千種学園の生徒会は各学科・委員会から代表役員が選出され、それらとは別に立候補した事務メンバー、そして会長が統括する。広い生徒会室で今日も会議が行われ、役員の生徒たちが書類をまとめていた。もっとも、ここ最近の議題は戦車道に関することがほとんどである。故に会議の中心にいるのは本校の戦車道創始者であり、広報委員会の代表でもある船橋幸恵だ。
「……以上が、広報番組の内容です」
船橋がプレゼンテーションを終えると、室内に拍手が起こった。会長を務める三年生・河合美祐も拍手を送る。船橋と同じトラップ女子高の出身で、凛とした性格から生徒たちの信任も厚い。良家の血筋を引いているらしく、顔立ちや立ち振る舞いに品の良さが滲み出ている。
「ありがとうございます。意見のある方はいらっしゃいますか?」
河合の声に、「これでいい」「異議なし」などの返事が返ってくる。船橋は満足げだった。
「では、船橋さんのプランで進めてください。そして……食事会の準備良し、宿舎の手配良し。曲技飛行についても大洗側から許可を取りました」
一センチほどの厚さに重ねた書類を、テーブルに軽く打ち付けて揃える。表紙には「大洗戦車道チーム受け入れ要項」の字がプリントされていた。
『士魂杯』の準決勝戦は大洗女子学園との共闘。今までのように戦車道チームのみで方針を決定するわけにはいかなかった。準決勝の試合期間中は両チームの親睦や合同演習のため、どちらかのチームが同盟先の学園艦へ出向する。両校の生徒会長が協議した結果、大洗チームが千種学園へ来ることになった。男子整備員を有する千種側が大洗へ出向するのは、女子校の風紀の観点から望ましくないとされたためだ。
そのため生徒会や各学科の助力を得て、受け入れの準備が進められた。廃校になった学校から集められた千種の生徒たちにとって、戦車道で廃校を免れた大洗女子学園は憧れである。役員たちも積極的に準備に参加していた。
「ありがとう。全部任せきりで申し訳ないね」
「お気になさらず。貴女と一ノ瀬以呂波さんには、ご自分の役目に集中していただきたいので」
恐縮する船橋に河合は微笑を向ける。統合前から仲の良い友人ではあったが、生徒会の場では異なる意見をぶつけ合うことも多かった。特に戦車道チーム発足に関して、当初河合は懐疑的だった。彼女の考えでは『大洗の奇蹟』はあくまでも奇蹟であり、千種がそれを真似ても単なる二番煎じに終わるのではと踏んでいたからだ。しかし結果的に戦車道を通じ、統合された四校の生徒の融和が進み、学校にとってプラスの結果が出ている。そして大舞台で成果を上げつつある今、戦車道チームはもはや千種学園の看板となっていた。
「新車両の乗員は決まりましたか?」
「うん、福祉学科一年生の志願者を採用したわ。今日から基礎訓練に入る予定よ」
「それは何よりです」
農場で発見された自走砲、SU-76i。船橋はマレシャルに乗る水産学科チームに続き、一年生をクルーとして採用した。来年以降のことを考えての判断だ。
「では皆さん。後は計画した通り、それぞれの役割を果たしましょう」
「はい!」
……その二日後、入港した千種学園は半ば祭りのようなムードに包まれた。すでに投錨した千種の学園艦の隣へ、もう一隻が入港しようとしている。大きさは千種学園より遥かに小さく、年季も入った艦だ。
港を眼下に見下ろし、丸瀬は操縦桿を握っていた。戦車道では車長を務める彼女だが、今は赤く塗装された単発の複葉機を自ら操っている。アメリカ製のスポーツ用飛行機ピッツ・スペシャルだ。その周囲を同型機が取り巻き、五機でデルタ編隊を組んで飛ぶ。ズリーニィの乗員たちにもう一名のパイロットを加えて編成した、臨時アクロバットチームだった。
丸瀬らは航行する学園艦……大洗女子学園へ、艦首側から接近する。進路と速度を確認し、ちらりと横を見た。仲間たちは操縦席から笑顔を返す。タイミングを見計らって、丸瀬は告げた。
「サンライズ、レッツ・ゴー!」
大洗女子の甲板から、戦車に乗った生徒たちが空を見上げていた。千種学園同様、雑多な車両の混成部隊だ。五機のピッツスペシャルはその視線の先で、デルタ編隊を崩さず上昇を始める。やがて背面になり、そして降下。大きなループを描く宙返り軌道だ。
降下する機体の後に白いスモークが尾を引いた。機首引き起こし、水平に戻った直後に両端の二機が左右へ散開。一瞬後にはその内側の二機も散開しつつ上昇。花が開くようにスモークの尾を引きながら頭上を通り過ぎていった。
高度およそ百五十メートル。戦車に寄り添う少女たちは歓声を上げながら、ピッツスペシャルの航跡を見送った。
