ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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第四章 大洗女子共闘戦
戦車、探します!


 休日の学園艦は長閑な雰囲気が漂い、学校エリアには人が少ない。市街地エリアに活気があるかは艦によって異なるが、ショッピングモールなどの施設が充実した千種学園では私服姿の生徒で溢れていた。無論、飛行機や連絡船で陸へ行く生徒も多く、休日をどこで過ごすかは生徒の自己判断と財布の事情によって決められる。

 街並みは一般的な日本の都市と変わらなかったが、千種学園の前身となった四校の特色が随所に表れていた。特にウクライナ、オーストリア、ハンガリーの料理・雑貨を扱う店が多い。母校の文化を存続すべく活動する二年・三年生が自主的に屋台を出していたりもする。最近では四校の融和が進む一方で、一年生でもそれらの派閥に加わる生徒が増えてきた。

 

 壮絶な夜間試合を終えた以呂波たちは、昼過ぎまでのんびりと過ごし、次いで引越し作業にかかった。以呂波と晴が結衣たちの家に移り住むためである。家財道具を運ぶため、結衣が学校からレヘル装甲車を借りてきた。対空戦車を改造したハンガリーの装軌式兵員輸送車である。オープントップの兵員室に家具を積んで運ぼうというわけだ。以呂波の家は私物が少なかったため楽だったが、晴の家は落語に関する書籍やCDが多数あり、運搬に手間がかかった。

 

 今最後の積荷を積んで家に向かう最中で、以呂波ら五人は屋台で菓子を買い、休憩している。紙皿に盛られているのは小さく千切ったパンケーキに砂糖とフルーツソースをかけた物で、カイザーシュマーレンと呼ばれるオーストリア菓子だ。皇帝が好んだことからその名がつけられたとされている。

 

「ドナウ高校も勝ち進んだみたいね」

「うん。でも副隊長が試合中に倒れたとか……」

 

 パンケーキの優しい甘みを味わいながら、以呂波と結衣が言葉を交わす。彼女たちがアガニョークと戦っている間、ドナウ高校とタンブン高校の試合も行われていたのだ。

 

 IV号戦車を中心に構成されたドナウ高校に対し、タンブン高校はM24チャーフィー軽戦車、ヴィッカース6t戦車、九五式軽戦車で編成されていた。ドナウの快勝が予測されていたが、タンブン側は巧みなゲリラ戦術を駆使して粘った。さらにドナウ側は別働隊を率いていた副隊長が急な発熱で倒れ、リタイアを強いられるというアクシデントが重なったのである。

 それがきっかけで一時的に総崩れとなりかけたドナウだったが、一年生が生き残った別働隊をまとめて反撃に転じて持ち直し、勝利した。その一年生の名は矢車マリ。以呂波たちが練習試合で戦った相手だ。

 

「あの人ともまた戦うことになるのね」

「……あの人、好きじゃない……」

 

 澪がポツリと呟く。試合前に千種学園の戦車を『見世物』呼ばわりされたことはまだ忘れていない。

 

「相手を煽って苛立たせるのも戦術だよ」

 

 以呂波は矢車マリという少女に、そこまでの不快感は抱いていなかった。試合開始前には北森らを大いに苛立たせたが、勝負の後は潔い態度を取っていた。以呂波はあの程度の挑発は慣れているし、一弾流を軽んじている相手からはより一層侮蔑的な発言をされたこともある。

 逆に言えば、矢車はそこまで印象に残る相手ではなかった。だが伝え聞いた戦いぶりからすると、あの練習試合のときより遥かに腕を上げているようだ。準決勝で強大な敵として立ち塞がることになるかもしれない。以呂波としても負けてはいられなかった。

 

「私も昨日、みんなに大分負担をかけちゃったし……もっと頑張らないと」

「アレは仕方ないんじゃないかい? あんな物が出てくるとは思わなかったし、あたしらも突き止められなかったから」

 

 頬張っていたカイザーシュマーレンをのみ下し、晴は以呂波をフォローする。アガニョークの切り札として千種学園を苦しめたグラントCDL。戦車知識の豊富な以呂波でさえその存在を忘れていたし、他のメンバーに至っては遭遇して初めて存在を知った。諜報活動に当たった晴と美佐子にも、CDLの存在まで突き止められなかった責任はある。もっともアガニョークとて切り札の重要性を理解して秘匿に勤めていたのだから、SU-100の情報を入手できただけで大したものだが。

 

 そして以呂波以外にも、二回戦の内容について深く反省している者がいる。

 

