ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

45 / 102
大洗女子来たる、です!(後)

 学園艦市街地を『臨時急行』の札をかけた路面電車が走る。箱型の車両が三両編成で連結され、慣れた鉄道部員の運転でスムーズに走っていた。超低床車両と呼ばれるタイプで、床が地面ギリギリの高さになっている。乗降口に階段が不要なため、老人や障害者も乗り降りがしやすく、以呂波がこの学校に入った理由の一つだった。

 車内では千種・大洗両校の選手があれこれと歓談している。ことに大洗の生徒は他校の学園艦の光景を物珍しげに眺めていた。

 

「本当にいろんな設備があるんだねー」

「鉄道のある学園艦なんて、サンダース以外で初めて見ました」

「プラウダにもトロリーバスはあったな……」

 

 沙織、優花里、麻子が外を眺めながら感想を漏らす。麻子は艦上地図などと共に配られたオーストリア菓子、キプフェルを早速食べていた。三日月型をしたクッキーの一種で、ウィーンの伝統的な菓子だ。サクサクとした軽い食感、アーモンドの香ばしさは彼女の味覚を大いに楽しませたが、量については物足りなさそうだ。とはいえこれからレストランでの親睦会へ向かうことを考えれば、特に不満はないようだった。

 

 両校の生徒は戦車用制服を着て集合していたが、戦車を車庫へ入れ点検を終えた後、それぞれ着替えをして再集合した。大洗の生徒たちは提供された宿舎へ荷物を置き、私服に着替えて電車に乗った。千種のメンバーも同様に私服姿で、それぞれ趣味が反映された服を着ている。北森らは可憐なソロチカ姿で現れ、大洗の生徒たちから人気を得ていた。

 

 少し離れた箇所では丸瀬ら航空学科チームが、大洗のIII突クルーたちと話している。曲技飛行の見事さを賞賛され、丸瀬は涼しい顔をしつつも素直に喜んでいた。

 

「そうか、同じ突撃砲乗りなんだな。よろしく頼むぞ」

「こちらこそご指導ご鞭撻、よろしくお願いします。ところで、お名前は?」

 

 丸瀬が尋ねると、軍帽を被った少女は胸を張って答えた。

 

「エルヴィンと呼んでくれ」

「エルヴィン?」

「こっちがチームリーダーで装填手のカエサル。砲手の左衛門佐、操縦手のおりょうだ」

 

 赤マフラーや胸当て、紋付を着用した仲間たちを紹介し、自称エルヴィンは得意げだ。丸瀬はふと考え込み、再び口を開く。

 

「では、私はマルセイユで」

「あたし赤松で」

「私はリトヴャクがいいわ」

「じゃあローゼン伯爵」

 

 リーダーに続き、他の航空学科の面々も己のソウルネームを決定した。エースパイロット揃い踏みか、とエルヴィンが笑みを浮かべる。出会って間も無いが、この両チームは何となく波長が合ったようだ。

 丸瀬はふと、車両の一番前に座る以呂波の方を見た。彼女はさしずめ檜少佐か、などと考える。戦車の天敵である某ドイツ空軍パイロットは候補から除外していた。

 

「あの子は立派だな」

 

 赤いマフラーの少女……カエサルが以呂波を見て呟く。丸瀬がその言葉の意味を理解するのに、若干の時間を要した。

 

「え……ああ」

 

 丸瀬も隊長の隻脚を忘れたわけではない。最初の頃は訓練中、たまに危険な行為をしてしまい「私みたいな体になりたいんですか!?」と叱りつけられたものだ。彼女は上級生である丸瀬らを極力立てても、安全面に関してはやかましかった。だがハンディキャップを負いながら戦車に乗る彼女を『立派』と思ったのもまた、最初のうちだけだった。後はすぐに、それも自然なことになったのである。

 大坪や北森もそうだろう。下級生である以呂波の指示に逡巡なく従えるのは、彼女が隻脚のリーダーだからだからではない。信頼に足るリーダーだからだ。

 

「一ノ瀬は生粋の戦車乗りであり、尊敬すべきリーダーであり、また可愛い後輩でもあります。ただそれだけで、さして特別な人間ではありません」

 

 それが丸瀬の、というより、千種学園戦車クルーたちの率直な思いだった。同時に以呂波への信頼の表れでもある。エルヴィンやカエサルもそれを察したらしく、「なるほど」と声を漏らした。

 

 船橋の配慮で西住みほの隣に座った以呂波は、気恥ずかしげな“大洗の軍神”とゆっくり言葉を交わしている。奇蹟の戦いを繰り広げた大洗の隊長だが、一見するとこれと言って突出した特徴のない、やや引っ込み思案な少女だ。そのことに以呂波は驚かない。今まで様々なタイプの戦車乗りと出会ってきたが、普段の態度と戦車道での実力は必ずしも一致しないのだ。実際に彼女の姉は生身だと獅子の如く荒々しいが、戦車に乗れば蛇の如く狡猾になる。

