ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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一回戦、決着の時です!

《こちらカイリー。敵は味方と入り乱れています。長距離からの砲撃は困難です》

「オーケー。残っている車両と連携攻撃をしかけて。フラッグ車は後で追えばいいから」

《了解》

 

 あくまでも冷静な副隊長の声を聞き、ベジマイトはふと林の中を見回した。やはり視線を感じる。歩哨がまだ見ているようだ。

 

 千種学園が雑木林から脱出し、仕切り直しを図ることは予期していた。気づかれないようこっそりフラッグ車を逃がそうとするか、攻勢をしかけて突破してくるか。答えは後者だった。しかしこうまでも大胆に、隊長車両とトゥラーンの二両を足止めに使うとは思わなかった。まるで関ヶ原で島津軍が行った捨て奸戦法だ。センチネルの数を極力減らしてから脱出する腹づもりかもしれない。現にフラッグ車の脱出には成功したのだから、17ポンド砲の到着した今、自分たちも逃げようとするだろう。

 そうなればカイリーは生粋の狩人、逃げる相手を撃つのはお手の物だ。しかしベジマイトには一つ、気にかかることがあった。

 

 

「雑木林から脱出したなら、何で歩哨がまだ残ってるんだろう?」

「歩哨ってT-35に乗ってる人たちでしょ。戦車がノロマだから置いていかれたんじゃないですか?」

 

 操縦手が答えた。確かに一理ある。しかしベジマイトの野生の勘が、何かを告げていた。

 

「どうも嫌な予感がする。ここから離れよう」

 

 指示に従い、操縦手はCTLを前進させた。

 その直後だった。木々の隙間を縫って迫ってくる物を、べジマイトは即座に察知した。

 

「停止!」

 

 隊長の叫びに、操縦手は反射的に急制動をかけた。熟練の戦車乗りや戦闘機乗りはその優れた反射神経で操縦する。

 その咄嗟の反応のおかげで、未来位置を予測して撃ち込まれた20mm弾を空ぶらせることができた。

 

「トルディだ! 逃げろ!」

 

 急発進するCTLを追い、木の葉や草に覆われたトルディが飛び出してくる。ベジマイトは図られたことに気づいた。トルディはずっと林の中に隠れ、歩哨の報告を元に攻撃の機会を伺っていたのだ。そのため相手は主力を虹蛇の本隊にぶつけ、ACIVをおびき寄せたのである。

 

「敵のフラッグ車は逃げたんじゃ!?」

「デコイだったんだよ、きっと。一杯食わされちゃった!」

 

 敵フラッグ車が雑木林から北西へ逃走した、という部下からの報告がなければ、ベジマイトもトルディが攻撃してくる可能性を考えただろう。一弾流は欺瞞作戦も得意だと聞いていたが、デコイまで用意してきていたようだ。ベジマイトが直接見ていれば見破れただろうが、囮になるため本隊と別行動を取っていたのが裏目に出た。

 一ノ瀬以呂波は面白い指揮官である。それに二両での突撃でたちまちセンチネル三両を片付けた技量の持ち主だ。しかしこの状況は虹蛇側にとってもチャンスだった。

 

「カイリー、敵フラッグは逃げてなかった! 今攻撃を受けている!」

《こちらカイリー。トゥラーンの履帯を破壊しました。動ける敵はパンターモドキだけです》

 

 このような状況でも副隊長は氷のような冷静さを保っていた。そして何より仕事が早い。

 

「よし。林の東側、隘路を通ってそっちへ向かう! 今から最優先攻撃目標は敵フラッグだ!」

《了解。……八号車、九号車、煙幕弾は残っていますね。私の撤退を援護なさい。三号車は一緒に来るように》

《分かりました!》

 

 部下の無線を聞きながら、ベジマイトは後ろを見る。追ってくるトルディの砲塔から車長が顔を出していた。

 

 自分の乗る機銃砲塔を後ろへ回し、義手でコッキングレバーを引いた。牽制ぐらいにしかならないと分かっているが、それでも左手でトリガーを引く。銃声と空薬莢が湯水のように溢れ出し、何発かがトルディに当たったようだ。相手車長が顔を引っ込めるが、負けじと対戦車ライフルを撃ってくる。

 