「……大坪先輩、落ち込んでた……」

「カラ元気出してたけど、結構ショック受けてたわね」

 

 澪の言葉を受けて、結衣が心配そうに頷く。大坪は気さくな人柄から、馬術部チームのみならずメンバー全員から好かれていた。特に動物を怖がる澪に馬の可愛さを教えたり、結衣にハンガリー料理を教えたりと、戦車道以外の面でも後輩の面倒見が良い。二回戦で何もできないまま最初に撃破された彼女のことを、結衣たちが心配するのは当然のことだ。

 特にトゥラーンIIIはタシュと並んで千種学園の主力であり、それが脱落したために後半戦は厳しい戦いを強いられた。試合の後、大坪はトゥラーンの乗員たちと共に笑顔で以呂波らを祝福したが、結衣の言う通りカラ元気であることは皆気づいていた。

 

「あの子のことなら船橋先輩に任せときゃ大丈夫さ。あの二人は統合前からの付き合いらしいからね」

 

 そう言いながら、晴は美佐子の皿に残ったパンケーキをフォークで狙う。自分の分はすでに食べ終えていた。

 

「へぇ。でも学校は別ですよね?」

 

 美佐子はさっと紙皿を引っ込め、晴の一撃を回避した。

 

「船橋先輩はトラップ女子高で、大坪先輩はアールパード女子高だって……」

「正式名称はトラップ=アールパード二重女子高校。同じ学園艦に二校が同居してたのさ」

 

 話しつつもフォークを繰り出す晴と、それを回避する美佐子。二人の攻防は続いた。やがて美佐子は自分のカイザーシュマーレンを、最も安全な場所へ退避させた。つまり残っている分を一気に口へかき込んだのである。口周りをラズベリーソースで汚しながら勝ち誇った笑みを浮かべる彼女に、他四名は大いに笑った。

 

 そのとき結衣の頭に一つの疑問が浮かび上がった。千種学園の二年・三年生は皆、統合された四校から移籍してきた生徒たちである。船橋と大坪はトラップ=アールパード校、北森ら農業学科チームはUPA農業高校、丸瀬たち航空学科と三木たち鉄道部は白菊航空高校の出身だ。そして今側にいる、風変わりな落語女子も二年生なのだ。

 

「お晴さんは白菊航空から来たんですか?」

「いや、白菊じゃないよ」

 

 晴は扇子で自分の額をぺちぺちと叩いた。

 

「じゃあ、トラップ高からですか?」

「トラップというわけでもないね」

「アールパードから?」

「アールパードというわけでも」

「U農から?」

「U農というわけでも」

「……じゃあどこから?」

「どこからというわけでも」

 

 謎の押し問答が続く。

 

 そんなとき、以呂波の携帯が鳴った。ポケットから取り出して確認するとメールが一通届いている。差出人はサポートメンバーの男子整備員、デゴイチこと出島期一郎だ。

 ぎこちない手つきでボタンを操作しメールを開封する。画面に映る文面を見て、以呂波は目を見開いた。

 

 

《隊長殿に御注進。学園艦への資材搬入記録を調べた結果、UPA農業高校からもう一両戦車が運び込まれていたことが判明せり。詳細不明なれど自走砲系と思われる》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園艦に設けられた広大な農場で、北森らT-35クルーたちは捜索に当たっていた。海上都市でもある学園艦の農場は潮風害から作物を守るため、畑ごとに透明なドームで覆われている。艦の行き先によって気候が変わることもあり、露地栽培はほとんど不可能だ。艦内には水耕栽培を行う施設もあり、未来的な様相を呈していた。水は組み上げた海水を淡水化装置で真水に変えて使っている。

 空き地ではUPA農業出身の二年・三年生らがホパーク(コサックダンス)の練習をし、また一年生に教えていた。

 

「なかなか見つからないですね」

「U農から持ってきた戦車なら、農場の何処かにあると思うんだけどなぁ……」

 

 農場の地図を眺め、すでに探した場所に赤ペンでバツ印を付ける。北森も出島から連絡を受けて戦車探しを始めたのだ。統合当初、同じUPA農業から運ばれてきたT-35が農場に展示されていたことから、報告にあった自走砲も農場にあると考えた。T-35のように展示されているなら北森が気づかないはずはないが、多数ある倉庫などにしまわれ、そのままになっているのかもしれない。前身四校から資材類を運び込む際、その量が多いことから大分混乱が生じたとも聞いている。

 千種学園の学園艦は大型な上、前身の一つが農業高校だったため農場の規模も大きい。探すのは手間がかかりそうだった。それでも北森たちはかつての母校の遺産がもう一両あったことを喜び、何としても探し出そうと考えていた。廃校となったUPA農業高校のためだけでなく、千種学園のためにも。

