ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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伏兵合戦です!

「鉄道部チーム、敵から発見された! EH1078地点!」

 

 タシュの車内で晴が叫んだ。砲塔から顔を出していた以呂波はさっと車内へ潜り込む。

 

「救援に向かうからこちらへ退避するよう伝えてください。フラッグ車は林へ退避してズリーニィと合流、大坪先輩はついてきてください!」

《分かった! 急ごう!》

 

 指揮官は即座に決断を下さねばならない。僚車へ指示を出しながら結衣の右肩を義足で蹴り、彼女がそれに従い右へ変針した。再び外へ顔を出し、周囲を確認する。トルディが退避していくのが見えた。敵戦車の最高速度及び地形から換算し、まだこの近辺に到達している車両はないだろう。ズリーニィ突撃砲のいる雑木林へ逃げ込むまで単独行動させても安全だ。

 そして以呂波の乗るタシュが、大坪のトゥラーンIIIと二両で救援に向かう。スペックはどちらもセンチネル巡航戦車を上回っているが、問題は数の差だ。

 

「三木先輩、敵の数は?」

《あうっ! き、九、九両です! 撃たれまくってます!》

「今行くから落ち着いてください。フラッグ車はいますか?」

《います! 何かちっちゃい奴!》

 

 ソキの車長・三木はパニックの一歩手前だったが、何とか敵を観察して報告する理性は保てているようだ。

 

「17ポンド砲は?」

《いません! 早く助けてください!》

「大丈夫、そのまま雑木林へ向かうコースで逃げてください」

 

 冷静に指示しつつ、以呂波は思案した。敵はどうやらもっとも射程の長いACIVに別行動をとらせ、遊撃に当たらせるつもりのようだ。

 確かにいくら17ポンド砲があるとはいえ、パンターと同じ主砲を持つタシュ相手に正面からぶつけるのは無謀だ。シャーマン・ファイアフライと同様、ACIVの装甲は通常のセンチネルと変わらないのである。それでも最大装甲厚は65mmあるが、トゥラーンIIIやズリーニィIの主砲ならかなりの距離で正面から撃破できる。さらに強力なタシュの主砲には全くの無力だろう。

 

 だからこそ敢えて最も火力の高いACIVを本隊から切り離し、地形を活かした狙撃や不意打ちを行う算段だろう。そしてフラッグ車のCTLが本隊と共にいるということは、隊長がそれに乗っている可能性も高い。ソキを救援しつつ、可能な限り敵の数を削らなくてはフラッグ車に近づけないと以呂波は踏んだ。

 

「美佐子さん。いつでも徹甲弾を装填できるよう、準備しておいて」

「任せて!」

 

 いつも通り、美佐子は快活に返事をした。澪や大坪同様、早く活躍したくてうずうずしている一人だ。

 

 二両の戦車は高台に囲まれた隘路をひた走る。これを抜けた先は開けた窪地になっており、その先は再び隘路。相手が包囲戦術を取れない地形でソキと合流し、敵戦力を削った上で撤収する予定だ。

 

「ソキは現在どうにかこうにか逃走中。T-35とズリーニィは車体すっかり偽装完了、そこへトルディが合流に成功」

 

 晴は冷静に通信を聞き、状況を報告する。口調にどことなく落語の調子が感じられた。

 それを聞いてふと口を開いたのは、黙々と操縦していた結衣だった。

 

「三木先輩たち、よく耐えられてるわね」

「だよね! 九両に追いかけ回されてるのに!」

 

 美佐子が同調する。それを聞いて、以呂波はハッと目を見開いた。走りながらの砲撃など滅多に命中しないとはいえ、ソキはまだ乗員の技量が低い上に脚も速くない。もちろんまともに動かして戦えるレベルには達しているが、練度で勝る敵九両に追撃され、無傷で逃げられるものだろうか。

 

 以呂波は地図を見つめ、この先の窪地の地形を確認する。そして右手側を仰ぎ見た。丘に挟まれた隘路だが、丘の傾斜は所々緩くなっており、戦車で登ることはできそうだ。

 

