ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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以呂波、再起します!

 倉庫の中には確かに戦車があった。大中小様々な、合計四両の車両だ。整備は一応行き届いているようで、装甲や履帯、砲などは奇麗になっていた。しかし問題はそれ以前のことである。

 

「……Mk.V巡航戦車カヴェナンター、T-35重戦車1939年型、トゥラーンII重戦車、トルディ軽戦車……本気ですか、これ」

「冗談だと言いたい所だけど、これだけしかないのよ……」

 

 何とも微妙な笑顔が、以呂波の顔に浮かんだ。もう笑うしかない。よくもまあ世界に名高い欠陥戦車二両に、知る人ぞ知るマイナー戦車二両という組み合わせを用意できたものだ。そしてこんな戦車で名を挙げようとしている、先輩たちの気力にも心底感心した。

 結衣は戦車に詳しいわけではないが察したらしく、心配そうに以呂波を見ていた。その背後に澪が、戦車に怯えるかのように隠れている。ただ一人、美佐子だけが怪訝そうな顔をしていた。

 

「何か不味いの? カッコいいじゃん。このデカい奴とか強そうだよ」

 

 T-35の巨体に近寄り、前面装甲を叩きながら言う。全長十メートル近い車体の中心に円錐形の主砲塔が備えられ、それを取り囲むように副砲塔と機銃砲塔が二基ずつ配置されている。見た目のインパクトで勝る車両はないだろう。

 

「これはT-35って言う、有名な失敗戦車だよ……」

「え!? 大砲沢山ついてて凄そうじゃん!」

「その沢山の砲のせいで重くなったから動きは鈍いし、重量軽減のためデカいくせに紙装甲。各砲塔の射角も限られてるし、そもそも多砲塔ってだけで指揮がしにくいし、良い所なんてないんだよ」

「……じゃあ、こいつは?」

 

 続いて美佐子が指差したのは車高の低い、リベット留め装甲の戦車だった。見る者が見れば、それが史上最悪クラスの欠陥戦車だと分かる代物である。

 

「カヴェナンターね。これの欠陥列挙してたらキリがないから」

「あっちのは……」

「トルディはハンガリーの軽戦車で、まあ偵察には使えるけど火力はないね」

「じゃああれは?」

「トゥラーンII重戦車。これは何とかまともだけど、短砲身の75mm砲じゃやっぱり火力が心もとないかな」

 

 かつてドイツとソ連の間で翻弄された国で、低い基礎工業力の中苦労して開発された戦車だ。トルディIは軽戦車としては大柄で最高速度も50km/hと速い方だが、武装が20mmライフルでは攻撃力は期待できない。

 トゥラーンIIは重戦車と言っても、ハンガリー軍では75mm砲を搭載していれば重戦車に分類されていたのであり、実質的には中戦車だ。そして75mmと言えど短砲身なので、以呂波の言う通り火力は今ひとつである。これで新たに戦車道チームを発足するというのだ。

 

「船橋先輩、はっきり言って無謀だと思います。一弾流は逆境の中で生まれた戦車道ですが、これではあまりにも……」

「分かってる。無茶を言っているのは。でもやりたいの」

 

 以呂波の言葉を遮り、船橋は毅然と言った。

 

「少しでも実績を作れば予算も増える。そうすればもっと良い戦車も手に入る。だからせめて一戦でも、このチームで勝って名を売らなきゃいけない。経験豊富な隊長が必要よ」

「一年生で、しかもハンディキャップ持ちの私を隊長に選ぶと?」

「後輩であっても、戦車道の経験がある生徒はあなたしかいないのよ、一ノ瀬さん。中学校時代の実績は調べさせてもらったわ」

 

 以呂波の表情が強張った。右脚がじわりと痛んだような気がした。かつて仲間たちと共に戦い、勝利し、そして最後には片脚を失った。栄光と挫折の記憶が脳内に蘇ってくる。

 船橋は続けた。

 

「あなたが戦車道からどうしても足を洗いたいなら強制はしない。それなら私たちだけでもやる。嫌なレッテルを貼られたまま卒業するくらいなら、例え無理でも抵抗してみたい。一歩でも前に進みたいから、私たちはここにいるの」

