ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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苦境です!

 夜の観客席はアガニョーク側の猛攻に沸いていた。全国大会には出ないまでも夜戦の巧者として知られていたアガニョークだが、グラントCDLという予想外の戦車を投入してきたのだ。このような特殊な車両の戦いは世界的に見ても珍しいものであり、千種学園の主力を即座に一両撃破した手並みは“夜の魔女”の異名に相応しいものだった。

 一際大きく興奮しているのは観客席の前列に座る、癖っ毛の少女だった。

 

「凄い凄い! まさかCDL戦車の戦いが見られるなんて!」

「せ、先輩、落ち着いてください……」

 

 席から立ち上がって身を乗り出す彼女を、友人らしき少女がなだめていた。二人とも私服姿で、癖っ毛の方はポロシャツにジーパンというあまり色気のない出で立ちである。もう一人はシンプルながらも女の子らしいワンピース姿だ。二人とも高校戦車道の界隈ではそれなりに名の知れた選手である。昨年の全国大会以降、ネット上では『忠犬』だの『首狩り兎』だのという渾名をつけられていた。

 

「千種学園だけでもレア戦車のオンパレードなのに、グラントCDLまで! 見に来て良かったぁ~」

 

 大声で感動する『忠犬』先輩に、後輩の少女は周囲を見回した。だが幸いにも他の観客は大画面に集中し、誰も二人の方は見ていなかった。

 

「秋山先輩、戦車を見るためなら地球の裏側まで行きそうですね……」

「それはもう、お金と時間が許せば何処へでもですよ! まあ今回は学校公認の視察だから旅費も戦車道経費から下りましたけど、さすがに外国までは行かせてもらえないでしょうねぇ」

 

 クビンカやボービントンに行ってみたいのですが、と癖っ毛の少女……秋山優花里は苦笑した。

 

 そうしている間にも試合は進行する。千種学園は市街地の方角へ脱出を試みているが、アガニョーク側は闇に紛れては先回りし、CDLによる照射と砲撃を浴びせて妨害していた。アガニョークの主力は回転砲塔を持たない自走砲で、グラントCDLもカーボン・アーク灯搭載のため副砲はダミー砲身になっている。相手に市街地へ逃げ込まれてしまうと、主砲を旋回できない戦車での追撃は困難だ。おそらく草原地帯で千種学園の本隊を足止めし、市街地へ隠れたであろうフラッグ車をBT-7で攻撃しようという算段だと予測できた。現に副隊長の乗るBT-7が主戦場を迂回し、市街地へ向かうのが画面に表示されている。

 

「千種学園は主力が一両やられて、これから巻き返せるんでしょうか?」

「我々も去年、何度も窮地に陥りました」

 

 後輩の質問に、秋山優花里は真っ直ぐ画面を見たまま答えた。

 

「それを乗り越える決め手となったいくつかのものを、千種学園が持っているか……それが勝負の分かれ目ですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《くそっ、まただ! 回り込んでくる!》

《各車散開後、八時方向へ退避!》

 

 仲間たちの声を聞きながら、船橋は顔に焦りを浮かべていた。彼女のトルディは市街地を走っていたが、無線に入ってくるのは本隊の苦境ばかりだった。トゥラーンが撃破された後、以呂波はすぐさま全隊を市街地へ退避させるべく指示を出したが、相手は巧みにその進路を遮っては目くらましを繰り返した。強烈な光のために有効な反撃もできず、これ以上損害を出さないようにするだけで精一杯のようである。

 

 船橋はすぐにでも救援に駆けつけたかった。軽戦車ながら40mm砲に換装したトルディが側方から突撃すれば、グラントCDLの隊列を乱せる。以呂波たちに脱出の機会を与えられるかもしれない。だがアガニョークがこちらのフラッグ車へ刺客を差し向けてくるのは明白だった。護衛に徹せよという命令が、隊長車通信手の晴を通じて届いたのである。

 

「大坪さん、怪我人はいない?」

 

 船橋は撃破されたトゥラーンへ問いかけた。味方がやられた際、普段は以呂波がすぐに乗員の安否確認を行う。だが今回はその余裕がなかったため、副隊長の船橋が通信を入れた。

 

《……みんな大丈夫です、先輩》

 

 返ってきた返事は、いつもの気さくで明るい大坪とはかけ離れた暗いトーンだった。主力たるトゥラーンに乗っていながら、抵抗らしい抵抗もできないまま真っ先に撃破されてしまったのだ。その心情は察するに余りある。

 

《ごめんなさい……してやられました》

「気にしないで! 次の試合で頑張ればいいのよ!」

 

