ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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諜報活動します! (前)

「みさ公、終わったかい?」

「もうちょっとです。……よし!」

 

 女子トイレの個室ドアを開けて、美佐子が姿を現した。着ているのは千種学園の制服ではなく、サラファンと呼ばれるロシアの民族衣装だ。美佐子の物は青と白を基調としたもので、草原に立つと絵になるであろう爽やかな印象だった。美佐子の明るい性格によく似合っている。対する晴は黒地に赤の刺繍が入ったものを着ている。落ち着いた中に優雅さのある装いだ。頭にはそれぞれ赤いスカーフをつけ、ゆったりとしたロングスカートが優しげな輪郭を作っている。服飾学科から借りてきた衣装である。

 

「おお、似合うじゃないかい」

「そうですか? お晴さんも可愛いですよ!」

「ありがとよ。それじゃ行こうか」

 

 いつも持ち歩いている扇子をショルダーバッグにしまい、晴はトイレのドアを開けた。学園艦には他の船が接舷し、荷物の積み降ろしを行う簡易的な船着き場がある。二人はそこのトイレに隠れて着替えを行い、それまで着ていたコンビニの制服は鞄に隠してある。コンビニ店員に化け、商品を運ぶ定期船に紛れ込んここへ忍び込んだのだ。

 

 次の対戦相手の本拠地である、アガニョーク学院高校の学園艦に。

 

「お土産何がいいかなー」

「ロシア菓子でも買っていくかね」

 

 小声で能天気な会話をしながらも、二人は自分たちの任務をちゃんと覚えていた。アガニョーク側の新戦車が何か、明らかにすることである。バッグには船橋が用意した隠しカメラも仕込んであった。戦車道のルール上、このような試合前の偵察・諜報活動は承認されている。サポートメンバーが伝手やインターネットを使って情報収集を行っただけでなく、今回は美佐子と晴が直接スパイとして潜入することになったのだ。

 もちろんこれは危険を伴う作戦だ。戦車道は武道であり、スパイを捕らえても拷問や恐喝といった人道に反する行為は当然禁止されているが、情報漏洩防止のため抑留する程度のことは認められている。しかし二回戦が千種学園にとって不利な条件である以上、可能な限り情報を入手せねばならない。

 

 二人はエレベーターで甲板の校舎エリアに上がった。密航するのに時間も必要だったので、時間はもう午後六時、日が傾いている。風も冷たかくて辛かった。だがアガニョークがこれから夜戦の訓練を行うのは確実であると思われ、それを偵察するには丁度良い。

 

 町並みは欧州風に作られており、煉瓦作りの古風な建物が並んでいる。コンビニなどの施設もそれに合わせたデザインになっていた。校舎も同様である。そして周囲を歩く生徒たちは皆、様々なサラファンを着ている。

 

「制服の代わりに民族衣装ってのがいいねぇ」

「北森先輩のいた学校も、イベントでよくウクライナの民族衣装着てたらしいですね」

「海外風の学校はこういうところも結構あるらしいね。っと、みさ公、あまりキョロキョロするんじゃないよ」

 

 あくまでも目立たないよう、周囲に溶け込まなくてはならない。美佐子は普段軽装を好むため、着慣れないロングスカートが少し歩き辛そうだった。

 一先ず二人は校舎前の広場に入り、戦車道の訓練場を目指すことにした。学園艦は広大だが、携帯電話に地図を表示しているので迷うことはない。しかしサポートメンバーからの事前情報で、アガニョークでは許可がないと戦車道訓練を見学できないことになっていると聞いていた。

 

「どこか高い所へ登って、格納庫や訓練場の中でも見えりゃいいんだけどねぇ」

「あたし高い所大好きです!」

「ナントカと煙」

 

 そんなことを話しながら訓練場入り口まで辿り着いたが、侵入は困難だと二人は悟った。周囲には金網が張られ、ドアには警備員が立っている。戦車道メンバーらしき生徒が内周を見回っており、見つからずに入り込むのは難しい。暗くなった空と相まって物々しい雰囲気だ。

 警備員に見つからない位置から様子を伺い、二人は作戦を考えた。どうにかして戦車クルーの制服を盗んで忍び込むという手段もあるが、全国大会常連の強豪校とは違い、アガニョークは戦車道メンバーもそれほど多くはないのだ。見慣れない戦車乗りがいればすぐに分かるかもしれない。

 

