ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

27 / 102
一ノ瀬千鶴の野仕合です!

 普段は静かであろう森に、今日は人だかりができていた。漂うのは草や土の香りではなく、硝煙と油の臭いである。白旗の上がったL3ccを同型車がゆっくりと牽引して行く。イタリアのL3/33、旧名C.V.33の改良型であるL3/35に対戦車ライフルを搭載した現地改修型だ。一両撃破されたが試合自体は勝ったようで、乗員たちは観衆に笑顔で手を振っている。非力な豆戦車でも、強襲戦車競技『タンカスロン』においては十分な力を発揮できる。重量十トン以下の車両であることが、この競技唯一のルールなのだ。

 

 ギャラリーの顔ぶれも様々だ。戦車ファンらしき女子学生もいれば中高年の男性、主婦などもおり、L3に乗る少女たちへ労いの言葉をかけていた。戦車とそれらの人々の間に隔たりがないのもこの競技の特徴である。

 その光景をファインダー越しに見つめ、船橋はシャッターを切った。彼女はたった今到着したばかりだが、すでに少なくとも一つの試合が終わっていたらしい。

 

「すみません、まだ試合って終わってませんか?」

 

 観戦しているギャラリーの中に自分と同年齢くらいの少女を見つけ、船橋は尋ねた。

 

「ええ、次はバッカニア水産と決号工業の試合ですね。もうすぐ始まりますよ」

 

 丁寧な答えが返ってきた。どうやら目当ての対戦カードには間に合ったらしい。

 

「ついでに出場車種って分かる?」

「バッカニアがテトラーク、決号が二式軽戦車だったはずです。三対三の殲滅戦ですね」

「そう。どうもありがとう」

「いえいえ」

 

 癖っ毛が印象的な少女は笑顔で答え、前に向き直った。

 日本製の二式軽戦車『ケト』は本土決戦用に温存され、実戦に出ることなく終戦を迎えた戦車だ。対するイギリス製Mk.VII軽戦車テトラークは実戦に使われており、兵器としての完成度も、主砲貫通力や速度なども上回っている。見切り発車で大量生産されたカヴェナンターと違い、しっかりとした試験を行い生産された車両だ。同じ軽戦車とはいえ、戦車の発達が遅れていた日本製の車両ではいささか不利ではある。

 

 しかしスペックで勝負が決まるなら最初から試合する必要はない。船橋自身格上のIII号戦車と相打ちに持ち込んだし、以呂波に至ってはカヴェナンターでIV号戦車F2型を撃破した。以呂波本人はできればもうやりたくないと言っていたが。

 それに二式軽戦車の主砲でもテトラークの装甲を貫通するには十分だ。戦術と腕で勝負が分かれるだろう。

 

 そのとき、低くエンジン音が響いた。

 

「来たぞ!」

「決号の方だな」

 

 ギャラリーがざわつく。落ち葉や木の枝を履帯で踏みにじり、軽戦車が木々の合間を縫ってゆっくりと進んできた。日本戦車特有の、土地色、草色、枯草色の迷彩で塗られた二式軽戦車『ケト』だ。迷彩に加えて木の葉などをつけて偽装しており、以呂波と同じ一弾流の戦術を学んでいることを匂わせる。

 数は確認できるだけで二両。ギャラリーからほど近い場所で茂みの背後に停止し、待ち伏せの構えを取った。

 

 タンカスロンは戦車道と違い、戦闘区域と観客との境が存在しない。ギャラリーは巻き込まれないよう、自然と後ずさりして距離を取った。そんな中で唯一、船橋だけは前に出た。先ほどの少女が手を出して止めようとしたが、即座に地面に伏せて匍匐前進に移る。カメラの大きなレンズを傷つけないよう注意しながら、戦車に接近した。

 

 二両の戦車長が僅かに顔を出していたが、どうやら一ノ瀬千鶴ではないようだ。敵戦車を警戒しており、船橋には気づいていない。

 ファインダーで狙いを定め、ストロボ無しでシャッターを切る。森の中だが今日は晴天で明るいため、試合妨害になりかねないフラッシュ撮影は止めることにしたのだ。無論、太陽光の方向などを読んで撮らなくてはならない。

