ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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夜の魔女、猛襲です!

 夜風を切り裂き、線路上を小さな影が走る。軌陸車と呼ばれる、線路内外を走ることができる車両は世界中にあり、鉄道のメンテナンスなど様々な分野で使われている。しかし戦車に線路を走らせるという発想を実現したのは旧日本軍くらいだろう。もっとも工兵が戦車を持つことに関して兵科間での縄張り争いが発生したため、この九五式装甲軌道車ソキは非武装で生産される羽目になった。

 

 履帯を吊り上げ、その内側に仕込まれた鉄輪を使ってソキは鉄道橋を疾走する。軌道上では70km/h以上の速度が出るのだ。砲塔から顔を出す三木は鉄道部の帽子をかぶり、慣れ親しんだガタゴトという音と震動を楽しんでいた。やはり鉄道部は線路の上を走ってこそ本領を発揮するらしい。操縦士など他のクルーも皆楽しそうだった。

 

「道無き道を行くのもいいけど、やっぱり鉄道っていいわねぇ」

「だねー」

 

 談笑しつつも、三木は周囲の見張りを欠かさない。鉄道橋を渡って市街地へ入るが、市内は電気が消されており、相変わらず暗闇だ。ここがフラッグ車であるソキの潜伏場所である。当然敵もここを目指してくるだろうが、それを迎撃するのが以呂波の作戦だ。

 踏切の手前で三木は操縦手に停止を指示し、ソキの鉄輪は甲高い音を立てた。小ぶりな鉄道戦車はゆっくりと滑走して、丁度踏み切りの中央でピタリと止まる。学園艦の路面電車を運転している面々なので、線路上での操縦は慣れたものだ。

 

「履帯走行に切り替え!」

 

 号令に従い、吊り上げられていた履帯がゆっくりと降ろされる。バラストの地面に接地すると、今度は鉄輪を引き揚げて収納した。機械の動作がスムーズなのは整備を怠っていない証拠であり、鉄道部員中心に構成されたサポートメンバーの腕の証明でもある。

 

 履帯がカタカタと音を立て、ソキはゆっくりと軌道から外れた。遮断機の横を通り、アスファルトの道路へ出る。市街地の地図は頭に叩き込んでおり、潜伏場所も以呂波と相談の上で定めてあった。ただ隠れればいいわけではない。敵もソキが線路を通っていち早く市街に隠れることは想定しているだろう。敵襲に備え、退路を考えた上で陣取らなくてはならないのだ。逃げる際に線路が破壊されている可能性ももちろんある。

 だが三木は初陣の経験と猛訓練により、逃走に関してはいくらか自信を持てるようになっていた。銃眼に適当な機関銃を搭載しただけの車両なら、それで十分なのだ。

 

「みんなで生き残るよ。私たちがやられたら負けなんだから……」

「了解!」

 

 クルーたちと声を掛け合いながら、三木は気を引き締める。車長席の傍らには、川岸から授けられた大漁旗が置かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……草原を踏み越え、魔女たちが進撃する。彼女たちを乗せるのは箒ではなく、鋼鉄の戦車だった。正確には自走砲であり、ドイツの駆逐戦車同様に砲塔の回転しない対戦車車両である。傾斜装甲を用いた箱形の車体に長大な砲身を引っさげ、ずんぐりとした無骨な防盾でそれを支えている。いずれも傑作中戦車T-34をベースとしており、85mm砲搭載のSU-85三両と、100mm砲搭載型のSU-100一両が梯形陣を組んで走行していた。

 その背後にはフラッグ車であるBT-7快速戦車、左前方にはM3中戦車が走っている。夜戦に長けたアガニョーク学院高校のメンバーは暗闇でも見事に隊列を維持できていた。

 

 サイドテールを夜風に靡かせ、カリンカはSU-100のキューポラから前方を眺めていた。戦時中のソ連の戦車長はハッチを開けて周囲を見ることをあまりせず、敵発見が遅れたとされている。一方ドイツの戦車長は積極的にキューポラから顔を出して索敵した分、狙撃兵の餌食になることも多かった。しかし歩兵のいない戦車道ではそのリスクも低く、カリンカも直接外部を視察することを好んでいる。

 

《隊長。敵斥候、接近します》

 

 先行している副隊長から通信が入った。BT-7に乗るラーストチュカはある程度戦車で移動した後、戦車を稜線に隠して徒歩で偵察を行っているのだ。カリンカは極めて冷静に応じる。

 

「数は?」

《二両。マレシャル駆逐戦車とズリーニィ突撃砲です。そのおよそ五百メートル後方に重戦車二両》

 