 それに昨年度の戦術を見るに、西住みほなる人物が西住流のステレオタイプと掛け離れていることは予想していた。常に物腰は柔らか、というよりも初めて来るこの学校に緊張しているようである。とても仲間を助けるため崖を駆け下り、河へ飛び込むような豪傑には見えない。

 

「……まさか、あんなに大歓迎されるなんて思いませんでした」

「先輩たちにとって、西住さんたちは憧れですから」

 

 照れ臭そうに言うみほに、以呂波は笑顔で答える。

 

「憧れ、ですか?」

「西住さん、私に敬語は使わなくていいですよ。私の方が年下だし」

「あ……それじゃあそうしま……そうするね!」

 

 なんか可愛い人だな、と以呂波は思った。西住流の門下生とは何度か会ったことはあるが、そのいずれとも違う印象を受ける。威圧感というものが一切なく、カリスマ性や非凡さなども特に感じられない。しかし話していて気分の良い人物で、親しみを持ちやすい雰囲気である。

 

 そんな彼女が仲間を率いて、昨年度の全国大会に優勝した。戦車道界をどよめかせる大番狂わせだったが、大洗女子学園にとってはそれ以上の意味があった。千種学園に統合された四校と同様、大洗もまた学園艦統廃合計画において白羽の矢を立てられていたのだ。しかし戦車道全国大会で優勝し、その後の死闘にも勝利したより、それを免れた。彼女らは自分たちの学校を守ったのである。

 

「私は今年入学しましたけど、二年・三年生は廃校になった四校の生徒ですから。学校を守れた西住さんは憧れなんです」

「そ、そんな。私は別に偉くないよ。去年の会長たちが……」

 

 あたふたと慌てるみほを見て、そのまた隣に座る五十鈴華はくすりと笑った。

 

「そんなに謙遜すること、ないと思いますよ。素人だったわたくしたちを一人前にしてくれたのは、みほさんでしょう」

「華さん……」

「そうですよ、西住殿!」

 

 優花里も同調した。彼女の西住みほに対する献身ぶりは有名で、ネット上では『忠犬ユカ公』などと呼ばれている。本人はその呼称を特に嫌がっていなかった。

 

「西住殿が隊長だから、みんな頑張れたんです! 誇っていいことですよ!」

「あ、ありがとう。優花里さん」

 

 はにかみながら礼を言うみほ。本人は自覚していなくても、周囲から尊敬されるものを持っていると以呂波には分かった。姉のように野蛮さを以ってチームを率いる者もいれば、柔和さで統率する者もいるのだ。

 

「まあ、大洗としてはこれからが本番なんですけどね」

 

 優花里が意味深なことを口にした。

 

「これからが?」

「うん。見方を変えれば、廃校は見送りになっただけだから」

 

 学園艦統廃合計画は目立った活動実績がなく、生徒数の減少している学校を対象としていた。戦車道全国大会で優勝し、その後の『大洗戦争』と呼ばれる激戦にも勝利した大洗女子学園。確かに廃校を免れたが、全力で大洗を潰そうとした文科省が苦し紛れに出した決定はあくまでも『見送り』。先延ばしなのだとみほは説明した。

 期限があるわけではないが、昨年度の優勝を一度限りの奇蹟で終わらせては結局、いずれ廃校は免れないだろう。母校存続のためには戦車道でさらに実績を上げ、チームを強くしていかなくてはならない。ましてや、みほたちは来年卒業するのだ。むしろ来年以降が、大洗にとって本当の試練なのである。

 

「卒業までにできることをしておきたいの。学校も戦車道も、ずっと続いて欲しいから」

 

 穏やかな、しかし毅然とした口調だった。母校に対する責任感と、後輩たちへの真摯な思いがその瞳に宿っている。この誠実さが大洗の強さを支えているのかもしれない。以呂波にはそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 一行はしばらく電車に揺られた後、降りた駅の前でレストランへ入った。調理学科の生徒たちが運営する店で、学校のイベントで使用するため収容人数は多く、内装もそれなりに洒落ている。千種学園の前身となった四校のうち三校は海外提携先があり、供されるのはそれらの国の料理だ。すなわちオーストリア、ハンガリー、ウクライナの三ヶ国である。店内の調度品もそれらの国に由来する装飾が多く、特にウクライナの魔除けの刺繍が目を引いた。

 

「カンガルーの料理とかもあるのかな~?」

「それはオーストラリアでしょ。ここのはオーストリア」

「一文字しか違わないじゃん」

「一文字でも違うの!」

 

 チームメイトの優季、桂利奈らにツッコミを入れる梓。近くで聞いていた船橋は苦笑を浮かべた。彼女もオーストリア系のトラップ女子高校出身だが、その頃はたまにコアラの森学園や虹蛇女子学園と間違えた電話がかかってきたものだ。オーストラリア大使館と間違えてオーストリア大使館へ行ってしまう者などは世界各地に存在する。

 

「そういえば戦車用の制服も、オーストリア軍風でしたね」

「そう。旧トラップ女子高派閥の面目があってね」

 