 

「車庫は全部見たし、後はシラミ潰しにするしかないか。まず手分けして畜産施設を……」

 

 話し合っているとき、エンジン音の接近に気づいた。畑の間の通路を通り、レヘル装甲車が近づいてくる。オープントップの兵員室から美佐子が身を乗り出して手を振っており、操縦席のハッチからは結衣が顔を出していた。家財道具をとりあえず家に置き、捜索に加わるべくやってきたのだ。

 レヘルは結衣の操縦で北森たちの前に停車し、以呂波が美佐子らの手を借りて降車する。

 

「お疲れさん、隊長」

 

 義足で地面に降り立った以呂波へ、北森は敬礼を送る。ソロチカを着たクルーたちも同様に敬礼した。シンプルな白い生地に繊細な花の刺繍が施されたウクライナの民族衣装で、戦車クルー用の制服姿とは打って変わり優しげな出で立ちだ。以呂波たちも彼女たちに敬礼を返す。

 

「お疲れ様です、先輩。手がかりはありましたか?」

「それが一向に見つからなくてなぁ。農業機械の倉庫とか、戦車をしまっておきそうな所は全部調べたんだけど……」

 

 地図を見せ、北森は捜索場所を説明する。農場には倉庫類も点在しており、全て調べるには手間がかかりそうだ。北森曰く、丸瀬に連絡して航空機格納庫も調べてもらっているとのことだった。

 

「でもやっぱりT-35みたく、農場にある可能性が高いと思うんだよ。U農から持ってきた農業機械か何かに紛れてるのかも」

「手がかりがないのが困りますね」

「ああ。デゴイチがまだ搬入記録を調べてくれてるけど……」

 

 苦笑する北森。単純で血気盛んな女コサックたちでも、広大な農場を手がかり無しで探し回るのは骨が折れる。

 

「誰か、占いでもできればな」

「占い、ですか?」

「船橋の情報だと、大洗さんは学園艦に隠されてた戦車を八卦で探したらしいぜ」

 

 かの大洗女子学園は過去に一度戦車道が廃止されており、昨年度の再結成時には艦内に残っている戦車を探し出す所から始めねばならなかった。池の中や崖の洞窟などに遺棄されていた戦車を苦労して発見したという話は、以呂波も伝え聞いていた。

 

「占いなら、丸瀬先輩が得意だって言ってましたけど」

「いや、あいつができるのは人相見だ。昔の海軍航空隊で使われたやつだとか……」

 

 旧日本海軍ではパイロットの適正や、機種ごとの適正診断に人相見を採用していた。嘘のような本当の話だが、それだけ適正の判断が困難だったという証拠とも言える。無論他にも様々な要素から診断したのではあるが。

 頭を抱える以呂波の後ろから、晴がひょっこり顔を出した。

 

「失せ物探しの占いなら、できるけど」

「え!?」

 

 全員の視線が晴に集中する。相変わらず飄々とした笑みを浮かべ、彼女は持っていた風呂敷を地面に置おいた。いつも鞄ではなく唐草模様の風呂敷を愛用しているのだ。

 

「算木筮竹なんてのはできませんがね、そろばん占いってのを心得てまして」

「そろばん占い!?」

 

 思わず叫んでしまった仲間たちの前で、晴は風呂敷の結を解く。中には筆記具などと一緒にそろばんも入っていた。それも計算機の主力がそろばんから電卓に移り変わる過渡期に売られていた、電卓付きのそろばんである。

 

「……なんでそんな物持ってるんですか?」

「懐古趣味。戦車道と同じだろ」

 

 結衣の問いに手短に答え、晴はそのそろばんを地面に置いた。その前に屈んで合掌し、さも有り難そうに拝む。

 

「この占いは桁違いによく当たりますよ、そろばんだけに。失せ物の在処がピタリと出ますから」

「おお、凄い! どうやるんですか!?」

 

 周囲が期待三割、胡散臭さ七割といった視線で見つめる中、美佐子だけは興奮していた。以呂波や北森も「この際それでもいいや」と言いたげに見守っている。

 願いましては、と言いながら、右手でそろばん珠をパチパチと弾いていく。どこかで習っていたのか、手慣れた手つきでリズミカルに音を立てていた。やがて指の動きがピタリと止まり、晴は顔を上げた。

 

「三二九三、と出ました。ミ・ズ・ク・ミ……農場には水汲みポンプがあるでしょう?」

「あるぜ。ポンプ小屋がいくつも」

 