 夜間だというのに正確な情報を入手し、それを淡々と伝えてくる。これがラーストチュカという副隊長なのだと、カリンカはよく知っていた。池田流のはぐれ門下生である彼女には、隊長である自分も学ぶことは多かったのだ。

 信頼する右腕からの情報を、カリンカは即座に考察する。一回戦で千種学園はマレシャルを出していなかったことを考えると、新たなメンバーを迎えて出場させた可能性が高い。だからこそ経験のあるズリーニィと一緒に行動させているのだろう。千種学園の副隊長が乗るトルディは別方向から偵察しているのか、あるいはフラッグ車の護衛についているのか。

 

《このまま行くと、そちらに十時方向からぶつかります》

「了解。合図で斥候に陽攻を仕掛けて」

 

 陽攻とは敵の注意を引くための、偽の攻撃を示す。命じると共に、カリンカは後方を向いた。フラッグ車の車長がBT-7のハッチから顔を出しているのが、月明かりで見えた。カリンカ自身夜目が利くのだ。

 

「フラッグ車、前へ。M3の隊列に入りなさい」

《了解です、隊長》

 

 通信機から返事が聞こえた直後、自走砲の速度に合わせて走っていたフラッグ車が加速し、カリンカのすぐ横を通り抜けて行った。BT-7は快速戦車の名の通り、最高速度は52km/hと、第二次大戦期の戦車としては速い方である。自走砲たちを追い越してM3の隊列に加わると、再び速度を落とした。

 

 カリンカは敢えて斥候と接触する気でいた。相手は待ち伏せを得意とする一弾流であるが、フラッグ車を見れば攻撃を仕掛けてくるだろう。欠陥戦車のT-35などは論外だが、タシュやトゥラーンなどなら攻撃的な戦術も十分可能だし、実際に一回戦では最終局面で大胆な攻勢に出てきた。

 回転砲塔のないSU-100やSU-85もまた待ち伏せに向いた車両であり、相手の攻撃を迎え撃つ方が得意だ。敢えてフラッグ車がここにいることを教えてやり、主力を引き寄せる。

 

「SU全車は右へ変針、回り込みなさい。M3は増速しつつ前進、照射準備にかかって」

「天津飯を使うんですか?」

 

 砲手が尋ねてくる。カリンカは頷いた。

 アガニョーク学院高校は戦車道に関しては弱小校に分類されるが、それはあくまでも規模の話だ。夜間戦闘に関しては乗員の練度も高く、見くびってかかってきた強豪校を完膚なきまでに叩きのめしてきた。そしてロシア系の学校であってもソ連戦車にこだわらず、入手しやすかったM3で数を揃えるという柔軟さもあった。

 

 しかし今年に入ってから、得意とする夜戦において一度敗北を味わっていた。相手は知波単学園、九七式中戦車を主力とする学校である。その屈辱をバネに、カリンカは更なる強さを求めていた。“夜の魔女”の名に恥じぬように。

 

「アガニョークの恐ろしさ、見せてやるわよ!」

 

 隊長の言葉に、クルー全員が「ураааааа!」の雄叫びを上げた。装甲板さえも、気合いに共鳴して震動しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《ズリーニィ、敵発見!》

 

 丸瀬の声を聞き、以呂波の表情は引き締まった。眠気覚ましのためにショカコーラ(ドイツのビターチョコレート)を食べていたクルーたちにも緊張が漂う。タシュの隣を走る大坪も、しきりに周囲を警戒していた。同学年の航空科生徒である丸瀬から見張りの重要性を教わったのだ。互いの得意分野を吸収しているのも、個性の強いメンバーたちがチームとしてまとまっている証拠だ。

 

《M3が四両。我々は茂みの後ろに隠れている》

《あっ、フラッグ車もいるッスよ! こっちへ向かってくるッス》

 

 丸瀬に次いで川岸の報告も入ってきた。以呂波は目を細める。

 

「確かにフラッグ車ですか?」

《我々も確認した。間違いない》

 

 丸瀬が断言する。彼女はメンバーの中で最も夜目が利き、注意力もあるため間違いはないだろう。すると敵はフラッグ車を正面に押し立てていることになる。決して堅牢とはいえないBT-7快速戦車をだ。

 

「囮かしら?」

 

