ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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接戦です!

 砲声が冷えた空気を揺さぶり、発砲炎が一瞬だけ闇を照らした。照準器が不要な至近距離からの砲撃。100mm徹甲弾の強烈な破壊力は、タシュの側面装甲を紙のように貫ける。

 しかし砲手の期待に反し、その一撃は敵戦車の砲塔前面……半円形の防盾を掠めたのみだった。貫通判定は出ない。

 

 試合開始から常に冷たい無表情だったカリンカの顔に、驚愕の色が浮かぶ。彼女の射撃管制に間違いはなかった。タシュの方が急制動をかけたため、偏差射撃のタイミングがずれたのだ。一ノ瀬以呂波という車長が、卓越した射弾回避技術を持っていることは知っていた。だがこの闇と光を利用した伏撃を見破ったのは何か。理屈では説明しきれない、戦車乗りの勘が作用したのは間違いない。

 

 タシュのキューポラから、少女が顔を出したのに気づいた。暗がりの中だが、一瞬だけ二人の目が合う。本当に一瞬のことだった。直後にタシュは急発進し、カリンカも追撃を命じる。以呂波はその場に長く留まっては危険だと判断し、カリンカの方も100mm砲弾を再装填する余裕はなかった。

 

「道を塞ぎなさい!」

 

 CDLに命じつつ、カリンカは敵隊長車を追う。仕損じても敵を分断できるというのがカリンカの狙いだった。

 

「ラーストチュカ。後ろは任せるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 命令を受けたグラントCDLは車体を横に向け、撃破されたもう一両に接近する。千種学園の後続部隊の前に立ちふさがる形だ。

 だが車体の旋回時にカーボン・アーク灯が横へ振れたため、千種学園のクルーたちに一瞬だけ視界が戻った。トルディを駆る船橋はグラントCDLの動きを視認でき、素早く40mm徹甲弾を装填する。

 

「撃って! この距離なら抜ける!」

「はい!」

 

 砲手がトリガーを引く頃には、再び閃光が視界を覆っていた。だがこの近距離での照準なら、半ば勘で合わせても十分だった。

 タシュやズリーニィの主砲に比べれば遥かに貧弱な40mm砲だが、対戦車ライフルだった頃とは比べものにならない轟音が響く。火薬の匂いが船橋の鼻をくすぐった。視界を塞ぐ閃光は消え、周囲が闇に包まれる。

 

《グラントCDL、走行不能!》

 

 暗闇で白旗は見えなかったが、アナウンスで撃破を確認する。だが船橋らは安堵する暇はなかった。

 

《後方から敵!》

 

 三木の叫びが聞こえた。エンジン音を轟かせ、BT-7が接近してくる。街灯の光で『士魂』の文字が照らし出された。

 

「三木さん、逃げて!」

 

 叫びつつ、船橋は後ろへ砲塔を向けた。ソキはすぐさま走行不能となったグラントの脇を抜け、逃走していく。それにズリーニィが続いた。

 しかしマレシャルだけはここにきて、経験不足故の判断ミスを犯してしまった。BT-7に主砲を指向しようと、車体を旋回させてしまったのである。真後ろにいる相手へ主砲を向けようとしても、回転砲塔を持たない駆逐戦車。快速戦車相手では、敵の接近までに間に合わなかった。

 

《ヤバッ……!》

 

 川岸の声が聞こえた直後、砲声が響いた。如何に傾斜装甲といえど10mm~20mm程度の厚みしかない。接近して放たれた45mm砲弾が食い込み、一瞬の間をおいて貫通判定が出る。白旗装置が作動した。

 

 船橋はBT-7を攻撃しようとするが、相手は撃破されたマレシャルの反対側にいた。彼女のトルディが回り込もうとする前に、BT-7はソキの追撃に移った。

 

「BTを追って! 何がなんでも仕留めるのよ!」

「はい! 委員長!」

 

 操縦手が即座にギアを切り替え、後を追う。ズリーニィは火力も乗員の腕も申し分ないが、主砲の旋回しない突撃砲は護衛には不向きだ。せいぜい盾になるくらいで、小回りの効く敵の排除は困難である。タシュが分断された今、敵副隊長のBT-7と渡り合えるのは回転砲塔を有するトルディのみだった。