 優花里の言葉に快活に答える。戦車道チームの結成に際し、船橋は四校全ての出身者が参加するよう配慮していた。しかし元々戦車道をやっていなかったトラップ女子高は母校から受け継いだ戦車もなく、今ひとつ影が薄かった。せめて制服だけでもオーストリア風にという要望によって、グレーを基調とした服に赤い襟章という出で立ちになったのである。

 

 そのようなことを話しながら一同は着席し、船橋が司会を務めて両校の隊長が挨拶を述べた。しかし以呂波はこのような場での長いスピーチは嫌いなため至極簡単に済ませ、続いてみほも人前での演説などは苦手としているため、結果としてやたらに早く挨拶が終わってしまった。千種側のメンバーとしては“軍神”などと呼ばれている西住みほが、自分たちと同じごく普通の高校生だと認識できた。今後の共闘を考えればむしろ良かったかもしれない。

 

「料理が来るまで大分時間があるわね。お晴さん、一席やってもらえる?」

「あいよ、先輩」

 

 晴がにやりと笑って前に出る。美佐子に手伝ってもらい、空いているテーブルを一座の前に移動させる。何が始まるのかと見守る大洗勢に対し、千種側からは「いよっ、噺家通信手!」などの野次が飛んだ。靴を脱ぎ、扇子と手拭いを手にテーブルの上へ正座する。

 

「えー、隊長車通信手 兼 噺家のタマゴ、高遠晴と申しまして……」

 

 よく通る声で語り出したとき、レストランのドアが僅かに開いた。船橋は晴へそのまま続けるように言うと、小走りでドアへ向かう。

 

「どうも、遅くなりました」

 

 ドアの向こうから顔を出したのは生徒会長・河合だった。彼女も他校からの来客者に挨拶をしておこうと思っていたが、生徒会の仕事が長引いて到着が遅れていたのだ。

 

「お疲れ様。まだ料理もできてないし、大丈夫よ」

「様子はどうです?」

「みんな和気藹々って感じね。西住さんも予想通り、親しみやすそうな人だし」

 

 他校の生徒に対してオープンなのも、複数の学校が統合されてできたゆえかもしれない。両校のメンバーは互いに混ざり合って座り、共に晴の落語に耳を傾けていた。晴は一応幼少期から師匠に稽古をつけてもらっており、前座として寄席に出たこともあるという。そのため落語家特有の、人を惹きつける話し方を心得ていた。

 

ーー戦車乗りの昇進は装填手に始まり、操縦手、砲手、でもって終わりが車長ーー

 

ーー噺家の昇進はってぇと、見習いに始まり、前座、二つ目、真打、でもって終わりがご臨終という具合でーー

 

 笑いが起こり、河合と船橋も笑みを浮かべた。そしてふと、河合は船橋の耳元に口をよせ、小声で尋ねる。

 

「打ち解けるのはいいですが、機密保持は大丈夫なのですか?」

「一ノ瀬さんと相談したんだけど、それはあまり考えないことにしたの」

 

 眼鏡の位置を直しつつ、船橋は微笑んで答えた。準決勝では大洗と共闘するが、それが終われば決勝戦で敵同士となるのだ。手の内を知られてしまっては後々不利になる。河合はそれを心配したのである。

 だが互いに心を開かないまま共闘し、準決勝で負けては元も子もない。信頼関係を築くにはできるだけ隠し事は避けるべきということで、チーム幹部の考えは一致した。

 

「私たちが全部さらけ出せば、向こうも全部見せてくれる。西住さんたちはきっと、そういう人だと思うの」

「……分かりました。ではそのように進めてください」

 

 そう答え、生徒会長は高座代わりのテーブルに視線を戻した。船橋を信頼しているが故の答えである。船橋の方も「ありがとう」と小声で感謝の意を告げた。

 

ーーあたしの親父は真打なんですが、なかなかその先には行かないもんでしてーー

 

 ブラックジョークに一座がどっと笑った。やがてマクラから噺の本編へ移って行く中、船橋は相棒のカメラを手に、記念すべきこの場の記録に取り掛かった。

 




お読みいただきありがとうございます。
この物語は戦車戦中心ではありますが、私としてはガルパンというアニメの見どころの一つに「飯テロ」があると考えていまして、できれば拙作でも再現したいところであります。
大洗の廃校が「見送り」だというのは私の「大方こんな感じだろう」という予想で、近々公開される劇場版などで公式の発表があるかもしれませんが、未発表情報に関しては基本的に辻褄合わせはしない方針でいこうと思います。
万が一(そんなものは見たくないけど)劇場版が「やっぱり廃校で鬱END」という展開(重ねて言うけどそんなものは見たくない)だったとしても、拙作では「大洗は奇蹟を起こして廃校の危機を(一時的にとはいえ)回避した」ということで突っ張る予定です。
まあ劇場版が公開されるまでどうなるか分かりませんが、今の私にとってはあのアニメ最終回が全てですから。

では、ご感想・ご批評などございましたら宜しくお願いいたします。


11/25
劇場版見てきました。
本作では劇場版をパラレル扱いにしなくても問題ないと判断し、文を劇場版の内容に合うよう多少訂正しました。
ただまだ見てない方に配慮し、ネタバレになるようなことは控えております。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。