ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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ライバルたちの戦いです!

 新たに発見されたSU-76iの乗員募集を行いつつ、千種学園戦車隊は次に備えての情報収集を始めた。

 

 Aブロックのバッカニア水産高校 対 大洗女子学園。

 Bブロックのサヴォイア女学園 対 決号工業高校。

 

 以呂波たちは二手に分かれ、この二つの試合を見に行くことにした。準決勝ではA、Bブロックでそれぞれ連合軍を結成して戦うという変則的な試合形式故、すでに二回戦を終えた千種学園としてはどちらも重要な試合だった。自分たちの共闘する相手と、戦う相手が決まるのだから。

 

 試合形式は夜間のフラッグ戦。千種学園とアガニョークの試合と同じだ。

 以呂波は仲間たちと共に、姉の試合を見に向かった。一ノ瀬千鶴を筆頭に荒くれ者が集まっている決号工業に対し、サヴォイア女学園はいわゆる『お嬢様学校』である。しかし戦車道チームは士気が高く、粘り強いことで知られていた。

 

 一回戦も壮烈な戦いぶりで勝利し、二回戦では決号を相手にどう戦うか注目されていたが……

 

 

 

「……こちら亀。イタリアンたちは相変わらず倉庫に引きこもってらァ」

 

 二式軽戦車の砲塔から顔を出し、少女は報告する。月明かりに照らされ、いわゆる『不良少女』といった出で立ちの彼女はじっと前方を睨んでいた。戦場となっているのは村落で、小さな家が点在している。彼女の視線の先にあるのは、他の建物と比べいくらか大きな倉庫だった。そこにサヴォイア女学園の残存戦力が隠れているのだ。

 

《降伏を勧めに行ってくれ》

 

 千鶴の声が無線で聞こえてくる。了解、と短く答え、決号工業高校副隊長・黒駒亀子はハッチから身を乗り出した。彼女が身軽な動作で地面に降り立つと、後から白旗を持った砲手が続く。操縦手一人を車内に残し、二人は倉庫へ向かって進んだ。

 

「ねぇ亀ちゃん。大人しく降参すると思う?」

「鶴は連中の根性を試してるのさ。一両だけで戦う気概があるか、ってな」

 

 砲手の質問に答えつつ、亀子は前方を見据えた。

 

 現時点において、決号の戦果は敵九両撃破、味方の損害は僅か一両。ワンサイドゲームと言っていい状況だった。

 サヴォイアの隊長・カプチーノは戦車乗りとしては極めて優秀だが、作戦指揮官としては荒削りな面がある。本人もそれを自覚しており、仲間たちの意見を聞きながら作戦を組み立てていたが、直情的な彼女は一弾流の狡猾さに敵わなかった。

 

 今やサヴォイアの戦力は、カプチーノの乗るフラッグ車のみ。決号の本隊から先行して偵察を行っていた亀子らは足早に、彼女の潜む倉庫へ向かって行った。中に潜む戦車はエンジンも切っているようで、音は聞こえない。だが倉庫の出入り口を監視していたため、逃げていないのは確かだ。履帯の跡も一つしかない。反対側から倉庫の壁を壊して逃げたのなら音で気付くし、倉庫が倒壊するリスクを考えれば迂闊にはできないだろう。

 

 使者の証である白旗を夜風に靡かせつつ、静かな闇の中を二人は歩く。だが倉庫に近づくにつれ、耳に聞こえてくる音があった。エンジンや砲撃の音ではない。

 歌声だ。

 

 

ーーMi seppellisci lassù in montagna(私を山へと葬りたまえ)ーー

 

ーーO bella ciao, bella ciao, bella ciao, ciao, ciao,(恋人よ、さらば、いざさらば)ーー

 

 

 複数人での合唱だった。亀子は僅かに眉を顰め、足早に出入り口へ駆け寄る。

 

 

ーーMi seppelisci lassù in montagna(私を山へと葬りたまえ)ーー

 

ーーSotto l'ombra di un bel fior.(花の咲く下に)ーー

 

 

