ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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諜報活動します! (後)

「そっかぁ、やっぱり戦車道はいろいろ大変だねぇ」

「大変大変。油臭いでしょ、私たち」

「頑張ってる証拠じゃないかい。あたしは立派だと思うな」

 

 蒸気立ちこめるバーニャの中で、晴はアガニョークの戦車クルーたちと談笑していた。床にタオルを敷いて彼女たちを床に寝かせ、じっくりとマッサージをしてやっている。当然ながらただ喋っているだけではない。体の疲れをほぐしながら心もほぐして口を軽くするのが目的なのだ。相手が自分でも気づかないうちにポロッと機密事項を漏らせば大成功だ。落語を学んでいる晴としては軽妙なトーク術の見せ所である。現時点では、どうやら彼女たちはSU-85の乗員らしいということまで分かった。

 

「砲弾とか凄く重いんだろうね」

「そうそう。新隊長車の装填手は特に大変ね。100mm砲弾は重いし」

「へぇ、100mmね……」

 

 晴が呟くと、それを言った少女は「しまった」という顔をした。最初にマッサージしてやった装填手だ。

 

「あー、今の誰にも言っちゃ駄目よ。新車両のことは秘密だから」

「はいはい、言わないよ。素人だからよく分からないけど、その大砲って強いのかい?」

「そりゃ強いわよ。ティーガーとか正面から倒せるもの」

「新車両はあの一両だけだけど、火力は大きく上がったね」

 

 そうなるとタシュでも危ないな、と晴は思った。一回戦で相手にした17ポンド砲ほど強力な主砲はないと思われていたが、今回もまた高威力の砲を相手にすることになる。もちろん主砲の威力で言えばタシュも相当なものだが、今回も七対十という数の差があるのだ。

 敵の新車両は隊長車一両で、100mm砲搭載。この情報だけは何が何でも以呂波に伝えねばならない。だがその前に、できればアガニョークの隊長と副隊長のことも聞き出しておきたかった。

 

「なるほどねぇ。そういや次の対戦相手の隊長、右脚がないって本当かい?」

 

 いきなり本題を聞かず、自然と話を持って行く算段だ。

 

「そう。しかも凄く度胸のある人らしいの」

「同じ戦車乗りとして尊敬するわ。もし私だったらって思うと……」

「カリンカ隊長も珍しく、早く会いたいって言ってたなぁ」

 

 その答えを聞き、晴は彼女たちを騙して情報を聞き出すことに罪悪感を覚えた。諜報活動も承認されているとはいえ、これは戦争ではなく戦車道、相手が憎いわけではない。この場にいるアガニョーク学院高校の生徒もまた、千種学園の仲間たちと同じく明るい女子高生たちなのだ。対戦相手を素直に賞賛するような、善良な面々である。しかしこれも仲間のため。罪悪感が使命感を粉砕しないよう、晴は気を取り直してマッサージを続けた。

 

「あああっ、効く~」

「そのカリンカ隊長ってさ、私会ったことないんだけど、どんな人なの?」

 

 悶える少女に尋ねる。

 

「同志隊長はね、意地悪でぶっきらぼうだけど、カッコいい人だよ」

「あの人が隊長じゃなかったら戦車道辞めてたなって思うこと、結構あるわ」

「あるある。隊長が付いてこいって言えばみんな付いて行く雰囲気ができてるよね」

「そうかと思えば副隊長お手製のおやつで喜んでたりもしてさー」

「乙女だよねー」

 

 高いカリスマ性で仲間を引っ張っている人物のようだ。実際に彼女たちは戦車道が疲れる、大変だと言いながら、それも楽しんでいるような雰囲気があった。指揮官の態度は部下の心理へ大きく影響する。練習試合のときもカヴェナンターでIV号戦車と一騎打ちという状況にも関わらず、以呂波が笑顔を見せたため落ち着いて操縦できたと、晴は結衣から聞いていた。部下にやる気を出させるツボを心得た人物なのだろう。

 

「副隊長はお菓子作りが得意なのかい?」

「うん、凄く美味しいよ」

「ちょっと近寄り難い雰囲気の人だけど、しょっちゅうお菓子持ってきてくれるの」

 

