ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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林の攻防です!

 以呂波が相手の狙いを見切ったことにより、千種学園主力は雑木林まで撤退できた。タシュ、トゥラーン、ソキの三両は見つかりにくい茂みの陰に隠れ、乗員たちが履帯の跡を消している。すぐに動けるよう操縦手は車内に乗ったままで、晴もタシュの通信手席に残っていた。

 

「ごめんなさい、隊長。稜線に隠れてたんですけど、まさか気づかれるなんて……」

 

 三木が肩を落とす。ソキには機銃弾が掠めた跡が多数残っており、乗員たちは初めての交戦経験に軽い放心状態となっていた。責任感の強い三木は自分たちが発見されたため、救援に来たタシュとトゥラーンを危険に晒したと気に病んでいる。だが斥候としての役割は一通り果たしたと言っていいだろう。

 

「仕方ありませんよ、相手も相当勘が良いみたいですから。それに三木先輩の偵察のお陰で、相手の出方が分かりました」

 

 最も重要な情報は、虹蛇側が虎の子の17ポンド砲をどう使うかということである。ソキが偵察したときからACIVは別行動を取っており、救援隊の迎撃に際しても本隊とは別の場所で狙撃を準備していた。このことから相手はACIVには単独行動を取らせ、地形を活かし狙撃を行う算段と思われる。

 

 するとやはり、狙撃される心配の少ない林の中で相手を待ち伏せた方がいいだろう。敵の戦車も一両撃破できたし、幸先は良い。この調子で敵の数を削り、最終的にはフラッグ車を狙う。

 

「長丁場になりそうだね。お腹空きそう」

 

 スコップで履帯の跡を消していた美佐子が言った。彼女は先ほど多数の敵戦車と交戦したにも関わらずいつもの調子で、雑木林に退避後は速やかに作業にかかった。練習試合の経験があるからか、あるいは単に神経が図太いだけなのか。

 

「T-35に食料も積み込んであるから、少しくらい長引いても大丈夫だよ」

「ツナ缶……」

 

 澪がぽつりと呟いた。今回T-35は砲弾の搭載数を減らし、代わりに缶詰を積んでいる。T-35の砲塔は射角の限られている上に威力も低いし、そもそもT-35自体敵の矢面に立てるような戦車ではない。どうせ撃つ機会の少ない主砲なら、大量に搭載されている弾薬を減らし、持久戦に備えて食料を積んだ方が良いと判断されたのだ。プラウダ高校などの強豪は長期戦用の炊事車両を用意していることもあるが、千種学園はそこまで手が回っていない。だが戦車に食料を積んでおけば、休戦時以外でも食事ができるメリットもある。加えてT-35には『案山子』も搭載していた。

 

 そのT-35は現在茂みに偽装して潜伏したまま、乗員が歩哨に立っている。車長の北森と操縦手のみを戦車に残し、残り八人が徒歩で警戒態勢を取っているのだ。これがミレー作戦である。同名の画家の絵画に由来し、種をまくように歩哨を林に配置した。無論雑木林の広さに対して八人では足りないので、敵の来る可能性が高い要所を重点的に警戒していた。

 

「伏撃なら一弾流の十八番。数を削った上でフラッグ車を狙いましょう」

「トゥラーンは隊長車の背中を守ればいいのよね?」

 

 地図を眺めながら大坪が確認する。

 

「はい。お願いします」

 

 強力な戦車であるタシュとトゥラーンは集中運用する。分散させて各個撃破されるより、相互支援しながら戦った方が生存率が上がるからだ。ズリーニィは待ち伏せに向いた突撃砲なので、別の場所に配置して遊撃に当たらせる計画だ。

 

 相手が雑木林へ入ってくるとは限らないので、場合によっては鉄道部チームを再度偵察に出すことにもなるだろう。そして囮になってもらう必要も出てくるかもしれない。以呂波がそのことを三木に告げようとしたとき、通信手席にいる晴が声を上げた。

 

「第二ポイントの歩哨から報告。敵来たる」

 

 全員の視線が晴に集中した。彼女はレシーバーからの報告に集中している。

 

「敵の数六両、北側で待機してる。フラッグ車とACIVはいないってさ」

「第二ポイント……近いわね」

 

 操縦席から身を乗り出し、結衣が言う。以呂波たちは撤収後に北側から雑木林に入り、敵も同じルートで追ってきた形になる。さすがにこの林を隠れ家とすることを虹蛇側は読んでいたようだ。

 だがその直後、晴は新たな報告を伝えた。

 

「第七ポイント、敵フラッグ車見ゆ!」

「えっ!?」

「えーと、第七ポイントは……」

 

 美佐子は以呂波が持っている地図を覗いた。歩哨の配置が書き込まれている。

 

「背後じゃん!」

「護衛は?」

「護衛はセンチネルACI一両のみだってさ。隘路を通って南側から林へ侵入しつつあり!」

 