 歌がイタリア語だということは何となく分かったが、イタリアの陽気なイメージとは懸け離れた、短調的な曲だった。

 

 壁に張り付き、亀子は倉庫の出入り口からそっと中を覗き込む。明かりは差し込む月光のみだったが、暗い車庫の中に鎮座する戦車が見えた。イタリア製のM15/42中戦車だ。そしてその砲塔の上に立つお下げ髪の少女・カプチーノの姿も。

 彼女の歌声に三名の乗員が唱和し、手拍子が打ち鳴らされる。

 

 

ーーTutte le genti che passeranno(道行く人々も)ーー

 

ーーO bella ciao, bella ciao, bella ciao, ciao, ciao,(恋人よ、さらば、いざさらば)ーー

 

ーーTutte le genti che passeranno(道行く人々も)ーー

 

ーーMi diranno «che bel fior!».(美しい花だと讃えるだろう)ーー

 

 

 

「戻るぜ」

 

 そう告げて、亀子はくるりと踵を返した。イタリア語を解さないまでも、彼女たちが歌う意味は分かった。その熱の籠った歌声からも、月明かりに照らされる表情からも、それは感じられた。

 降伏勧告は無駄。そう判断した亀子ら後ろで、最後の歌詞が響いた。

 

 

ーーE questo è il fiore del partigiano(この花こそパルチザンの)ーー

 

ーーO bella ciao, bella ciao, bella ciao, ciao, ciao(恋人よ、さらば、いざさらば),ーー

 

ーーE questo è il fiore del partigiano(この花こそパルチザンの)ーー

 

ーーMorto per la Liberta.(自由のため死せる者の花)ーー

 

 

ーーE questo è il fiore del partigiano(この花こそパルチザンの)ーー

 

ーーMorto per la Liberta.(自由のため死せる者の花)ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決号工業高校の隊長車は闇の中に鎮座し、決着の時を待っていた。他の車両と同じ、土地色や枯草色などの日本式迷彩で塗装されているが、所々に剥げ跡が見受けられる。それどころか、この戦車は大柄な車体に弾痕や錆などが随所に存在した。過酷な戦いを繰り広げた荒武者のような外観は、月夜の下では亡霊のような不気味さを放っていた。

 もっとも、それらの「疵」の大半は本物ではなく、塗装の一部だった。プラモデルなどにも行われるウェザリング(風化・汚し処理)である。しかし砲塔側面に描かれた決号工業の校章だけは綺麗だった。その下には芙蓉の花を象ったマークと一の文字が描かれている。一弾流の旗印だ。

 

「……分かった。それでこそサヴォイア女学園だ」

 

 携帯電話で亀子からの連絡を聞き、千鶴は笑みを浮かべた。砲塔から足を垂らして座り、疵だらけの愛車は彼女の荒々しさによく似合っている。ポニーテールが夜風に小さく靡いていた。

 携帯を切ると、身軽な動作でハッチから砲塔内へ飛び込む。車長席の両側には砲手と装填手が着座し、命令を待っていた。その足元には操縦手と副砲手がいる。砲塔バスケットは欧米の戦車ではありふれた構造だが、日本で採用したのはこの車両が初めてだ。千種学園のタシュと同様、歴史の闇に消えたはずの戦車だ。

 

「全車へ通達。敵は勝ち負けを度外視して戦う気らしい。敬意を表して、決号の流儀で歓迎してやろうや!」

《応!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……時を同じくして、バッカニア水産高校と大洗女子学園もまた、熾烈な戦いを繰り広げていた。こちらは一方的な試合とはならなかった。クロムウェル巡行戦車とテトラーク軽戦車で編成されたバッカニア側はその機動力を生かし、大洗の行動を封殺しにかかる。しかし大洗側も持ち前の臨機応変さで対処し、一進一退の攻防を繰り広げていたのだ。双方共に被撃破二両だが、闇夜故になかなか決定打を与えられないでいる。

 

「一から三号車は敵フラッグを追撃! 残りは露払いをなさい!」

 