 ああ、写真を撮ってた子だなとベジマイトは気づいたが、さすがにこんな状況でピースサインをする気はない。相手もシャッターを切る余裕などないだろう。

 しかし試合が終われば、敵味方関係なく笑顔で記念撮影したいと思っていた。そのためには勝とうと負けようと、無様な終わり方はしたくない。

 

「そら、飛ばせ飛ばせ!」

「はい!」

 

 少女たちの声に答えるかのように、CTLの六気筒ガソリンエンジンが唸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……カイリーの乗るACIVは隘路をひた走った。攻防のあった雑木林のある高台と、ズリーニィを狙撃するのに使った高台に挟まれた狭い道である。護衛のACIと共にベジマイトの救援に急ぐ。

 ACIII二両を敵への足止めに残してきた。だが無線機には悪い知らせが入ってくる。

 

《こちら八号車! 申し訳ありません、パンターモドキにやられました!》

《九号車、トゥラーンにトドメを刺しましたが、こちらも砲撃を受けました! 履帯がやられて動けません》

「ああっ、くそ!」

「慌てることはありません」

 

 車長が悪態を吐くのを他所に、カイリーは平然と砲塔を後ろへ回した。追ってくるであろうパンターモドキこと、タシュに備えてである。

 表情に変化はないが、内心では感情に大きな起伏が生まれていた。恐怖や悔しさではない。敵指揮官に対する尊敬の念と、それを自分が狩ることへの喜びだった。彼女が副隊長でありながら車長ではなく砲手を務めているのはその砲撃の腕と、何よりその役割が好きだからだ。

 カイリーは東北の出身で、滅びゆく狩猟集団の家に生まれた。祖父は故郷一の射撃の名手だった。照準を敵に合わせて撃つその瞬間、彼女は祖父や父と同じ、マタギになれるのだ。

 

「来たぞ! カイリーさん!」

「APDS装填。三号車、敵を足止めしなさい」

 

 タシュの車長であり千種学園の隊長、一ノ瀬以呂波は並外れた射弾回避技術の持ち主だ。最初に遭遇したときその能力を見たカイリーは、自分の技量を以てしても単独では仕留められないと気づいていた。例えここで自車以外のセンチネルを全滅させてでも、この一両を撃破すれば勝ちも同然だ。そしてカイリーの見た限り、タシュの砲手は良い腕をしているものの、自分のように行進間射撃で命中させる能力はない。もっともそれが普通ではあるのだが、こちらを攻撃するため一瞬停止するはずだ。

 

 ACIが後進で突撃した。放たれた2ポンド砲を相手は難なく見切り、発射直前に左へ舵を切った。空ぶった砲撃の直後、タシュが急停止する。ACIが側面に回り込もうとしていたため、そちらに照準していた。

 

 急停止からの素早い躍進射撃だ。火を吹いた75mmが、ACIに直撃する。そのときカイリーは装填完了した17ポンド砲を旋回させ、照準を合わせていた。ただし、タシュの数メートル先にである。

 

 ACIに白旗が出るのも待たず、タシュは急発進する。17ポンド砲の的にならないように。

 だがカイリーは、その一歩先へ狙いをつけていた。以呂波がそのことに気づくのと、引き金が引かれるのはほぼ同時だった。

 

 轟音。大気が脈動する。ティーガーさえ正面から屠る17ポンド砲のAPDSが、長い砲身を通って射出された。傾斜装甲には弾かれやすいAPDSだが、扱いに熟練したカイリーには一カ所狙い所があった。

 装弾筒が外れ、杭型の徹甲弾が空気を切り裂く。命中したのは最も分厚い、砲塔防盾の下面だった。避弾経始に優れた、丸みを帯びた装甲に弾は弾かれる。ただし、下向きに。

 跳弾した先は戦車の中で最も装甲の薄い箇所……即ち車体上面に、APDSが突き刺さった。

 

 タシュは道の脇へ逸れ、停止する。スコープを通し、カイリーは砲塔上面に白旗が揚がるのを確認した。

 

《虹蛇女子学園ACI、千種学園タシュ重戦車、走行不能!》

 

 アナウンスが入り、ACIVのクルーは歓声を上げた。ショットトラップと呼ばれる現象だ。避弾経始に優れた防盾が、逆に車体上面への跳弾を生じさせてしまうのである。ドイツ軍の熟練した砲手もこれを利用してIS-2を倒したという。カイリーは移動しながら、しかも見越し射撃でそれをやってのけたのだ。

