ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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合同訓練です!

 地形の起伏を無限軌道で踏み越え、戦車隊が前進する。合計六両の戦車は護衛対象の八九式を中心に、周辺を警戒しつつ進軍していた。先頭を行くのはIV号戦車で、キューポラから顔を出すのは西住みほその人だ。砲塔側面にはマスコットの『あんこう』が描かれているが、そのとぼけた表情とは裏腹に、戦車はガチャガチャとやかましい音を立てている。車体の揺れでシュルツェンが軋むのだ。

 みほは常に周囲を見回し、襲撃を警戒している。敵を探すときは単純に広く見渡していれば良いというものではない。視界の中で景色を区分けし、各ポイントを順に注視していくのだ。小学生の頃から戦車に乗っている彼女にとって、このようなことは本能レベルにまで叩き込まれている。

 

 ちらりと後ろを見て、M3リー中戦車に乗る副隊長・澤梓の様子を確かめた。慎重な性格の彼女はぬかりなく見張りを行っている。次に最後尾、『カモさんチーム』のルノーB1bisへ目をやった。ずんぐりした車体に小さな砲塔という奇妙な風体で、大小二つの砲がそれに拍車をかけている。昨年度の車長・園みどり子の卒業により、操縦手の後藤モヨ子が車長に昇進した。操縦手と昨年空席だった通信手には風紀委員の新入生を採用したが、これまでの戦いで要領を得ており、問題なく隊列運動ができていた。

 

「カメさんとアリクイさんから通信!」

 

 沙織の報告を聞き、みほは視線を前方に向ける。

 

「GD1083地点、林の中にカモフラージュした敵戦車、四両発見だって!」

「分かりました! 全車両、十時方向へ変針して敵の側面を突きます!」

 

 慣れていない千種学園の演習場だが、みほは渡された地図を見て、待ち伏せが予測される地点に目星をつけていた。斥候に出していた二両が上手く相手を見つけたようだ。

 みほの号令に従い、大洗隊は一斉に回頭する。その間にもみほは敵車両の数から、残りがどこかにいると考えていた。

 

「……まさか!」

 

 はっと左手側を向く。視線の先には小高い丘陵が見え、その向こうの空に太陽が輝いている。逆光で見えにくかったが、指で光を遮って稜線を注視した。

 丁度、幾つかの影がそこから姿を現わすところだった。しかもみほの予想よりも多い数。彼女たちはそれに側面をさらしていたのだ。

 

「全車回避運動! 急いで!」

 

 即座に冷泉麻子が車体を蛇行させた。身を乗り出すみほはハッチの縁につかまり、Gに耐える。刹那、IV号の前方を練習弾が掠めた。一発だけではない、周囲に続々と着弾する。回避の遅れたB1bisが、弱点のラジエーターグリルに被弾した。しかし他の車両は際どいところで射線をかわしていた。

 斥候が発見したのは恐らくデコイだったのだろう。すぐに設置できる簡素なデコイでも、木の枝などで偽装すれば本物らしく見せられる。それで注意を引きつけておき、別方向へ火力を集結させたのだ。

 

《カモさんチーム、脱落! すみません!》

「反撃しますか!?」

 

 華が問いかけるが、みほは首を横に振った。彼女の照準能力には全幅の信頼を寄せているが、太陽を背に稜線に陣取る敵を狙うのはリスクが大きい。実際、敵はすでに稜線の陰へ隠れるべく、後退していた。

 

「逆光では不利です! フェイントをかけながら、相手の背面を突きます! 頑張ってついてきてください!」

《分かりました!》

《了解ぜよ!》

《あいー!》

 

 各車の操縦手たちから力強い返事が返ってくる。続けてみほは沙織に、斥候隊を呼び戻し、別方向から襲撃させるよう指示した。

 

 

 一方、敵側……一ノ瀬以呂波率いる千種学園隊は稜線の陰に入り、身を伏せていた。準決勝では共同で、グデーリアン流のドナウ高校、一弾流の決号工業高校と戦う。しかし大洗は一弾流と戦った経験がないため、同門の以呂波たちを仮想敵として訓練することになったのだ。

 

《鴨番機のカモを食った!》

 

 ズリーニィの丸瀬が叫ぶ。しかし以呂波は西住みほの手並みに舌を巻いた。側面を晒させ、太陽の方向まで考慮しての伏撃だったにもかかわらず、一発を除き全て避けられたのである。さすがに見事な危険察知能力だ。砲手席の澪は微かに悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「農業学科から入電、ヘッツァーちゃんとチヌたんがこっちに向かってきてる」

