ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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第三章 夜の魔女たち
次へ備えます!


「えっ、また新しい戦車が来るの!?」

 

 わくわくした笑顔で問い返す美佐子に、以呂波は蕎麦をすすりながら頷いた。学食のテーブルを隊長車クルー五人で囲み、雑談しながら食事をするのが最近の定番になっている。晴は曜日によっては放送で落語を語るのでいないこともあるが、それ以外の日はより親睦を深めるため以呂波らと一緒にいるのだ。

 素麺を嚥下して水を飲み、以呂波は話を続けた。

 

「売れ残ってた奴だから格安で買えたんだ。今日お兄ちゃんが輸送機で持ってくるって」

「何処の国の車両?」

 

 結衣がサラダを食べながら尋ねる。

 

「ルーマニアの駆逐戦車」

「ルーマニア……歴史上かなり微妙な立ち位置だった国ね」

 

 元々世界史が得意だった結衣だが、戦車道を始めてからより一層歴史を詳しく調べるようになった。戦車にしろ軍艦にしろ、ただ高スペックを求めるのではなく、国の政治的状況や戦略戦術に基づいて作られるものだ。国の歴史を知ることで戦車への理解も深められるだろうという、勉強好きの彼女らしい発想である。もっともカヴェナンターを大量生産したイギリス軍の発想は理解できそうにないが。

 

「強いの?」

「攻撃力はそれなりにあるから、戦力にはなるよ。売れ残ってた理由も駄作だからじゃないし、三人乗りだから志願者と人数も合う」

 

 戦車道チームの活躍を聞き、サポートメンバーに志願する生徒は増えてきている。もちろん乗員への志願者もおり、一回戦突破直後に水産学科の一年生が三人名乗り出たのだ。

 

「数埋めに大明神を使うことも考慮してたものね……」

 

 心底ホッとした表情で結衣が言った。大明神ことカヴェナンター巡航戦車は未だ千種学園にあるのだ。最初は八戸タンケリーワーク社に売却する予定だったが、カヴェナンターは欠陥を山のように抱えているくせに生産台数が多い。守保も妹可愛さだけでそれを高く買い取ることはできなかった。それなら他の車両にトラブルがあったときに使えなくもないからと、今でも予備車両として格納庫に納まっているのである。

 

 しかもそこから話が妙な方向へ転がった。船橋がプロパガンダで盛んに煽った結果、『IV号戦車を撃破したカヴェナンター』として有名になり、それを見ようと学園艦の住民たちが格納庫を訪れるようになったのである。中には千種学園の発展を祈願してカヴェナンターに合掌して拝んだり、砲身に絵馬をかけていく来訪者もいた。やがて晴が『カヴェナンター大明神様』などと呼んだため、悪ノリしたサポートメンバーたちが車両の前に賽銭箱を設置する始末である。

 

「船橋先輩、お守りとか売って活動資金稼げないかっていってたね」

「あれは却下。さすがにそこまで行くと戦車道チームだか宗教法人だか分からないから」

「まあ元々落語みたいな戦車なんだから、ああやって面白半分に有り難がっておけばいいんじゃないかい」

 

 事の元凶の一人である晴は呑気に鮭茶漬けをすすっている。そんな彼女も戦車に乗れば優秀な通信手になるのだから、チーム内での信頼は得ていた。

 一方晴以上に戦車の内外で雰囲気ががらりと変わる澪は、鮭の骨を取りつつ今後の戦いに思いを馳せているようだ。一回戦でカイリーの超人的な射撃能力を見せつけられ、砲手として良い刺激になったのだろう。

 

「……今日から、夜戦……練習するんだよね……?」

「うん。今からだと時間は少ないけど……」

 

 次に戦う相手が夜間戦闘の達人であることは調べてある。今まで千種学園側は夜戦の訓練はしていなかったのだ。結成間もないチーム故、他に優先すべき訓練が多々あったためだが、二回戦までに集中的に訓練する他ない。新たな仲間には初陣から負担をかけることになるだろうが、やむを得ないだろう。

 だがそれ以上にやっておかなくてはならないのは、情報収集である。

 