 笑いながらクルーたちは言う。隊長であるカリンカの情報は船橋が入手していたが、副隊長のラーストチュカに関しては詳しくは分かっていない。

 

「戦車道も凄いの?」

「そりゃあね。池田流の門下生だし」

「隊長の右腕よね」

 

 池田流という言葉を聞き、晴は少し意外に思った。戦車道の流派で有名な物はある程度知っていたが、池田流は知名度はそこそこあれど伝承者の少ない流派である。

 これは是非とも以呂波に伝えなくてはならないことだ。流派もまた戦術に関わってくる。戦車よりも乗っている人間に目を向けろ……以呂波がベジマイトから受けたアドバイスである。

 

「ふうん。じゃあ次の試合の作戦とかももう立ててあるんだろうねぇ」

「それはちょっと教えられないなぁ」

「まあヒントを言うなら、天津飯ね」

 

 不意に妙なことを言われた。天津飯といえばカニ玉をご飯に乗せて甘酢ダレをかけた、日本発祥の中華料理である。それが作戦の概要を示す暗号のようだが、落語で言葉遊びを学んだ晴でも解読はできなかった。

 

 そのとき、バーニャの戸が開いた。ドアから顔を出したのは戦車クルーの制服を着込んだ女子である。バーニャに入りにきたというわけではないらしい。

 

「同志隊長からの命令です! スパイっぽい奴が訓練場の中を見てたらしいので、手空きの者は捜索へ加わるように!」

 

 げっ、と心の中で呟く晴。美佐子が見つかってしまったらしい。しかし捜索ということは捕まってはいないようだ。

 

「えー!? せっかくいい気分だったのに~」

「おのれスパイめ!」

「ダヴァイ、ダヴァイ!」

 

 マッサージを受けていた少女たちは立ち上がり、そそくさと更衣室へ向かう。文句を言いながらも動作はスムーズだ。

 

「ありがとう、体軽くなったよ!」

「またマッサージしてね!」

「うんうん、お気をつけて~」

 

 笑顔で手を振って見送り、晴はさてどうしたものかと考える。とりあえず彼女たちが小屋から出るのを待ってから着替え、以呂波と連絡を取ろう。美佐子も現状をメールで送ってきているかもしれない。

 やはりスパイ活動は楽ではない。今度はこういうこととは関係なしに遊びに来たいものだと、晴はヴェーニクで肩を叩きながら思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、千種学園にいる以呂波たちも安穏としていたわけではない。普段座学に使っているプレハブ小屋で、スパイ作戦の成り行きを見守っていた。美佐子からは見つかって逃走中とのメールが入り、得られた情報についても送られてきた。そして直後に晴もまた、敵の新車両は一両で、100mm砲搭載という情報を電話で伝えてきたのである。

 

「ありがとうございます。脱出予定ポイントへ向かってください。今から回収班に行ってもらいます」

 

 そう伝えて電話を切り、以呂波は小屋に集結した仲間たちを見た。丁度夜練の休憩中で、メンバーのほぼ全員が揃っている。いないのは晴と美佐子、そして航空学科チームだけだ。卓上には二回戦の舞台となるフィールドの地図が置かれ、戦車を模した駒も並べられている。

 

「結衣さん。丸瀬先輩に、出発するよう伝えて」

「分かったわ」

 

 結衣に連絡を任せ、以呂波は二人から送られてきた情報を手元のノートに書き出した。自走砲を四両確認、内一両は上部ハッチの形状が違う。新隊長車は100mm砲搭載。副隊長は池田流。天津飯がどうとか。

 天津飯は考えても分かりそうにないのでとりあえず保留。副隊長が池田流というのは以呂波にとっても予想外の情報だった。池田流は元々小規模な流派で門下生も少なく、二次大戦でその大半が戦死したため復興に時間がかかったらしい。その戦死した門下生たちの奮闘が知名度を押し上げ、現在は陸上自衛隊の一部の部隊に伝授されている。民間の門下生は少なく、一弾流宗家出身である以呂波もあまり会ったことがない。

