ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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作戦会議です! (前)

 普段以呂波たちが会議に使っているのは、演習場にほど近いプレハブ小屋だ。一見粗末だが、ネット環境などの設備は整っている。しかし大洗のメンバーまで収容するスペースはないので、校舎の会議室を一つ借りることになった。お茶やコーヒーなどが用意され、各自受け取ってチームごとに着席する。皆で手分けをして、映写機やスクリーン、ホワイトボードなども準備が整った。

 しかし、肝心のメンバーに問題が発生していた。

 

「一ノ瀬さん、お晴さんと美佐子がいないわ。後は全員集まってる」

「みぽりん、大洗は麻子以外全員いるよ」

 

 結衣と沙織がそれぞれ点呼を取り、報告する。二人の隊長は顔を見合わせた。準決勝に向けた重要な会議だというのに、両校の隊長車クルーが揃っていないのは困る。

 

「連絡はつかないの?」

「携帯にかけたんだけど、二人とも出ないの。美佐子は脳筋なりに義理堅いから、遅れるなら連絡くらいすると思うけど」

 

 さらりと毒を吐きながら、結衣は心配そうに自分の携帯を見つめる。晴も普段おどけているが、落語で言うところの『義理と人情』を心得た少女だ。時間は守る方だし、遅れるなら電話の一つも入れてくるはずだ。具合でも悪くしたのではないか。

 対する大洗側は冷泉麻子がどうしているのか、確信を持っていた。

 

「麻子も電話に出ないんだけど……まあ、アレだよね」

「あはは……そうだね」

 

 みほはどこか諦観したような苦笑を浮かべる。以呂波が何のことかと尋ねようとしたとき、彼女の携帯電話が鳴った。着信音は「電話がきたぞー」という声だったが、それを聞いたみほが思わず目を見開く。しかし以呂波はそれに気づかず、即座にポケットから取り出して通話ボタンを押した。

 相手は高遠晴。

 

「もしもし?」

《やあ、ゴメンよ以呂波ちゃん。お結衣ちゃんから電話きてたみたいだけど、二人ともマナーモードにしてたもんだから》

 

 いつも通りの明るい口調だったが、ゴメンよという言葉にはしっかりと謝罪の意思が感じられた。とりあえず無事だったようで、一先ず安心だ。どこからかけているのかは分からないが、晴以外にも人の声が微かに聞こえる。美佐子が何事か叫んでいる声も。

 

《ちょいと困ったことになっててね。大洗の生徒が第三体育館で倒れてるって聞いて、みさ公と二人ですっ飛んできたんだけど……》

「冷泉さんですか!?」

 

 以呂波の表情がさっと真剣なものになった。今別の場所にいる大洗の生徒など、消去法的に彼女しか考えられない。保健委員に連絡をしようかと思ったとき、電話から聞こえてきたのは晴の笑い声だった。

 

《あはは、大丈夫大丈夫。ただマットの上でお昼寝してるだけだよ》

「……ああ、そうですか」

 

 がっくりと力が抜ける。そういえば昨晩の懇親会で沙織から聞いていた。大洗の誇る天才操縦手の欠点は、低血圧と寝坊癖なのだと。通算遅刻日数のレコードは大洗女子学園史上最多であり、今後決して破られることはないといわれているそうだ。

 そんな彼女が、昨日は慣れない千種学園の艦で夜まで盛り上がり、いつもと違う寝床で一夜を過ごしたのだ。慣れない環境で訓練の疲れが大きくなったのだろう。

 

「とりあえずお疲れさまです。会議が始まるので、すみませんが起こして連れてきてもらえますか?」

《起きないんだよ。抱き起こそうとすりゃマットにしがみついちゃうし。みさ公が頑張ってるんだけどねぇ》

 

 会話をしている間にも、「起きろー!」だの「うぇいくあーっぷ!」だの「空襲だー! ルーデルだー!」だのという怒鳴り声が、携帯電話を通じて聞こえてきた。この騒音で起きないとはどういう神経なのだろうか。

 