「おお、サンライズ! やりますねぇ!」
小豆色に塗装されたIV号戦車から身を乗り出し、秋山優花里は感嘆の叫びを上げた。トレードマークの癖っ毛が小さく揺れる。砲塔の斜め右、通信手席から空を見上げていた茶髪の少女……武部沙織が、彼女の方を顧みた。全乗員分のハッチが用意されているのもIV号の特徴である。
「サンライズ、って、飛行機の名前?」
「いえ、アクロバット飛行の課目です。サンライズは空自のブルーインパルスが設立五十週年記念に編み出した課目で、日の出の光のような放射状の軌跡を描くことから名付けられたのですよ」
「……日なんて昇らなければいいのに」
ダウナーな口調で後ろ向きな発言をしたのは、未だ低血圧に悩まされる操縦手・冷泉麻子だ。遅刻の回数こそ劇的に減ったが、朝が宿敵なのは変わりない。そんな彼女に、長髪の砲手がクスリと笑みをこぼす。
「いやぁ、いよいよ千種学園に行けるんですねぇ。楽しみです!」
「優花里さん、前から千種学園に注目していましたね」
「それはもう!」
砲手・五十鈴華の言葉に、優花里は笑顔で頷いた。『義足の隊長』が率いる千種学園は世間から注目を浴びているし、大洗でも一ノ瀬以呂波という少女をいくらか気にしてはいた。だが彼女の場合、注目していた理由は別にある。
「ハンガリー戦車も楽しみですが、T-35を使ってる学校なんて初めて見ましたから!」
「ゆかりんはブレないね〜。私は別の意味で楽しみだけどな〜」
「……男がいるからだろ」
「正解! きっとモテモテだよ〜」
呆れ気味の幼馴染に即答し、沙織は砲塔を見上げた。
「みぽりんも声かけられちゃうかもよ! イケメンのパイロットとかに!」
「そ、それはいけません!」
何故か血相を変えて慌て出す優花里。車長席に立つ少女は苦笑し、次いで千種の学園艦を眺めた。栗色の髪が潮風に靡く。その温厚そうな顔立ちと控えめな態度を見た者は、彼女がネットで『軍神』などと称される戦車長だとは思わないだろう。だが紛れもなく、彼女はこの大洗戦車隊を率いて『奇蹟』を起こし、学校を救ったのである。そしてその戦いはまだ終わっていない。『士魂杯』への参加は二つの目標を達成するためだった。
一つは昨年度の勝利を一度限りの奇蹟で終わらせないこと。そして、それを引き継げる者を育てること。
「西住隊長! そろそろ上陸準備をしましょう!」
隣のM3リー中戦車から、彼女の後輩が声をかけた。そちらに笑顔を向け、西住みほは頷いた。
「そうだね、澤副隊長」
「サブリーダーが板についてきたね、澤副隊長!」
悪戯っぽく笑いながら、沙織が続けて言った。
「さすがですね、澤副隊長殿!」
「頑張ってますね、澤副隊長」
「これからもその調子で頼むぞ……澤副隊長」
「ちょ、ちょっと! や、やめてくださいよ、みんなして!」
赤面して慌てる副隊長・澤梓。M3の車内からも「いよっ、副隊長!」などの声が聞こえて、必死に止めさせようとする。いつも通りの賑やかな仲間たちを見て、みほは改めてこの『戦車のある日常』の楽しさを噛み締めた。
一方、千種学園の戦車格納庫前ではサポートメンバーたちが慌ただしく働いていた。飲み物の用意や戦車の誘導準備などである。華麗な民族衣装を着てコサック兵に扮した農業学科の生徒たちが、周囲の警備に当たっている。戦車クルーたちはそれを手伝いながら、移乗してくる大洗戦車隊を待っていた。大坪ら馬術部チームは戦車を誘導するために出払っている。そして船橋は広報委員たちにあれこれ指図し、写真撮影の準備などに余念がない。
以呂波たち隊長車クルーは自分たちの作業がひと段落し、雑談を交わしていた。ただ澪だけは戦車の砲身をいつまでも磨いている。大洗の名砲手に見られて恥ずかしくないようにという、砲手魂だった。
「西住みほさんって、やっぱり勇敢な人なのかな?」
「勇敢なのは間違いないでしょうね」
美佐子の問いに、結衣が相槌を打った。資料として去年の全国大会の映像を見ており、大洗女子学園の戦いぶりもよく知っているのだ。勇猛果敢な指揮官でなくてはあの勝利はなかっただろう。以呂波の勇気を知る結衣はそう信じていた。
「一昨年黒森峰にいたときは、一年生なのに副隊長やってたらしいし」
「知ってる! 沈んだ戦車を助けようとしたんだよね!」
美佐子が言うのは一昨年の全国大会での出来事だ。崖から川へ転落した味方戦車の乗員を救助するため、西住みほは自車から飛び出し、川へ飛び込んだのだ。だが彼女の乗っていたフラッグ車は撃破され、黒森峰は全国大会十連覇の野望を成し遂げることができなかった。そのため黒森峰OG会を始めとし、西住みほの行動を批判する声も多かったという。