「変針! 右の高台へ上がって! トゥラーンはここで待機!」

「敵がいたの!?」

 

 聞き返しながらも、結衣は即座に戦車を旋回に入れた。傾斜の緩やかな所を選び、丘を登って行く。トゥラーンもまた命令に従い停止した。

 

「狙撃兵の手口を思い出したの。相手の狙いは私たちだったんだよ!」

「……なるほどね」

 

 察しの良い結衣は理解したようだ。

 森林や市街地などの戦いで、狙撃兵はまず敵の斥候を狙い撃つという。狙いは頭や心臓などの急所ではなく、脚に当てて動けなくするのだ。わざと生かしておくことで、仲間を助けようとする敵兵をおびき出して芋づる式に狙撃する。歩兵のいない戦車道でも全く無関係な話ではない。

 

 一弾流戦車道が得意とするのは伏兵戦術。以呂波は地図などで地形さえ把握していれば、戦車を伏せるのに丁度良い場所がすぐに分かるのだ。つまりそれは相手の伏兵を看破する能力にも長けるということである。

 自分が敵の隊長だったら、この丘の上に17ポンド砲を置いて窪地の敵を狙撃する。丘から窪地へは緩やかな斜面となっているため俯角も取れる。そして狙う相手は……斥候を救援に来る、タシュとトゥラーンだ。

 

 タシュが上り勾配の稜線を越えたとき、以呂波の予想が正しいことが証明された。まだ距離は遠いが、長大な砲身を窪地へと向けたACIVが確かに見えたのだ。

 

「いた……!」

「停止! 徹甲弾装填!」

 

 結衣が指示通り制動をかけたとき、ACIVの車長がタシュの方を見た。気づかれたようだ。

 美佐子が握りこぶしで75mm砲弾を押し込み、閉鎖機が金属音を立てて閉まる。澪の目は照準機を通じ、敵だけを見ていた。

 

「撃て!」

 

 以呂波が号令を下したのとほぼ同時に、敵車両は全速でバックした。75mm長砲身の中でも特に強力なKwK42が火を吹く。2ポンド砲とは比べ物にならない発砲炎と砲声が轟くが、相手の車長は優秀だった。発砲の直前に行った回避運動により、実戦におけるタシュの記念すべき初弾を空ぶらせたのだ。

 地面に当たった徹甲弾が土煙を上げる。ACIVは砲塔をタシュへと指向しつつ、離脱を図っていた。

 

「こっちも戻る?」

「ううん! 接近して!」

 

 普段は座学の時間に『深追いは止めろ』と指導している以呂波だが、今回は追撃を選んだ。相手もACIVを失いたくはないはず。救援に兵力を割かせることでソキを助けるという、言わば古代中国の兵法にある『囲魏救趙』である。トゥラーンに待機を命じたのはタシュ以外の戦車の所在を分からなくするためである。虹蛇女子学園はズリーニィとトゥラーンによる伏撃を警戒し、ACIVの救援とタシュ撃破に兵力を集中しようとするだろう。

 だがこれは賭けでもあった。17ポンド砲の直撃を受ければ無事では済まない。タシュの正面装甲は120mmで、傾斜しているためAPDS(装弾筒付徹甲弾)にも強い。だが弱点もあり、腕の良い砲手なら即座にそこを突いてくるだろう。

 

「ソキから入電! 敵全車両が追撃を止めた!」

 

 晴が報告する。策は一先ず成功したようだ。

 

「よし……ソキは林へ退避、トゥラーンはこちらへ合流を」

 

 命令しつつも、以呂波はじっと敵の主砲を見ていた。砲口が黒点になった瞬間、義足で結衣の肩を蹴る。

 結衣が戦車を右へ曲がらせた直後、空気が震えた。轟音と震動に車内の面々は一瞬首をすくめる。砲塔から顔を出している以呂波は車両のすぐ横を掠めて行く砲弾の存在を、肌で感じた。

