ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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初めまして。このサイトでは初めて投稿する流水郎と申します。
「なろう」の方で地味に戦記物を書いている身ですが、ふとガルパンの二次創作を書きたくなり、ここへも足を伸ばしました。
ご感想・ご批評いただけたら幸いです。



第一章 鉄脚少女の再起
義足の一年生です!


 普通科教室の窓際の席で、少女はぼんやりと虚空を眺めていた。顔立ちは整っているものの、ボサボサの頭髪は身なりに気を遣っているとは言い難く、美少女と言われることはまずないだろう。つい先日入学した新一年生の一人ではあるが、その虚ろな眼差しは高校生活というものに一切希望を持っていないようにさえ感じられる。現に周囲のクラスメイトたちが学食へ急ぐ時間だというのに、彼女は席を立つ気配がなかった。

 

 ふと轟く爆音。彼女が外を見ると、青い空へと飛び立つ巨体が見えた。パラソル翼に並ぶ四機のエンジンが唸り、銀色の塗装が太陽光を反射している。航空学科の九七式飛行艇だ。後継機の二式大型飛行艇ほど高性能ではないが、離着水が容易という利点がある傑作飛行艇である。農業学科が作った野菜や畜産物を陸の市場に運ぶのだろう。千種学園のブランドをアピールするため、このような生産物の輸出が多く行われているのだ。

 少女は高度を上げていく飛行艇をじっと見送っていた。机には日本史の授業を大雑把にまとめたノートが置かれており、片付ける様子もない。自分のことにさえ無関心であるかのように、飛行艇の後ろ姿を眺めている。

 

「おーい、ご飯だよ!」

 

 レシプロエンジンの爆音が遠ざかっていく中、大声が彼女の耳元に響いた。

 

「……知ってる」

 

 彼女が極めて不機嫌そうに振り向くと、大声の主は楽しそうに笑っていた。ショートヘアのよく似合う、いかにも活発そうな元気娘だ。着ているのは緑のブレザーの制服だが、体操服やユニフォームが似合いそうな容姿である。くりくりと大きな目がそれを引き立てていた。

 椅子からゆっくりと立ち上がろうとする彼女の手を、元気娘はそっと握る。

 

「……何?」

「手、貸すよ。食堂遠いし」

 

 ボサボサ頭の少女は仏頂面のまま、大人しく手を借りて立ち上がった。その脚から金属的な音がする。左足は健康的なすらりとした脚だが、右足は膝から下が金属とプラスチックでできた棒状の物がぶら下がっている。

 彼女の右脚は義足だった。

 

「行こ、イロハちゃん!」

 

 活発な声と手に引きずられ、義足の少女……一ノ瀬(いちのせ) 以呂波(いろは)はゆっくりと歩き出した。リハビリを行ってきた成果か、義足の身としてはスムーズに歩いている。そんな彼女に笑顔を向け、ショートの元気娘は歩調を合わせて廊下へ出ていく。

 

「……相楽さん、だっけ?」

「美佐子でいいよっ!」

 

 溌剌と答えながら、相楽美佐子という少女はエレベーターのボタンを押した。扉が開いて二人で乗り込み、食堂のある一階へ向かう。

 

「美佐子さんって世話好きだったの?」

「うーん、世話好きってか、イロハちゃんってどんな人なのかなー、って思っただけ。あんまり人と話しないしさー」

 

 つっけんどんな態度の以呂波に対し、美佐子はやたらに陽気だった。以呂波は普段クラスメイトとほとんど口をきかないため、あまり彼女のことを知っている者はいない。片足が義足、加えて名前が一風変わっているため嫌でも目立つが、その無愛想さからあまり近寄ってくる人間がいないのだ。

 

「で、どんな人なの?」

「どんな人って……あなたはどんな人なのよ」

「私はね、お父さんとお母さんは小さい頃に死んじゃったんだけど、陸におじいちゃんとおばあちゃんがいて、あと猫のナナがいて……」

 

