ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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休戦協定です!2

「フラッグ車は履帯を外しなさい」

 

 市街地から千種学園の全車両が撤収したことを確認し、カリンカは命じた。BT-7快速戦車はクリスティー式サスペンション、そしてゴムタイヤ付きの複列式転輪を使用しており、履帯を外せば車輪で走行できるのだ。その速度は最高で70km/hを超える。

 加えてアガニョークのフラッグ車はT-34と同じV-2ディーゼルエンジンに換装し、BT-7M型仕様となっている。KV、ISシリーズにも使われ、戦後のMBT用エンジンの原型にもなった傑作発動機だ。通常型の搭載するM-17Tガソリンエンジンより出力が高く、装輪時の最高速度は82km/hに達する。これを追跡できる車両は千種学園にない。

 

 フラッグ車の乗員たちが作業にかかったとき、ラーストチュカがカリンカに歩み寄った。片手にはT-35から放られたズタ袋を掴んでいる。

 

「同志カリンカ。敵からです」

 

 冷めた声で、しかしどこか憮然とした表情で告げる。カリンカは袋を受け取って中を覗くと、ビニール袋で小分けにされた揚げ菓子が入っていた。日本のかりんとうに似た細い生地を集め、固めたような形状である。表面にはドライフルーツが付着していた。北森から投げ渡された少女たちが、勝手に食べるのはよくないと思いラーストチュカに見せたのだろう。

 

「チャクチャクね。もらっておこうじゃない」

「敵の施しなど……」

 

 不満を口にしかけたラーストチュカの額を、カリンカの指がピンと弾いた。悲鳴こそ上げなかったが結構痛かったようで、冷徹な彼女も俯いて額を押さえる。

 

「頭を冷やしなさい。相手が憎くて戦ってるわけ?」

「……すみません、同志カリンカ」

 

 額を擦りつつ、ラーストチュカは素直に頭を垂れた。冷徹な仮面を被っていても本来気性の激しい性格だ。時折感情的になってはカリンカに窘められており、ラーストチュカ自身それが己の弱さであると分かっていた。

 

「そもそもアンタもたまに相手にお菓子あげるじゃない。次に無粋なこと言ったらシベリア送り六十ルーブルね」

 

 彼女の頭を撫でてやりながら、カリンカはぶっきらぼうに言う。怖々と様子を伺っていた下級生たちが「うわぁ……」と声を漏らした。彼女たちの師匠であるプラウダ高校では補習教室へ送られることを『シベリア送り』と呼ぶが、アガニョークの場合はカリンカが密室で執行する『くすぐりの刑』を表している。

 カリンカは後輩たちの方を横目で見て、ずいっとズタ袋を差し出した。

 

「一年生から順に回しなさい」

「ありがとうございます!」

 

 部下たちは笑顔で頭を下げ、袋を受け取った。

 カリンカは高校に入ってから戦車道を始めた身であるが故、伝統やつまらないプライドを嫌う。ただ純粋に刺激を求めて戦車に乗っており、それ以外のことに頓着しないのだ。その結果アガニョークでは戦車道部の敷居が低くなり、未経験者でも気軽に戦車に乗れる気風ができていた。幼い頃から戦車道を学んできたラーストチュカなどを差し置いて隊長に推されたのは、格式を廃する彼女の姿勢が後輩たちに親しまれたからだ。現にカリンカが隊長に就任してから、戦車道部の入部希望者が例年の倍に増えている。

 

 アガニョーク内でカリンカの方針は『インターナショナル流』などと呼ばれ、校風にもあっているため高く評価されていた。そして昨年度の『大洗の奇蹟』がきっかけで、この我流戦車道を引っさげて世に出ようという気運が部内で高まったのである。

 カリンカは戦車に乗るのが単純に好きだった。だから格式や伝統に胡座をかいている者たちを軽蔑し、日本戦車道の衰退と形骸化を進める老害と断じている。それらを粛正するのが、彼女の将来の目標。士魂杯への参加はその足がかりだった。

 

「……一ノ瀬以呂波」

 

 敵将の名を呟き、カリンカはSU-100の傾斜装甲にもたれかかった。鋼の冷たさを背中で感じながら、義足の敵手のことを考える。彼女は果たして、どのような思いを抱いて戦っているのだろうか……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 市街地から離れた平原で、千種学園のクルーたちは身を寄せ合っていた。戦車を円形に並べて気休め程度の風よけとし、その輪の中で月を見ながら語り合う。