 

「……ギリギリだ」

 

 以呂波の背筋を冷や汗が伝った。卓越した回避技術を持つ彼女でさえこの精度には驚いた。もし以呂波の判断と結衣の操縦が後一歩遅ければ、砲弾は直撃していただろう。そこまで正確な射撃を、後退しながら止まらずに行ったのだ。砲手の腕だけなら全国大会に出ていてもおかしくないレベルである。

 その他の全員にも緊張が走っていた。今のが17ポンド砲なのだ。連合国側最強の対戦車砲、その性能は以呂波から十分に聞かされていた。だが恐れている者はいない。美佐子、結衣、澪の三人は練習試合で以呂波の回避技術を見ており、自分たちの役目は車長の指示を全力で実行するのみだと分かっているのだ。

 

「ひょー、凄い音」

 

 今回が初陣となる晴もまた、呑気に減らず口を叩く肝の太さを見せている。どうにも得体の知れない少女だ。

 

 タシュは追撃を続け、トゥラーンも追ってきた。大坪がシュルツェンで囲まれた砲塔から顔を半分出し、ACIVを見据えている。

 

《お待たせ! 援護するね!》

「お願いします」

 

 トゥラーンが撃った。だが今度は敵が進路をずらし、紙一重で避けられてしまう。砲手も車長も練度の高い人員を充てているようだ。

 さらに、ACIVの背後に土煙が上がった。敵の援軍だ。以呂波は双眼鏡を覗き、迫ってくるシルエットの数を注意深く確認する。ボロ布などを引きずって土煙を起こし、少数の戦車を多数に見せかける手口もあるし、以呂波は中学校時代に実際使ってきたのだ。

 

「……七両」

 

 敵の総数は十両で、今高台にいるのはACIVを含め八両。フラッグ車のCTLと、ACI一両が確認できない。

 だが今はそれより、少しでも敵戦力を減らすのが先決だ。

 

「大坪先輩、ACIVの注意を引きつけてください」

《了解! 機銃、撃って!》

 

 大坪の号令でトゥラーンが発砲する。砲塔にポールマウント式に取り付けられた機銃が火を吹き、乾いた音を立ててACIVに着弾する。相手の車長も砲塔内に隠れざるをえない。

 だが先ほどからの動きを見るに、不意打ちでない限りACIVに命中させるのは難しいだろう。ここは相手を問わず、数を減らすことに注力すべきと以呂波は判断した。

 

「目標、敵集団先頭のACIII! 躍進射撃用意!」

 

 命じた直後、美佐子が徹甲弾を装填した。

 

「……外さない……今度は……」

 

 澪は照準器をじっと覗き込んでいる。周囲に怯えてばかりいる平常時と違い、照準器に捉えた目標のみに意識を集中していた。走りながらおおよその照準を合わせ、砲を指向する。砲身の熱膨張を考慮し、先ほどより下に合わせる。

 以呂波が停止を命じ、結衣が制動をかけた。履帯がゆっくりと止まり、戦車はピタリと停止した。

 

「撃て!」

 

 ペダルが踏み込まれ、砲弾が放たれる。発砲の衝撃波が以呂波のポニーテールを靡かせた。発砲炎が広がり、車内には硝煙の臭いと共に空薬莢が転がり出る。

 彼方でセンチネル巡航戦車のシルエットが、ガクンと大きく揺れた。そしてそのまま、動かなくなる。

 

《虹蛇女子学園センチネルACIII、走行不能!》

 

 アナウンスを聞き、美佐子が「よし!」と叫んだ。澪は尚も照準器を覗きながら笑みを浮かべる。

 だがその直後、今度は敵が撃ってきた。残ったACIII三両による同時砲撃だった。それらはタシュやトゥラーンではなく、その少し前を狙って着弾する。途端に濛々と白煙が吹き出して以呂波たちは視界を遮られた。ACIIIの25ポンド砲は本来野戦砲であり、発煙弾も撃つことができるのだ。

 

