ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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ヒラメ作戦です!

 夜の市街地を、二両の小型戦車が疾走する。とはいえ戦車と言えるのは追う側だけで、追われているのはあくまでも『鉄道車両』だ。九五式装甲軌道車ソキは速度で遥かに勝るBT-7快速戦車を相手に、必死の逃走を試みていた。

 

 『士魂』の文字が入った砲塔から、ラーストチュカは標的を見据える。戦車の皮を被った鉄道車両は大した速度ではなく、BT-7でなくとも大抵の戦車なら追いつけるだろう。前髪の下で瞳をぎらつかせながら、乗員たちへ指示を出す。

 

「止まれ、撃て!」

 

 短く立て続けに繰り出した命令を、操縦手と砲手は的確に実行した。耳障りな摩擦音を立てて戦車が急停止し、阿吽の呼吸で砲手がトリガーを引いた。

 西部劇のガンマンさながらの早撃ち。だが45mm砲の一撃を、ソキは間一髪で回避していた。三木は躍進射撃を察知し、直前に右へ回避運動を取ったのだ。以呂波から教わった射弾回避技術の賜物である。

 

 思ったより良い動きをする……ラーストチュカは心の中でそう呟いた。今の躍進射撃を見切るくらいの能力はある、だが停止せずに行進間射撃すればどうか。

 

「速度を上げて肉薄せよ」

 

 冷めた声で命じつつも、彼女は戦闘の高揚感を感じていた。池田流戦車道は短期決戦に重点を置いた流派で、最も普及している西住流と似た部分もある。違いと言えば少数での襲撃戦を想定している点だ。このような状況で敵を追いつめるのは得意分野だった。

 操縦手も落ち着いた声で「了解」と短く応じ、戦車を加速させる。クリスティー式サスペンションの転輪が激しく回転し、夜道を疾走した。

 

 三木はハッチから顔を出し、ラーストチュカの駆る快速戦車を見据えていた。だがBT-7が増速したのを見て砲塔に引っ込み、続いて銃眼から機関銃を撃ってきた。断続的な銃声と発砲炎が見え、数発がBT-7の装甲に火花を散らして跳弾していく。さすがにラーストチュカも砲塔内に隠れたが、操縦手は一切臆することなく突撃した。虚仮威しに過ぎないことは分かっている。池田流の意気地はクルー全員に叩き込まれていた。

 

 距離が縮まっていく。蛇行して回避運動を取りながら逃走するソキだが、ギリギリまで肉薄すれば行進間射撃でも確実に命中させられる。BT-7の主砲の非力さを補うため、普段から高速で肉薄し接射する訓練を行っているのだ。ソキの装甲程度なら距離が遠くても貫通できるが、夜間で確実に命中させるには接近するのが確実だ。

 

 砲手が徹甲弾を装填した。二人乗り砲塔のBT-7では砲手が自分で装填するのだ。小振りな45mm砲弾を砲尾へ入れ、握り拳で押し込む。

 

 距離十五メートル……十メートル……。

 五メートルを切ったとき、ラーストチュカは号令した。

 

「撃て」

 

 砲手がトリガーを引く。必中距離からの砲撃……の、はずだった。

 しかし撃発の瞬間、二つのことが同時に起こった。正面に捉えていたソキが急停止し、BT-7の操縦手は追突を避けるべく左へ回避したのだ。練度の高さからくる反射的な行動だったが、射線は標的から外れてしまった。発砲炎と衝撃だけが空気を震わせる。

 

 BT-7は標的を追い越してしまい、ソキはUターンして路地裏へ逃げ込んでいく。

 

「申し訳有りません!」

「反転して追撃」

 

 苦渋の表情をする操縦手を責めることなく、淡々と次の指示を出す。だが再び砲塔から顔を出したとき、ラーストチュカは笑みを浮かべていた。あの距離で回避されるのは初めてのことだった。ましてや至近距離で急停止による回避を行うには相当な胆力が必要である。少なくとも逃げることに関して、ソキの乗員は高いレベルに達しているようだ。

 

「楽しませてくれる……」

 

 前髪に隠れた瞳が、妖しく光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、双方の本隊は熾烈な砲撃戦を展開していた。とは言っても主に砲撃しているのはアガニョーク側で、千種学園はグラントCDLの照射に阻まれ、有効な反撃を行えずにいた。カーボン・アーク灯の強烈な光の中を、以呂波率いる戦車三両は必死に回避運動を取っている。ズリーニィの丸瀬やマレシャルの川岸も、以呂波の卓越した回避技術をある程度受け継いでいた。照射を受ける度、極力不規則に動いて逃走を図る。