 そこまで聞いて、一同の視線が晴から以呂波に映った。即座に以呂波は敵の意図を考え始める。敵フラッグ車は機関銃しか積んでいないCTLだ。北側の本隊で注意を引き、林の中へ隠れようという魂胆だったのか。確かにT-35の乗員を歩哨を立てていなければ、自分たちの背後にフラッグ車が潜んでいるとは思わなかっただろう。灯台下暗しである。

 

 だがそのとき、突如砲声が轟いた。北側からである。距離はやや離れているが、木々の間に榴弾が着弾し、爆発と共に土煙を巻き上げる。

 

「総員乗車!」

 

 以呂波の号令で少女達は一斉に各自の車両へ向かった。美佐子がさっと身を屈め、以呂波の股ぐらに潜り込んだ。一見ふざけているようにも見えるが、本人たちは至って真面目である。体力バカの面目躍如と言った所か、以呂波を肩車して立ち上がった美佐子はそのままタシュに近づく。砲塔の上に座る澪の手を借り、以呂波は肩から戦車へと乗り移った。

 彼女が車長席に収まり、美佐子と澪もそれぞれの持ち場へ着く。そのとき、再び砲声が聞こえた。またも榴弾だ。

 

「こっちの位置、バレたのかしら?」

 

 尋ねつつ、結衣はエンジンを始動させた。二基搭載されているエンジンが唸りを上げ、車体が微弱に震動し始める。こうなるとエンジン音で通常の会話は困難なので、全員が咽頭マイクのスイッチを入れた。

 

「探り撃ちして誘い出そうとしてるんだよ。木が邪魔でここまでは届かない。……各車、エンジン始動してそのまま待機。下手に動かないでください」

 

 相変わらず冷静に指示を出す以呂波に、結衣はつくづく感心した。練習試合のときも以呂波は危機的状況で笑顔を見せていた。自分はもう駄目だと諦めかけていたのに。現在学級委員長である結衣は中学校時代に生徒会長を務めたことがあり、グループのリーダーでいることが多かった。だが以呂波はそれよりも遥かに過酷な戦車道で、冷静に周囲を率いている。

 恐らく自分は彼女から、多くのことを学ばなくてはならないだろう……結衣はそう思った。

 

「なるほど。こっちはどうするの?」

「私たちはとりあえずこのまま。三木先輩はT-35と合流、『案山子』の準備をしておいてください。土煙を立てないよう、ゆっくりと」

《了解ですっ!》

 

 ソキがゆっくりと動き始めた。三木を筆頭に前向きな少女たちが揃っていることが、鉄道部の強みだった。

 

「敵のフラッグ車はどうする?」

「ズリーニィに行ってもらう。偽装もしてあるし、車高の低い突撃砲なら見つかりにくいと思うから。逃げられたら案山子作戦」

「ほいじゃ、丸瀬ちゃんに敵フラッグの位置を伝えてあげようかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ズリーニィIはトルディと共に潜伏していたが、命令を受信してすぐさま行動を開始した。履帯が土煙を起こさないよう、突撃砲はゆっくりと雑木林の中を這う。木の枝や予め用意していた偽装網などを付け、上手く車体をカモフラージュしていた。

 車長兼通信手の丸瀬は、歩哨からの情報に耳を傾けつつ指揮を執っていた。進行方向は逆光なので双眼鏡などは使わず、肉眼のみで目標を探している。練習試合の際、船橋が双眼鏡の反射で敵を見つけたことを聞いたからだ。元々航空学科で飛行機を操縦している彼女は視力に優れ、太陽光を指で遮り木々の隙間を睨んでいる。

 

 操縦手は小さな覗視孔を覗きながら、丸瀬の指示で木々を避けながら操縦している。ハッチを閉めた状態では操縦手の視界はごく限られており、正確な操縦には車長の指示が必要になる。

 

「……停止」

 

 操縦手が制動をかけ、元々低速だったズリーニィはピタリと止まる。二時方向、木々に紛れている迷彩色の車体を、丸瀬の目は見逃さなかった。フラッグ車のCTLと護衛のセンチネルが並んでいる。だが無砲塔のズリーニィで狙うには車体を動かす必要がある。それに長い砲身が木に当たらないよう、位置も少し変えなくてはならない。

 

「いたのか?」

「ああ。微速前進、エンジン音を響かせるなよ」

 

 航空学科の面々は用心深かった。だが敵もまた手練である。操縦手が丸瀬の命令を実行しようとした瞬間、CTLが動き出した。続いてセンチネルも。

 丸瀬は舌打ちし、操縦手の肩を蹴って追撃を命じた。躍進射撃には自信があるとはいえ、豆戦車は的としては小さい。できれば静止しているうちに狙いたかったがやむを得ない。

 

 本隊に報告しつつ、丸瀬は操縦手の肩を蹴って進路を指示する。砲手は走りながらも照準を合わせ、躍進射撃の準備をしていた。だがCTLの背後にセンチネルがぴったりと張り付き、盾となっている。

 

「護衛が邪魔ね……」

「やむを得ん、センチネルを狙え。雑木林から出る前に片方だけでも仕留めろ」

 

