ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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大洗女子来たる、です!(中)

「やっぱり、大きいですね」

「四つの学校が合併してできただけのことはありますね。路面電車までありましたし」

 

 校舎を眺め、五十鈴華と秋山優花里が言葉を交わす。千種の学園艦に移乗した大洗チームは八両の戦車で縦隊を組み、戦車道の練習場へ向かっていた。各車両のクルーは慎重に戦車を操りながらも、他校の風景を物珍しげに眺めている。

 彼女たちを誘導するのは大坪たち、トゥラーンIII重戦車のクルー四名……もとい、四騎だ。乗馬服を着て馬を駆り、足並みを揃えて鉄の馬たちを先導する。馬は戦車の音に慣れた勇敢な個体を選んでいるため、いずれも落ち着いて歩いていた。大坪たちの手綱さばきも手馴れている。

 

「あの方たちも戦車乗りなのでしょうか?」

「うーん、どうでしょう。何となくそんな気はしますが」

 

 同好の士は雰囲気で分かるもので、優花里は大坪たちから自分に似通ったものを感じていた。一方、武部沙織はワクワクとした表情を浮かべている。

 

「馬で護衛してもらえるなんて、何だかお姫様になったみたい! 戦車が馬車みたいな気がしてきちゃう!」

「操縦してるのは私だがな」

 

 ぽつりと呟きながら、冷泉麻子は操向レバーを右折へ入れた。右の履帯にブレーキがかかり、戦車が開かれた校門へと変針する。みほが後続のM3リー中戦車に手信号を送り、澤梓がそれに応えて操縦手の肩を蹴った。

 

「それにしても、なんだか随分歓迎されているみたいですね。曲技飛行に、騎馬隊の護衛に……」

「うん、確かに……」

 

 次の瞬間、彼女たちの会話は遮られた。校門をくぐった瞬間、左右から拍手が起こったのだ。千種学園の生徒がたち通路の両側へ並び、大洗の校章が描かれた旗を振って出迎える。

 吹奏楽部も待機しており、戦車の入場と同時に演奏が始まった。盛大なファンファーレが鳴り響く中、大洗の校章とそれぞれのパーソナルマークを描かれた戦車が続々と校門を潜る。その人数たるや壮観だった。学校総出での出迎えなのだ。

 

 みほが言葉も出せずにいると、左右から何かが放り投げられた。色とりどりの切り花だ。無骨な装甲板の上に、赤や白、紫などの鮮やかな花が降り注ぐ。

 

「わぁ……!」

 

 ハッチへ飛び込んできたピンクの八重咲きユーストマを拾い、みほは顔を綻ばせた。後続車両のメンバーも歓声を上げ、花で彩られていく戦車に心を躍らせた。戦車上から手を振って応える少女もいる。

 

「ほらほら! やっぱりモテてるよ、私たち!」

「……少し違うと思うぞ」

「ふふ。心が躍りますねっ」

 

 歓迎の列は長く続いた。騎馬の誘導に従いグラウンドへ出る頃、ようやく人だかりが途切れ、戦車がみほたちを出迎えた。これを楽しみにしていた優花里が歓喜の声を上げる。

 

「おおおおっ! ハンガリー戦車にT-35、九五式装甲軌道車にマレシャルまで! レア戦車の見本市ですよ! タシュなんて試作段階で……ああっ、あれはSU-76iじゃないですか!?」

「ちょっ、ゆかりん! 危ないって!」

 

 我を忘れて装填手ハッチから身を乗り出す彼女を、その前にいる沙織が慌てて制止した。各車両の前には千種学園のメンバーが整列している。誘導していた大坪たちも、巧みに馬を操り、トゥラーンの前に並んでから降りた。大坪の馬が軽く嘶く。曲技飛行から帰還した丸瀬たちはフライトジャケットのまま、ズリーニィの前に整列している。

 みほは全車に一列横隊で停止するよう指示した。IV号戦車がタシュと向かい合って足を止めると、その左にM3、右側に八九式中戦車がぴたりと停止する。III号突撃砲F型、駆逐戦車ヘッツァー、ルノーB1bis、三式中戦車、ポルシェティーガー。合計八両が横一列に並び、停止する。

 