 

「各車散開! 散開!」

 

 手で顔を庇いながら指揮を取る以呂波。すぐ側に落ちた砲弾が土煙を巻き上げ、衝撃波が彼女のポニーテールを靡かせる。恐らく100mm砲だと以呂波は察した。トゥラーンを撃破したのもそうだ。光の壁に阻まれて視界が利かないのをいいことに、相手は一方的に撃ってきた。以呂波たちが向かおうとしている、市街地の方向に立ちふさがったまま。

 

 だが千種学園の三両が散らばると、すぐに光が消えた。辺りが闇に包まれ、アガニョーク側は再び息を潜めて動き出す。CDL戦車は一列横隊を組んで同じ方向に照射してこそ威力を発揮できる。別方向からの攻撃には無防備になってしまうのだ。そのためグラントCDLも自走砲も頻繁に位置を変え、時にはフラッグ車を晒して囮にしながら、以呂波たちの目指す先に回り込んで攻撃を繰り返してくる。市街地への遁走を防ぐために。

 

 ならば、そのライトを消している間に仕掛けるしかない。予めマレシャルには伏撃用の装備を積んであった。

 

「マレシャルは窪地に停止して偽装開始、タシュとズリーニィは後進で退避!」

 

 月明かりの下、凛とした表情で指示を出す。僅かな間を置いて川岸の声が返ってきた。

 

《マレシャル、停車したッスよ!》

「お晴さん、撃ってください!」

「あいよ!」

 

 通信手は前方機銃の射撃も担当する。現代の戦車では廃止されている装備であり、戦車道においても使い道は少ない。だが機銃の曳光弾は敵の注意を引いたり、限定的ながらも照明として使用可能だ。

 晴は機銃のコッキングレバーを引き、しっかりと構えた。こうしている間にも結衣は射弾回避運動をしているため、左右に過重が加わるのだ。特に狙いは定めず引き金を引く。砲撃戦に慣れた耳には機銃の発射音が小さく聞こえた。短く曳光弾が連射され、数発撃ってトリガーから指を離す。それを三回ほど繰り返す。

 

「後進全速!」

 

 以呂波が叫ぶと同時に結衣がアクセルを一杯に踏んだ。直後に砲声が聞こえ、タシュがつい先ほどまでいた場所に着弾する。衝撃を感じながらも、以呂波は作戦が上手くいっていると考えた。夜戦での砲撃・銃撃は即ち位置暴露であり、相手もこちらの発砲炎を見て撃ち返してくる。探り撃ちをしていると思わせ、マレシャルから注意を逸らすことが目的なのだ。

 

 

 マレシャルの車長たる川岸は車体を地面の窪みに入れ、車体後部に丸めて積んであった偽装網を広げていた。水産学科の教材の網に、木の葉や布切れをつけて作った代物だ。それで車体の後ろ半分を覆い隠す。タシュとズリーニィが敵の方を向いて後進で逃げているのに対し、マレシャルは敵に背を向けたまま偽装を行っていた。背後からはCDL戦車の横列、そしてSU-85、SU-100が迫ってくる。

 

 偽装網を被せ終わると、川岸はそれを以呂波に報告し、狭い車内に身を収めた。ハッチを閉め、エンジンも切る。このまま動きはしない。彼女たちは後方から迫ってくる敵の中へ置き捨てられるのだ。

 

「ねえサヨリ、上手くいくと思う?」

 

 砲手が心配そうに尋ねてきた。

 

「敵に気づかれたら……次に撃破されるの、あたしらだよ」

「そうッスね」

 

 暗い車内で、川岸は素っ気なく答えた。恐怖心がないわけではない。ただ彼女は三木に語った通り幼少期に船から落ち、海上を漂流して九死に一生を得た経験がある。それでも尚海を愛し、漁師を志す川岸にとって、海という大自然に比べれば人間の作った兵器はまだ与し易い存在だった。人間が作ったものなら、人間が立ち向かえるはずだ。以呂波を見ていればそう思えた。

 