 

 立て続けに三枚取り、再び匍匐前線でギャラリーの前列まで戻る。立ち上がって服から土や枯れ葉を払うと、癖っ毛の少女が心配そうに見つめていた。

 

「だ、大丈夫ですか? 戦闘が始まってないとはいえ、あんなに近づいたら危険じゃ……」

「その分いい画が撮れたわ。ほら」

 

 デジタルカメラの画面を閲覧モードに切り替える。写真中央にケト車が鮮明に写っていた。低いアングルから撮ったので軽戦車といえど迫力がある。そして背景がぼやけているため、戦車の姿が周囲から浮き出るようにはっきり写っているのだ。

 

「おお! 偽装した戦車が目立って写ってます!」

「F値の小さい『明るいレンズ』だからね。背景にボケが入るから、被写体の姿がより強調された写真になるのよ」

 

 昔から写真が好きな船橋は相応の装備を持っている。地味な迷彩塗装の戦車も、これなら迫力のある画が撮れると考えたのだ。しかし『明るいレンズ』は口径が大きいため、ズーム付きの物は重くて値段も高い。船橋が持っているのは単焦点レンズなのでズーム撮影はできず、そこは戦車と同じく戦術と腕でカバーするのだ。

 

 

「おいおい、障害者をこんな所に連れてきたら危ないだろう! 帰りなさい!」

 

 背後で初老の男性が叫ぶのを聞き、船橋は振り向いた。その障害者というのが誰のことか察しはついている。

 案の定、隊長車クルーの面々が注目を受けながら歩いてきた。美佐子の手を借りてはいるが、以呂波は義足でしっかりと森の中を歩いていた。

 

「ご心配なく。慣れてますから」

 

 平然と答え、以呂波は船橋に目を向けた。

 

「先輩、教えてくださってありがとうございます」

「いきなりごめんね。お昼ご飯は食べた?」

「はい。美佐子さんのお家で」

 

 言葉を交わしながら、隊長車の五人はゆっくりと船橋の側まで歩いて行く。晴が前に進み出て、茂みの背後にいるケト車を扇子でひょいと指し示す。

 

「本当に境界線ってもんが無いんだねぇ」

「ええ。タンカスロンの観戦は完全に自己責任です」

 

 以呂波が解説した。戦車道の家元などにはタンカスロンを「邪道」と批判する者も多いが、逆にタンカスロン競技者は厳格な規則で行われる戦車道を「お嬢様のスポーツ」と小馬鹿にしている。一弾流は戦車道流派としてタンカスロンを奨励している珍しい一派で、以呂波も経験があるのだ。

 重量十トン以下の戦車のみというルールのため、強力な戦車を揃えられない学校にも人気の競技である。

 

「戦車乗りの方は人がいる場所も計算に入れて動く必要があります。ギャラリーがいる所も戦闘区域ですから」

「それってもしかして……」

 

 結衣が眉をひそめた。

 

「ギャラリーを『人間の盾』にするような戦法も……」

「ルール上問題ないね」

 

 あっさりと答えられ、結衣は沈黙した。自分たちの行っている戦車道とはかけ離れたものだ。これをより実戦に近いと取るか、野蛮であると取るかは人によって異なるだろう。だが以呂波の優れた能力はこのような非正規の戦いで鍛えられた部分も大きいかもしれない。結衣はこの義足の親友の強さについて、もっとよく知りたいと考えていた。いずれ自分が同じ立場になるために。

 

 ふと、癖っ毛の少女が以呂波を見つめ、口を開いた。

 

「あのぅ。もしかして貴女は千種学園の……」

 

 彼女が言いかけた途端に、エンジンと砲撃の音が聞こえた。途端にギャラリーが歓声を上げる。以呂波は音の方向を見据え、目を細めた。木々の合間を縫って向かってくる二式軽戦車の砲塔に、肉親の姿を認めたのだ。

 

「来た……千鶴姉」

 

 砲塔を後ろに向け、一ノ瀬千鶴は追っ手のテトラーク軽戦車三両を見据えていた。以呂波同様に髪を短めのポニーテールにまとめ、顔にはゴーグルを着けている。そのため表情は分かり辛いが、敵をじっと睨みつつも、周囲への警戒を怠らぬ姉の様子が以呂波には分かった。