 そんなことを話している間にエレベーターは止まり、二人は再び歩き出す。以呂波は生気のない仏頂面のまま、美佐子は鬱陶しいくらいに朗らかで陽気な笑顔のまま、食堂へ向かう。あれこれ喋り続ける美佐子の話を適当に聞き流しながら、以呂波は漂ってくる食事の匂いを感じた。ようやく、彼女は何を食べようかということに思考を働かせ始めた。今日はあっさりした物がいい。蕎麦にしようか、いや、昨日はスパゲッティだったから麺類以外にしよう。

 

 食べ物のことだけ考えながら、生徒で賑わう食堂に脚を踏み入れる。千種学園は共学ではあるが、統合された四つの学校のうち二校が女子校だったため、女子の比率が多い。今年入学したばかりの以呂波たち一年生も、どちらかと言えば女子の数が多かった。今日の昼の校内放送は落語のようで、軽妙な語りがスピーカーから流れている。時折吹き出す生徒もいたが、以呂波の耳には入っていなかった。

 

 悩んだ挙げ句、結局思考は麺類に帰ってきてしまったようで、冷やし中華を注文した。カツカレーを注文した美佐子に連れられて隅のテーブルへ向かうと、そこではすでに二人の女子生徒が食事をしていた。二人とも以呂波のクラスメイトだった。

 

「おっす、お待たせ!」

 

 盆を置くと、美佐子はどかっと椅子に座った。

 

「遅いと思ったら、一ノ瀬さん連れてきてたのね」

 

 ちらりと以呂波を見てそう言ったのはクラス委員長の大友結衣だ。さらりとした奇麗なストレートヘア、眼鏡、真面目そうで穏やかな物腰と、『委員長』のステレオタイプを詰め込んだような少女だ。以呂波に世話を焼いてくることも多かったが、つっけんどんな態度を取る以呂波を見て、少し放っておいてあげるべきと判断したようで、ここ数日は口をきいていない。

 

 その隣にいるのは加々見澪という、何となく存在感の希薄な少女だ。全体的に線の細い印象で、前髪で目元が半ば隠れた容姿がそれに拍車をかけている。物を言うのが苦手そうな風でもあり、大友結衣の隣で黙々と塩鮭をつついていた。

 

「うん、何か声かけてみたい気分だったからさぁ。そうしたら何だか気が合っちゃって」

「合ってない」

 

 訂正しつつ、それでも以呂波は美佐子の隣に座った。さすがに今から別の席へ向かうのでは態度が悪すぎる。

 

「ごめんね一ノ瀬さん、この子脳筋だから」

「結衣ちゃん酷っ! 優等生で普段超優しいのにさらっと毒吐くところが酷っ!」

 

 穏やかな口調で容赦ないことを言う結衣に、美佐子はオーバーリアクション気味にツッコミ返す。

 

「じゃあ体力バカで」

「もっと酷いよぉ! 澪ちゃん、違うよね? あたしバカじゃないよね?」

 

 急に話題を振られ、加々見澪は箸につまんでいた鮭の一部を取り落とした。続いて困ったような顔でじっと美佐子を見つめる。そしてゆっくり、口を開いた。

 

「……バカ」

「うわーん! 澪ちゃんまで!」

 

 頭を抱え、叫ぶだけ叫んだかと思うと、急に美佐子はスプーンを手に取った。黄金色のカツの衣にカレーが染み込み、湯気を立てるカツカレーを豪快に頬張り始める。まるで怒りを昼食に叩き付けているかのように。

 

「うおおお、こうなったらカツカレーおかわりしてやるんだから!」

「好きにしなさい」

 

 騒々しいクラスメイトたちを見ながら、以呂波はくすりと笑った。こうして昼食に誘ってくれるのは有り難いことだが、どうにも素直になれない。中学校時代はもっと騒々しい世界にいたし、それを楽しんでいたというのに。

 それでも、今だってそう悪くはない。以呂波は目の前の冷やし中華に意識を集中させることにした。酸味の強すぎないタレが美味しい。小さな卵豆腐が乗っているのも気に入った。結局二日続けて麺類を昼食にしてしまったが、以呂波は満足だった。同じテーブルの三人も別に嫌いではない。むしろ良い連中なのだということも分かってはいるのだ。気遣ってくれていることも、心の中では感謝していた。ただ放っておいてほしかっただけだ。

 