 双眼鏡も持ってきたことだし、やはり高台へ登って見下ろすのが一番である。美佐子は目が良いので、夜間でもある程度は見えるだろう。幸い今日は晴れていて、月明かりもある。

 だがそのとき、美佐子は近くにある小屋に目を止めた。キリル文字の看板がかけられており、カタカナで『バーニャ』とフリガナが振られていた。その隣には購買のような施設があり、バスタオルなどが陳列されている。

 

「こりゃロシア式の蒸し風呂だね。サウナだ」

 

 晴が解説した。なるほど、ロシアは寒いからなぁ、などと思いつつ、続いて美佐子は入り口に貼られている紙に目をやった。注意書きやお知らせなどが何枚か掲示されていたが、その中に気になる物があった。

 

 

―――――――

戦車道チームの皆様へ。

手足に機械油を付けたままでのご利用はお止めください。床が汚れて他の利用者の迷惑になります。

 

アガニョーク学院高校 バーニャ管理会

―――――――

 

 

 戦車乗りたちもこのバーニャを使っているようだ。美佐子はふと思いつく。

 

「練習で疲れて、サウナでリラックスしている人なら口も軽くなるんじゃないですか?」

「こりゃいい所に気づいた。そこを狙えば聞き出せるかもしれない」

 

 そんなことを話しているとき、演習場の出入り口が開いた。戦車道メンバーとおぼしき五、六人の少女が警備員と敬礼を交わし、金網の向こうから出てくる。美佐子と晴は一旦バーニャの裏に隠れ、周囲を警戒しつつ耳を澄ました。幸い、近くには他に人はいない。

 

 会話はよく聞き取れないが、「寒い」「やっぱり夜練前にはバーニャがないと」などの言葉が断片的に聞こえた。そして隠れているスパイ二人に気づかず近づいてきて、バーニャへ入っていく。

 

「……夜間訓練の前にサウナで体温めようってことだね」

 

 最後の一人が入ってドアを閉めたのを見て、晴が小声で言った。注意書きには「他の利用者」と書かれていたので、一般の生徒も入れるようだ。好機到来である。

 

「それじゃ、聞き出してみようか」

「あ、じゃああたしは高い所探して、訓練場を見てみます。お晴さんの方が口上手いし」

「よし。あたしも適当に切り上げるから、連絡はメールでしよう。走って怪しまれるといけないから、自然に歩くんだよ」

 

 後輩の肩を叩き、晴は笑みを浮かべた。

 

「寒い中あたしだけサウナ入って、何だか悪いね」

「このくらい半袖でも大丈夫なくらいですよ! それじゃ、また!」

 

 朗らかに言って、美佐子はスタスタと元気に歩き去って行く。四十℃を超えるカヴェナンターの装填手をやり遂げたり、寒風吹きすさぶ中で明るく陽気なスパイ活動に勤しんだりと、とことん頑丈な女子である。

 

 晴の方は購買へタオルを買いに向かった。店員の生徒からは見ない顔だと言われたが、普段この辺りには来ないからなどと誤魔化した。タオルと一緒に耳を火傷しないためのフェルト帽、そして『ヴェーニク』と呼ばれる、葉の付いた枝を束ねた物も買う。これで体を叩いてマッサージするのがロシア式で、血行が良くなり抗菌作用もあるとされる。

 

 そしてバーニャへと乗り込んだ。狭い脱衣場でタオル姿になり、サウナルームに入ると蒸し込まれた熱気がむわっと体を包んだ。石積みから発せられる蒸気が充満しており、その中で先ほどの戦車クルーたちが互いの体をヴェーニクで叩いていた。彼女たちは入ってきた晴に一瞬目を向けたが、特に気にする様子もなく談笑する。

 

「ちょっ、痛いって! 力強すぎ!」

「このくらいやらないと効かないのよ」

「こらこら、この子の肌弱いんだから」

「あんたたちが厚すぎるの!」

「何だとー?」

 

 じゃれ合っている彼女たちを横目で観察しつつ、晴は見様見真似でヴェーニクに冷水を付け、体を叩いてみた。葉がチクチクして確かに痛いが、慣れればどうということはないのかもしれない。先に入っていた少女たちは時折ヴェーニクに付けた水を焼け石に垂らし、蒸気の中に木の葉の香りが混じる。なかなか清々しくて良いものだと晴は思った。

 

「あーあ、装填はしんどいわー」

「夜練までに体ほぐさないとねー」

 

