ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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案山子作戦改訂版です!

 以呂波は拳を握りしめていた。恐らく敵は歩哨の存在に気づき、敢えてその前にフラッグ車を晒したのだろう。千種学園側がズリィーニィを差し向けることを想定し、予めそこに17ポンド砲の照準を合わせていた。農業科チームを歩哨に使ったことが裏目に出たのだ。

 そしてACIVの砲手が優秀なのは分かっていたが、その実力も想定以上だった。まさか林の中にいるズリーニィに照準を合わせ、木々の隙間を通して命中させてくるとは思わなかった。敵にズリーニィを撃破する手段がないと思っていたため、罠であることに気づかなかった。

 

 どうやら相手は論理だけでは説明のつかない『勘』や『本能』を持っているとしか考えられない。事前に船橋から聞いた情報によると、虹蛇女子学園は自然に関する教育に力を入れているという。野外学習やキャンプなども頻繁に行っているようで、普段から自然に慣れ親しんでいるからこそ得た察知能力があるのだろう。

 

「一ノ瀬隊長。このまま守りに徹するより、攻勢にでた方がいいんじゃないかしら」

「ええ、そうですね」

 

 大坪の言葉に、以呂波は頷いた。歩哨からの報告ではCTLは再び林の中に潜り込んできたようだが、再び攻撃を仕掛けても容易には捕まらないだろう。逆にタシュとトゥラーンが17ポンド砲の餌食になってしまえば、千種学園は対戦車火力をほとんど失う。相手もそれが狙いだと以呂波は踏んでいた。

 だがこのまま守りに徹していても、北側の敵本隊が突入してくるはずだ。伏兵戦術は一弾流の得意分野であるが、戦車は本来防御用の兵器ではない。まして17ポンド砲が林の外側からでも狙ってくるとなれば、篭城しても勝算は少ないだろう。

 

 そして犠牲はどうあれフラッグ車を仕留めない限り、勝利はあり得ない。敵の裏をかく必要がある。

 

「……フラッグ車をフラッグ車にぶつけるのは?」

 

 結衣が口を開く。

 

「トルディを?」

「20mm砲でも豆戦車相手なら通用するし、相手の武装は12.7mm機銃だけ。船橋先輩たちならやれると思う」

 

 彼女は戦車道参加と同時に、自分で集めた戦車の資料をファイリングしており、それを常に持ち歩いていた。CTL豆戦車の装甲と、トルディの対戦車ライフルの貫通力を見比べて述べた意見だ。

 

「でもトルディ弱いじゃん。もし他の敵が来たら負けちゃうんじゃない?」

「相手は攻撃力の高い戦車から始末したいと思うわ。私たちが囮になれば引き付けられるでしょ」

 

 美佐子の疑問に答え、結衣は以呂波に目を向けた。確かに彼女の言う通りだと以呂波は思った。こっちはセンチネルを二両撃破したのだから、相手としてもはこれ以上の戦力低下は避けたいはず。スペックで勝るタシュとトゥラーンに対しては兵力を集中させて対抗しようとするだろう。ACIVも引き付けることができれば、その間にトルディがCTLを攻撃できる。加えて林の中での追撃戦は軽戦車の方がやりやすい。

 

「結衣さんの言う通りだね。下手にタシュでフラッグ車へ攻撃するより、その方が良い」

「……気づかれない、かな……?」

 

 澪が心配そうに尋ねた。敵指揮官の察しの良さからして、トルディが攻撃してくることも想定しているかもしれない。だが以呂波たちにはまだ、相手を出し抜く手段が残っていた。

 

「こっちには『案山子』がある。私の勘だけど、ベジマイトさんは多分CTLに乗ってるんだと思う」

 

 隊長であるベジマイトの洞察能力は相当なものだと思われるが、今彼女が乗っているであろうCTLは本隊から離れている。ベジマイトに直接見られなければ、トリックを看破される心配も少ない。

 

 ただしフラッグ車であるトルディを単独で攻撃に使う以上、失敗したら敗北は必至だ。ハイリスク・ハイリターン、一弾流の教えから外れた危険な賭けである。だが以呂波はこの作戦に魅力を感じていた。中学校時代は堅実な采配を心がけていたのに、右脚を失ったことが戦車道への価値観も変えたのかもしれない。むしろ自分は一弾流から離れるべきなのではないかという気持ちさえ起きていた。

 

「一ノ瀬隊長がやる気なら、私は全力で付いて行くわ。ね、みんな」

「はい!」

「もちろん!」

 

 大坪の言葉に、トゥラーンの乗員たちも賛同した。きっと船橋も同じことを言うだろう。このまま持久戦に持ち込んでもじわじわと狩られるのみ。まだ火力が残っているうちに踏み出すべきだ。

 

「危険はあるけど、それで行こう。三木先輩に案山子作戦スタンバイの連絡を!」

「あいよ!」

 