 

 千鶴は味方の待ち伏せ位置まで敵をおびき出したようだ。だが相手もそう簡単には引っかからない。

 追ってくるテトラーク三両のうち、一両は武装が違った。3インチ榴弾砲を搭載したCS(近接支援)タイプである。バッカニア水産のリーダーらしき少女が、そのテトラークCSの方を見て指示を飛ばした。

 

 シャッターチャンスを悟った船橋がカメラを構えた。その直後に躍進射撃で榴弾砲が火を吹き、観衆はその衝撃に思わず身をすくめた。放たれた一撃は二両のケトが潜んでいる場所の手前に着弾する。途端に朦々と白煙が湧き起こり、ケトの視界を遮った。

 

「煙幕弾!」

「偽装を見抜いていたのね」

 

 美佐子と結衣が言葉を交わす。船橋は砲撃の瞬間を捉えた一枚を確認し、再びカメラを構える。以呂波は固唾を飲んで見守っていた。

 テトラークは一斉に右へ旋回し、伏兵の側面を突くべく動き出した。しかし待ち伏せていたケトも置物ではない。即座に離脱し、逃げるようなフェイントをかけたかと思うと、反航してテトラークへ突撃したのだ。互いに撃ち合うものの、起伏のある地形での行進間射撃故当たりはしない。発砲音の直後に距離を取ってすれ違う。

 

 そこへ千鶴の乗る隊長車も突入する。森の中で軽戦車六両が乱闘を繰り広げる形となった。木々の合間を縦横無尽に走り回り、味方車両と連携しつつ、相手の連携を崩しにかかる。まるでドッグファイトの様相を呈していた。土ぼこりが乱舞し、硝煙の臭いが漂う。発砲炎と砲声が目と耳を激しく刺激してくる。

 

「うひょー、大迫力!」

「バッカニアはイギリス系でも、グロリアーナみたいなお嬢様学校じゃないからな。戦い方も派手だ」

「対する決号は得意の待ち伏せも見破られちゃったなぁ。こりゃ押し込まれるんじゃないか?」

 

 観戦している人々の声を聞いても、以呂波は姉がこのまま負けるなどとは考えていなかった。むしろ偽装を看破される程度、千鶴の予想の範疇だったに違いない。単に相手を待ち伏せるのではなく、相手戦車の弱点を分析した上で、有利な地形へ誘い出すのが一弾流の戦い方だ。『彼を知り己を知れば百戦危うからず』と孫子の兵法にもある。千鶴はテトラークの弱点を考えた上で、森の中を決戦場所に選んだのだろう。

 

「決着はここで付くよ」

 

 以呂波の言葉に、仲間たちは一瞬彼女に視線を集中させ、再び戦車戦を見つめた。

 

 一両のテトラークがケトを追う。だが別のテトラークと撃ち合っていた千鶴車が突如急旋回し、味方の援護に回った。砲塔の同軸機銃が火を吹き、味方を追っていたテトラークの右側に曳光弾が飛んだ。

 同軸機銃は主砲の照準を合わせるのに使われることもある。それを知っていた相手車長は咄嗟に旋回を命じた。ベテランの戦車乗りは反射的に即座に命令を下すのである。

 

 だがそれが裏目に出た。テトラークの操縦士は可能な限り車体を急回頭したものの、ここは森である。木々の間を曲がりきれず、大木に衝突してしまったのだ。

 行き脚を止めたテトラークに千鶴車が全速で迫る。そして一瞬も立ち止まることなく、近距離で追い越しざまに発砲。37mm砲弾がテトラークの側面に食い込んだ。

 

 彼女のケトがそのまま走り去る頃には、白旗が上がっていた。ギャラリーが一斉に歓声をあげる。

 

「一両倒した……!」

 

 澪がやや興奮気味に身を乗り出す。まるで居合いのような砲撃だった。

 

「相手の練度の高さと、足回りの構造を逆手に取ったね」

「なるほど! テトラークはフレキシブル履帯だから、旋回半径が大きいんですよね!」

 