 敵部隊のエンジン音が迫る。ハッチを閉めているため外の様子はほとんど見えない。ただ機銃の発射音と、後方からの砲声が聞こえるのみだ。

 ゴトリ、と履帯が地面を踏みならす音が聞こえる。すぐ脇を敵戦車が通り過ぎて行くのが分かった。恐らくグラントCDLだろう。車高の低いマレシャルは地形の窪みに入って偽装すれば簡単には見分けはつかない。如何にアガニョークが夜戦巧者でも、CDLの光を頼りに砲撃していた以上、暗闇に再び目が慣れるまで多少は時間がかかるはずだ。それでもすぐ側を敵戦車が通り過ぎていく恐怖に、マレシャルのクルー三名は震えていた。

 

「……上手くいけばきっと、大漁ッスよ」

 

 仲間たちを励ますように、そして自分自身に言い聞かせるように、川岸は努めて能天気に振る舞う。時折聞こえてくる砲声が敵の物か味方のものか、朧げに音で区別がつくようになってきた。タシュとズリーニィも退避しながら砲撃しているらしい。とはいえそこまで厳密に狙い撃っているわけではなく、あくまでも囮になるためだった。

 

 エンジン音が先へと遠ざかっていく。だが後方にはまた別の音が近づいてきていた。恐らく前方にグラントCDLの車列、そして距離を置いて後ろにはSUシリーズが迫っているのだと川岸は察した。今彼女たちは敵の中央部に潜んでいるのだ。

 

 

 そして次の瞬間、前方の視界がパッと明るくなった。CDL四両がタシュとズリーニィ目がけて照射を始めたのだ。だがその後方に潜むマレシャルからは、光の壁の中にグラントのシルエットがくっきりと浮かび上がって見えた。

 

「エンジン始動! 左から二番目を狙うッスよ!」

「はいよ!」

 

 『何もできない』という恐怖から解き放たれた操縦手が、勇んでエンジンをかける。出島期一郎らサポートメンバーによって入念に整備されたエンジンはすぐそれに応え、唸りを発して目を覚ました。窪みの中ヒラメのようにじっとしていたマレシャルの車体を左へ指向する。主砲の可動範囲が限定されている無砲塔戦車にとって、操縦手による車体の方向制御は非常に重要だ。川岸らにはまだ丸瀬たちのような躍進射撃を行う実力はないが、停止状態なら十分な照準能力を持っていた。

 

 車体が停止し、砲手が微調整を行う。「もう少し右」という言葉を受け、操縦手は車体の向きをやや右へ戻した。そうしている間に川岸は徹甲弾を抱え、砲へ装填していた。狭い駆逐戦車の車内で75mm砲弾を装填するのは骨が折れるが、船上での作業に慣れている彼女はスムーズにそれをやってのける。

 

「照準良し!」

「発射!」

 

 砲手がトリガーを引いた瞬間、平たい車体から突き出た砲身から砲弾が、そして発砲炎が吹き出す。これが実戦における第一射となった。轟音と共にブローバックした砲尾から空薬莢がゴロリと転がり出る。

 ハッチから僅かに顔を出した川岸の目線の先で、グラントのシルエットが少し揺れた。

 

 直後、その頂点から旗が上がる。

 

《アガニョーク学院高校・グラントCDL、走行不能!》

 

 アナウンスを聞いた途端、川岸たちの心がグッと熱くなった。初試合の初弾で撃破を飾ったのだ。半分はビギナーズラックと言うべきかもしれない。だがそれで十分だった。グラントCDLは一両が撃破されたことで、残りの三両も動揺し、隊列を乱し始めたのだ。

 そこへ再び、砲声。ズリーニィによる素早い躍進射撃だった。初期の千種学園の要として厳しい訓練を課せられた丸瀬たちだけに、敵の隙を逃さず迅速に反撃に移ったのである。そしてそれも狙いを違わなかった。二両目のCDLにも白旗が上がり、残る二両が慌てて消灯する。

 

《こちらタシュ! こっちは敵中を突破して市街地へ突っ込むから、マレシャルは敵を攪乱しておくれ!》

 

 晴の声が無線機のレシーバーに入った。川岸の表情に笑みが浮かんだ。

 

「さぁて、今夜は大漁ッスよ!」

 

 




お読み頂きありがとうございます。
CDL戦車をどうしても出したくて出したはいいけど、その後のことはあまり考えていない私でしたw
まあ投稿まで時間がかかっているのはそれよりも、仕事の忙しさからですが。
次回以降、戦いは一層熾烈なものとなっていきます。
よろしければ今後も応援してくださると幸いです。

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