「お晴さんと美佐子さんは午後から……お願いしますね」

「任せときな。しっかり調べてくるから」

「どんな所か楽しみ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして昼休みの後、八戸タンケリーワーク社の輸送機が到着した。滑走路からグラウンドまで自走してきた車両はドイツ軍のヘッツァーによく似ていた。傾斜装甲を組み合わせた、亀のような箱形のスタイルだ。しかし装甲はヘッツァーよりも深く傾斜しており、余計に平べったい姿に見える。それにより車体上面が細く引き絞られ、そこに一つだけ乗降用ハッチが設けられていた。そして長砲身の75mm砲が、車体中央から突き出ていた。

 

 ルーマニア軍が開発していた試作駆逐戦車『マレシャル』である。最初はソ連から鹵獲したT-60、続いてドイツから輸入した38(t)の足回りを流用して作られていた。しかし戦局の悪化で資材の調達ができないうちにルーマニアは降伏し、開発は中止されているという、タシュに似た境遇の戦車だ。

 

「こいつは当時の試験において、あらゆる点でIII号突撃砲を上回る成績を上げたM-05試作車仕様だ」

 

 守保は得意げに説明した。以前にプラウダ高校からスクラップを買い取った際、何故かマレシャルのパーツが混ざっていたのだ。そこで別途入手したエンジン、砲身などを使って組み立てたのである。しかし大抵の戦車道チームはマレシャルを買うくらいならヘッツァーを欲しがるため、売れずにいたという。何故プラウダにジャンク状態のマレシャルがあったのかは不明だが、戦後戦車道用に作られたものには違いないため、マニアもあまり興味を示さなかった。

 

「で、欲しがるのは私たちくらいだったわけですね」

「そういうこと。トルディ用の40mm砲共々、上手く使ってくれ」

 

 船橋の言葉にそう返し、守保は台車に乗せた40mm砲を運ぶ社員たちへ目をやった。トルディを現在の20mmライフルから40mm砲へ換装し、トルディIIa仕様に改造するのである。守保がマレシャル駆逐戦車を売り込んだ際、船橋の要望でトルディも強化することになった。彼女の駆るトルディは練習試合でIII号と刺し違え、一回戦ではフラッグ車を仕留めている。トルディの攻撃力をもう少しでも上げれば、戦術の幅も広がるだろうと考えた以呂波も同意し、部材を購入したのだ。

 

 格納庫では鉄道部のサポートメンバーが集まり、換装の準備を始めている。そしてマレシャルの乗員である水産学科チームも集まっていた。

 

「何かヒラメみたいな戦車ッスね。可愛いッス」

 

 車長の川岸はそう言って笑った。漁師の娘で、髪を背中で結ったさっぱりとした出で立ちだ。彼女を含めた三人の志願者は以呂波と同じ一年生であり、以呂波としても付き合いやすい。戦車道チームの奮闘を見て、自分たちも力になりたいと名乗り出たのだ。

 

「試合までに乗りこなせるよう、ご指導頼むッスよ。一ノ瀬さん」

「うん、初陣が大会だし、訓練も少し厳しくなると思う。でもしっかり覚えて。私みたいな体になってほしくないから」

「優しいんスね、一ノ瀬さんって。頑張るッスよ」

 

 和気あいあいとした二人のやり取りを見て、守保はチームが上手くまとまっているのを感じた。指揮を執っている以呂波は下手をすれば、右脚を失う前よりも楽しそうに見える。家のしがらみがないからかもしれない。以呂波の様子を見るに、一ノ瀬家は彼女に対して今のところは何も言ってきていないようだ。何かあればお節介焼きの千鶴が守保にも伝えてくるだろう。

 

 守保はふと、自分を勘当した母親のことが心配になった。以呂波の右脚の一件以来、妙に老け込んだというか、弱気になってしまったという話を妹たちから聞かされていたのだ。お袋のことだから大丈夫だろうと思いつつ、どうにも気になる。誰か適当な社員に、こっそり様子を見に行かせようかとさえ考えていた。

 

「これで二回戦、行けるかしら?」

「相手の編成が一回戦と同じなら、何とか」

 

 船橋と以呂波が話すのを聞いて、守保は思考を彼女たちのことに戻した。

 

「一回戦だと、アガニョーク学院高校の編成はBT-7快速戦車とSU-85自走砲が三両ずつ、それにM3中戦車が四両だったな」

「うん。ロシア系の学校だって聞いてたから、M3は少し意外だったけど」

「ロシア製に拘らず、手に入りやすい戦車で数を揃えることにしたんだろう」

 