「SU-76iに連絡し、足止めするよう指示してください。ズリーニィ、マレシャルは第二の狙撃地点へ移動を。タシュ、トゥラーンは機動戦に移ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 合同訓練はしばらく続き、最終的に双方三両が撃破されたところで時間切れとなった。元々制限時間が短かったので、お互いにフラッグ車は無傷だ。

 戦車といえば頑強な装甲に目が行きがちだが、その実非常にデリケートな兵器である。模擬戦であってもその後のメンテナンスを怠れば使い物にならなくなる。千種学園では整備班が充足しているが、彼らに任せきりにしないのも良い戦車乗りの条件だ。車庫近くの水道を使い、戦車の汚れを落とす。

 

 参加したばかりのSU-76i自走砲もその中にいた。乗員は福祉学科の一年生で、水着姿で楽しそうに喋りながら無骨な自走砲を洗っている。ホースで泥を流しているのは車長の去石アンナだ。常に眠そうな表情のおとなしい少女だが、スポーツはやる方で、ほどよく引き締まった体に競泳水着がよく似合っている。

 ふと金属的な足音が聞こえた。彼女が振り向くと、以呂波が近くまで来ていた。

 

「お疲れ様、去石さん」

「隊長もお疲れ様~」

 

 同学年である二人は気兼ねなく挨拶を交わす。去石とその仲間は福祉学科だけに他者への気配り上手く、他のメンバーからも評判が良い。だが練度の方はまだ高くなかった。

 

「大分上手くなってきたね」

「ありがとう。でもまだまだ、試合で役に立てるか分からないかな~」

 

 少し心配そうな表情で、去石は頰をかいた。SU-76iは固定砲塔のため、照準を合わせるには車体自体を旋回させる必要がある。砲手と操縦手が息を合わせねばならないわけだが、彼女らは照準に少し時間がかかっていた。砲手も筋は良いが、相手が動いている場合や、千メートル以上の距離になるとまだまだ命中はおぼつかない。

 ゲームと違い、戦車砲はただ照準を合わせて撃てば当たるというものではないのだ。弾道は風向きや重力の影響を受けるし、二発目からは砲身が熱膨張して弾道が変化する。砲手はそれを勘で修正し、かつ相手の未来位置を予測して偏差射撃を行わねばならない。また、砲身も消耗品である。同じ型の砲身でもそれぞれ癖が異なるため、砲身を交換した際は一から付き合い直しだ。

 

 福祉学科チームは足手まといにならないよう訓練に打ち込んでいるが、初陣までに十分な技量を手にできるか不安を感じていた。だが以呂波はそれほど心配していなかった。彼女としては、主砲を旋回できないSU-76iはズリーニィ、マレシャルと共に、スナイパーとして動いてもらうつもりでいる。しかし命中精度に関してはそこまで良くならなくても十分だと考えていた。

 

「砲弾なんていうのは所詮消耗品だから、当たらなかった分は別にいいんだよ」

「でも、それじゃ敵を倒せないし……」

「昨日の食事会で、お晴さんが寒いギャグ言ったでしょ」

 

 以呂波は笑顔で、去石の言葉を遮った。「天井から雨漏りがするよ。や~ねぇ」という小噺のことだ。落語家として修行中の晴が言ったからこそ笑えたが、そうでなければ以呂波の言う通り、寒いギャグでしかない。

 

「ああいう話でもやり方によっては笑いを取れる。戦車も同じ。外れた弾もやり方によっては無駄じゃないの」

「えっと、どういうこと?」

 

 去石も仲間たちも、以呂波の話を真剣に聞いていた。しかし理解が追いつかない。当たらなかった時点で無駄弾ではないのか。

 

「後で詳しく説明するね。ところで……」

 

 以呂波は福祉学科チーム全員を一瞥した。

 

「なんでわざわざ、水着姿なの?」

「えっ。これが一弾流の作法だって、高遠先輩が……」

「お晴さぁぁぁん!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……以呂波の叫びは辺りに響いたが、それを聞いたのは人間だけではなかった。大坪の連れてきた馬がぴくりと反応し、両耳を前後に動かす。だが隣で手綱を引く大坪が落ち着いているのを見てか、それほど気にすることなく歩みを進める。青毛の立派な馬で、澄んだ瞳をしていた。

 側を歩くのは『ウサギさんチーム』こと、大洗M3中戦車の乗員たちだ。また馬を見せて欲しいという彼女らの要望で、訓練の後厩から連れてきたのである。背中に乗るのは副砲装填手の丸山紗希だった。極端に口数の少ない彼女だが、乗り心地はそれなりに気に入っているようだ。鞍につかまりながらも優しく馬のたてがみを撫で、微笑を浮かべている。

 

「あぶみには足のつま先だけかけてね。そうしないと落馬したときに引きずられるから」

 