 

「あったよ! アガニョーク副隊長車の写真」

 

 船橋はノートパソコンの画面を以呂波に見せた。ソ連製のBT-7快速戦車だ。砲塔に書かれている『士魂』の二文字が池田流の証である。どうやら本当のようであるが、池田流がソ連戦車に乗るとは皮肉な取り合わせだと以呂波には感じられた。

 

「はぐれ者なんでしょうか。私みたいな」

「うーん、どうだろう。そうかも。それで、アガニョークの新車両についてだけど……」

 

 二人から送られてきた情報を組み合わせる。新戦力が一両だけということは、美佐子が見た自走砲四両の内一両がそうなのだろう。一回戦ではSU-85が三両しか出ていなかったし、過去の非公式試合の記録を探ってもそうだった。そしてハッチの形状が違うことや、100mm砲という情報をまとめると答えは出た。

 

「SU-100ですね。手強いですが、倒せない相手ではありません」

 

 ソ連の猛獣キラーの一角である。SU-85をベースに主砲と装甲を強化した対戦車自走砲で、ティーガーやパンターを正面から撃破できる強力な車両だ。タシュの正面装甲でも耐えられないだろう。しかし正面からの戦いなら、回転砲塔のあるタシュが有利だと以呂波は告げた。

 

「SU-100の最大装甲厚は75mmです。傾斜していますがタシュの主砲なら貫通できますし、側面を狙えれば回転砲塔がある分有利です」

「要するに駆逐戦車なんでしょう? 待ち伏せに出てくる可能性が高いんじゃない?」

 

 連絡を終えた結衣が言う。彼女の正しさを以呂波は認めた。主砲が旋回しない駆逐戦車は主に待ち伏せに使用する兵器だ。戦車道では自ら攻勢に出なくてはならない場面もあるが、基本的に守りで真価を発揮する。

 

「うん。相手が潜伏すると思われる箇所を洗い出して、そこから誘い出す方法も考えないとね」

 

 一弾流は同じく待ち伏せを得意とする流派だが、以呂波の戦術はより攻撃的な一面を帯びている。本人もそれを自覚していた。今回の試合では積極的な攻勢と伏撃を組み合わせて戦ってみたい。美佐子と晴が無事帰還することを祈りつつ、以呂波は地図上の駒に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして一時間後。

 晴はアガニョーク学園艦の校舎部から離れ、航空機発着場の近くに来ていた。このスパイ作戦は船橋の立案で、脱出の計画までしっかり練ってある。

 つい先ほど美佐子からメールが入り、すでに合流地点に来ているとのことだった。警備の生徒に発見されたにも関わらず、捜索の手をかいくぐってよくぞ逃げ果せたものだと感心する。

 

 二人は別行動後の合流の仕方を、そして脱出まで捜索をやり過ごす手段を出発前に考えていた。具体的には晴の到着時、発着場近くのゴミ置き場に、大きなダンボール箱が伏せて置かれていた。人が一人隠れられるサイズのものが二つ。

 

「今何時でぇ?」

 

 晴は箱に向かって尋ねた。

 

「へぇ、九つで」

 

 合い言葉を言って、片方の箱の中から美佐子が笑顔を見せた。晴もよかったよかったと笑い、ごそごそともう片方の箱の中へ潜り込む。サラファンの裾や荷物などがはみ出ないよう注意しながら、箱の中に収まった。

 

「お晴さん、ご無事で何より」

「みさ公こそよく逃げられたね。警備に見つかっちゃったんだろ?」

 

 訓練場の中にも警備担当の生徒がいるのを晴も見ていた。彼女たちに見つかったらすぐに人を呼ばれて追いかけ回されただろうに、よくもまあダンボールまで調達して逃げ切ったものだ。

 

「いやあ、木の上から訓練場の中見てたら、懐中電灯当てられて。誰だ、って訊かれたから咄嗟に『司馬ちゃん』って答えて……」

「マニアックなネタ出したねぇ」

「そうしたら相手が、『降りてこいバサラ者!』ってフェンス乗り越えて来て」

「通じたのかい。それで?」

「長いスカートで走りにくかったけど、逃げて逃げて逃げまくりました!」

 

