ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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二回戦、始まります!

 一ノ瀬千鶴はゴーグルをずらして素顔を晒し、ずかずかと大股で以呂波らに歩み寄る。以呂波の方も美佐子の肩から手を離し、生身の左脚と作り物の右脚で地面を踏みしめ、前へ出る。

 姉妹は互いに彼女に息がかかるくらいの距離で止まった。双子ではないが二人の顔はよく似ていた。兄である守保とも似ている部分がある。ただそれはあくまでも目元や鼻、髪型などの「部品」が似ているだけで、その雰囲気は大分異なっている。明朗快活な以呂波に対し、千鶴は美しくも荒々しい印象を受ける佇まいだ。

 

 千鶴はじっと妹の顔を覗き込み、目を細めた。笑顔が消え、睨みつけるような目つきで。

 

「元気に歩けるようになったなぁ、以呂波」

「……千鶴姉」

 

 以呂波も姉を睨み返した。途端に険悪なムードが漂い始め、結衣が思わず飛び出そうとする。普段クラス委員として揉め事の仲裁をしている彼女の本能だが、晴がその手を掴んで止めた。大丈夫だとでも言うかのように微笑を浮かべながら。

 

「相手の車長を叩き落すのは止めたんだ?」

「必要なけりゃやらねーよ。戦車壊すのは好きだけど、人間壊すのはつまらねーから」

「でも得意でしょ」

「まあな」

 

 さらりと物騒なことを言う一ノ瀬姉妹を、学友たちはじっと見守る。千鶴の背後では炎上していたテトラークの火が消し止められていた。

 

「母さんに無断で戦車道やるのは楽しいかよ?」

「楽しいよ。とっても」

 

 以呂波は毅然と言い放った。彼女にとっては右脚を失い戦車道を辞めさせられた時点で、自分は一ノ瀬家に必要ない人間だと言われたようなものだった。そして今更実家から何を言われようと、もう後戻りはできない。

 

「今の所は母さんも黙ってるけどさ、覚悟はできてるのか?」

「私はもう、千種学園の隊長だから」

「そうかよ。なら……」

 

 ぐっと以呂波に顔を近づけ、千鶴はふいに笑みを浮かべた。そして次の瞬間、片腕で以呂波の首を抱き寄せた。空いた手で荒っぽく髪を撫で回し、以呂波の義足が少しよろめいた。思わず姉の肩に掴まってなんとか踏ん張る。

 

「あたしは可愛い妹の味方だ、よ!」

 

 姉の言葉を聞き、以呂波の表情にも笑みがこぼれた。久々の荒々しいスキンシップである。

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

「あたしらと当たるまで勝ち進めよ」

 

 そう言って妹から離れ、千鶴は踵を返した。長居は無用だとばかりに撤収を指示し、ケト車に乗り込む。彼女の部下たちは手際が良いようで、すでに被撃破車両の牽引用意もできていた。ざわつく観衆にも、以呂波にも一瞥すらせず、エンジン音を唸らせて発進する。ギャラリーが慌てて道を開け、三両の軽戦車が森の中を走り去って行った。

 

 その後ろ姿を見送る以呂波に、仲間たちが近寄ってくる。一時はどうなるかという雰囲気に包まれていたので、皆安堵の表情を浮かべていた。

 

「いいお姉さんじゃないかい。仲良いんだろうなと思ってたよ」

 

 晴が陽気に言った。彼女はおどけていることが多いが、意外と人をよく見るのだ。美佐子も何となく大事にはならないと察していたようで、特に心配している様子はなかった。

 

「はい。でも戦うことになったら手加減してくれないでしょうね」

「望む所だって! 勝ち進んで見せようよ!」

「そうよ。修羅場も慣れれば楽しみに変わるし」

 

 気合いを入れる美佐子に、結衣も同調した。澪も頷く。自分が千種学園の隊長であることを改めて宣言した以呂波に、仲間たちの士気も高まった。船橋もまた、その役目を引き受けてくれた彼女に感謝の念と、頼もしさを感じていた。

 

 ふと、一緒に観戦していた癖っ毛の少女もひょっこり近くに来ていた。

 

「やっぱり、一ノ瀬以呂波殿でしたか」

「え? ああ、はい」

 

 ふいに名前を呼ばれ、以呂波は彼女の方へ向き直った。ふわふわした髪のその少女は恐らく船橋と同い年くらい、高校三年生ほどだろう。テトラークの履帯の構造を知っていた辺り、単なる野次馬ではなく戦車通のようだ。

 

「士魂杯の一回戦、動画サイトで見ました。お見事な戦いぶりでしたね!」

「いえ、粗末な采配で恐れ入ります。……貴女は?」

 

 尋ねられ、彼女は名乗ろうと口を開いた。しかしはっとしたように口を噤んで、視線を泳がせる。

 

「ええと……グデーリアンと覚えていただければ」

「電撃作戦の?」

 