 手短に励まして通信を切る。『次の試合』に進めるかどうかは自分たちの頑張り次第だ。少なくとも簡単に負けるわけにはいかない。指揮官である以呂波を信じつつ、船橋は自分の役割を全うすることに集中した。

 操縦手の方を蹴り、商店街の大通りを左折させる。駅へ至るルートで、この先が護衛対象との合流地点だ。

 

「三木さん、聞こえる? もうすぐ着くわ」

《こちら三木。今駅近くに来ています》

 

 肝心のフラッグ車車長は冷静さを保っているようだ。彼女も試合を経験して一皮むけたのだろう。

 市街地は大通りや駅には街灯が灯っているものの、そこから外れれば闇だ。無人となった駅前を横切り、暗い道に入ったところで反対側からソキがやってきた。小さな砲塔から三木が顔を出して手を振っている。船橋も手を振り返しつつ、隊長へ連絡を入れた。

 

「こちら船橋。フラッグ車と合流したわ。これから護衛に就くね!」

《よござんす》

 

 答えたのは晴だった。以呂波は本隊の指揮に専念しているのだろう。

 

 だがトルディとソキがさらに接近しようとしたとき、船橋はその道の奥に何かを見た。大通りから漏れてくる明かりのおかげで気づけた。45mm砲をソキへ指向しながら忍び寄ってくる、BT-7に。

 

「三木さん! 後ろに敵!」

 

 船橋が叫んだ途端、三木は反射的に操縦手の肩を蹴った。その反応の早さが生死を分けた。ソキが回避運動を取った次の瞬間には轟音と共に発砲炎が見え、そのすぐ側を徹甲弾が掠めたのである。空を切った砲撃は近くの建物に着弾し、一部が崩れる。

 

 一撃を外したBT-7はそのまま大通りへ至る道へ遁走した。船橋は一瞬逡巡したものの、操縦手へ追撃を命じる。他の敵が全て以呂波たちと交戦している以上、他に敵が来ることはないはずだ。この刺客を片付けて本隊の救援に向かいたい。40mm砲に換装したトルディIIaなら快速戦車程度は倒すことはできる。

 

「三木さんは退避して! BTは片付けるから!」

 

 相手が通ったのとは別の道を使い、迂回して大通りへ向かう。直接追っては大通りへ出た途端に反撃を喰らう可能性があるからだ。

 果たしてトルディが街灯の灯る商店街に出ると、BT-7は道の脇へ停車して待ち伏せていた。直接追撃していてはその目と鼻の先に躍り出ることになっていただろう。訓練時の模擬戦で以呂波によく使われた手だ。

 

 船橋が距離を取って追撃してきたため、BT-7の照準はやや遅れた。アガニョークの砲手が照準を修正するより早く、トルディがピタリと狙いを定める。

 

撃て(フォイア)!」

 

 号令と共に砲声が響く。だがそれと同時にBT-7も急発進したため、撃ち出された砲弾は空ぶった。

 逃走を図るBT-7が街灯に照らされ、砲塔に書かれた『士魂』の文字が見えた。ハッチから顔を出したセミロングヘアの車長と目が合う。あれがアガニョーク側の副隊長、通称ラーストチュカだ。自分より遥かに戦車道歴が長く、同じ副隊長としても相手の方が格上だと船橋は分かっていた。だがここで逃がすわけにはいかない。

 

「食らいついていくのよ!」

「了解です、委員長!」

 

 最高速度では相手の方が僅かに上だが、逃げ切られる前に攻撃するチャンスはある。操縦手はエンジンを全開にし、無人の町を疾走した。

 ラーストチュカは反撃するでもなく、船橋と前方を交互に見張りながら逃走を続けていた。だが不意に、追ってくるトルディに向けていた砲塔を反転させ、正面へ向けた。船橋は砲塔背面に何かが括り付けられていることに気づく。ポリタンクらしき容器だ。

 

 予備燃料かと思った瞬間、ラーストチュカがそれに手をかけた。同時にBT-7は左右へ激しく蛇行運動を始める。ポリタンクの中身が流れ出し、アスファルトの道路上にぶちまけられた。

 それが何かは分からなかったが、船橋は反射的に操縦手の右肩を蹴って回避を命じる。しかし車長と違い視界の悪い操縦手席からは、路上に広がった液体の範囲を視認できていなかった。

 

 液体の上にトルディが差し掛かりしぶきを上げた瞬間、その履帯に異変が起きた。それまでしっかりと地面を踏みしめて走っていた履帯が、ガラガラと音を立ててスリップし始めたのだ。回避運動を取ろうとしていた慣性に従い、車体が右に大きく滑っていく。

 

「せ、制御不能!」

 

