーニィ突撃砲……!」

 

 トゥラーン戦車をベースに車体の幅を広げて作られた、ハンガリーの突撃砲である。本来ズリーニィIIと呼ばれる105mm榴弾砲タイプのみが量産されたはずだが、画面の写真は明らかに75mm砲搭載のズリーニィIだ。

 

「ズリーニィIIの車体をレストアして、主砲を75mmに変えてズリーニィI仕様にしたんだ。試作だけに終わった車両だけどルール上問題ないし、ちゃんと連盟から認定証をもらってある」

 

 試作車両でも連盟と個別協議を行って認定を受ければ、戦車道の公式戦で使用できる。車体の改造に関してもIV号戦車を短砲身から長砲身にしたり、火炎放射戦車を通常タイプにしたりという改造はよく行われているのだ。

 

「ドイツの突撃砲や駆逐戦車は人気もあって少し値が張るし、トゥラーンがあるならズリーニィの方が整備面でもいいだろう。……ローンはこれでどうかな」

 

 タッチパネルを操作して数値を入力し、それを見せた。すると以呂波よりも先に、船橋が口を開いた。

 

「北森さん。T-35を失うような事態は何が何でも防ぐと誓うわ。担保にすること、承知してもらえる?」

「……信じてやるよ」

 

 北森はニコリと笑みを返した。ローンは返済を見込めるレベルだった。となれば以呂波の決断は一つしかない。

 

「ズリーニィI、買います!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……かくして、まともな戦力を得る目処は立った。以呂波は船橋や車長たちと共に、どのチームがズリーニィに乗るか協議することになった。

 

 そしてその頃、美佐子、結衣、澪の三人は飛行場にいた。彼女たちの視線の先では守保が、乗ってきた百式司偵の前で缶コーヒーを飲んでいる。以呂波と歳は十歳ほど違うだろうが、顔つきにどことなく血の繋がりを感じられた。

 近づいてくる少女たちに気づき、守保はふと振り向いた。

 

「……君らは確か、以呂波の……」

「クラスメイトで、同じ戦車に乗っています」

 

 結衣が滑らかな声で答えた。その道では名の知れた実業家が相手でも、彼女は物怖じせずにゆったりとした態度で話す。澪は相変わらずその後ろで、恐る恐る守保を見つめていた。

 

「そうか、仲良くしてやってくれよ。根はいい奴だし、戦車長としても優秀だからな」

「はい、いろいろ教わっています」

 

 そのとき、美佐子がひょこっと結衣の前に出た。

 

「一つ聞きたいんですが」

「何だい?」

「社長さんって、イロハちゃんと仲悪いんですか?」

 

 三人みんなが訊きたかったことを、美佐子があまりにもはっきりと尋ねてしまった。結衣が慌てて彼女の襟を掴んで横へ引っ張り戻す。澪がぽつりと「バカ」と呟いた。

 

「あー、まあ兄妹仲はいい方だよ」

 

 頬を掻きつつ、守保は苦笑する。以呂波のどこかよそよそしい態度を見て、美佐子ら三人は心配になったのだ。チームの戦力強化のため、以呂波が本来あまり好きではない相手にすがったのではないか、と。

 それは杞憂であったが、両者の間にやや複雑なものがあるのは確かだ。

 

「……戦車乗りの家に生まれた男っていうのはね、結構肩身が狭いもんでな」

 

 守保は一ノ瀬家に長男として生まれ、後に生まれてくるであろう妹たちを「守って保つ」べく名付けられた。女子しか継げない戦車の道で、長男にできることは妹を守ることだと彼の母は判断したのだ。その後三人生まれた妹を守るということに、守保は一度も不満を持ったことはない。だがやや穿った見方をすれば、男である自分自身は何も期待されていないということにもなる。

 

「それが嫌になって家を出ても、やっぱり戦車に関わることで認めてもらいたかったから、戦車道用品の会社を立ち上げた」

 

 飛行機に描かれた会社のロゴを眺めつつ、守保は語る。以呂波にとって戦車道が生き甲斐であるように、彼にとってはこの会社こそが生き甲斐であった。

 

「以呂波に限らず、妹たちは昔から一弾流を継ぐ者として大切に、期待されて育った。俺は妹たちが羨ましかった。だが以呂波からすれば、家名に縛られず自分のやりたいことをやれる俺こそが、羨ましかったかもな」

「……なるほど」

 

 微笑を浮かべ、しかしどこか切なそうに言う守保を見て、結衣も笑みを浮かべた。美佐子も、澪も。

 

「社長さんと一ノ瀬さんは似たもの同士なんですね」

「ああ、俺もそう思う」

 

 

 そのとき、ふいにエンジン音が近づいてきた。飛行場の脇を通って、ドイツ製のKS750型サイドカーが接近してくる。運転しているのは船橋で、隣に乗っているのは以呂波だ。