《みさ公、あんまりやるとご近所に迷惑だよ。用具入れに縄があるはずだから持っといで。あと長い棒も……いや、大人の遊びじゃないよ。冷泉さんをマットで簀巻にしてふん縛って、棒を突っ通して担いでいくんだよ。死体を山へ捨てに行くみたいに》

 

 もはや死体扱いだった。以呂波は呆れながらも、「お願いします」と言って電話を切った。

 第三体育館の位置からして、会議室まで人間を担いでやってくるまでには時間がかかる。待っている時間が勿体無いと判断し、進行役の船橋に進言した。

 

「三人とも、もうしばらくすれば来るようです。重要でない議題を先にして、始めちゃいましょう」

「うーん、そうしよっか」

 

 船橋はマイクのスイッチを入れ、指で軽く叩いて調子を確認する。着席した両校のメンバーを見渡し、笑顔で話し始めた。

 

「第一回合同訓練、お疲れさまでした。それでは会議を開始いたします。まず、Aブロックに参加した学校から応援のメッセージが届いています」

 

 彼女の合図で、サポートメンバーたちが最前列に座る生徒へ紙を配り始めた。各自一枚取って後ろへ回していく。Aブロックで戦った各校からのメールを印刷したものだ。自分たちが対戦した方を応援したものや、両校の共同作戦に期待する内容のメッセージが多かった。受け取った生徒たちはそれぞれその内容を見て、喜びの声を上げる。

 

「虹蛇女子学園、アガニョーク学院高校、金字塔学園、バッカニア水産高校、ボルテ・チノ高校、メフテル女学院……みんな私たちを応援してくれています。読んでおいてくださいね」

 

 はーい、という返事が一斉に返ってきた。元気ながらも能天気な、女子高生らしい作戦会議である。このような点で千種と大洗は似ている節があった。いずれにせよ士気は高まったようである。

 続いて船橋は重要度は低いものの、次の戦いに関係のある議題に移った。

 

「準決勝では西住さんが総司令官、一ノ瀬さんが副隊長 兼 参謀。中隊長は澤さんと私が勤めることになったわ。編成はまた決めるとして……」

 

 マイクを持ったまま、船橋はホワイトボードの前へ移動する。

 

「私たちも今回に限って、大洗の皆さんみたいなチーム名を決めようかと思うの。動物の名前で。その方が西住さんも指揮が取りやすいでしょ」

「あ、はい。確かにそうですね」

 

 みほも同意した。大洗では基本的に「あんこう」「ウサギさん」などの識別名を用いているが、千種学園では車両か車長の名前で呼んでいる。どちらかに統一した方が、試合中の指揮もしやすいだろう。

 千種学園側は各チームで額を寄せ合い、自分たちのチームマスコットに相応しい動物は何か詮議し始めた。真っ先に手を挙げたのはトゥラーンの車長・大坪だった。

 

「私たちは『お馬さんチーム』でお願いします」

「うん、知ってた」

 

 あっさりと答え、ホワイトボードに「トゥラーンIII → お馬さん」と書き込む船橋。続いて挙手したのはT-35車長・北森だ。

 

「あたしらは農業学科だから、益虫の代表格ってことで『ナナホシチーム』!」

「ナナホシテントウムシ……まあいっか」

 

 可愛らしいテントウムシとT-35はなんともミスマッチであるが、反対するほどでもないだろう。三番目はマレシャルに乗る川岸が手を挙げる。

 

「あたしらは『ヒラメさんチーム』で。あと提案なんスけど、西住さんたちが『あんこう』なんだから、こっちも隊長車は海産物にしたらどうッスか?」

「海産物、か……何か良いのある?」

 

 隣にいる結衣に尋ねると、彼女は持ち前の知識を披露した。

 

「同じ深海魚なら、フクロウナギとかフウセンウナギとか。魚じゃないけどダイオウグソクムシも素敵よね」

「……もっと可愛いのがいい……」

 

 澪が嫌そうな顔をしながら意見を述べた。以呂波としても今回ばかりは結衣のチョイスに疑問を呈さざるをえない。だが当人は単純に自分の好みで選んだだけだった。

 