 麺を啜り、カニカマやキュウリなどの具を味わう。たまに美佐子や結衣から声をかけられ、それに短く答える。澪はたまにじっと以呂波を見つめ、以呂波が気づくと慌てて目を逸らす。頬が赤らんでいる辺り、極度の人見知りというか、恥ずかしがりやなのかもしれない。

 だが悪くない昼食だ。以呂波は麺を啜りつつ、カツカレー二皿目を完食しつつある美佐子を横目で眺めていた。

 

 

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

 ふいに後ろからかけられた声により、彼女の満足は中断された。それを表現するがごとく、啜っていた麺が彼女の口元でぷっつりと切れる。決して狙ってやったわけではないが。

 

「一ノ瀬以呂波さんだよね? 私は広報委員会の者なんだけど」

 

 声をかけてきた女子生徒は首からカメラを提げており、制服の校章は青色だった。以呂波たち一年生は緑の校章なので、青の校章は三年生ということになる。

 

「ちょっと一ノ瀬さん、放課後に第二グラウンドまで来てくれないかな? あ、イジメとかカツアゲとかじゃないよ、本当に。お願いしたいことがあるんだ」

「はぁ……?」

 

 状況を把握できない以呂波、及びそのクラスメイト三名に、三年生は早口でまくし立てた。

 

「要はね、一弾流宗家の力を借りたいの」

 

 その一言に、以呂波の目が見開かれた。それを見届け、三年生は身を翻す。

 

「じゃ、詳しいことは放課後にね。よかったらお友達も一緒に!」

 

 そう告げて駆け出した彼女は食堂の人ごみの中へと消えていく。その後ろ姿を、以呂波は目を見開き、他三名はきょとんとした表情で見送った。

 

「一弾流宗家って、何のこと?」

「……私の家の……戦車道の流派」

 

 視線を落とし、以呂波は呟くように答えた。おおっ、と声を上げたのは美佐子だった。

 

「イロハちゃんの家って、戦車道の網元なの? スゴイ!」

「家元、でしょ。戦車で魚捕ってどうするの」

 

 結衣から冷静なツッコミが入った。

 

「この学校、戦車道はやってないはずだけど……」

「でも農場の方に戦車が飾ってあったよ! でっかくて、なんか大砲とかマシンガンとか沢山ついてるヤツ!」

「……あれ、怖い……」

「統合前の学校から運ばれてきた車両がいくつかあるって聞いたけど。もしかしてそれで戦車道を始めるとか?」

「きっとそうだよ! 大笑い女子学園みたいに、戦車で名を上げようってことだよ!」

「大洗、ね」

 

 あれこれ話し合う三人を他所に、以呂波は自分の義足をじっと見つめていた。正確には義足ではなく、失った右脚を見ていた。脳内で様々な思いが複雑に交差し、周囲の声さえもろくに聞こえなくなる。これからどうなるのか、何が起きるのかなど分からない。だが片足を失ったことで変わってしまった人生が、再度大きく方向転換させられたように思えた。

 戦車道一弾流宗家。その看板は未だに自分についてきているのだと、以呂波は自覚する。だが果たして、自分に何ができるのか。何をする力が残っているのか。それが問題だった。

 

「……一ノ瀬さん」

 

 ふいに名を呼ばれ、はっと顔を上げる。

 

「放課後、私たちも一緒に行っていいかしら?」

 

 結衣が穏やかに尋ねる。クラス委員長の責任感からか、或は元々そういう性分なのか、その口調には以呂波を気遣うような優しさがあった。義足の身で入学して、ろくに友達も作ろうとしない。そんな奴を心配するのは当然のことだろう。戦車に乗っているときは人の和が何より大事だと分かっていたはずなのに、降りた途端それを忘れてしまっていたのかもしれない。以呂波は自分が情けなくなると共に、少しは彼女たちの好意に甘えようと思った。

 

「……うん。お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……午後の授業は今ひとつ手に付かなかった。いつもならびっしりとノートに書き込む以呂波だが、今日はやたらと筆の進みが遅い。切れたと思った戦車との縁が再び巡ってきたのだから、当人としては無理からぬことだった。

 放課後、鞄に荷物をまとめた頃には、もう美佐子たちが側に来ていた。素直に手を借り、指定場所の第二グラウンドへ向かう。澪は結衣の後ろに隠れておずおずとついてきているが、彼女は彼女で以呂波のことが気になっているのか、観察するような視線を向けていた。