 

 ソキは別の道へ入り、駅の方向へ向かって逃走する。敵フラッグを追い詰める策のためだ。街灯が割られたエリアを抜け、ある程度の視界が確保できるようになった。

 

《敵、後方より接近中! 宙返りで背後を取れ!》

《戦車が宙返りできるかー!》

 

 丸瀬たち航空学科チームの声がレシーバーに入った。このような状況でもボケをかます程度の余裕はあるらしい。ズリーニィは敵SU-85の待ち伏せを排除するため追従しているが、同時に自車をソキの後ろへつけて盾となっている。だがズリーニィは正面装甲厚こそ100mmあっても、後部に攻撃を受ければ耐えられないだろう。

 船橋の頭は冴えていた。即座に砲塔へ潜り、40mm砲弾を一つ持ち上げる。薬室に握りこぶしで押し込み、閉鎖機が音を立てて閉まった。敵副隊長は後方にも気を配っており、前半戦の動きからすると命中させるのは困難だ。

 だが行き脚を止める方法はある。ここは市街地なのだ。

 

「停止して、電柱を撃って!」

「やってみます!」

 

 瞬時に船橋の命令を理解し、砲手は照準を合わせる。操縦手がブレーキをかけて停車した直後、躍進射撃。40mm砲から発砲炎が広がる。

 放たれた砲弾、それはBT-7やソキよりも先……道脇の電柱を狙っていた。狙いにくい的だったが、その一撃は柱の根元へ直撃。ぐらり、と灰色の電柱が傾いた。

 

「三木さん、丸瀬さん! 突っ切って!」

《は、はい!》

《先輩のこういうやり方、好きですよ!》

 

 道へ倒れてくる電柱の下をソキが、次いでズリーニィが潜り抜ける。BT-7は後を追って増速するも、すでにコンクリートの柱が迫っていた。

 

 ラーストチュカが急回頭を命じ、柱と電線を避ける。地響きを立てて電柱が倒れこんだとき、BT-7はトルディめがけて反航していた。ラーストチュカの前髪の下で、ぎらつく瞳が船橋を見据えていた。憎いわけではないし、怒りもない。ただ決着をつけようという闘争心がそこにあった。

 

「やる気になったみたいですね!」

「ええ!」

 

 砲手の言葉に、船橋は力強く頷いた。

 

「ここでやっつけましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こちらラーストチュカ。敵副隊長車を先に排除します。敵フラッグは駅方面へ逃走中》

《分かった。残りのSUはGD地点へ向かい、線路を押さえなさい》

「ダー・ダヴァイ!」

 

 SU-85の車長が、カリンカの命令に快活に答えた。残っているSU-85は二両。予想以上の消耗戦となっているが、千種学園側は少しずつフラッグ車から引き剥がされている。今ソキの護衛についているのはズリーニィのみ。そしてソキが再び線路を利用して脱出することも予測できる。先回りしてしまえば仕留められるだろう。

 

「ねぇ、今思ったんだけど」

 

 装填手の小柄な少女が、車長の方を見上げた。

 

「何?」

「バーニャでマッサージしてくれた子、あれから見ないよね」

「ああ、それ私も思ってた」

 

 夜間訓練の前、バーニャで出会った親切な少女。疲れが溜まっているところへマサージをしてもらい、良い気分になって戦車道部の情報をいくらか話してしまった。同日に起きたスパイ事件において確認されたスパイは一人だけだったが、わざわざ偽装飛行艇まで用意して脱出したことを考えると、他にも忍び込んでいた可能性がある。心当たりのある者はいないかと聞かれたとき、「まさか」とは思っていた。

 そして実際にあの日以来、その少女を見かけた者はいない。

 

「とりあえず、カリンカ隊長には黙っておこう」

「そうね。シベリア送りにされちゃう……」

「くすぐり回されるのはもう勘弁だわ〜」

「まったくあのドS隊長……」

 

 周辺警戒を行いつつも、乗員たちは私的な会話を行う。残っている敵が分散したことで心理的に余裕が出てきたのだ。しかし次の瞬間、彼女たちの背筋が一気に凍結した。

 