「深海生物っていいじゃない。見てると謎を解いてみたくなって、わくわくしてくるし……」

 

 真剣な表情でそう語り、ふと結衣は部屋の外に目を向けた。ドアはすりガラスなので外の様子は分からないが、何やら通行人たちのどよめきと、ドカドカという足音が聞こえる。そして「大丈夫大丈夫! 死体じゃないから!」という声が聞こえるに至り、以呂波は何が来たのか把握した。出入り口に近い澪に頼み、ドアを開けさせる。

 がらりと戸が開くと、美佐子と晴が「お待たせ」などと言いながら部屋へ入ってきた。丸めて棒にくくりつけた、体育館マットを二人で担いで。

 

「何だ!? 簀巻か!?」

「姥捨山ぜよ!」

「アイアンメイデンだ!」

「どちらかと言えば蓑踊りだろう」

「それだ!」

 

 掛け合いを始める者もいれば、何の騒ぎだと立ち上がる者もいる。遅くなったことを詫びつつ、美佐子と晴は肩に担いだ棒と、それにぶら下がっているマットを床へ下ろした。真っ先にその簀巻へ駆け寄ったのは沙織だった。マットの端から幼馴染の顔が見えたのである。

 

「こら麻子、あんたって子はぁ! 千種の子たちに迷惑かけないようにって言ったでしょ!」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴る沙織。怒りよりむしろ恥ずかしさの方が強いだろう。そんな彼女へ、麻子はうっすらと目を開き、ぽつりと答えた。

 

「……ここへ来るまで、意外と快適だった」

「麻子ーッ!」

 

 縄が解かれ、マットの包みが開封される。ぼんやりと天井を見上げる冷泉麻子を、あんこうチームの面々が大急ぎで抱き起こし、席へと引っ張っていった。以呂波はちらりと大洗勢の様子を見たが、皆「また冷泉さんか」というような態度で、どうやら大洗でも似たようなことがよくあるらしい。

 天才操縦手を死体と同レベルの扱いで運搬してきた二人に、沙織が深々と頭を下げた。

 

「どうもウチの子が申し訳ありません。よぉ~く言っておきますので……」

「いえいえ」

「結構楽しかったですよ!」

 

 ともあれ、これでようやく全員が揃った。以呂波は美佐子と晴に応援メッセージのプリントを渡し、会議の進行状況を簡単に告げた。

 

「私たちのチーム名だけど、美佐子さんは何かアイディアある?」

「うん! あたし、ひい祖父ちゃんが海軍だったし、川岸ちゃんほどじゃないけど海の生き物は詳しいよ!」

 

 発育の良い胸を自信満々に張り、美佐子は満面の笑みを浮かべた。結衣と澪が不安そうな顔をする。

 

「名付けて『たい焼きさんチーム』!」

「……美佐子、それ海産物じゃないわ」

 

 静かなツッコミが入った。しかし当人は「何がいけないのか」と言いたげな、不思議そうな顔をする。

 

「だって西住さんたち、『あんこチーム』じゃん」

「あんこうと餡子は関係ないから!」

「でも購買のたい焼き、尻尾まであんこ入ってて七十円だったよ!」

「何の話なのよ!?」

 

 ボケとツッコミの応酬が始まった。大洗側も「七十円だって!」「安~い!」「たい焼きって頭から食べる? 尻尾から食べる?」「対戦車サーブの特訓前に、たい焼きで腹ごしらえするぞ!」などと話が脱線し始める。みほと澤の二人があたふたとしながらも何とか鎮めた。昨年までは一喝して瞬時に鎮めてくれる人物がいたのだが。

 

 以呂波は腕を組んで考え込んだ。義足で床を踏み鳴らしつつ熟慮し、その結果を船橋へ伝える。

 

「先輩、『たい焼きチーム』でいいです」

「あはは……」

 

 乾いた笑いが響く中、ホワイトボードに「タシュ → たい焼き」の字が書き込まれた。




生徒会チームが卒業した後を想像して思ったこと。
桃ちゃんはやっぱり、いらない子なんかではないのだ。

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