 地図を示しながら北森が答える。農場内のポンプ小屋の位置にはそれぞれ番号が振られていた。

 晴は再びそろばんに視線を落とす。白い指が一珠を三つ弾いた。次いでそれを戻し、五珠と一珠を一つずつ弾く。

 

「三、そして六。三番ポンプの六時方向、裏手側に何かありますか?」

「えーと、肥料倉庫があるな」

「ではその倉庫の中を……」

 

 さらに素早く軽快にパチパチとそろばんを鳴らす。周囲の胡散臭そうな視線は最高潮に達していたが、晴は全く気にしていない。指の動きが止まると、彼女は小声で「よし」と呟いた。

 

「四九三六、ヨ・ク・ミ・ロ。倉庫の中をよく見ろ、という易でございます」

「本当かよオイ!?」

「胡散臭いにも程がありますよ!」

 

 北森と以呂波がツッコミを浴びせる。T-35クルーたちからも「ふざけんな!」「時間を返せ!」「ってかそれ落語のネタじゃん!」などと罵声が飛び出した。しかし晴は一切詫びず、「あたしゃ本気だ!」と言い張る。美佐子は「見てみなきゃ分からないじゃないですか!」と晴を擁護し、澪は一歩さがったところで困り顔を浮かべていた。

 やがて収拾がつかなくなる前に、結衣が間に割って入った。

 

「まあまあ。どうせ他に手がかりないんだし、見てみましょうよ」

「……それもそうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一同は藁にも縋る思いで倉庫へ向かった。縋りたいとも思っていなかったが、倉庫へ入った瞬間に澪が口を開いた。

 

「……戦車のニオイがする……」

 

 そう言って彼女が指差した方向には、肥料の袋が倉庫の幅いっぱいに積まれていた。以呂波がまさかと思い近寄ってみると、彼女の嗅覚もそれを感知できた。化学肥料の臭いの中に微かに混じる、鉄と油のニオイを。

 北森はすぐさまフォークリフトを取りに行き、肥料袋を撤去しにかかった。

 

 その結果。

 

 

 

「本当にありやがった……」

「あんな占いで……」

 

 一同は唖然として、肥料袋の向こう側の光景を見つめていた。そこには確かに、埃を被ったオリーブ色の自走砲が鎮座していた。車体は一同が何処かで見た覚えのある、やや小ぶりの物だ。その上に傾斜装甲の戦闘室が固定され、T-34/76の物に似た主砲を搭載している。上面には車長用キューポラを有していた。

 

「な、あったろ」

「凄いです、お晴さん!」

「……恐れ入りました」

 

 そろばんを入れた風呂敷を撫で、晴は得意げに胸を張った。唯一彼女を信じていた美佐子が歓喜の声をあげて戦車に駆け寄る。そして以呂波も。

 

「SU-76iですね。ソヴィエトの対戦車自走砲です」

「SU-76って、オープントップじゃなかったかしら?」

「それとは別物だよ。これは鹵獲したIII号戦車を改造したリサイクル車両だから」

 

 結衣の疑問に答え、以呂波は車体や足回りに異常がないことを確認する。装甲についた埃を手で拭うと、十字の後ろに二本の鍬を交差させた、旧UPA農業高校の校章が露わになった。

 SU-76iは以呂波の言葉通り、大量に鹵獲したIII号戦車を再利用するための即席兵器である。しかし密閉式の戦闘室を備え、元がIII号であるため信頼性・居住性もよく、オープントップのSU-76より乗員に好まれたという。主砲はT-34/76のものを自走砲用に改造した76.2mm砲だ。ティーガーの88mm砲などに比べれば見劣りするが、十分戦力に計上できる威力を持つ。

 

 新たに見つかった母校の遺産を前に、北森は感慨深げにため息をついた。

 

「不精な奴がこいつの前に袋を積んでたんだな。……ありがとうよ、高遠」

「いえいえ」

 

 にっこりと微笑み、晴は北森と握手を交わした。農作業で鍛えられた北森の握力に、顔をしかめながらも。

 

 こうして高遠晴はチーム内で一目置かれると同時に、ますます謎めいた存在となった。ともあれ、また一両の新戦力が千種学園に加わったのである。

 




お読みいただきありがとうございます。
忙しくて仕事帰りにはヘロヘロですが、その割には書けています。
ただし、今のところは。
今後間が空くこともあると思いますが、ご容赦ください。
秋ころには仕事が暇になるはずですので。

ご感想・ご批評など、お待ちしております。

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