 あれこれ教えながら、大坪はゆっくりと愛馬を引いていく。梓たちは興味深げに馬の様子を眺めていた。馬は個体ごとに気性の差が激しい。こいつは大人しい性格のようだが、昨日大洗隊をエスコートしたとき、戦車を全く怖がる様子がなかった。

 

「この子、名前は?」

「セール。ハンガリー語で『風』の意味よ」

 

 互いに気さくな性格の大坪と梓は、同学年ということもあってすっかり打ち解けていた。ウサギさんチームは総じてミーハーな気質だが、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプだ。何を考えているのか分からない紗希でさえ、しっかりと仲間として受け入れられている。

 

「尻尾振ってて可愛い〜」

「冷泉先輩だったら、馬でも上手く走らせられるのかなっ!?」

「聞いてみたんだけど、生き物はマニュアル通りにいかないから分からないって」

「あれ。桂利奈ちゃん、もしかしてダジャレ言った?」

「え?」

 

 他愛もない会話で笑い合いながら、一行はゆっくりと歩いていく。セール号もこの女子たちが嫌いではないらしく、時折背を撫でられたりしながらのんびりと散歩していた。

 

「この子は昔、凄く臆病でね」

 

 大坪がしみじみとした口調で語り出した。『昔』というのは学園統合前、まだ彼女とセール号がアールパード女子校にいた頃の話だ。

 

「こんなに強そうなのに?」

「この子、生まれつき蹄が小さいの。蹄なくして馬なし、っていう言葉があってね」

 

 どれだけ体格が良くても、小さい蹄では怪我をしやすいため、速く走ることができない。なのでこの馬に乗りたがる者はおらず、セール号は次第に自信をなくしていったという。馬は誇り高い動物であるため、そのような扱いが苦痛だったのだ。しかし体格に恵まれ、蹄以外は脚も丈夫、健康そのものだった。

 

「先輩たちが一回り大きい蹄鉄を作って、じっくり再調教したの。今ではもう、馬術部で一番勇敢な馬よ」

 

 大坪は誇らしげに、セール号の肩を叩いた。その蹄鉄は蹄より大きめに作られ、緩衝材としてゴムを噛ませた特製のものだ。これをつけて走る練習を繰り返し、見事に生まれ変わったのである。

 

「戦車を怖がる馬も多かったけど、この子は平気だし。変われば変わるものだねって、先輩たちも言ってた」

「……変われば変わる、か……」

 

 梓は仲間たちと顔を見合わせ、みんなでクスリと笑った。

 

 

 

 格納庫の側を通り過ぎていく彼女たちをちらりと見て、船橋はそれまで話していた相手に視線を戻した。表情は真剣である。

 

「……八戸タンケリーワーク社が決号に?」

「はい」

 

 小声で返事をするのは、整備班長の出島期一郎だ。スマートフォンを操作し、表示された画像を船橋に見せる。学園艦の縁から撮ったらしい写真で、小型の空母タイプの艦と、タグボートで牽引される艀が写っていた。船橋はすぐに、八戸タンケリーワーク社のカンパニー・シップだと分かった。誰かのブログに掲載された写真のようである。

 

「決号にいる友達が撮って、ブログに載せたものです。そいつは何の船だか分からなかったみたいなんですが」

「……なるほど、ありがとう。これは一ノ瀬さんに報告しておかないとね」

 

 写真では艀に何が積まれているか分からないが、船橋は決号工業高校が、八戸社から新たな戦車を購入したに違いないと思った。八戸守保は以呂波に優しいが、彼女を贔屓にしているわけではない。正当な取引であれば、もう一人の妹にも迷わず戦車を売るだろう。以呂波もまた、千鶴が今までとは戦法を変えてくることを予測していた。新車両を導入してきてもおかしくはないだろう。

 場合によってはまた、偵察が必要になるかもしれない。

 

「とりあえず、ブリーフィングの準備をしないと。手伝いに何人かよこして」

「分かりました」

 

 出島は踵を返し、サポートメンバーたちの元へ向かった。

 

 




丸山ちゃんが動物と触れ合っているところ、見たいと思うのは私だけでしょうか?

というわけで、お読みいただきありがとうございます。
福祉学科の面々が水着でSU-76iを洗車していたのは、pixivでそういうイラストがあったものでw
タグに「鉄脚少女の戦車道」とついてて驚きました。
ありがたいことです。

ちなみに鴨番機というのは飛行中隊の第三小隊三番機、つまり最後尾につく機体のことです。
もっとも墜とされやすいので、日本軍のパイロットたちはそう呼んだそうです。
プラウダ戦でその位置をカモさんチームが担当していたのは少し皮肉ですが、それだけ信頼されていたということでもあるでしょう。

では、今後も頑張ります。
ご批評・ご感想などございましたら、よろしくお願いいたします。

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