 晴は笑顔で通信機のスイッチを入れた。肝が据わっている彼女はこの状況さえ楽しんでいるようだ。

 

「じゃあ、あたしたちは敵に突っ込んでバカスカ撃てるんだよね!?」

「そう。装填速度が勝負を分けるかもしれないよ」

「よしきた! 任せといて!」

 

 美佐子もやる気十分だ。澪も撃ちまくれると聞いたためか、やや表情が明るくなっている。危険を伴う作戦には仲間の士気が不可欠だが、これならやれるだろうと以呂波は信じた。

 

「さて……後考えなきゃいけないのは、CTLの逃げ道を塞ぐことかな……」

 

 地図を広げ、敵フラッグ車の逃走経路を予測する。恐らく本隊と合流するように動くだろう。

 効果的な方法が脳裏に閃くまで、時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……斯くして、千種学園戦車隊は乾坤一擲の勝負に出た。タシュとトゥラーンが当たる敵は六両、2ポンド砲のACIと25ポンド砲のACIIIが三両ずつだ。そこへ二両で吶喊する。正面装甲はタシュが120mm、トゥラーンが90mmだが、当然側面や背後は薄く、近距離からなら容易く貫通されてしまう。それを防ぐためにはより一層大胆に、敵のど真ん中へ肉薄する必要があった。昨年の全国大会で大洗女子学園が多用した戦法だ。敵戦車と混ざって乱戦に持ち込めば、相手も同士討ちの危険から簡単に発砲できなくなる。

 

 トゥラーンの砲塔ハッチから顔を出し、大坪は愛車の装甲板を撫でた。馬に乗るときのように、優しく。

 

 馬術部チームが在籍していたアールパード女子高校は馬術の強豪として名高く、かつては数多くの大会で優勝し名を馳せていた。しかし数年前、学園艦内の事故により多数のサラブレッドが死んでしまい、没落が始まった。学園の顔である馬術部を救うため戦車道を廃止し、戦車も売却して資金繰りを行っていたものの、衰退を止めることはできなかった。大坪が入学した頃にはもう見る影もなく、他に目立った功績もなかったため統廃合の対象となってしまったのである。

 だが馬に乗って華々しく活躍することを夢見ていた大坪は、その夢を終わらせる気はなかった。だからこそ船橋の誘いを受け、今こうして鉄の馬に乗っている。母校の残したこのトゥラーンで、大会を勝ち進みたいのだ。

 

「一ノ瀬隊長、こっちは準備いいよ」

《了解。他の皆さんはどうですか?》

《ソキ、大丈夫です! 行けます!》

《トルディも準備良し!》

《T-35も問題ねぇ!》

 

 チームメイトたちの声を聞き、大坪は以呂波の号令を待った。クルー全員が覚悟を決めている。

 

《ではこれより、戦局打開を賭けて案山子作戦改訂版を開始します! 失敗すれば後はないですが、皆さんならやれると信じています!》

 

 以呂波がちらりと大坪を見た。大坪が頷いて見せると、以呂波も頷き返す。この義足の少女も、再起を賭けて船橋の申し出を受けたのであろう。後輩であっても抵抗なく彼女を隊長と呼び、指示に従えるのも、似通った目的を持つ者同士だからかもしれない。そして先輩として、早く彼女と肩を並べられる戦車長になりたかった。

 だから今回の戦いで、せめて背中を守れることは証明したい。

 

 タシュの砲塔から、以呂波が正面へ手をかざした。

 

《囮隊、突撃に進め! パンツァー・フォー!》

 

 大坪は操縦手の背を蹴った。前進である。木々の隙間を抜け、敵の待ち受ける場所へ向かう。

 

 陣形を組んだセンチネル巡航戦車が見えてきた。まだ発砲はないが、砲をこちらへ指向している。林から出るのと同時に撃ってくるつもりだ。まずは正面の厚いタシュが、その左後方にトゥラーンが位置取って吶喊する。

 

「之字運動!」

 

 林を出た瞬間、大坪は叫んだ。二両がジグザグに回避行動を始めた瞬間、敵の主砲が一斉に火を噴いた。周囲に着弾した砲弾が土煙を巻き上げ、震動が伝わってくる。

 

《囮隊、交戦開始!》

《み、三木三津子、行きます!》

 

 別方向を目指し、車体を偽装していたソキが飛び出して行った。後にはもう一両軽戦車が……否、トルディ軽戦車に見せかけたハリボテを牽引していた。美術部に頼んで作ってもらった『案山子』ことデコイである。ボール紙でできた履帯の内側には車輪がついており、戦車で牽引できるようになっていた。元々フラッグ車であるトルディに見せかけ、敵をズリーニィの前に引きずり出すという漸減戦術のために用意したものだ。

 そのデコイを牽引したまま、ソキは林から西へと逃げて行く。敵車長が顔を出してそれを見ていたが、デコイを本物と思ってくれたかは分からない。大坪と以呂波にできるのはこのまま突っ込むことだ。