 操縦手が悲鳴を上げた直後、船橋は自車が道脇の電信柱へ突っ込んでいくことに気づいた。

 

「総員対ショック姿勢!」

 

 叫びつつ車内に体を引っ込める。刹那、ズシンという衝撃が体を揺さぶり、彼女たちの戦車は行き脚を止めた。

 

 体を機械類に打ち付けずに済んだ船橋は再びハッチから顔を出す。トルディは正面から電信柱に激突し、柱を傾けていた。それは戦車道連盟が弁償するルールになっているためどうでもいいとして、車体の損傷がないかを素早く確認する。この程度では撃破判定も出ておらず、履帯も無事だ。砲身をぶつけていないか心配だったが、それもなかった。

 

 そして鼻をついた臭いで、何が起きたのか分かった。

 

「石鹸水……!」

 

 戦時中にレジスタンス組織が使ったと云われている手口だ。石畳やアスファルトのような硬い地面に石鹸水を流せば履帯は摩擦が減り、滑って空転を始めてしまう。現用戦車には到底通用しないだろうが、軽戦車のトルディならスリップしてもおかしくはない。

 

 『士魂』のBT-7は走り去り、再び路地へ入って行く。船橋の背筋を悪寒が走った。

 今、フラッグ車は丸裸なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トルディが擱座! 撃破判定出ず、どうにかこうにか脱出しようとしてるけど、フラッグ車は護衛なし!」

 

 陣頭で指揮を取る以呂波の耳に、再び凶報が飛び込んできた。冷静沈着かつ勇敢な彼女でさえ、冷や汗が流れ始める。自分たちは敵の『光の壁』と自走砲の砲撃を突破できず、フラッグ車に守りはない。ソキの足ではBT-7から逃げ切れないだろう。そして今残された本隊戦力は自分の乗るタシュ重戦車、航空学科チームのズリーニィ突撃砲、今回が初陣の水産学科が乗るマレシャル駆逐戦車の三両。これで敵の目くらましと怒濤の砲撃を突破し、市街地へ駆け込まなくてはならない。

 

 トゥラーン以降誰も撃破されず耐えているのは以呂波の卓越した回避技術もあるが、相手が撃破より足止めを重視しているからだろう。実際にこのままでは、千種学園側のフラッグ車・ソキがアガニョークの『刺客』によって撃破されるのみだ。

 

「さすがに不味いわよ、これ……」

「……撃つに撃てない」

 

 車内にも動揺が広がりつつあった。結衣や澪はCDL戦車の照射攻撃がくる度、操縦や砲撃を妨害される。普段能天気な美佐子や晴も、今が危機的状況であることはよく分かっていた。

 

「大丈夫! 三木先輩たちならやられないよ!」

 

 それでも、美佐子の明るさは底抜けだった。徹甲弾をいつでも装填できるよう抱きかかえたまま、以呂波に笑顔を向ける。

 

《そうッスよ! 私の大漁旗が守ってくれますって!》

 

 マレシャルの川岸もまた、この状況下で陽気な通信を入れてきた。だがさすがに初陣、その声に焦りと震えがあることを以呂波は聞き逃さない。それでもルーキーである彼女たちがこうして屈せずにいることに、以呂波は感謝した。

 続けて、晴が再び報告する。

 

「ソキから入電。私は大丈夫、必ず勝ちましょう……だってさ!」

 

 三木からの言葉を告げ、彼女も以呂波に顔を向ける。笑ってはいなかった。だが意思の強い瞳でじっと見つめてくる視線に、義足の戦車長は少し勇気づけられる。

 彼女の脳裏に過ったのは、母親から伝え聞いた一弾流開祖の言葉だった。

 

 

 

 ——諸君。日本は負けたが、我々の戦いは終わっていない。『不屈の戦車隊』はまだ生きなくてはならない——

 

 

 

 

《九時方向にグラント! 照射が来るぞ!》

 

 視力と見張り能力に優れた丸瀬が報告してくる。圧倒的に不利な状況下。だが以呂波にはもはや、諦めるという選択肢はなかった。手に入れた居場所に、この車長席に何が何でも踏みとどまらなくてはならない。例え作り物の脚であろうと。

 

 右の膝を手で押さえ、以呂波は告げた。

 

 

 

「これより、反撃に転じます。マレシャル、ヒラメ作戦用意!」

 

 




お待たせいたしました。
仕事が忙しくなりまして……ようやく更新できました。
石鹸水で戦車を倒すというのは某漫画を読んでいる方ならご存知かと思いますw
次回は早く書けるかまた遅くなるか分かりませんが、今後も応援して頂けると幸いです。

……ついでに、モンハンの二次創作も書いてみていたり……

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