ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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一回戦突破です!

「なるほど、よくできてるなぁ。うちの子たちが騙されるわけだ」

 

 トルディに似せたデコイを見て、ベジマイトは呟いた。生身の左手でベニヤ板の外板を撫で、楽しそうに笑う。機銃や対戦車ライフルは竹筒で再現され、塗装も厳密に再現されていた。車輪の外側に横転防止用のソリも着けられている。

 だが彼女が何よりも感心したのはデコイの出来ではなく、これを分解してT-35で運搬し、九五式装甲軌道車で牽引したその用兵である。欠陥戦車の代表格であるT-35、戦車道で役に立つとは思えない軌陸車にも、しっかりと役割を与えて活用する。T-35は乗員数を活かして歩哨任務に立たせ、さらに最終局面ではそのサイズを『壁』として用い、フラッグ車の逃走妨害に使った。

 

「やっぱ、強い戦車に乗ってれば強いってわけじゃない。強い戦車乗りが、戦車を強くするんだ」

「ええ」

 

 ベジマイトの言葉に以呂波は同意した。T-35は装甲が薄いため盾にはなれないが、サイズがあれば壁にはなれる。だが作戦を立てたのは以呂波だが、それを成功に導いてくれたのは仲間たちである。特に北森率いる農業科チームは失敗兵器であるT-35を愛し、信じて戦っていた。以呂波が最後の作戦を伝えたとき、北森は「T-35だからできることなんだろ。壁にでもなんでも、喜んでなってやる」と笑顔で応えてくれた。彼女たちの高い士気がなくては作戦も成功しなかっただろう。

 

「T-35が間に合わなかったら負けていたと思います。紙一重の差でした」

「ふふ。楽しかったよ、君との騙し合いは」

 

 笑いながら、義手のついた右腕を以呂波の方へ回す。以呂波が義足のため、あまり体重はかけない。出会えてよかった……二人の戦車指揮官は心からそう思っていた。同じ境遇というだけではない、同じ戦車乗りとして尊敬の念を互いに抱いていたのだ。

 

 周囲では両校の生徒たちがすっかり打ち解け、談笑していた。矛を交えた相手には、仲間とはまた違う縁が生まれるものだ。ベジマイトの『右腕』である副隊長カイリーはタシュの前で、澪と並んでジュースを飲んでいる。寡黙なカイリーと人見知りの激しい澪、交わす言葉は少ないが、砲手同士で何か通じるものがあるようだ。表情にもたまに微笑が見える。

 

「ところで一ノ瀬さん。ボクが片腕だってこと、試合まで知らなかった?」

「あ、はい……お恥ずかしながら」

 

 ベジマイトは以呂波の隻脚を知っており、経歴などを調べていたようだ。しかし以呂波の方は相手の戦車、特に17ポンド砲の存在を重視しており、隊長であるベジマイトについての情報が不十分だった。新規加入した鉄道部チームや晴への指導、そしてタシュの慣熟訓練に時間を取られ、情報収集がサポートメンバー任せになっていたこともある。しかし理由はどうあれ、反省点の一つであることには変わりない。以呂波がベジマイトのことをよく知っていれば、より効果的な作戦を立てられたかもしれないのだ。

 

「戦車の性能よりも、乗っている人間を見た方がいいと思うよ。負けた側が言うのも何だけど」

「肝に銘じます。今回の試合は本当に勉強になりました」

「その脚で勝ち進みなよ。応援するからさ」

「はい! 精一杯やります!」

 

 偽りない以呂波の本心だった。次の試合ではより一層、情報戦略に重きを置かなくてはならない。可能ならもう一両戦車が欲しいところであるが、戦略的な工夫はより重要だ。特に大会要綱によれば、二回戦は夜間戦闘となっていたのだ。戦車乗りと指揮官の技量が問われる。

 

「記念撮影しまーす! 集まってくださーい!」

 

 船橋が叫んだ。愛用のデジタルカメラに三脚を取り付け、準備を完了している。散らばって談笑していた選手たちが集合を始めた。

 ベジマイトと共にそこへ向かいつつ、以呂波は今後の戦いに思いを馳せていた。そして自分同様、四肢の一部を欠いて戦車道を続ける彼女からもらった、勇気に感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……試合が終わり、観客席に座る人数は次第に減っていった。八戸守保もまた、一緒に来た秘書、そして偶然出会った大学生……角谷杏と共に席を立つ。試合結果は彼にとって満足できるものだった。妹の勝利は兄として嬉しいが、戦車ディーラーとして重要なのは彼女に売った商品の活躍である。タシュは最後に撃破されたとはいえ、それまでに四両撃破の戦果を上げたし、同じハンガリー戦車であるトゥラーンIIIと共に大暴れした場面は見事だった。元々品揃えの幅広さをアピールするための戦車であったが、売った甲斐があるというものだ。

 

 同時に次の商談を持ちかけることも考えていた。買い手がつかず倉庫に眠っている駆逐戦車があるのだ。装甲が薄いものの攻撃力は十分であり、千種学園でなら十分な戦力になるだろう。以呂波もあと一両くらいは戦車を揃えたいはずだし、あれなら安値で提供できる。このまま倉庫の肥やしにしておくより、妹の手に委ねてみたい。

 

「妹さん、どこか西住ちゃんに似てるね」

 

 会場の外に出る頃、角谷杏が言った。相変わらず笑顔を浮かべているが、腹の底が分からない人物である。必要があればその笑顔のまま鬼にも悪魔にもなれるのが彼女の凄さだが、少なくとも今はその必要はないようだ。