 マレシャルの履帯も修理が終わり、川岸たち水産学科チームも休息を取っていた。飄々とした川岸だが、さすがに初陣からこの激戦、さらには履帯修理も重なって疲れたようだ。グラントCDLを撃破したことについて先輩たちから賛辞を受け、それに笑顔で返しながら自車の装甲にもたれかかっている。

 

 船橋たち広報委員、そしてフラッグ車の乗員たる鉄道部チームは市街地での戦闘について以呂波に報告した。敵副隊長の能力は予想通りのもので、加えて石鹸水による妨害を行うなどの狡猾さを持ち合わせている……それを聞きつつ、以呂波は貧弱な九五式装甲軌道車でその追撃から逃げた手腕を賞賛した。

 

「まだ戦いは続きますから、ゆっくり休んでください」

「はい! 何か自信ついてきました!」

 

 折りたたみ式の小さな椅子に座る以呂波に、三木は元気よく言った。以呂波は自身の射弾回避技術をできる限り仲間たちへ伝授しているが、三木はそれを特によく習得していた。フラッグ車の大役を彼女たちに任せたのは正解だったと以呂波は確信した。

 

 ふいに、以呂波の肩が叩かれる。振り向くと北森が紙皿に盛った料理と箸を差し出していた。小麦粉の生地で具を包んだ半月型の品だ。

 

「ほら、隊長も食えよ」

「ありがとうございます。餃子ですか?」

「ヴァレーニキ。ウクライナ餃子だ」

 

 皮にひだが無いこと以外、水餃子に近い外見だった。ウクライナ人が古くから好む伝統料理で、ロシアなど周辺国家にも広まっている。

 

 以呂波は礼をいって受け取り、箸で一つ摘んで口へ運ぶ。一口噛んで目を見開いた。皮の中から溢れたのは肉汁ではなく、甘酸っぱい果汁だったのだ。

 

「中身はさくらんぼですか」

「ああ。野菜とかチーズとか入れてもイケるぜ」

「なるほど。美味しいです」

「タタールの菓子も作ってきたんだけど、さっきアガニョークに一袋やっちまったから全員分ないかもな」

 

 タタール人とはモンゴルから東ヨーロッパまでかけて活動していた、様々な遊牧民族を指す言葉だ。クリミア・タタールは十七世紀にウクライナ・コサックと同盟を結び、ポーランドと戦ったこともある。

 民族料理などのウクライナ文化も、北森たちが千種学園で存続させようとしているUPA農業高校の伝統だ。北森はガサツな言動の割に料理や裁縫など、所謂『女子力』が高いことで知られている。農業学科の男子から「おかーちゃん」と呼ばれて怒ることもあった。

 

「大坪が作った、ハンガリーの『煙突ケーキ』ってのもあるぜ」

「あはは、こんな豪勢な陣中食は初めてです」

 

 以呂波は義足の右脚を前に投げ出しつつ笑う。長期戦のための炊事車両を用意している学校もあるが、よほど財力に余裕があるか、食事に拘りを持つ学校でなくてはそこまでしない。中学生時代、試合中の食事と言えば乾パンやクッキー、カップ麺程度だった。

 

「U農が廃校になったのは今でも悔しいけど、大坪からハンガリー料理教わったり、船橋からオーストリアの料理を教わったり、丸瀬の曲芸飛行を見たり……統合されて良かったことも結構あるんだよなぁ」

 

 北森はしみじみと言う。すぐ後ろでは丸瀬がヴァレーニキを頬張りながら頷いていた。

 学園艦で暮らす学生たちは艦を第二の故郷と考える者も多い。それ故に複数の学校が合併してできた学園艦では出身校の違う生徒同士での対立も多く、千種学園とて例外ではなかった。特に学園艦の運行を担当する船舶科では、出身校ごとに作業規範が異なったため、統合当初は問題も起きたらしい。艦内で校舎が分かれているBC自由学園などに比べれば些細なことだったが、船橋が戦車道への参入を提案したのは生徒同士の融和という目的もあった。

 

 その船橋は今、談笑する仲間たちの光景をカメラに収めている。戦車道の指導と戦術立案は以呂波が行っているものの、チームを作るべく奔走したのは彼女だ。最初の頃はなかなか理解を得られなかったが、同調する丸瀬や北森、大坪たちと協力してチームの基盤を作った。来年彼女なしでやっていけるのかという不安は以呂波だけのものではないだろう。

 

 今はこうして統合前の四校と、以呂波や川岸たち一年生の意識と力が結集しつつある。これが何よりも大きな力だ。自分がそれを最大限に活かせれば、この戦いを乗り越えられる。以呂波はそう信じた。そしてその先にきっと、自分の進むべき道があるのだろうと。


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