 バッカニアの隊長・アンはクロムウェルの砲塔ハッチから身を乗り出し、勇ましく指揮を執っていた。二次大戦中最速級の戦車であるクロムウェル三両が隊列を組み、フラッグを掲げた隊長車を中心に突撃する。

 追う相手は八九式中戦車。アヒルのパーソナルマークが描かれた、大洗のフラッグ車だ。エンジンをチューンナップされているとはいえ、草原でクロムウェルの速度から逃れられるものではない。たちまち距離が詰まるも、昨年度の全国大会で数多くの修羅場をくぐり抜けた猛者である。巧みにバッカニアの攻撃を読んでは回避運動を行っていた。周囲にいる護衛もときに盾となり、ときに発砲して応戦する。闇夜に発砲炎が明滅した。

 

 そんなとき、不意に轟音が闇を揺さぶった。

 刹那、隊長車の横にいたクロムウェルが被弾。角ばった車体が大きく揺れ、真横を向いて停止する。直後に白旗が揚がった。

 

「ポルシェティーガー!」

 

 アンは発砲炎の方向を睨んだ。夜目の利く彼女は前方に、戦車壕に入った重戦車の姿を辛うじて発見できた。悔しいのは撃たれるまで気づけなかったことだ。

 大洗の隠し球・ポルシェティーガー。その88mm砲の破壊力はクロムウェルの装甲を容易に貫く。しかしアンは冷静に、追従するテトラークCSに命令を下した。ポルシェティーガー目掛けて煙幕弾を放て、と。

 

 命に応え、76.2mmの榴弾砲が火を噴く。砲手は優秀だった。次の獲物を狙おうとしていた虎の前面に煙幕弾が落ち、朦々と煙を吹き出す。暗闇に加えて煙幕まで張られ、ポルシェティーガーはゆっくりと戦車壕から身を出した。バッカニア側の撃った徹甲弾が命中するも、重装甲に弾かれて乾いた音を立てるのみ。

 だがアンはすでに、速度を維持したまま虎の背後へ回り込むよう指示していた。急激な旋回で強烈なGがかかりながらも、彼女のクロムウェルは操縦手の操作に応えた。相手も砲塔を後ろへ向けようとしたが、もう遅い。

 

「クロムウェルは……虎のエサじゃないのよ!」

 

 75mm砲の砲口が接触する、ギリギリの距離でクロムウェルは停止した。装甲の薄い箇所、すなわち敵の背面で。

 

「ファイア!」

 

 号令と共に、砲手が歯を食いしばって撃った。発砲炎で一瞬、ポルシェティーガーのパーソナルマークが闇夜に浮かび上がる。至近距離から発射された徹甲弾は虎の背中に食い込んだ。

 飛び散る破片から顔を庇いつつ、アンは敵の砲塔から白旗が飛び出すのを見た。

 

《大洗女子学園・ポルシェティーガー、走行不能!》

 

 アナウンスが聞こえたとき、彼女はすでにフラッグ車への追撃再開を命じていた。大洗の武勲戦車を撃破できた喜びを脇へ置き、勝利目標に意識を集中する。

 

 そのとき、曳光弾がパラパラと降り注いだ。八九式の砲塔後部機銃だった。アンは咄嗟に体を砲塔に収め、装甲板に弾丸が当たって乾いた音を立てる。

 

 牽制のつもりか……そう思ったアンだが、一つ不自然なことに気づいた。通常、機関銃には数発に一発の割合で曳光弾が混ぜられている。弾道を視覚化するためだが、今受けている銃撃はその曳光弾が多いように見えた。

 

「まさか……!?」

 

 彼女がはっと気づいた、その瞬間。

 強い衝撃がクロムウェルを揺さぶった。

 

 乗員の頭にガツンと響くその一撃に、アンは何が起きたかを悟る。速度の出ていたクロムウェルは草原の上で一回、二回とスピンし、煙を吹き出す。ゆっくりと停止したとき、アンの目に映ったのは自車から飛び出した白旗だった。

 

 

《バッカニア水産高校フラッグ車、走行不能! 大洗女子学園の勝利!》

 

 