 みほたちが戦車から降りると、千種学園の列から以呂波が進み出た。副隊長である船橋も一緒だが、敢えて手を貸すことはしない。一人で地面を踏みしめ、スムーズに歩く。戦車道の練習と同時にリハビリを続け、大分義足に慣れたのだ。みほは少しの間その金属製の脚を見つめていたが、やがて副隊長に声をかけた。

 

「澤さん」

「はい!」

 

 元気よく返事をして、澤梓はみほと一緒に前へ出る。彼女たちを見て、千種側では美佐子が結衣をちらりと見た。

 

「映像でも見たけど、やっぱり普通の人だね」

「確かに、ね」

 

 結衣も同意見だった。今ようやく対面したその二人は、“大洗の軍神”、“首狩り兎”という通り名が似合わない、言わば「どこにでもいそうな可愛い女の子」に見えた。他の戦車から降りてくる大洗選手団も、とりたてて特別な雰囲気を持っているような人物はいない。

 強いて言うならIII号突撃砲から降りてきた四人組だ。紋付だのドイツの軍帽だの、弓道の胸当てだのを着用した姿は目を引く。もっとも千種側も航空学科チームが飛行帽着用で戦車に乗っているし、今はコサック兵に扮した男子生徒たちが周辺を警備しているため、それほど異様には見えない。次いで目立つのが三式中戦車とB1bisのクルーたち。前者は猫耳などの妙なファッションをしており、後者は何故か全員、髪型がおかっぱで統一されていた。

 

「……グデーリアンさんがいる」

 

 ぽつりと呟いたのは澪だった。

 

「あ、本当だ! もふもふした人!」

 

 美佐子もまた、タンカスロンの場で出会った癖っ毛の少女の姿を認めた。秋山優花里の方も美佐子らの顔を覚えていたようで、照れくさそうに微笑を返す。またお会いできるかも、という意味深な言葉がようやく理解できた。

 

 互いに向かい合い、双方の隊長・副隊長は姿勢を正す。船橋は相変わらずカメラを首から提げているものの、撮影は他の広報委員や写真部に任せ、今は副隊長の仕事に専念している。

 

「千種学園隊長の一ノ瀬以呂波です。お会いできて光栄です」

「西住みほです。こちらこそ……会えて嬉しいです」

 

 以呂波とみほが握手を交わすと、写真部員たちが一斉にシャッターを切った。一瞬困惑するみほに、以呂波が苦笑しつつ「驚かないでください」と耳打ちした。

 

 その後、別の意味でお祭り騒ぎが始まった。サポートメンバーたちの誘導で、戦車を格納庫へ入れる。元々戦車道での使用を想定しない倉庫で、スペースはそれほど広くない。操縦手と誘導する男子生徒たちの技量が試されることになった。

 続いて飲み物、校内の地図、路面電車のフリーパスなどのセットを配布、今後の予定の打ち合わせなども行われた。合同訓練は明日からとし、今日は親睦会を執り行うことになっている。

 

 そして整備要員の顔合わせも行われる。

 

「サポート班整備長の、出島期一郎です。宜しくお願いします」

「よろしく~。私はツチヤ。大洗整備長兼、自動車部部長兼、レオポンチーム車長だよ」

 

 姿勢を正して敬礼をする出島に、ツチヤは朗らかな笑みで応えた。背後には彼女たちの相棒であるポルシェティーガーが鎮座し、乗員たちが厄介な構造の駆動系を点検していた。皆手つきは慣れたものである。

 

「私以外はみんな一年生だけど、腕は確かだから安心して」

「……噂には聞いてましたが、この少人数で八両も面倒見ているとは……」

 

 ポルシェティーガーの乗員五名が大洗女子学園の整備班だった。昨年度は通信手兼機銃手を欠いた四名で、各車両の整備を一手に引き受けていたという。無論それぞれの乗員も整備点検には参加するだろうが、特殊な機構を搭載したポルシェティーガーをまともに運用した上、凄まじい損傷の戦車を一晩で修理したりと、彼女たちの能力は校外にも知れ渡っていた。

 