 

 彼女は砲塔を正面に向けつつ、隊長車に無線を入れる。

 

 

「片付きました。今参ります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……戦いは往々にして、逃げる者より追う者が有利だ。しかし今隘路を驀進しCTLを追う船橋は有利とは言い難い。むしろ苦境に立たされていた。練習試合のときは格上のIII号戦車に追われながらも相打ちに持ち込んだというのに。

 タシュとトゥラーンは撃破され、残った敵がこちらに向かってきている。それも以呂波さえ仕留めた、凄腕の相手が。

 

 船橋の乗るトルディの装備は20mm対戦車ライフル。セミオートなので大砲よりは連射が効くし、豆戦車相手なら十分な威力である。しかしCTLに乗る義手の少女は恐ろしく勘が良かった。まるで以呂波のように、撃つ瞬間にさっと変針してしまうのである。そうでなくても移動しながら、ジグザグ走行を続ける相手を狙い撃つのは困難だ。

 

「リロードします!」

 

 弾が切れた。砲手が銃の左側面からマガジンを取り外し、交換する。彼女も船橋も、額に汗が浮かんでいた。この状況は嫌でも焦る。躍進射撃を行おうにも停止すれば距離を離されてしまう。最初の一撃で仕留められていればと悔やまれた。

 このままACIVと合流されれば勝ち目は無い。最後の望みは以呂波が残した一つの策のみだった。

 

「北森さん、まだ!?」

 

 砲塔から顔を出して敵を睨んだまま、船橋は叫んだ。

 

《もうちょい! 今木に引っかかって……よし、抜けた!》

 

 悪戦苦闘している北森の声が聞こえた直後、CTLが曲がり角を曲がる。それを追ってトルディも曲がった途端、前方から迫ってくる戦車が見えた。

 17ポンド砲の長い砲身をこちらに向け、今にも撃とうとしている。トルディの砲手が20mmライフルを撃ったが、それは至近弾となり小さな土煙を立てただけだった。

 

「やられる……!」

 

 常に前向きな船橋でさえそう思った。だが恐怖よりも悔しさが上回った。

 

 第二の故郷である学園艦を失った悔しさから始めた戦車道。

 自分の呼びかけに応じ、今の学校の名を上げたいという思いで集まってきた仲間たち。

 そして自らの再起のためにも、頼みに応じてくれた以呂波。

 

 彼女たちの思いに自分は応えられないのか。一回戦で敗れ去るのか。一年生や二年生なら機会はまだ何度もある。しかし三年生である船橋にとっては……

 

 

《船橋ーッ!》

 

 

 刹那、北森の馬鹿でかい声と、T-35のエンジン音が聞こえた。船橋たちの左側の高台、雑木林の中からT-35が飛び出す。

 そしてそのまま、高台から隘路へ至る斜面を下って、というよりむしろ「ずり落ちて」きた。マウスに次ぐ巨体を誇る異形の重戦車が、隘路目がけて落ちてきたのである。追われるCTLと反対側からやってきたACIVの間へ割って入り、逃げ道を塞いだのだ。

 

 ギリギリのタイミングだったが、むしろそれが良かった。CTLの操縦手は突然現れた全長9.72mの『壁』を避ける間がなかった。

 鈍い衝撃音を響かせ、豆戦車はその壁に突っ込んで行き脚を止めた。

 

「停止!」

 

 船橋は即座に号令した。操縦手がトルディを急停止させ、砲手は即座に照準を合わせた。肩当ての対戦車ライフルなので照準は早い。

 

撃て(フォイア)!」

 

 長い銃声が響き、隘路内で反響した。CTLの車体が微かに揺れる。少しの間を置いて、後部のエンジンルームから出火が確認できた。

 

 続いて船橋は、待ち望んでいたその瞬間を見た。その炎の向こうに、白旗が揚がるのを。

 

 

 

《虹蛇女子学園フラッグ車、走行不能! 千種学園の勝利!》

 

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
極力盛り上がりを考えて書きましたが、楽しんでいただけたでしょうか?
次回、戦いの後を書いて第二章は終了です。
二回戦の相手はソ連戦車になる予定です。
同時に以呂波の実家とも動きが……。

今後も応援していただけると幸いです。
ご感想・ご批評もお待ちしております。

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