 試合の終了を告げる、その言葉。アンはしばらく放心したかのように白旗を見つめていたが、やがて砲撃のあった方角へ顔を向ける。その先は闇だった。だが敵は確実に、その向こうから撃ってきたのだ。場慣れしたアンには、今自分たちが受けたのはIV号戦車の攻撃だと音で分かった。

 大洗の隊長車が撃ったのだ。しかも闇夜に遠距離から、味方の曳光弾を頼りに。

 

「あれが……“大洗の軍神”……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……観客席は大洗の勝利に沸いていた。視察に来ていた船橋たちとて例外ではない。自分たちが目標とし、憧れとしてきた大洗女子学園の戦いを見たのだ。そしてその能力が如何なるものか、改めて知ったのである。

 

「凄い……機銃弾の光で砲撃を当てるなんて……!」

 

 船橋の隣で、大坪が感嘆の声を上げる。二回戦で落ち込んでいた彼女を励ますため、船橋が自分に同行させたのだ。他には船橋の仲間である広報委員たちが側にいた。

 以呂波たち隊長車組は決号とサヴォイアの試合を見に行っている。ただ一人を除いては。

 

「加々見さん、どうだった? 五十鈴さんの射撃」

 

 船橋に問いかけられ、澪はしばらくモニターを見つめていた。勝利を喜ぶ大洗陣の映像が映し出され、その中で微笑んでいる長髪の女子を澪は凝視していた。大和撫子だとか、緑の黒髪だとかいう表現がよく似合う、凛とした佇まいの少女だ。彼女こそ今回の最後の一撃を決めた、大洗隊長車の砲手である。

 いつも結衣と共に行動したがる澪が、彼女と別行動を取って船橋に同行したのは他でもない。かの名砲手・五十鈴華を見るためだった。長い間をおいて、彼女の口から零れたのは意外な言葉だった。

 

「……狙って当てたんじゃ……ない」

「えっ……!? まさか、まぐれ当たり?」

 

 驚く大坪に、澪は首を横に振る。船橋と大坪には彼女が何を言いたいのか分からなかった。

 

 澪は以前、“弓聖”と呼ばれた人物について書かれた本を読んだ。その男は闇夜、的の前に線香を一本だけ立て、他に何の照明もつけずに矢を放った。最初の矢は的の中心を射抜き、二本目はその矢に命中して引き裂いたという。そんな弓聖の言葉は「的を狙ってはいけない」であった。

 

 一回戦で虹蛇学園のカイリーと戦ったとき、澪は自分が的になった。そして試合後にカイリーと語り合い、知ったのだ。彼女の射撃能力は、単に数学的な計算に基づいたものではないと。そして恐らく、五十鈴華もそういった「何か」を以て当てたのだ。

 

 幼い頃から、澪はあらゆるものに怯え、その度親友である結衣の背後に隠れていた。戦車道を始めるまで、彼女が怯えずに話して笑い合い、時に怒りをぶつけられる相手は結衣と美佐子だけだった。そんな自分に嫌気が差していたからこそ、強さを求めて戦車の道に足を踏み入れたのだ。高校で出会った義足の少女が、自分を導いてくれるのではないかと思って。

 

 砲手として、その「何か」を手に入れれば、強い自分になれる……澪はそんな思いを、胸に抱いていた。




お読みいただきありがとうございます。
作中に登場した歌はイタリア民謡の『ベラ・チャオ』です。
元々は労働歌だったようなのですが、二次大戦中には『恋人に別れを告げ、パルチザンに身を投じる若者』を歌う歌詞が付けられました。
誰が作った歌詞かは不明で、ナチスへの反抗の中で自然発生したのかもしれません(そういうわけで著作権上の問題はないと思います)。
サッカーの応援で歌われていたりするので、イタリアでは結構ポピュラーな歌のようです。
耳に残る曲で、アンツィオ戦でこの歌が流れることを期待していたのですが、まあ『統帥』アンチョビの部隊にパルチザンの曲は不自然ですわな。

決号とサヴォイアの戦いは次回に決着がつき、それから三回戦へと話が進んでいきます。
ご感想・ご批評、お待ちしております。

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