 

「怯まないで吶喊! 榴弾でビビらせるわよ!」

「はい!」

 

 装填手は先端が白い榴弾を持ち上げ、砲尾へセットした。握りこぶしで押し込み、自動閉鎖機が閉まってその拳を弾く。砲手が狙いを合わせた。と言っても行進間射撃なので命中など期待できない。適当な場所に着弾させ、土煙を巻き上げるのが狙いだ。

 

「装填完了!」

撃て(トゥーズ)!」

 

 ハンガリー語の号令の直後、砲口から発砲炎が広がる。タシュもほぼ同時に撃っていた。二発の榴弾が敵の隊列のなかで爆発し、土煙が相手の視界を遮る。

 だがその直後、敵のACIIIが撃った。

 

「……!」

 

 凄まじい衝撃がトゥラーンを揺さぶった。左側面への直撃である。目の前に爆炎が広がり、大坪は腕で顔を庇いながらも、その衝撃に仰け反る。

 

「大坪!?」

「大坪さん!」

「……大丈夫。止まらないで」

 

 心配する乗員たちに大坪は言った。彼女は無事だったし、トゥラーンも撃破判定は出ていなかったのだ。ただし左側前部のシュルツェンが吹き飛び、装甲にも黒ずんだ凹みができていた。

 喰らったのは成形炸薬弾だった。距離に関係なく同じ貫通力を発揮できる対戦車榴弾だが、装甲に隙間があるとそこで威力が大きく減衰する。トゥラーンのシュルツェンに当たって信管が作動、起爆したため、戦車本体へのダメージはなくなったのだ。

 

 囮となった二両はジグザグ運動を繰り返しながらも距離を詰める。相手がソキを追いかけないのはタシュとトゥラーンの排除が先と考えているからか、またはデコイだと気づいているからか。

 どちらにせよ、ここまで来ては作戦を変えられない。

 

「向かって一番左の奴を狙って!」

 

 大坪は躍進射撃の準備に入った。狙うのはACIだ。丁度砲塔をタシュへ向けており、隙がある。撃破する位置としても丁度良い。

 トゥラーンの操縦装置は日本戦車に近く、操向用のレバー二本、信地旋回用のブレーキレバー二本、計四本のレバーで戦車を操る。回り込むような機動を取りつつ、操縦手が戦車を停止させた。

 

撃て(トゥーズ)!」

 

 発砲。今度は徹甲弾だ。狙われていたACIはそのことに気づいていたようだが、回避は一瞬遅れていた。

 75mm長砲身がら射出された徹甲弾が車体にめり込む。トゥラーンが再び走り出す頃、白旗が砲塔から飛び出した。

 

「こちらトゥラーン、一両撃破!」

《その調子です、先輩! このまま粘りましょう!》

 

 隊長からの激励を聞きながら、大坪は撃破した敵戦車の横へ回り込むように指示した。訓練の模擬戦で彼女が以呂波からある注意をよく受けた。「仕掛け方がまともすぎる、もっと意表を突け!」である。大坪は自分なりに考えた結果、撃破した敵を遮蔽物に使うことを考え、それを目的に一番端にいる敵を狙ったのだ。

 

 この戦法は効果的だった。トゥラーンを狙っていたACIがいたが、それが発砲する前に残骸の裏へ隠れることができたのだ。刹那、攻撃の機を逸したACIをタシュの砲撃が襲う。パンターと同じ主砲を喰らったのだからひとたまりもない、たちまち白旗が揚がった。

 

《タシュ、一両撃破!》

「お見事、隊長!」

 

 続いて一両、トゥラーンの方へ回り込んでくる敵がいた。今度はACIIIである。側面ならシュルツェンがあるが、87mmの成形炸薬弾ならトゥラーンの正面装甲90mmでも耐えられないかもしれない。

 

「徹甲弾装填、砲塔を三時方向へ!」

 

 主砲を旋回させつつ、大坪は自車をそのまま直進させた。敵と正面からぶつかる形である。ただし砲塔は九十度右を向いていた。

 相手の25ポンド砲の砲口が黒点になった瞬間、操縦手の左肩を蹴る。回避行動を取った直後、相手の撃った砲弾が脇を掠めていった。そしてそのまま、二両はすれ違う。

 

 その瞬間に、大坪は発射の号令を下した。75mmが吼える、すれ違い様の行進間射撃。だがこの至近距離なら外れなかった。見事に敵の側面装甲を捉え、轟音の直後にACIIIは動かなくなる。白旗システムが作動した。

 

「残り三つ!」

 

 大坪は勢いに上手く乗っていた。乗員たちもそうだし、以呂波ら隊長車の面々もそうだった。

 だがそのとき、以呂波が新たな敵の接近を告げた。

 

《来ました! ACIVです!》

 


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