 雑木林から出るのが危険なのは、ACIVの所在が分からないからだ。CTLの行く先で待ち伏せているかもしれない。ここでCTLを逃がしてしまっても、以呂波が次の手を考えている。せめてセンチネルだけでも撃破し、漸減を行うべきだ。

 砲手が照準を合わせ、装填手が徹甲弾を装填する。

 

「撃てるわよ!」

「よし、停止!」

 

 操縦手が急制動をかけた。車体の動揺が収まるタイミングも、猛訓練でしっかり掴んでいる。そして砲手はしっかりと、センチネルを照準に捉えていた。

 

「撃て!」

 

 75mm長砲身が火を噴いた。衝撃で近くの茂みが揺さぶられ、センチネルの車体が大きく震動した。そのまま数メートル走行したかと思うと、白旗システムが作動して停止する。丸瀬は上がった旗を見届けたが、同時にCTLが加速して逃げて行くのも見えた。

 深追いは禁物だ。しかしまだチャンスはあるかもしれない。

 

 操縦手に前進を命じようとした、その刹那。

 

「ぐあッ……!?」

 

 突然、凄まじい衝撃が体に伝わった。鈍い金属音を伴い、ズリーニィの車体がぐらりと揺れる。戦闘室内で立っていた丸瀬はその衝撃にバランスを崩し、車内の装填手の上に倒れ込んでしまった。

 直後に、スパン、と乾いた音が聞こえた。白旗の作動音だと丸瀬には理解できた。だが何が起きたのか、思考が追いつかない。

 

《虹蛇学園ACI、千種学園ズリーニィ突撃砲、走行不能!》

 

「丸瀬! おい、丸瀬!」

 

 アナウンスと、仲間の呼びかけにようやく状況を理解した。装填手と砲手に抱き起こされ、仲間達が無事なのを確認すると戦闘室から顔を出す。

 CTLは逃げ去っていた。車体の弾痕からして東側から撃たれたのだと分かる。装甲はひしゃげ、強烈な破壊力の跡が見受けられた。

 

 装填手から双眼鏡を受け取り、東方向をじっと見る。木々の隙間の先、隘路を挟んだ高台の稜線に、長い砲身のついた砲塔が見えた。それはゆっくりと後退し、稜線の向こう側へ姿を消す。

 あそこから林の木々の合間を縫って、ズリーニィに直撃させたのだ。偽装までしていたというのに、林に隠れた自分たちを敵の砲手はすぐ見つけてしまったのである。

 

《丸瀬先輩、怪我人はいませんか!?》

 

 通信機から以呂波の声が聞こえる。仲間たちを見ると、皆親指を立てて無傷であることをアピールした。

 

「……みんな無事だ。一ノ瀬……」

 

 丸瀬は奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。

 

「気をつけろ。林の中は……安全ではない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ズリーニィの撃破を見届けても、ACIVの砲手にして虹蛇女子学園副隊長・カイリーは熱くなる様子がなかった。端正な表情を崩すことなく、稜線の陰へ後退する戦車の中で照準器を覗いている。

 

「……隊長に報告を」

「はい。こちらACIV、敵の突撃砲を撃破しました」

 

 ACIIIとIVは通信手が省略されているため、車長が兼任する必要がある。するとすぐに返事が返ってきた。

 

《お見事。さすがカイリーだ。後は長砲身の二両さえ潰せば、勝ちも同然だね》

 

 ベジマイトの陽気な声が聞こえる。千種学園の戦車の中で、まともな火力を持っているのは三両のみだ。そのうち一両、ズリーニィIは片付けた。後はタシュとトゥラーンさえ撃破できれば、牙を抜かれた虎も同然、後の勝負は一方的なものになるだろう。そして17ポンド砲はそれが可能な火力を持ち、虹蛇女子最高の砲手を乗せている。

 

「まだ油断はできません、隊長」

 

 だがカイリーはあくまでも冷静だった。彼女のあだ名である『カイリー』とはアボリジニーなどが使う狩猟用ブーメランのことで、遊戯用と違って一直線に獲物へ向かう。獣を一撃で倒せるその威力は、例え返ってきたとしてもキャッチできないからだ。

 冷静に獲物を見据え、狙い澄ました一撃を与える。彼女は根っからのハンターだった。

 

「相手の隊長は『三本脚の獣』です。貴女と同じように」

《うん、その通りだね。こっちもこれ以上犠牲は出せない》

 

 ベジマイトもまた、油断していたわけではない。虹蛇側も二両撃破されているのだ。現在の数の差は八対五である。これ以上撃破される前に、数の優位を活かしてタシュとトゥラーンを仕留めたい。

 

 

《焦らずじっくり……狩ろう》

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
ズリーニィが撃破され、千種学園側がやや不利な形勢に。
まだ決定的な不利には陥っていないものの、敵の砲手の腕を目の当たりにした以呂波は……?
次回かその次で決着がつくと思われます。

ご意見ご感想ございましたら、今後の糧とさせていただくので宜しくお願い致します。

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