 かつてヨーロッパ中を圧倒した、ドイツ軍機甲部隊の電撃作戦。その生みの親であるハインツ・グデーリアンを知らぬ戦車乗りはいない。特に戦時中に強力な戦車がなかった日本では、同盟国だったドイツの戦車隊に対する畏敬の念が強く、グデーリアンを敬愛する戦車道選手も多いのだ。この少女もその一人なのかもしれない。

 

「はい。いずれまたお会いできるかもしれませんので、本名はそのときに。では失礼します」

「はぁ……お疲れさまです」

 

 ぺこりとお辞儀をして、自称グデーリアンは立ち去る。船橋はその後ろ姿を見て考え込んだ。彼女の顔をどこかで見たような気がしたのだ。

 以呂波もまた、その言葉に何か含む物を感じていたが、すぐに思考を別のことに切り替えた。姉と戦うには二回戦で勝たねばならないのだ。

 

 “夜の魔女”アガニョーク学院高校に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後、千種学園は限られた日数ではあったが、夜戦訓練を行った。一弾流は大戦末期、本土決戦に備え訓練していた一部の戦車隊が母体となっている。その戦法は伏兵戦術のみならずゲリラ夜襲にも対応しており、戦車道流派になってからも受け継がれていた。現に以呂波は夜戦の経験も多いが、他のメンバーは皆付け焼き刃だ。アガニョーク校にどこまで対抗できるか不安もあったが、大会は待ってはくれない。

 それでもどうにか夜間でも戦えるレベルには達したし、地形を利用する作戦も立てた。敵情も偵察し、できる限りの備えはした。後は精一杯の奮闘努力だけだ。

 

 そうして迎えた大会当日。

 夜のフィールドに両チームは集結した。夜間のため直接観戦に来ている人間は少ない。空きの多い観客席に腰掛け、八戸守保は温かいコーヒーを飲みながら試合開始を待っていた。会場の巨大モニターには準備に励む両チームの映像が映し出されており、アガニョークの新兵器・SU-100自走砲の姿もあった。

 

「100mm砲をまともに喰らえば、タシュの正面装甲も耐えられませんね」

 

 熱いコーヒーを手渡しつつ、秘書が言った。それを受け取りつつ、守保は頷く。何せティーガーやパンターなどを正面から撃破可能な砲である。タシュの正面装甲は傾斜付きの120mmだが、それでもまともに被弾すれば1000m以上先から撃破されてしまうだろう。夜間故に射程も限られるだろうが、相手は夜の魔女と謳われる面々だ。

 

 しかし守保はそれよりも、画面の端に気になるものを見た。何か黒い棒の束を運んでいるクルーがいたのだ。それを別の少女が見咎め、カメラの方向を気にしながら何か指図している。

 思えばアガニョークの車両は先ほどからSU-100やSU-85、BT-7ばかりが映っており、数の上での主力であるM3中戦車四両は一度も映されていない。機密保持ならまずはSU-100を隠そうとするのではないだろうか。そして先ほど見えた黒い棒。

 

「……本当の切り札はM3かもしれないな」

「え?」

 

 社長の言葉に、秘書は意外そうに目を見開いた。M3中戦車は友好国への供与と、M4中戦車が完成するまでの間に合わせとして大量生産された戦車だ。戦車道でも十分戦力計上できる車両だが、とても切り札にはなり得ない。

 

「一回戦ではノーマルのM3リーだったようだが、その後手を加えたかもしれない」

「しかしM3の派生型はオープントップの自走砲や、回収車両くらいだったと思いますが。一応ラムもありますけど」

 

 ラム巡航戦車はカナダがM3をベースに開発した車両で、これも切り札にできる戦力ではない。オープントップのM7プリースト自走砲などは戦車道のルール上参加できないはずだ。しかし守保の頭には、一つの特殊な戦車が思い浮かんでいた。

 

「……一応、アレは戦車道で使えるはずだ」

「アレ、って何ですか?」

「分からなくても無理はないさ。アレを使うチームなんて、少なくとも日本には存在しないだろう。だが……」

 

 画面の半面には千種学園チームの様子が映し出されており、タシュの点検を行う以呂波たちの姿が見えた。未完に終わったハンガリー軍の試作戦車・タシュ。あのような代物がこの場にあるのだから、守保の脳裏に浮かんだ車両をアガニョークが持ち出してきてもおかしくはない。

 もし予感が当たっていたとしたら、以呂波は果たして気づいているのだろうか。あくまでも戦車ディーラーとして千種学園に関わっている守保は、諜報活動の結果までは聞いていなかった。

 