 

《通信機のスイッチ、入ったままよ》

 

 

 車長の表情が強張る。他のクルーたちも同様だった。

 

《詳しい話は試合の後に聞くわ。知っての通り私はドSだけど、あんたたちの活躍次第では寛大になるかもね。以上》

 

 カリンカの抑揚のない声が途切れ、しばしSU-85のエンジン音だけが耳に響く。

 お下げ髪の車長はゆっくりと拳を握り締め、愛車の装甲板を殴りつけた。

 

「みんな! 何がなんでも敵フラッグを仕留めるわよ! 私たちが生き残るために!」

「了解!」

「ダー!」

「是非もなし!」

 

 結果的に士気は大幅に向上した。督戦隊に銃を突きつけられているようなものではあるが。

 

 左隣にはもう一両のSU-85が追従している。目標地点まではあと少し。線路の近くに陣取ってしまえば、ソキの逃走は妨害できる。だが車長は念のためちらりと後方を見張り……目を見開いた。

 

「六時方向に敵! 突撃砲が……」

 

 叫びつつ操縦手の肩を蹴り、回避運動を取らせる。だがその瞬間には追ってきた敵戦車……ズリーニィI突撃砲が火を吹いていた。並走していたもう一両が後部に直撃を受け、行き脚を止める。やがて上面から白旗が飛び出した。

 

 慌てて周囲を見回してもソキの姿はない。つまりズリーニィはフラッグ車を丸裸にして、SU-85を狩りに来たということになる。アガニョークの戦車はフラッグ車が逃走中、SU-100はタシュと、副隊長車はトルディと交戦中で、SU-85以外にソキを狙える車両はいない。それを排除しようとするのは当然のことだが、何故位置が分かったのか。

 

「どうする!?」

「応戦するしかないわ! 路地へ入って!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……ズリーニィとSU-85の交戦が始まると、建物の影で見守っていた少女が駅へと走り始めた。否、自転車を漕ぎ始めた。北森だ。

 人数分は用意できなかったものの、折りたたみ式の自転車を持ち込んでいたのである。T-35の乗員は鉄道橋を徒歩で渡って市街地へ潜入し、即席の銀輪部隊として索敵に当たったのだ。限定的ながらも彼女たちに機動力を与えることで、迅速に歩哨を展開することができたというわけだ。そのうち一人がSU-85の待機場所を発見し、それが線路へと動き出したのを北森が丸瀬に報告したのだ。

 

「こちら北森。丸瀬がSUを一両殺って、もう一両と交戦中だ。あたしは三木を手伝いに行くぜ」

《隊長車、了解》

 

 晴の返事を聞き、北森は全速力で駅へと向かった。

 

 千種学園の奮闘により、戦力差はもはやほとんどなくなっていた。しかし全てが以呂波の思い通りに進んだわけではない。各車両は離れ離れに分離させられ、敵フラッグ車を追っているのはタシュのみ。しかもカリンカの駆るSU-100がつきまとっている。

 ソキの特性を利用した策は成功するのか……以呂波の脳裏にその不安がよぎっていた。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
来月は休みが四日ということで、執筆に割ける時間が今以上に減りそうです。
そうなる前にアガニョーク戦だけはなんとか書き終えたいところ……

ところでソ連の珍兵器で一つ、出したかった物がありまして。
それを出すために「アガニョーク学院高校VSマジノ女学院」なんてのをやるかもしれません。
まあ話の筋はできているとはいえ、実際に書くのはまだ先になるとは思いますがw

それと前の活動報告にも書きましたが、第二章一話に名前だけ出てきた「メイプル女学院(カナダ系)」、公式にほぼ同名の名前の学校があると知りました。
うっちゃっておくつもりでしたが、ちょっと思うところあって「タンブン高校(タイ系)」に変更しました。
調べてみたら全国大会に参加した十六校以外にもスイス系やルーマニア系の学校があるようですね。
……でも何故かハンガリー系がない。
本当に何故?
(持ってないけど月間戦車道とか見れば実は載ってるのかもしれませんが)


では、ご感想・ご批評などお待ちしております。

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