 癖っ毛の少女が感心したように叫んだ。

 戦車に限らず、履帯で走る乗り物は曲がる方向の履帯にブレーキをかけるか、または遊星歯車などで減速させることで旋回する。だがテトラーク軽戦車は転輪と誘導輪を左右へ指向することで、フレキシブル履帯を横へ捩じ曲げて旋回するのだ。これにより普通自動車に近い要領で、通常の戦車より容易に操縦できるという利点があるのだが、旋回半径は大きくなってしまう。その欠点を突くため森へおびき寄せたのである。バッカニア側は伏兵を看破できるという自信があり、それに乗ってしまった。

 

 直後、再び砲撃。別のケトがテトラークCSを撃破したのだ。他のテトラークが40mmの2ポンド砲なのに対し、75mmの榴弾砲のため装填がやや遅い。その隙に精密な射撃を受けたのだ。

 

「これで三対一!」

 

 残っているのはバッカニアの隊長車のようだ。さすがにそう簡単にはやられない。三両のケトから集中砲火をうけながらも、それを巧みに読んでは回避し、反撃する。包囲されかかっても高速性を活かして脱出する。いい腕をしていると以呂波は思った。

 

 そのとき、決号の隊長車に異変が起こった。車長である千鶴が戦車の砲塔から飛び降りたのだ。ギャラリーがざわつく。不慮の転落か、何か意図あってのことか。

 だが以呂波は千鶴がタンカスロンでこのような手段を使うのを見たことがある。今回もそのケースであることは明白だった。戦車から飛び降りたのは相手の車長が自分の方を見ていないタイミングを狙っており、その後素早く匍匐前進で木の裏側に隠れたのだ。しかも姉の腰に物騒なものがぶら下がっていることにも、以呂波は気づいていた。

 

「船橋先輩」

 

 彼女は広報委員長に声をかけた。

 

「シャッターチャンス、近いですよ」

 

 反射的にカメラを構え、残ったテトラークをファインダー越しに凝視する。以呂波の方は姉の動きを目で追う。地面の起伏や茂みなどを素早い跳躍で飛び越え、木々の影に隠れながら移動する。その顔は笑っていた。楽しくて仕方ないのだろう。姉はそういう人間だ。

 

 一方、バッカニアの隊長車は猛々しく奮闘し、ついにケト一両を2ポンド砲の餌食とした。撃破されたケトは車長のいなくなった自軍の隊長車を守っていたのだ。

 だが直後、テトラークは千鶴の隠れた木の前に差し掛かった。もしここでそのことに気づいていれば勝機はあったかもしれない。千鶴は腰に下げていた武器に着火し、高々と掲げて木の陰から姿を現した。

 

 一弾流がタンカスロンを奨励する理由は複数ある。最も大きな理由は、一弾流では精神・肉体の鍛錬として、普通の戦車道では全く役に立たない技術も伝授されているからだ。

 

 例えば……

 

 

 生身での肉薄攻撃。

 

 

「火炎瓶!?」

 

 結衣が驚愕の声を上げた瞬間、千鶴は振りかぶったそれを投擲した。火のついた瓶がテトラークのエンジン部分に叩き付けられ、ガラス片と燃料が飛び散る。船橋がシャッターを切ったのはそれとほぼ同時だった。

 

 次の瞬間には燃え広がる炎。それでもテトラークはしばらく走っていた。だが激しさを増した炎の中から白旗が上がり、ゆっくりと停止する。敗北を受け入れるかのように。

 勝負は決したのだ。

 

 千鶴が咽頭マイクに手を添えて何事か言うと、ケトの乗員たちが消火器を手にテトラークへ駆けてきた。脱出したテトラークの乗員と共に消火作業にかかる。

 それを横目で眺めた後、千鶴は呆然としている観衆に目を向け……ニヤリと笑った。

 

 先ほどから気づいていたのだ。その中に妹の姿があることに。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
さすがにやり過ぎかなとも思いましたが、そもそも『リボンの武者』のタンカスロンでは主人公が『人間の盾』戦法を使ったり、弓矢だの何だのを持ち込んだりしていましたから、このくらいやらないとインパクトがないかなと。
一弾流という流派については後々もっと掘り下げるつもりです。

ご感想・ご批評などございましたら、宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。