 結衣が呟いた。以呂波の指揮や判断をよく観察している彼女は、戦車道における洞察力も磨かれてきている。

 以呂波もやはり囮ではないかと思った。アガニョークの切り札であるSU-100は無砲塔の自走砲であり、自分から攻めるよりは待ち伏せで真価を発揮するのだ。またこの暗闇では如何に夜戦の巧者と言えど、遠距離からのアウトレンジ攻撃は不可能だ。フラッグ車を餌にしておびき寄せ、近距離で伏撃を仕掛ける算段だろう。だが敵がこちらに気づいていないなら、ズリーニィで敵フラッグを狙撃することもできる。

 

 そう思ったとき、前方で発砲炎が光った。轟いた砲声がソ連製45mm砲のものであると以呂波には分かった。

 

「丸瀬先輩! 川岸さん!」

《くそっ、新手だ! 士魂のBT-7!》

 

 この士魂杯の由来であり、池田流のシンボルマークである『士魂』の文字。アガニョークの副隊長車だ。見張り能力に長ける丸瀬が不意に奇襲を受けてしまった。それも一回戦のような遠距離砲撃ではなく、懐へ飛び込まれたようだ。

 

《うおっ、こいつ速いッスよ!?》

《M3も接近してくる!》

「落ち着いて後退してください。すぐに向かいます」

 

 指揮官として、以呂波はあくまでも冷静だ。周囲の地形と夜間の射程から考えると、自走砲はもう少し先で待ち伏せているだろう。そしてフラッグ車を餌にそこまで釣り出すという、プラウダ仕込みの偽装撤退だ。

 

「大坪先輩、偵察班と合流して反撃します。相手が下がったら追撃しないように」

《了解、隊長!》

 

 トゥラーンの大坪から快活な返事が返ってきた。空気がピンと張りつめる。適度な緊張は必要だが、初の夜戦で皆が不安に駆られるのが心配だった。

 それを解きほぐすため、以呂波はちらりと美佐子を見た。平たい缶に入ったチョコレートをぽりぽりと齧っている。

 

「美佐子さん、ショカコーラ食べ過ぎ!」

 

 微かに車内に笑いが起こった。美佐子は笑顔で一ピース以呂波に差し出し、以呂波もそれを受け取って口に入れる。以呂波自身不安はあるが、指揮官がユーモアを言うだけの余裕があることを仲間たちに示しておきたかった。

 

 偵察の二両は無事に後退し、合流できた。回転砲塔を持ち正面装甲も厚いタシュとトゥラーンが先行し、突撃砲と駆逐戦車は後に続くよう指示する。先ほど襲撃してきたBT-7は何処かへ姿をくらませたようだ。また横合いから襲撃されないようにしつつ、M3の隊列へ向かう。夜戦経験もある以呂波は敵のシルエットがある程度確認できた。

 だが以呂波はふと奇妙なことに気づいた。M3やBT-7を使って自走砲の射程に引きずり込む作戦だと思っていたが、M3は速力を上げてこちらへ向かってくるのだ。しかも次第車両ごとの間隔を広げている。フラッグ車は横隊の後ろへ下がって行く。

 

 包囲するつもりかと思ったが、四両の相手を同数で包囲したところで押さえつけてはおけまい。ましてやM3は主砲が旋回せず、副砲は威力が低いため包囲には使い辛いだろう。また間隔を広げながらも一列横隊を維持しており、包囲に出てくるような動きではない。

 

 右脚の、義足との継ぎ目辺りがズキリと痛んだ。嫌な予感がする。

 

「一ノ瀬さん……」

 

 澪も静かな状況に同様の不安を覚えたのか、心配そうに以呂波を見た。四両のM3は砲撃も行わず接近してくる。夜間では砲撃が位置暴露になるので迂闊に撃てないし、だから以呂波もまだ発砲を命じていないのだが、敵の動きには何処か不気味さがあった。

 

「……タシュ、トゥラーン、躍進射撃用意!」

 

 暗闇でも命中は期待できる距離だ。以呂波は決心した。

 

「目標、敵横隊中央のM3中戦車! 発砲後は全車速やかに後退!」

《了解!》

 

 敵横隊はすでに90mほど間隔を取っている。正面方向にいる車両のみを狙った方が無駄な動きが少なく、隙もできないだろう。以呂波は仮に外れたとしてもすぐに後退するつもりでいた。

 

 

 だが停止して砲撃にかかろうという瞬間。

 前方に突如、壁が現れた。

 

「うわっ!?」

「な、何なのこれは!?」

 

 晴と結衣が驚愕の声を上げ、それぞれの席の覗視孔から顔を背けた。強烈な光が一面に広がり、視界が遮られてしまったのである。暗闇に慣れた目には直視できないような、巨大な光の壁が出現した。その光が敵戦車から放たれたものだと気づいたとき、以呂波はある特殊なM3中戦車を思い出した。