 

 学園艦には森や野山のような自然も再現されており、第二グラウンドはそれらのすぐ側にある。風で木々がざわめく中、グラウンドには二十人ほどの生徒が集まり、体操を行っていた。全員女子である。

 その中に、昼休みの三年生もいた。

 

「おおっ、来てくれてよかったぁ」

 

 以呂波たちに気づくと、彼女はすぐに駆け寄ってきた。眼鏡をして背の高い、なかなかスタイルのいい少女である。首には相変わらずデジタルカメラを提げていた。

 

「改めまして、広報委員長の船橋幸恵。よろしくね」

「……一ノ瀬以呂波です。こっちは……」

「同じクラスの大友結衣です」

「相楽美佐子です。同じくおまけで来ました!」

「……加々見澪です」

 

 四人が名乗り終えると、船橋は「みんなよろしく!」と声をかけ、並んでいる女子生徒たちの方へ向き直る。全員の視線が以呂波に集中していた。ほとんどが二年生か三年生のようだが、所属学科を表すワッペンは農業学科、情報科、航空学科など数種類の物を身につけていた。

 

「さて、一ノ瀬さん。お願いというのは他でもなく、ここにいる千種学園戦車隊の指揮を取ってほしいの」

「指揮を……」

 

 以呂波の表情が僅かに強張った。

 

「わぁ! やっぱりこの学校でも戦車道始めるんですか!?」

「ええ。知っての通り我が校は、学園艦統廃合によって四つの学校が合併して生まれた。そして世間からは『取り柄のない生徒の掃き溜め』なんて評価を受ける始末なの」

 

 船橋の語る内容は、一年生でも聞いていた。学園艦統廃合は艦の老朽化の対応と維持費削減のために行われたが、廃校対象となったのは目立った活動実績を上げていない弱小校だった。それらが合併してできた千種学園がそのようなレッテルを貼られるのは自然の成り行きかもしれない。しかし合併後の今年に入学した以呂波たちはともかく、上級生たちが辛かったことは容易に想像できる。何せ「取り柄が無い」の一言で母校を廃校に追い込まれ、新天地へ来てもそのような評価を受けているのだ。

 

「そこで! 『大洗の奇蹟』以来高まっている戦車道熱に乗じ、戦車隊を結成することを提案したのです! ここにいるのは同じ志の仲間達で、みんなで協力して世間の評判を覆すと決めたのよ!」

「おお! カッコいい!」

 

 歓声を上げる美佐子を他所に、以呂波は辺りをゆっくりと見回した。そして冷静に口を開く。

 

「……戦車は何処に?」

「もちろんあるよ。合併前の学校はみんな戦車道を廃止してたけど、残ってた戦車がお飾りとしてこの学園に引き取られてた……のだけれど」

 

 少し目線を逸らし、船橋は頬をポリポリと掻いた。

 集まっている生徒たちも、皆苦笑を浮かべたり、ため息を吐いたり。何か話がおかしくなってきたぞと思ったとき、結衣が船橋に質問した。

 

「先輩、農場に置いてあった大型戦車ですけど、あれも使うのですか?」

「あー、うん。使うよ。農業科のみんなが乗る」

「調べてみたのですけど、あれって旧ソ連の……」

「まあ、とりあえず!」

 

 両手を前に出して結衣の言葉を遮ると、船橋は近くにある倉庫らしき建物へと走って行く。『用具・車両置き場』との表札があった。体育の用具の他、艦内の工事に使う車両も格納しておくスペースらしい。

 

「見てもらった方が早いわね。こっち来て」

 

 ガラガラとシャッターが開けられ、全員が倉庫へと向かった。

 義足でゆっくりと脚を踏み入れ、以呂波は愕然とした。








※2017/12/28追記
この小説の連載開始は2014年です。
劇場版が公開された後はその内容を反映させるべく一部に修正を行いましたが、最終章第一話の公開時にはすでに完結の一歩手前でした。
最終章の内容を反映させるには大幅な改稿が必要となるため、パラレルだと割り切ってそのまま書き上げました。
最終章公開後にお読みになる方はその点にご留意ください。

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