広げた扇子を口元に当て、晴はちらりと以呂波の方を見た。
「……戦術家の以呂波ちゃんは、西住さんの判断は間違ってたと思うかい?」
「え……」
不意に意見を求められ、以呂波は一瞬戸惑った。
「チームを敗北に追い込んだ愚行だと、そう思うかい?」
晴の表情からはいつもの飄々とした笑みが消えていたが、『戦車道楽』と書かれた扇子に隠され、仲間たちは気付かない。しかし何処か相手を試すような口ぶりだった。以呂波は当初、この高遠晴という奇人が正直苦手だったが、今ではしっかりと信頼関係を築いている。だから率直に答えることにした。
「……じゃあ、戦術家として言いますね。まず黒森峰は悪天候下で、足場の悪い場所を重戦車で通ろうとしていました。リスク承知の作戦でしょうけど、それを相手に先読みされた時点で戦術的には負けでしょう」
「……ふむ」
「その点について、副隊長としての責任は問われるかもしれません。でも負けの決まった勝負より仲間の救助を優先したのは合理的な判断だし、立派だと思います。少なくとも敗北の責任を西住さんの行動に押し付けるのは理不尽でしょう」
小刻みに頷きながら以呂波の言葉を聞き、晴は扇子を閉じた。口元には微笑が浮かんでいる。
「以呂波ちゃんがそういう指揮官でいてくれるのなら、あたしゃ安心だ」
どうやら彼女にとって納得のいく答えだったようだ。結衣も静かに頷いている。一方で美佐子は腕を組み、珍しく難しそうな顔をしている。
「プラウダは戦車を落とした後、そのままフラッグ車を撃ったよね。西住さんは救助に行ってたのに」
「……うん」
「去年の黒森峰も決勝戦で、西住さんが仲間を助けてるところへ砲撃しようとしてたよね。卑怯じゃん」
一同は一瞬沈黙した。美佐子は他人の良いところを見て、良いところを褒める。付き合いの長い結衣や澪だけでなく、以呂波や晴もすでに知っていることだった。他人を滅多に悪く言わない美佐子が、プラウダ・黒森峰の二校をはっきり「卑怯」と批判したのである。
「私たちがやってる伏兵戦術も、見方によっては卑怯だよ」
少し考えた上で、以呂波は返答する。
「戦闘中に味方を助けるのも、リスクを承知でやってるわけだから、そういうのはある程度仕方ないと思うな」
「じゃあ、同じ状況だったら以呂波ちゃんでも撃つの?」
「……撃つかもしれない」
いつになく深刻な表情で尋ねてくる美佐子に、以呂波は戸惑いながらも正直に答えた。美佐子は腕を組んで考え込んだ。うーん、と大げさに唸りながら。結衣は何も言わない。否、世話焼きの彼女でも何も言えなかった。付き合いの長い彼女は美佐子の心中がある程度分かっていたのだ。
その様子を、晴は興味深げに見つめる。彼女が「どうだい、みさ公」と尋ねると、ゆっくりと顔を上げた。
「よし、決めた!」
格納庫内に響き渡る音量で叫んだが、すでにその大声に慣れたサポートメンバーたちは意に介さない。美佐子はいつもの笑顔に戻り、以呂波に向き直る。
「そうなったとき、以呂波ちゃんが『撃て』って命令しても……あたし、以呂波ちゃんのことを嫌いにはならない!」
胸を張って美佐子は宣言した。だがその宣言は、それで終わりではなかった。
「でもね、そのときは絶対に装填しないから!」
戦車乗りとして失格。そう言われても仕方ない言葉だった。車長の命令は絶対であり、それを聞かないと言い切ってしまったのである。軍隊であれば抗命だ。
しかし以呂波は親友の目に、何か信念のようなものを感じた。明るい表情の裏に、彼女が背負っている何かを。
「……分かった。覚えておくね」
そう答えた以呂波も、指揮官として失格かもしれない。だがそれは自信に裏付けされた判断だった。この程度で自分たちの団結は崩れない……美佐子との絆を信じているのだ。
扇子で顔をあおぎ、晴が楽しそうに笑っている。空いた手で美佐子の頭を撫でながら。
「本当に、ここは面白いねぇ」
更新お待たせしました。
原作キャラが本格的に絡み始めますが、口調などで変なところがありましたらご指摘ください。
映画版のチハのプラモが発売される中、ハーメルンのガルパンもちょっとずつ小説が増えてきてますね。
モンハンや艦これのように賑わってほしいという人もいると思いますけど、私としてはこの程度の賑わいが一番いいと思います。
新作がバンバン投下されるということは、古い作品がどんどん流されるということでもありますから。
では、次回も頑張って書きます。