 外国と関係の深い学校はその国の戦車を使う傾向がある。戦時中のソ連軍は英米から様々な車両のレンドリースを受けたが、M3は『七人兄弟の棺桶』などと呼ばれ、同じアメリカ製のM4シャーマンや、イギリス製のチャーチルなどより評判が悪かった。戦車道でもやはり構造上の欠点などからあまり好かれておらず、その分安値で買えるのである。

 

 戦車道の強豪校は伝統に囚われがちな学校が多く、時にはOG会の保守的な意見によって新車両の導入が遅れていたりもするのだ。四強の一角である聖グロリアーナ女学院もその傾向が強い。その点、近年戦車道を始めた学校では柔軟に戦力をやり繰りできるのだと守保は説明した。

 

「まあ大洗の“首狩り兎”のおかげで、最近M3の人気も出てきたけどな。ああいう活躍をする選手もいるから、M3と言えど油断はできない」

「うん。それにアガニョークが切り札を用意してるって情報もあるし」

 

 頷く以呂波。船橋も腕を組んだ。サポートメンバーの掴んだ情報であり、まだ詳しいことは分かっていない。だが以呂波はそれよりも、一回戦後にベジマイトから言われたことを重視していた。

 

「一番知りたいのはアガニョークの指揮官のことかな」

「同じロシア系のプラウダと縁の深い学校だから、戦術もプラウダ仕込みの偽装撤退と反撃が得意みたいね」

 

 船橋が持っていたメモを確認しつつ言った。「合唱までやるかは分からないけど」と付け足す。そして“ナイト・ウィッチ”と呼ばれる夜戦の達人であることも。

 旧ソ連には複葉の練習機で夜襲を敢行する、女性パイロットの飛行隊があった。敵であるドイツ軍は滑空状態で迫り来るPo-2練習機の独特の飛行音から、彼女たちを「夜の魔女」と呼んだ。多数の受勲者を輩出した勇猛果敢な女性飛行隊として知られ、それに因み同じ通り名で呼ばれるようになったという。その名は伊達ではなく、夜間戦闘の手並みは師匠であるプラウダ高校でさえ一目置くほどだと船橋は語った。守保が調べた情報も概ねその通りだった。

 

「隊長は香月花梨さん、通称カリンカ。周到な戦術で知られた人で、ソ連戦車が好きらしいから、新兵器もきっとソ連製ね。まあ詳しいことは……」

「……ええ」

 

 真剣な表情で頷き合う二人。守保は彼女たちが何を考えているのかは分からなかったが、ふと気づくことがあった。以前来たとき、常に以呂波の側に付き添っていた装填手の少女がいなかったのである。確か相楽美佐子という名前だったことは覚えている。新隊長車を買うため会社に来たときも、彼女は以呂波に手を貸して歩いていた。格納庫の方を見てもそれらしき姿は見えない。

 

「……美佐子さんとお晴さんの無事と、成功を祈りましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 戦車道ニュース速報

 

 『士魂杯』第一回戦結果

 

 本日を以て、第一回戦が全て終了した。二回戦に進出したのは以下の八校である。

 

 Aブロック

 ・千種学園

 ・アガニョーク学院高校

 ・バッカニア水産高校

 ・大洗女子学園

 

 Bブロック

 ・サヴォイア女学園

 ・決号工業高校

 ・タンブン高校

 ・ドナウ高校

 

 一回戦の試合はいずれも見応えのあるものであり、評論家たちも「今まで実力のある選手たちがどれだけ埋もれていたか、一回戦だけでも分かる内容である」とコメントしている。(各試合の詳細についてはそれぞれのトピックを参照)

 

 Aブロックではまず大方の予想通り、大洗女子学園が勝ち進んだ。彼女たちにとっては昨年の全国大会ほど相手との物量差があるわけではないが、それ故に対戦相手も力押しはせず、トリッキーな作戦を駆使してくる。特に次に対戦するバッカニア水産高校はクロムウェル巡航戦車の機動力を徹底的に活かした策で敵を翻弄し、第一回戦を突破した。二回戦では西住選手率いる大洗を相手にどう戦うかが見物である。