 

「グラントCDL!?」

 

 以呂波の反応は一瞬だけ遅れた。この特殊な戦車の存在自体失念していたことと、「まさか」という思いからだ。

 

 刹那、周囲に砲弾が着弾する。土煙が上がり、衝撃波が車体を震わせた。光のせいで発砲炎が見えず、砲撃の方向が分からない。M3の主砲か、自走砲の攻撃か。一方相手からしてみれば、以呂波たちの姿はこの光で照らし出されているのだ。

 

《前が見えん!》

《眩しい! 何なのこれ!?》

「全車散開しつつ後退! 後退!」

 

 叫びを上げる僚車の車長たちに指示を下す。結衣は光から目を背けつつも操縦レバーを離さず、タシュを後退させた。躍進射撃に備えていた澪は照準機を覗くことなどできず、目を堅く閉じていた。

 トゥラーン、ズリーニィ、マレシャルも後退を始める。敵は光を照射したまま追ってきた。エンジンや履帯がけたたましい音を上げ、時折砲声が轟く。以呂波以外のメンバーとしては、今まで経験してきた中で最も一方的に攻撃を受けていた。

 

「何あれ、太陽拳!?」

「天津飯ってそういう意味かい! 一本取られたよ!」

「落ち着いて! 散開して敵の隊列を崩……」

 

 そのとき。一際大きな砲撃音と共に、強い衝撃の余波が以呂波の肌へ伝わる。

 はっと左を向くと、先ほどからそこにいた僚車のシルエットが光の中に浮かび上がって見えた。前面装甲に弾痕が穿たれ、煙を吹き出している。そしてその砲塔上面から、白旗がせり出すのもはっきりと見えた。

 

 

 

《千種学園・トゥラーンIII、走行不能!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵一両、撃破!」

「よくやったわ」

 

 砲手に賞賛の言葉を贈りながらも、カリンカは無表情でじっと戦場を眺めていた。やはり100mm砲の破壊力は群を抜いている。それも敵の姿が照らし出されていれば、夜間でも遠距離からの砲撃が可能だ。

 

 M3グラントCDL。M3中戦車のイギリス軍仕様であるグラントをベースに作られた、夜戦特化戦車だ。M3の副砲塔に光度800万カンデラのカーボン・アーク灯を搭載、砲塔内でミラーに反射させ、単横陣を組んで相手に照射する。敵の目をくらませ、味方の砲撃を援護するという特殊な車両だった。これとSU-100を連携させれば、相手の視界を封じてアウトレンジ攻撃を行うことができる。夜の魔女の新たな切り札として、保有していたM3の砲塔を換装したのだ。

 

 強烈な光に照らされ、残る千種学園の戦車は散らばって横へ抜けようとしていた。グラントCDLの隊列を崩しにかかってくるだろう。敵主力を一両撃破したとはいえ、カリンカに油断は一切なかった。彼女たちの師であるプラウダ高校が、昨年の全国大会で犯した失敗をよく知っているからだ。

 

「照射、および撃ち方止め」

 

 命じた直後に光がすっと消え、交戦区域は再び闇に包まれた。グラントCDLが照射部の装甲シャッターを閉めたのだ。だがこれは攻撃の手を緩めたわけではない。敵を追いつめておきながら猶予を与えたがため、プラウダ高校は大洗に敗れたのだ。

 慎重さと大胆さを併せ持ち、情報収集のため密偵まで派遣した義足の戦車隊長・一ノ瀬以呂波。彼女が自分の予想通りの女なら、カリンカが少しでも隙を見せればそこへ付け入ってくるだろう。CDLによる奇襲が成功した今、手を止めることはない。

 

「闇に紛れて隊列を組み直し、もう一度仕掛けるわよ!」

 

 続いて、カリンカは副隊長へ指示を下した。

 

「ラーストチュカ、予定通り敵本隊は私たちが押さえる! フラッグ車を狩りなさい!」

 

 




今回は少し字数多めになりました。
夜間戦闘って書くの難しいですね。
そしてM3グラントCDLなどという珍兵器を引っ張り出してしまいました。
二回戦はイギリス戦車にする構想もあったため、どうしても出したかったこの珍兵器のみは予定通り出しました。

ともあれようやく本格的に二回戦突入となりました。
今後も応援していただけると幸いです。
ご意見・ご感想など御座いましたら今後の糧にさせていただきますので、よろしくお願い致します。

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