ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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追撃戦です!

 それぞれの思いを抱えながら時は過ぎ、少女たちは再び戦いに向かう。市街地から信号弾が打ち上げられると、千種学園側もそれに応え、戦車に積んであった発射筒を降ろす。しばらくして空中に赤い光球が上がった。

 

「たーまやぁー!」

「たーがやぁー」

 

 美佐子と晴の能天気な声の直後、以呂波がエンジン始動を命じた。暖気運転である。七両が一斉に機関に火を灯し、戦車が唸り出した。一両、T-35だけはこの場にいない。予め鉄道橋の近くへ移動させていたのだ。戦闘再開と共に乗員は徒歩で鉄道橋を渡り、折りたたみ式自転車を用いて市街地内を偵察する計画だ。そして以呂波率いる本隊は戦車の渡れる橋を通り、正面から襲撃をかける。

 

「斥候隊、出動してください!」

《了解! 妹ども、橋を渡れ!》

 

 威勢の良い声がレシーバーに響いた。学園内で女コサックと呼ばれているのは伊達ではない。

 それからしばらくして、徒歩で橋の先を偵察していた丸瀬の声が聞こえた。

 

《こちら丸瀬。橋を渡った先に敵はいない》

「分かりました。ありがとうございます」

 

 以呂波の予想通りだった。市街地に入った瞬間に攻撃を受けても、即座に退避行動をとればフラッグ車は生き残れるだろう。アガニョーク側としてはもっと深くまで誘い込んで伏撃した方が、一挙に敵を殲滅できる。フラッグ車のBT-7を誘いの餌にして。

 だが伏兵戦術は一弾流の得意分野。以呂波はすでに敵の伏兵が予測される地点を地図上に洗い出していた。これらを排除しつつ、敵フラッグ車を追撃するのが彼女の計画だった。

 

「各車準備完了だとさ!」

 

 晴が笑顔で告げた。結衣は操縦レバーをしっかり握って命令を待ち、澪は照準機を覗いて集中力を高めている。美佐子も弾薬の収納を確認し、異常なしと報告した。

 キューポラから顔を出し、ゆっくりと一回深呼吸。前方の街を見据え、以呂波は命ずる。

 

「千種学園戦車隊、パンツァー・フォー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵部隊、動きました!」

 

 BT-7の車長が無線機に叫んだ。夜の魔女と呼ばれる彼女たちは夜間視力に優れている。自車の隠れている路地から顔を出して、橋を渡ってくる千種学園の戦車を双眼鏡でしっかりと確認できていた。その表情は真剣そのものだが、口元にはチャクチャクの食べカスがついている。

 渡ってくるのはタシュ重戦車、ズリーニィI突撃砲、トルディIIa軽戦車、そしてフラッグ車たる九五式装甲軌道車『ソキ』。T-35以外の車両全てが揃っているようだ。そのことを報告すると、カリンカの声がレシーバーに入った。

 

《作戦通り、敵を釣り出しなさい》

「ダー・ダヴァイ!」

 

 返答しつつ、素早く自分の戦車へ戻る。路地へ入ってくる風が、BT-7に付けられたフラッグを靡かせていた。軽快なステップで車上へ駆け上がると、彼女は滑り込むように砲塔へ身を収めた。

 

「始動!」

 

 命令に応えて操縦手がエンジンをかけた。V-2ディーゼルの唸り声が響き、戦車が目を覚ます。エンジンを切ってからそれほど経っていないので暖気は必要ない。操縦装置はレバーではなく、装輪走行用のステアリングを握っている。

 車長が肩を蹴り、アクセルが踏み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斥候に出ていた丸瀬を回収しつつ、以呂波たちは橋を突破した。その前方にBT-7が躍り出る。無線アンテナについたフラッグがはためいていた。

 

「履帯を外してある……」

 

 そうくるのではないかと以呂波は考えていた。整地上でなら走破性に長けた履帯より、速度に長けた装輪走行の方が逃げるのに向いている。快速戦車の足の速さに賭けようというのだ。

 

 カーブを切り、BT-7は蛇行しながら夜道を逃走していく。以呂波は即座に追撃命令を下した。タシュを先頭にその後ろがズリーニィ、一番後ろにはフラッグ車のソキと、その両サイドにマレシャルとトルディが並走している。敢えてフラッグ車を主力と共に行動させているのだ。これなら敵副隊長のBT-7が襲撃してきた際、即座に守りを固めることができる。

 

「敵の待ち伏せをかわしつつ、フラッグ車を追います! 三木先輩は後方警戒も厳に!」

《分かりました!》

《了解だ!》

《全力で行くッス!》

《同じく!》

 

 力強い返事を聞いた後、以呂波は操縦席の結衣へ目を向けた。

 

「V-2エンジン搭載のBTなら装輪で八十キロは出る。でも入り組んだ市街地でそれだけの速度を出し続けられはしない。食いついていけるかは……」

「私の腕次第ということね!」

 

 しとやかな結衣も熱くなっていた。優等生と言っても彼女は天才ではなく、秀才タイプだ。高い競争心を胸に秘めている。対戦相手に対してはもちろんのこと、もはや親友と言って良い以呂波にも密かに競争意識を持ち始めていた。そして、そういった相手と会えたことに感謝している。

 いずれ以呂波のように、戦車長として戦ってみたい。そのために彼女から多くのことを学ばなくてはならない。だからこうして、以呂波の脚として全力を尽くす。

 

 幸い街灯の明かりで視界は利く。敵を見失うことはなさそうだと結衣は思った。

 

「徹甲弾躍進射撃、用意!」

 