 肩を回している装填手らしき女子に目を付け、晴はそっと近寄った。そして素早く、彼女の両肩をがしっと掴む。

 

「わっ、な、何……おほぉぉぉっ!」

 

 突如甲高い声を上げたチームメイトに、他のクルーたちは思わずさっと身を引いた。そんな彼女たちに晴はにこやかに話しかける。

 

「失礼。ちょっとマッサージの勉強しててさ。あんたら疲れてるみたいだし、ちょっと練習させて」

「ああああっ。そ、そこっ! そこ効くぅぅ!」

 

 肩のツボを辺りを指で的確に刺激され、彼女は次第に脱力し始めた。声だけ聞けばいかがわしいことが行われていると勘違いされかねないレベルである。

 マッサージは晴の隠れた特技の一つだ。落語家は見習い、前座、二つ目、真打ちの順で昇進していくが、見習いの仕事は先輩たちの身の回りの世話に終始する。そのため晴も今のうちからマッサージや料理などを学んでいるのだ。何より戦車道を始めて以来、戦車乗りの体の疲れる所は心得ている。

 

「……そんなに効くの?」

「私もお願いしていい?」

 

 他のクルーたちも興味を示す。この調子なら上手くいきそうだ。後はトーク術の見せ所である。

 

「いいよいいよー。順番ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一方美佐子は訓練場のフェンスの側に、丁度良さそうな木を見つけた。枝も太いし、幹も凹凸が多く登りやすそうだ。周囲を軽く見回すと、美佐子はすぐ行動に移った。子供の頃からこの手の運動は大得意である。単に力が強いだけでなく、フットワークも含めて運動が得意なのだ。ただし勉強に関しては真逆で、今まで赤点を取らなかったのはテスト前に付きっきりで勉強を教えてくれる結衣の功績によるところが大きい。

 

「よっこらせ、っと」

 

 苦もなく高い位置まで登り、太く丈夫そうな枝に足をかけた。すでに辺りは暗いが、建物から漏れる明かりである程度視界は利く。離れた場所にある戦車壕のようなものに、車両が数両埋まっているのが見えたのだ。

 双眼鏡を覗いて確認してみると、周囲に人影が動き、車両の上にシートを被せている所だった。はっきりとは分からないが、箱形の車両が四両並んでいる。砲身は長いが砲塔があるようには見えない。無砲塔戦車のようだ。一回戦では対戦車自走砲のSU-85を三両使ったという情報を美佐子も記憶している。

 もしSU-85が四両あったならM3やBT-7よりそちらを使っただろう。つまりどれか一両が新車両なのだと思ったが、暗いこともあって違いは分からない。シルエットは全て同じに見える。

 

 だが凝視していると、シートをかけようと車体上面に登った誰かの足下に何かが見えた。車長用ハッチだろう。登っていた生徒はそれに足が引っかかりそうになったのか、懐中電灯で足下を照らした。

 そのとき美佐子はふと違和感を覚え、双眼鏡を降ろして携帯電話を取り出した。期末テストは苦手でも観察力は十分ある。フォルダにいれておいたSU-85の写真を確認し、違和感の正体に気づいた。ハッチの形が写真よりも平たいのだ。

 

「あれがそうかな?」

 

 もう一度確認する。やはりハッチの形状は違うし、よく見ると車体もやや大きいように思える。その車両はすぐにシートで隠されてしまったが、隣の戦車も同じように、作業者が足下を照らしながらシートをかけていた。そちらのハッチは写真のSU-85と同じく盛り上がった形状で、ペリスコープらしき突起が見える。

 

 新車両はあの自走砲だと美佐子は確信した。まだハッチの形状だけで車種を特定するほど戦車に精通してはいないが、ネットで画像を検索すれば検討はつくし、以呂波に聞けばすぐに分かるかもしれない。

 

 戦車壕の自走砲は全て覆い隠されてしまい、もうここにいても見えない。とりあえず以呂波に経過報告をしておこうと、木を降りようとしたときだった。

 

「そこ! 誰かいるの!?」

 

 声と共に、下から懐中電灯が照らされた。

 




お読み頂きありがとうございます。
ガルパンといえば情報収集も見所です。
ソ連戦車が大好きで勘の良い方は、美佐子の見た自走砲が何なのか検討がつくかもしれません。
次回までが諜報活動です、戦車戦を楽しみにしてる方は申し訳有りませんがもう少しお待ちください。
ご感想・ご批評などございましたら、宜しくお願い致します。

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