 船橋が緩やかに減速させ、無骨な車体を優雅な百式司偵の近くに停車させる。以呂波が降りようとするのを見て、すかさず美佐子がその体を支えた。

 

 義足でゆっくりと兄に歩み寄り、以呂波はじっと守保の目を見る。仲間たちが見守る中、以呂波はぺこりと頭を下げた。

 

「お兄ちゃん、本当にありがとう。私、頑張って前に進むから……」

「言っておくけどな、以呂波」

 

 守保は彼女の言葉を遮った。

 

「俺は可愛い妹のためにやったわけじゃない。まともな戦車があってお前が指揮を取れば、ここのチームは強くなれると思ったからだ」

 

 そう言いつつ、守保は以呂波の頭を荒っぽく撫でる。以呂波はあたふたしたが、美佐子には少しだけ嬉しそうに見えた。

 

「活躍して予算が増えたら、もっとデカい買い物をして儲けさせてくれ。お前に戦車道があるなら、俺にも商売道があるってことさ」

「……分かった」

 

 以呂波は笑顔を浮かべた。心の中に抱えていたもやが少し晴れたようだ。

 丁度そのとき、司偵の中から社員が顔を出した。

 

「社長、出発時刻です!」

「よし、行こう」

 

 踵を返し、守保は社用機に乗り込んでいった。社員たちがエンジン始動にかかり、プロペラが回り始める。

 

「ズリーニィは可能な限り早急に納品する! 上手く使えよ!」

 

 轟音の中、その言葉を最後に風防を閉める。

 

 兄の後ろ姿を見つつ、以呂波は自分を支えてくれる人たちへの感謝と、これからの戦いを心に思っていた。




多分守保はこの小説で数少ない、名前が出てくる男キャラになると思います。
原作の新三郎よりもかなりストーリーに関わってはきますが、ガルパン世界なのであくまでも戦車に乗るのは女の子です。


ついでに、登場キャラと戦車についてのメモ書きを後書きに書いていこうと思います。
お暇のある方はご覧ください。



登場キャラ・戦車メモ
(※戦車のスペックはこのメモに限りアラビア数字に統一)

一ノ瀬以呂波
好きな戦車:Strv.103
好きな花:ノコギリソウ
・戦車道一弾流宗家の三女。
・中学校時代に戦車道で優れた成果を上げたが、試合中の事故で右脚を失い、義足を付けている。
・元々溌剌とした性格だが、事故が原因で戦車道から遠ざけられたため、あらゆる意味で気力を失っていた。
・兄の守保とは仲はよかったが、やや複雑な感情を抱いている。


加々見澪
好きな戦車:シャーマン・ファイアフライ
好きな花:トルコギキョウ
・以呂波のクラスメイトで、砲手を担当。
・無口で臆病な性格で、よく結衣の後ろに隠れている。
・一方で頭の回転は早く、砲撃時の計算も瞬時にこなし、また集中力が高いため照準機を覗いている間は動揺を見せない。
・「強さ」に憧れて戦車道を履修することに。


大友結衣
好きな戦車:V号戦車パンター、クーゲルパンツァー
好きな花:八重桜
・以呂波らのクラスの委員長で、戦車道では操縦手を担当。
・面倒見の良い優等生で、周囲からの人望も厚い。
・運動下手だが要領が良く、的確な操縦を行う。
・好奇心が強く、クーゲルパンツァーが好きな理由は「謎を解いてみたいから」。


相楽美佐子
好きな戦車:III号突撃砲
好きな花:シャコバサボテン
・以呂波のクラスメイトで、装填手を担当。
・単純かつ底抜けに明るい性格で周囲をグイグイ引っ張る体力バカ。
・無駄に力があるため装填速度は早く、以呂波に肩を貸すことも。
・両親は幼い頃に他界し、祖父母に育てられた。



Mk.V巡航戦車カヴェナンター
武装:オードナンス 2ポンド砲(40mm)、ベサ同軸機関銃(7.62mm)
最高速度:50km/h
乗員:4名
・イギリス軍の巡航戦車。
・車高を低く抑えることを目標に設計され、そのため水平対抗エンジンを採用したが、搭載スペースの都合で車体後部にエンジン、前部にラジエーターを置くというレイアウトになった。
・ラジエーターの配管が車内を通っているため、車内の温度は40度に達する。
・放熱版が前面に剥き出しのため被弾に弱い、鉄道輸送のため履帯が細く走破性が悪いなど様々な欠点を抱え、改良は行われたが根本的な解決にはならなかった。
・緊張の高まる国際情勢から見切り発車で1700両が生産されてしまったが、訓練用にのみ使われた(オーストラリア軍の車両が少数ビルマ戦線に投入されたとも言われる)。
・さすがにこの戦車で戦い続けては士気を維持できないため、以呂波は予算が獲得できたら真っ先に買い替えるつもりでいる。


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