 

「そうかもな。去年君たちがプラウダ戦で使った戦術と少し似てたし」

 

 そう言いつつ、守保は以呂波の戦い方が以前とは変わっていることに気づいていた。中学校時代の以呂波はトリッキーな作戦を考えながらも、采配自体は堅実で、リスクの高い戦い方は避けるタイプだった。だが今回の最終局面での攻勢は博打要素もあり、実際T-35による妨害が後一歩遅れていればフラッグ車が撃破されていただろう。無論、あのまま持久戦を続けていても押しつぶされるだけだと判断しての行動で、無謀ではない。しかし『踏みとどまる戦車道』たる一弾流の方針から、以呂波が外れつつあるのも事実だった。

 

「猟師さんはさ、三本脚の猪は狩りにくいらしいね」

「三本脚の猪?」

 

 不意に妙なことを言った角谷に、守保は聞き返した。

 

「罠にかかって、自分の脚を千切って逃げた猪。もう絶対に罠にかからないし、凄く手強いらしいよ」

「……なるほど」

 

 守保は合点がいった。以呂波が得たのは手負いの獣の手強さかもしれない。そしてかの西住みほも、一昨年までは強豪たる黒森峰女学園に在籍しながら、大きな挫折を経験した。『大洗の奇蹟』はそれをバネにしての飛躍だったのかもしれない。新しい居場所を守りたいという思いが、彼女を強くしたのだ。

 

「シャッチョさんは妹さんと西住ちゃんが戦ったら、どうなると思う?」

「どうかな、予測のつかないことになりそうだ。本当は君もその戦いに出たいんじゃないかい?」

「まあね」

 

 角谷の笑顔に切なそうな色が混じった。

 

「おっ。それじゃ、私はこれで」

「ああ、気をつけて」

 

 別れの言葉を交わし、彼女は近づいて来る人影へと駆けていく。片眼鏡をかけた、大人びた顔立ちの女性だ。卒業後も高校時代の仲間と行動を共にしているようだ。戦時中の戦車乗りや潜水艦乗りなどは『一蓮托生』の言葉の下、階級差があっても家族のように寝食を共にしていた。同じ戦車に乗って戦った仲間との縁は強固なのだろう。

 

「……社長、別の試合の結果が出ました」

 

 タブレット端末を確認していた秘書が声をかける。別の会場では同じ士魂杯の試合が行われていたのだ。そのうち一つは千種学園の次の対戦校が決まるものである。

 

「次に千種学園と当たるのは、アガニョーク学院高校です」

「……二回戦は夜間戦闘だったよな、確か」

「はい」

 

 守保は大会要綱だけでなく、参加する学校全ての資料に目を通していた。アガニョーク学院高校はロシア系の学校であり、戦車道は同じロシア系であるプラウダ高校から指導を得て、近年始めたという。使用車両はプラウダに比べ質・量共に遥かに劣っているが、乗員の練度は高い。

 そして何より、夜戦においては強豪校を打ち破るほどの強さを発揮するのだ。

 

「通称“ナイト・ウィッチ”……以呂波はどう戦うかな」

 

 兄として妹のことを案じつつ、社長としてはすでに商談の準備にかかっている。倉庫の駆逐戦車の整備指示を出すべく、守保は携帯電話へ手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……曇天下の草原で、少女がBT-7快速戦車から降りた。ソ連製戦車は内部が狭い車両が多く、乗り手は小柄な者が多い。今しがた降りてきた少女も比較的背の低い方だが、その割に体つきは豊かだ。長めの金髪を左側頭部でサイドテールにまとめ、凛々しい顔立ちをしている。

 近くには同じくソ連製の対戦車自走砲SU-85や、アメリカ製のM3中戦車の姿も見えた。M3は戦時中のソ連軍にもレンドリースされ、使い勝手の悪さから評判は悪かったものの、信頼性の高さは評価されたという。

 

 地面に降りた少女は、BT-7の前面装甲に寄りかかり息を吐いた。そこへ別の車両の乗員が歩み寄る。前髪の長い、すらりとした体型の少女だった。

 

「カリンカ隊長、次の相手は千種学園のようです」

「……へぇ。虹蛇が負けたのね」

 

 意外そうな表情で、カリンカと呼ばれた少女はサイドテールの先を弄る。近年戦車道に参入した学校を対象とする大会だが、千種学園に至っては今年に入ってから始めた学校だ。経験に勝る虹蛇女子学園が敗れるというのは予想外だった。

 

「次は夜戦だからこっちの得意分野だけど、去年のプラウダの例があるし、油断はできないわ」

「情報収集が必要ですね」

 

 副官らしい少女は淡々と答える。一見無表情だったが、伸ばした前髪の下では瞳が妖しくぎらついていた。

 

「ええ、そのためにも早く学校に帰るわよ。撤収準備にかかって」

「ダー・ダヴァイ」

 

 答えると同時に握り拳での敬礼を行い、副官は身を翻して駆けていった。どんよりと曇った空を眺め、カリンカは微かに笑みを浮かべる。

 

「ま……こっちには切り札もあるけどね……」

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
これにて第二章は終了です。
読んでくださった皆様のおかげでここまでやってこれました。
今後も頑張ります。

さて、第三章からはまたもマイナー戦車がチームに加わります。
そして敵側もまた、切り札となる戦車を用意します。
角谷会長を初めとし、原作キャラもちょくちょく出てくるかと思います。
今後も応援いただければ幸いです。
ご感想・ご指摘等お待ちしております。

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