「あはは。去年のメンバーが卒業しちゃったけど、新メンバーが頑張ってくれてるから。そっちの整備はいつもどんな感じ?」

「T-35が一番の難物ですね。見なきゃならない箇所も多いし。そちらはポルシェティーガー以外、大体整備性は良さそうですね」

「うーん、ヘッツァーが結構苦労するね。うちのは38tを強引に改造したやつだから、あっちこっち無理が出てきて」

 

 本物のヘッツァーは38t軽戦車のコンポーネントを利用しているとはいえ、マルダーIIIなどのように車体をそのまま流用したわけではない。シャーシは新設計だし、履帯幅や転輪のサイズなども異なっている。

 大洗ヘッツァーはサスペンションこそ本物のものに変えられているが、その他はほぼ38tそのままであり、模型マニアからは「昔のプラモデルと同じ」などとネタにされていた。

 

「あとやっぱり製造元がバラバラだから、車両ごとに付き合っていかないと」

「その辺はこっちも同じですね……」

 

 双方の雑多な戦車群を見て、出島は苦笑した。ドイツ製戦車、アメリカ製戦車などと統一されていれば整備も楽である。しかし千種学園と大洗女子はさしずめ小さな多国籍軍と言える状態で、設計思想の異なる戦車ばかりがかき集められている。先日加入したSU-76iに至っては、上半分がソヴィエト製、下半分がドイツ製という代物だ。九五式装甲軌道車も特殊なシステムを内蔵しているが、整備班の大半が鉄道愛溢れる鉄道部員のため問題はおきていない。

 結局のところ双方共に、整備班がメカを溺愛することで稼働率を維持しているようなものだ。

 

「こっちは自動車部、そっちは鉄道部。専門は違うけど、協力していこう!」

「はい、もちろんです!」

 

 

 二人のメカニックが握手を交わす後ろでは、秋山優花里がT-35の中を物色していた。無論、車長たる北森の許可を取った上でだ。

 

「それにしても、整備が行き届いてますね。T-35を活躍させようというその意気込み、凄いと思います」

「ハハ、まあ……バカな子ほど可愛いってやつだな」

 

 この欠陥戦車をこよなく愛する北森としては、他校の生徒がそれに興味を持ってくれることが嬉しかったようだ。優花里は砲塔から砲塔へ渡り歩き、各機器や砲弾収納スペースなどを、目を輝かせながら観察している。

 

「ところで円錐砲塔だけに狭いですね。北森殿は結構大変なのでは?」

「んー、まあなぁ。移動中は砲塔の中じゃなくて、上に掴まってることも多いな」

 

 北森は日頃の農作業のためか、女子としては体格がいい。ソヴィエト製戦車は総じて居住性が悪いが、多砲塔のT-35もかなり乗員スペースが圧迫されていた。彼女が乗っているのは傾斜装甲タイプなので尚更だ。

 

「むしろその方が視界も良いしよ。砲塔が沢山あっても射撃がやりづらいから、撃ち合いに出ることは少ないし」

「ですよね。軍艦に使われている射撃管制装置を転用して、各砲塔の照準をシンクロさせるという計画もあったようですが」

「マジか。それ積めねぇかな」

「うーん、T-35に積んでもコストに見合う成果は得られないだろうって、中止になっちゃいましたからね。上手くいくかどうか」

「そっか」

 

 納得したように言いつつ、次に八戸守保と会ったら相談してみようと考える北森であった。

 

「ところで、先ほどから気になっていたのですが……」

 

 微妙な苦笑を浮かべつつ、優花里は格納庫の最奥を指差した。その先にあるのはハリボテの鳥居としめ縄、それに賽銭箱。その向こうにはリベット留めの平たい欠陥戦車・カヴェナンターが鎮座していた。何か妙なオーラが出ているような、無駄な存在感がある。

 

「あれは一体……」

「カヴェナンター大明神だ。それ以上訊くと祟りがあるぞ」

 

 冗談めかしていう北森。しかしあれがどのような戦車か知っている優花里は、あながち冗談で済まないかもしれないと思った。




お読みいただきありがとうございます。
今回はあまり内容が濃くないですが、箸休めだと思って楽しんでいただければ幸いです。
共闘前の交流はしっかり書いておきたいもので。
次回が後編になり、その後準決勝へ向けて本格的な準備が始まります。
秋山殿が合流したことで、再びスパイ作戦の可能性も……

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