「アレが出てくるとしたら面白い試合になるだろうが、兄としては以呂波が少し心配だな。アレは特殊な車両だからな……」

「だからアレって何なんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、以呂波は兄の懸念を他所に最終ミーティングを行っていた。空には月が出ており、ある程度は視界が確保できるものの、やはり射撃や索敵は困難になるだろう。九五式装甲軌道車ソキには青い大将旗が掲げられ、三木たち鉄道部チームの表情も引き締まっていた。今回はソキがフラッグ車を務め、斥候はズリーニィI突撃砲、そして新戦力であるマレシャル駆逐戦車が担う。船橋よりも丸瀬や川岸の方が夜間視力に優れていることからの判断だ。船橋ら広報委員会の乗るトルディIIa軽戦車の役割は、敵副隊長車およびフラッグ車の撃破である。

 

 そして今回のフィールドはソキの特性を発揮できるものだった。地形は起伏のある草原と、川を渡った先にある市街地である。戦闘区域内には市街地へ渡る橋が三つあるのだが、戦車が渡れる橋は二つしかない。だが残り一つの橋は鉄道橋で、線路は千種学園のスタート地点近くを通っていた。軌陸車であるソキなら線路を通り、迅速に市街地へ隠れることができる。

 当然アガニョーク側もそれを予測してくるだろう。だが橋を通らなくては市街地に入れない以上、そのルートも限られる。火力の高いタシュ、トゥラーンIII、ズリーニィ、マレシャルの四両を集中運用し、市街地へ向かう敵主力を攻撃して数を削るのだ。トルディは橋付近で待機し、攻撃にも自軍フラッグ車護衛にも回れるようにする。

 

「敵は恐らく、副隊長車のBT-7を真っ先に市街地へ向かわせるでしょう」

 

 以呂波は船橋に告げた。BT-7快速戦車は主砲・装甲共に貧弱だが速度は出るし、45mm砲はソキの装甲など余裕を持って貫通できる。アガニョークの車両の中では最も、入り組んだ市街地への先鋒に向いている。SU-100などの自走砲は市街地に潜んで待ち伏せるのには向くが、攻勢を仕掛けるとなれば無砲塔の不利が出るのだ。

 

「そのときはBT-7を迎撃して排除してください」

「数を削って、フラッグ車を発見したら狩りに行くのね」

 

 強化されたトルディの主砲を見上げ、船橋は楽しげに笑う。40mm砲でもBT-7程度なら相手にできるはずだ。その後敵を市街地へ引きずり込んで決着をつけるか、草原で戦うかは敵フラッグ車の動きと、彼我の残存戦力を見て決める。それまでは当然、千種学園側も無傷というわけにはいかないだろう。だが数に劣っている以上、極力損害を減らすことを念頭に置かなくてはならない。自軍の偵察行動の成功と、敵斥候の撃破が重要課題だ。

 

「隊長殿。夜食とデコイはT-35に積み込んだぜ」

 

 サポートメンバーの男子生徒が報告する。以前トゥラーンの改造を担当した、鉄道部の男子だ。油汚れのついた作業着を着て、頭はヘッドライトを着けて作業に当たっていた。

 

「ありがとうございます、デゴイチさん」

「デゴイチじゃなくて出島期一郎だよ。……じゃ、ご武運を」

 

 名前を訂正した上で敬礼を交わし、彼は踵を返した。

 直後、以呂波は仲間たちに整列を指示する。準備を終えたメンバーたちはチームごとに並び、以呂波の言葉を待った。

 

「何度も言いましたが、戦車道とはいえ夜戦には危険が伴います。迂闊な発砲を避け、常に落ち着いて行動してください。今までの演習通りに戦えば大丈夫です」

 

 全体に訓示した後、マレシャルに乗る水産学科チームの方を見る。今回が初試合となる彼女たちだが、リーダーの川岸が常に陽気に振る舞っているためか、あまり物怖じした様子はない。

 

「初陣から戦果を上げなくてもいいから、指示したことを着実に実行して。何かあったらすぐ連絡してね」

「了解ッス。バッチリ偵察するッスよ」

「慎重にね」

 

 念押しした上で、以呂波は再び全員へと向き直った。試合開始時刻は近い。すーっと息を吸い込み、腹部に力を入れて彼女は叫ぶ。

 

「千種学園戦車隊は!」

「勇敢! 冷静! 仲良し!」

 

 全員が一斉に唱和し、続く「乗車!」の号令で各々の戦車に向かう。以呂波もタシュへ向かい、美佐子に肩を借りて車体の上まで押し上げてもらう。そして砲塔の上で澪が以呂波に手を貸し、続いて登ってきた美佐子と二人掛かりで引っぱり上げた。その間に結衣は操縦席に乗り込んでエンジンを始動し、晴は通信手席で回線を開く。

 乗員は戦車を動かす歯車だ。例えこちらに不利な夜戦であっても、自分についてきてくれるこの仲間たちを信じるしかない。

 

 覚悟を決めて、以呂波は車長席に身を収めた。

 

 




お読み頂きありがとうございます。
ようやく二回戦が始まります、お待たせして申し訳ありません。
次回は戦車戦になりますが、果たして以呂波の作戦通りに事は運ぶのか……?

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