「前に……」

 

 自然と、右脚に目がいく。膝から下が義足となったその脚が、自分に何か訴えかけているような気がしたからだ。だがそれが何かは分からない。

 いつの間にか戦車道志願者たちが整然と並び、真剣な面持ちでじっと以呂波を見ていた。

 

「引き受けてくれるのなら、例え一年生でもみんなあなたの指揮に従うことに異存はないわ。……どうか、お願いします」

 

 船橋が腰を直角に曲げ、以呂波に向かって頭を下げる。直後、「お願いします!」の叫びと共に、彼女の背後にいた志願者の面々も一斉に礼をした。二十人以上の二年、三年生から一斉に頭を下げられる中、以呂波は立ち尽くす。

 ここまでして戦車道をやりたいと言うのか。人数は戦車道チームとしては多いとは言えず、戦車の数もたったの四両、うち二両は欠陥兵器で、その上義足の身である自分を隊長に迎えると言っている。右脚を失ったとき、戦車の道も失ったと思っていた自分を。あまりにも無謀で、条件の良いスカウトとは言い難い。

 

 それにも関わらず、以呂波は彼女の誘いに一種の魅力を感じていた。

 

「あの、差し出がましいですが」

 

 静かに聞いていた結衣が口を開いた。以呂波が悩んでいるのを見て取ったのだ。

 

「考える時間をあげた方がいいと思います。先輩方にこんな風に頭を下げられて、一ノ瀬さんもびっくりしてると思いますから」

「……そうね」

 

 ゆっくりと頭を上げ、船橋は笑顔を浮かべる。

 

「考えておいてくれるかしら。できれば前向きに」

「……分かりました。失礼します」

 

 一礼して、以呂波は倉庫を出た。三人に付き添われながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校前の駅から、四人は電車に乗って下校した。規模の大きな学園艦にはトロリーバスや、稀に鉄道のような交通手段が用意されている。千種学園も四校が合併して誕生したため比較的広大で、小さな路面電車が通学に使われていた。そのため今日も夕日の下、帰宅する生徒たちが大勢列車に揺られていた。

 

 その中に以呂波たちもいる。乗車人数が多かったので、義足の以呂波が席に座り、他三人はそのすぐ側でつり革に掴まっていた。

 

「イロハちゃんの一弾流って、どんな流派なの?」

 

 座っている以呂波を見下ろし、美佐子が尋ねる。

 

「そういえば西住流とか島田流とかは聞いたことあるけど、一弾流っていうのは初耳ね」

 

 結衣も興味深げに言った。勉強熱心な性格故に好奇心も強いのだろう。

 

「一弾流は大戦末期、本土決戦に備えて訓練してた戦車兵の一部で考案された戦術を、私のおばあちゃんが戦車道向けの流派としてまとめたものなの」

 

 以呂波は俯いたまま、素直に答えた。

 

「前進も後退もできない極限の状況で生まれた、『踏みとどまるための戦車道』。戦車をカモフラージュしての待ち伏せや奇襲に重点を置いた流派だよ」

「なるほど。世相を反映してるけど、実戦的ではあるわね」

「うん、西住流とかをやってる人からは『貧者の戦車道』なんて呼ばれちゃうけどね」

「でもカッコいいよね! 一弾流って名前」

「乗員みんなが一つの弾丸になるっていう意味なんだ。一ノ瀬の『一』とか、剣術の一刀流ともかけてるらしいけど」

 

 昼食のときと比べ、以呂波は不思議と饒舌になっていた。今まで張っていた妙な意地もなく、美佐子たちの言葉にすらすらと返している。船橋の誘いは彼女を悩ませていたが、何故か今までの鬱屈とした気分が晴れてきていた。

 

「……イロハちゃんさ、戦車好きなんだね」

「え?」

 

 美佐子の言葉に、ふと顔を上げる。

 

「だって戦車見てから活き活きしてるもん」

「そうね、口数も増えたし」

 

 結衣も同調する。澪もその後ろでコクコクと頷いていた。

 確かにその通りだ。駄作戦車やマイナー戦車であっても、その装甲や主砲、履帯を見ただけで少し心が躍った。今までずっと戦車道しかやってこなかったのだから、仕方ないことだろう。現に戦車の道を絶たれたと思った途端、未来が絶たれたような気分になったのも事実である。