 意外なところでは戦車道歴一ヶ月程度の千種学園が二回戦に進出した。チームを率いるのは義足の戦車長である一ノ瀬選手で、お荷物かと思われていたT-35までも見事に作戦に組み込んで一回戦を勝利した。義手の戦車長・毎床選手が率いる虹蛇女子学園との戦いは戦車道ファンのみならず、同じ障害を持つ人々からも大きな反響を呼んでいる。しかし夜間戦闘となる二回戦で、夜の魔女と呼ばれるアガニョーク学院高校と戦うことになる。乗員の経験の差を、指揮官の策がどう埋められるかが勝負の分かれ目となるだろう……

———————

 

 

 

 

 アガニョーク学院高校の会議室は赤い絨毯が敷かれ、机にはロシア式にジャムの添えられたティーセットが置かれていた。一見立派な部屋ではあるが、椅子は予算の節約か、どこの学校にでもあるようなパイプ椅子だ。

 

 ネットに掲載された記事を途中まで読み、カリンカは手元のファイルに目を移した。部下たちがかき集めた一ノ瀬以呂波の経歴である。一弾流宗家の三女ということや中学校時代の活躍まで調べ上げてあった。『彼を知り己を知れば百戦危うからず』とは孫子の言葉だが、カリンカは常に敵の隊長を知ることに務めていた。それによって相手の立てる作戦の傾向も見えてくるのだ。

 しかし今回、一ノ瀬以呂波について調べて分かったことは一つだけだ。

 

「この子、何をしてくるか分からないわね」

 

 その言葉に、会議室にいた面々は一斉に彼女を見た。ある者は眉をひそめ、またある少女は驚いた表情で隊長の顔を見つめる。皆戦車道チームの車長たちだ。ただ一人、副隊長を務める少女……通称ラーストチュカだけは無表情で、前髪に隠れた目で場の様子を見守っていた。

 

「データ通りなら、中学校時代は堅実で慎重な戦い方をしていて、その分大胆さに欠ける感じもあった。でも虹蛇との試合ではそれに反する、かなり大胆な戦い方をしてるわ」

「つまり、戦法が昔と変わっていると?」

「というより性格が変わったのかもしれないわね、脚を切ってから。昔のデータは参考にならないわよ」

 

 部下にそう答え、カリンカはラズベリーのジャムを一口舐めた。ラーストチュカが作った品で、酸味がほどよく効いている。手に持つ資料には以呂波が右脚を失った理由まで、しっかりと書かれていた。カリンカは自分たちの師匠であるプラウダ高校を破った西住みほのことも調べてあったが、どうも一ノ瀬以呂波と重なる物を感じる。

 

「……一つだけ言えるのは、この子が並外れた度胸の持ち主ってこと」

 

 カリンカが立ち上がると、室内の全員も起立する。直立不動の姿勢をとり、隊長の言葉を待った。

 

「私たちは夜の魔女! 夜は私たちの時間! 相手に全身肝っ玉の度胸があろうと、その肝を潰すだけの実力と切り札を持っているわ!」

 

 高らかに宣言するカリンカ。自身のサイドテールをかき上げ、美しく靡かせる。

 

「その力を発揮するためにも、切り札の情報秘匿に務めること! また各車とも乗員には敵戦車の弱点、そしてフィールドの地図を頭に叩き込ませなさい! いいわね!?」

「ダー!」

 

 全員が一斉に応え、握り拳で敬礼を行った。彼女たちもまた、この戦いで名を上げようとしている身である。隊員は血気盛んであり、その士気を保ちつつ手綱を握るのが指揮官の役割だ。仲間たちの様子を見て、カリンカは満足げに頷く。

 

 彼女の背後にある窓からは海が見え、丁度コンビニの定期船が学園艦に近づいていた。




お読み頂きありがとうございます。
早く新車両を登場させたくて急いで書いてしまいました(汗)
ルーマニアの駆逐戦車マレシャル、ヘッツァーに似てますが、なかなか面白いデザインの戦車です。
そして『コンビニの定期船』でお気づきの方もいるかと思いますが、次回は原作でもあった『情報収集』です。
戦闘開始までまだ話を挟むことになりますが、お楽しみいただければ幸いです。

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