 理屈ではなく根性と体力で逃げ切り、上手く撒いたらしい。美佐子らしい話である。

 

「あ、みんなへのお土産はチョコレートゼフィールっていうお菓子を買いましたよ!」

「大物になるよ、あんた」

 

 後は脱出作戦の時刻までこのまま箱の中に隠れていればいい。窮屈ではあるが、普段から戦車に乗っているので我慢はできる。

 近いうちにやってくるであろう飛行機の爆音を待ちわびながら、二人はダンボール箱の中で寒さに耐えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園艦の甲板道路を、オリーブ色のオープンカーが走る。オープンカーと言っても無骨な四輪駆動車、ソヴィエト連邦で使われた小型軍用車のGAZ-67Bだ。軽砲の牽引や将校の移動など様々な用途に使われた車両で、今乗っているのはアガニョーク戦車道隊長・カリンカと、その右腕たるラーストチュカだった。校舎から離れて航空機発着場へ急ぐ二人だが、焦りはなくあくまでも冷静だ。カリンカの長いサイドテールが風に靡いている。

 

「見られた可能性があるのは隊長車の方だけね?」

「はい。『天津飯』の方は外に出していませんので」

 

 運転するラーストチュカは秘匿名称で答えた。スパイ発見の報せを聞き、カリンカはただちに捜索命令を出したものの、相手は逃げ足が早かった。しかし相手が二十時に出発する連絡機の最終便に密航することを予測し、発着場にはすでに乗り込む人間を徹底的に検査するよう申し渡していた。飛行機を使って陸に脱出するのが最も手っ取り早い方法である。

 捕らえたところで、すでに情報を仲間に送っているかもしれない。だがカリンカは落ち着いていた。

 

「こっちの切り札がSU-100だけだと思い込んでくれていれば、むしろ得か」

「ええ」

 

 短く返事をし、ラーストチュカは車を右折させた。航空機発着場の正門に入る。街灯に照らされた二人の顔を見ると、警備員が会釈してゲートを開けた。アガニョークの航空機発着場のスタッフは生徒以外の学園艦職員が担当している。学校によっては学園艦の運行と同様に船舶科生徒の管轄だったり、航空科のある学校では航空科が管理する。

 ゲートを潜って滑走路のある発着場へ進むと、管制塔近くで輸送機が荷物の積み込みを行っていた。職員たちがそれらの確認を行い、搭乗する生徒・教師も取り調べを受けていた。

 

 ラーストチュカが車を進めると、警備員の一人が気づいて近づいてきた。恰幅の良い中年女性だ。彼女の側に車を止めさせ、カリンカは降りた。

 

「花梨ちゃん、燕ちゃん。こんばんは」

「ドーブルイヴィチエーチル、おばちゃん」

 

 GAZ-67Bのドアを閉め、カリンカは笑みを浮かべた。顔なじみの職員である。

 

「言われた通り乗る人を調べてるけど、何かあったの?」

「……伝わってなかったの?」

「そのようです」

 

 ラーストチュカも降車して、冷めた声で答えた。連絡した奴を査問委員会に呼び出そうと思ったが、まずは目先のことが優先だ。

 

「次の対戦相手がスパイを潜り込ませてきたの」

「戦車道の? あら嫌ねぇ。乗る人の身元確認はしてるけど、今の所特に怪しい人は……」

 

 警備員の言葉を聞きながら、ラーストチュカはふと滑走路の脇に駐機されている双発飛行艇に目を向けた。胴体の両側にドーム状の銃座が設けられている。アメリカ製の水陸両用機・PBYカタリナ飛行艇だ。アガニョークにはない機体で、胴体には盾に青い星のマークが描かれている。高校戦車道に明るい者なら誰でも知っている校章だ。

 

「……サンダース大付属のカタリナ……?」

「ああ、あれね。飛行計画が急に変わって、食料とか買いに降りてきたのよ」

 