 

 以呂波には姉妹もいるが、その中でも特に母親から期待されていたし、周囲から可愛がられていた。だからそれに応えようと努力した。その中で戦車道こそが自分の生き甲斐だと思い始めた。だが右脚を失った瞬間、大人たちはそれ以上彼女が戦車に乗ることを望まなくなったのである。当然と言えば当然だろう。傷を負った娘に尚も戦車道を続けろなどと、親としては言えるものではない。ただ一人、彼女の兄だけは自分の生きたいように生きろと言うだけだった。

 だが期待を一身に受けながら戦ってきた以呂波には、その期待を失ったことに耐えられなかった。

 

 今また、戦車道で自分に期待する人間と出会った。果たして自分にまだ、何かできる力があるのだろうか。『踏みとどまる戦車道』一弾流に踏みとどまれなかった、そんな自分に。そう悩みながらも、戦車を見るとエンジン音や砲の雄叫び、鉄の臭いが脳裏に蘇ってくる。彼女が何よりも好きだったものだ。そして、右脚を失った記憶も。

 

「イロハちゃんがリーダーやるなら、私も戦車に乗りたいな」

 

 美佐子が言った。

 

「あたしね、強くなりたいんだ」

 

 彼女は相変わらず明るい表情だが、その言葉から以呂波は何か強い意志を感じた。脳筋だの体力バカだのと言われていた美佐子だが、彼女なりに背負っているものがあるのかもしれない。以呂波が家名を背負って戦ったように。

 

「……強くなれるなら……私も」

 

 意外にも澪が美佐子に賛同した。相変わらずおどおどしながら、以呂波の反応を窺っているが、口調にはやはり真剣さがあった。

 

「私もやる。無謀かもしれないけど、船橋先輩たちは立派だと思う。一緒に戦って、どうなるか見ていきたいから」

 

 と、結衣も同調する。単なる優等生ではなく、なかなかアクティブな一面もあるようだ。

 彼女たちは前に進もうとしている。船橋たちも当たって砕けろのごとく、あのような戦車で無謀なことを始めようとしている。

 

 一歩でも、前進。その信念が強く感じられた。

 

「……私の脚でも、前に進めるのかな……」

 

 右脚の膝、空気圧で作動する人工関節を撫で、以呂波は呟いた。

 

 丁度そのとき、列車が速度を落とし始めた。慣性の法則で生徒たちの体が進行方向へ引っ張られる。住宅エリアの駅に着いたのだ。

 停止してドアが開き、出入り口に近い生徒から順に降りていく。

 

 美佐子がまた、手を差し出してきた。昼時から変わらない朗らかな笑顔が、傾き始めた日差しに当たって輝いて見えた。

 

「二人三脚で進めばいいじゃん。戦車だって一人じゃ動かせないんでしょ」

 

 その言葉を聞いて、以呂波はふと息を吐いた。美佐子と結衣の手を借りて、左足に力を入れて腰を上げ、右の義足も使ってしっかりと立つ。右腕を美佐子の肩に預け、体を支えてもらいながら列車から降りる。美佐子は体力バカ呼ばわりされただけあって、少しもよろけずに以呂波を支えてくれた。

 

 彼女の言う通り、戦車は一人では動かせない。

 砲を撃つのは砲手。

 弾を込めるのは装填手。

 戦車を走らせるのは操縦手。

 自然と仲間を頼っていたし、仲間も自分を頼っていた。今こうして、肩を借りているように。

 

「……床屋、行かないと」

「え?」

 

 突然の言葉に、美佐子、結衣、澪の三人の視線が以呂波へ向いた。以呂波はボサボサの、手入れなどろくに考えていないであろう髪を掻き、照れくさそうに笑みを浮かべる。

 

 

「身だしなみから整えないとね。……戦車道も武道だから」

 




ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
私の趣味もあってマイナー戦車や珍兵器の登場ですw
こういうのがどのくらい需要あるかは分かりませんが、続きも頑張って書いていこうと思います。
ご感想、ご批評等ございましたら宜しくお願いいたします。

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