 以呂波が号令を下した途端、ズリーニィがタシュの横へ展開する。フラッグ車への攻撃はタシュとズリーニィが担当し、残りはフラッグ車の護衛に専念するのだ。タシュの車内では澪が照準を定めるも、蛇行を繰り返す相手を狙い撃つのは困難だ。それでも試みなくては、速力に勝るBT-7を撃破できない。

 

「停止!」

 

 命令の直後、ピタリと全車両が急停止する。履帯が摩擦音を立てた。トルディは砲塔を後方へ向け、不意の襲撃に備えている。

 美佐子が予め手にしていた75mm砲弾を押し込み、閉鎖機が音を立てて閉まる。

 

「装填よーし!」

「撃て!」

 

 タシュとズリーニィが同時に発砲。轟音と発射炎が広がる。だが紙一重の差でBT-7は回避運動を取っていた。二両の放った砲弾は砲塔の脇を掠めるのみだった。

 即座に再発進を指示しながら、以呂波は敵の伏兵を警戒した。そろそろ待ち伏せが予測される頃だ。直接後を追うのではなく、ときにはあえて迂回しながら伏兵をかわす。BT-7は懸命に逃げてはいるものの、千種学園側をあまり引き離さない速度を維持していた。伏兵の元へ誘っている証拠だ。

 

 BT-7が十字路を左折した。大通りへ出る道だ。

 

「砲塔十時方向、徹甲弾装填!」

 

 命じられた直後、澪は即座に砲塔を回転させる。美佐子も重い砲弾を棚から担ぎ出す。走行中のGがかかる中だが、腹の膨れた彼女は持ち前の体力を活かして砲弾を薬室へ押し込む。

 

「よっこら……せ!」

 

 砲弾の尻を握り拳で押すと、閉鎖機が閉まってその拳を弾く。

 

 やがて十字路に差し掛かると、BT-7の曲がった先で一両の自走砲……SU-85が主砲をこちらへ向けていた。

 

「撃て!」

 

 刹那、砲声。

 SU-85が撃つ前に、75mm徹甲弾がその装甲にめり込んでいた。傾斜装甲とはいえ高威力の砲を近距離から受けたのでは耐えられない。たちまち白旗システムが作動する。

 BT-7は隠れていたこのSU-85を避けながら曲がったが、その動きを以呂波は見逃さなかった。そこに敵がいると確信したからこそ、待ち構えていた敵よりも先に撃てたのだ。

 

 彼女の手腕に舌を巻きつつ、結衣が戦車を左折させる。戦闘不能になったSU-85の横を抜けて大通りへと出た。

 しかしそのとき、結衣も以呂波も異変に気づいた。

 

 百メートルほど先で大通りの街灯が消え、暗闇になっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《五号車、やられました!》

「見えてるわ」

 

 闇の中に身を潜めるSU-100。車長席から敵を、そして味方のフラッグ車を見据えつつ、カリンカは指揮を取る。休戦中に機銃で街灯を割り、暗闇の空間を作り出したのだ。

 SU-100の近くには二両残ったグラントCDLが、迫ってくる敵を闇の中から見据えていた。すでに砲塔内では炭素棒を燃焼させ、カーボン・アーク灯を発光させている。スリットの装甲シャッターを開ければ照射できる状態だ。二両で作れる光の壁は小さいが、市街地でなら十分敵の視界を塞げる。

 

「照射!」

 

 カリンカの号令で、強烈な光が闇の中に広がった。千種学園の戦車のみならず、味方のBT-7までその只中へ巻き込む。だが快速戦車は歩みを止めなかった。

 

「目を瞑って突っ切りなさい!」

《ダヴァイ!》

 

 CDLで敵砲手の視界が利かないのをいいことに、BT-7は回避機動を止めて直進した。道の中央を全速力で。カリンカに言われた通り視界を捨て、愛車との絆と戦車乗りの勘のみで疾走する。

 風を巻き起こしながら、快速戦車がグラントCDLの間をすり抜けた。

 

 グラントが発砲した。副砲はダミー砲身に換装されていても、車体に直接据え付けられた75mm砲は本物だ。照準は正確だった。しかしタシュの主砲防盾に弾かれ、止めることは叶わなかった。

 

 タシュもまた、車長と操縦手の勘を頼りに吶喊してくる。だがCDLの先には装填を済ませたSU-100が待ち伏せているのだ。

 

 今度は千種学園側から砲声。どの戦車が撃ったかは分からないが、75mm砲とおぼしき轟音だ。閃光に目を塞がれたままでの射撃だったが、なんとCDLの片方が被弾した。ライトが消え、白旗の作動音が聞こえる。

 

 千種学園側に運が味方しての、ラッキーヒット。しかしタシュはSU-100の射界に迫っていた。フラッグ車を倒さねば勝てないとはいえ、敵の指揮官車両を撃破すれば戦局はアガニョークに大きく傾く。千種学園がそれで機能不全に陥るチームだったとしたら勝ったも同然で、そうでなくとも撃破する価値は高い。

 しかし照準機が使い物にならない以上、ギリギリまで引き寄せなくては命中も期待できない。

 

「用意」

 

 静かな声で告げる。クルーたちも落ち着いていた。カリンカのことを信頼している証拠だ。

 

 やがてタシュの車体がCDLの合間を抜け、100mm砲のすぐ先へ……

 

 

 

撃て(アゴーニ)!」

 

 

 




お待たせ致しました。
一ヶ月近く間が空いてしまいましたが、何とか更新です。
もう少しでアガニョーク戦は終わりとなり、その後はいよいよ「彼女たち」が本格的に関わってきます。
それまでまた時間がかかるかもしれませんが、見捨てないでいただけると幸いです。

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