 パイロットたちがキャスター付きの台車を押し、ダンボール箱を機体へ詰み込んでいた。ラーストチュカはそれをじっと見ていたが、ポケットから携帯を取り出す。

 そんな彼女をちらりと見て、警備員は笑った。

 

「この前燕ちゃんにブリヌイの作り方教えたんだけどね、お菓子作ってるときはガラッと顔つきが変わるのよねぇ」

「あのブリヌイ、おばちゃんから教わったんだ? 美味しかったわよ」

 

 会話をしながら、カリンカはじっと輸送機へ乗り込む人々の列を見ていた。何らかの用事で陸に赴く者たちだが、明日が休日なので実家に帰る生徒の姿も多い。紛れ込むには絶好の場所だろう。職員が学生手帳などを確認し、異常がないと判断してから搭乗させている。

 ふいにエンジン音が聞こえた。プロペラ機のものである。サンダースのカタリナが離陸準備に入ったようだ。職員たちが車輪止めを外し、ゆっくりと滑走路へタキシングしていく。

 

「同志カリンカ!」

 

 ラーストチュカが叫んだ。

 

「サンダースに問い合わせた所、現在飛行中のカタリナは一機もないそうです!」

「離陸を止めて!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《サンダース大付属高校カタリナ三号機。離陸を中止し、駐機位置へ戻れ》

 

「バレたか!」

 

 サンダース校の生徒に扮した丸瀬が、カタリナの操縦席で舌打ちした。背後では積み込んだダンボールの中から、美佐子と晴が心配そうに見ている。普段ズリーニィの操縦手を務めている航法士が、近づいてくるGAZ-67Bを銃座の窓から見つけた。ヘッドランプの明かりが迫る。

 

「臨検が来るぞ! 早く飛んでしまえ!」

「そうだな。上がってしまえばこっちのものだ」

 

 ゴーグルをして丸瀬は離陸操作を続けた。フラップを降ろし、スロットルを開く。飛行艇はゆっくりと走り出した。

 

《カタリナ三号機! 離陸を中断せよ!》

「よく聞こえない。繰り返してくれ」

 

 答えつつ通信機を切り、丸瀬は機を加速させた。飛行場の景色が後方へ流れていく。臨検に来たGAZも後ろへ大きく引き離されていった。二式大型飛行艇などと比べられがちだが、カタリナ飛行艇は水陸両用の利便性や信頼性の高さから多くの国で採用された傑作飛行艇である。今回も丸瀬たちの操縦に応え、二つのエンジンが力強く唸る。

 翼が風を掴んだ。副機長が安全離陸速度を意味する「V2」を告げる。

 

「テイク・オフ!」

 

 丸瀬が操縦輪を引き、上昇角を取った。車輪が地面を離れ、高度を上げていく。管制塔や滑走路が徐々に下方へと遠ざかっていった。

 車輪を艇体に収納し、水平飛行に移ると、丸瀬は後ろを向いた。

 

「二人とも、そこの魔法瓶にココアが入ってるから飲んでいいぞ」

「ありがとうございます!」

 

 美佐子がダンボールから飛び出し、棚にある魔法瓶を手に取った。中身をカップに注ぐと、香ばしい香りが機内に溢れる。注いだそれを先に晴に渡し、晴は礼を言って受け取った。

 千種学園の航空学科は多様な航空機を所有している。校章と服装さえ全く関係ない学校の物に変えてしまえば、適当な理由をつけて対戦相手の学園艦に着艦することも可能だ。丸瀬はフルトン回収システムという選択肢も提示したが、より安全な方法が選ばれた。

 

「作戦は成功だ。一ノ瀬や船橋委員長も二人に感謝しているぞ」

「いやいや、結構楽しかったよ。な、みさ公」

「はい、とても!」

 

 朗らかに笑い合う少女たちを乗せ、飛行艇は陸へと進路を取った。




お読み頂きありがとうございます。
区切りの都合上、今回は長めになりました。
次回は休日風景及び、試合開始までを書けたらと思います。
原作のような日常パートも入れていきたいので……。

ちなみに美佐子が出した「司馬ちゃん」は漫画「バサラ戦車隊」のネタです。
分かる人いるのだろうか……。

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