 ACIVは煙に紛れ、仲間の元へ退避していく。さらに第二射も煙幕弾だった。煙の防御を強引に突破すれば逆に17ポンド砲の餌食となるかもしれない。欲を言えばもう少し削りたかったが、潮時だと以呂波は判断した。

 

「雑木林へ撤収!」

《うーん、撃破したかったなぁ……》

 

 口惜しがりつつも、二両は後退した。バックで丘から元の隘路へ下り、信地旋回して撤退する。後は雑木林を陣地化して漸減作戦を続け、隙あらばフラッグ車を狙う。だがそのフラッグ車と、その護衛と思われるセンチネルACI一両の所在が不明だ。

 

「晴さん、ミレー作戦の開始を通達してください」

「あいよ。……北森先輩、ミレー作戦発令! ミレー作戦発令!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……CTL豆戦車の車内で、ベジマイトは空になったチューブをポケットに押し込み、義手で頬を掻いた。策を見破られ、先に一両撃破されてしまった。とはいえACIVが生き残っただけまだ良しとするべきだろう。敵六両のうち、まともな攻撃力を持った戦車は三両。これを撃破するなりフラッグ車から引き離すなりすれば勝機はある。

 

《こちらACIV。敵の追撃はありません。離脱に成功しました》

《カイリーです。申し訳有りません隊長、敵撃破に失敗しました》

「仕方ないって、見破られちゃったんだから。じゃあ次、F地点へ向かって。他のみんなは雑木林手前で警戒態勢」

 

 あらかじめ割り振っておいた狙撃ポイントへの移動を指示する。一両撃破された状況にも関わらず、ベジマイトは楽しそうに砲塔から顔を出した。彼女の乗るCTLはフラッグ車でありながら、後からついてくるセンチネル一両と共に先行偵察を行っているのだ。速度を落とし、土煙を立てないようにしての行軍だが、二両だけというのは危険だ。所在不明なズリーニィ突撃砲がどこから出てくるか分からない。

 無論、敵の数と位置を考慮した上での行動で、見つかりにくいルートを通っている。だがその向かう先は千種学園側が待ち伏せているであろう、雑木林の背後だった。

 

 笑顔でそのようなことができるのは決して彼女が無謀だからではないし、数に頼み相手を侮っているわけでもない。純粋に戦車戦を楽しんでいるだけだ。何より自分と似た境遇の相手で、それがかなりのやり手だと分かった今、ベジマイトにとってはますます楽しい試合となってきた。

 そしてその行動も全て、野性的な勘だけでなく論理的思考も組み合わせた答えである。隊員一同それを分かってはいるが、やはりベジマイトの隣に座る操縦手は不安げだ。

 

「もうすぐ敵の背後ですが、深入りは危険ですよ」

 

 ゆっくりと戦車を走らせながら、一応忠告する。

 

「まあ豆戦車だから林の中でも動きやすいし、隠れる場所も多いし、相手もフラッグ車がこんな懐まで来るとは思わないでしょうけど……」

「いや、思うだろうね」

 

 操縦手の言葉を否定しつつ、新しいチューブ入りベジマイトを手に取る。能動義手でチューブをつまみ、生身の左手でキャップを開けた。

 

「だってもう見つかってるもん、ボクたち」

「え!?」

「こらこら、操縦に集中して」

 

 ハッチを開けて周囲を見ようとする操縦手を制止し、開きかけた操縦席ハッチを義手で叩く。彼女は先ほどから視線に気づいていたのだ。

 

「大丈夫、戦車はいないよ。林の中から歩哨が見てる」

「でもこっちの動きが知られちゃいますよ!?」

「いいからいいから。ボクらが気づいてることを気取られないように走って」

「……どうすればいいんですかそれ?」

「知らないよ。自然に操縦しなよ」

 

 ぶっきらぼうに言いつつ、彼女は無線を車外通話に切り替えた。

 

「カイリー。僕らは今から敵のいる林に潜伏する。さっき言った通り、F地点からお願い」

《……了解、隊長》

 

 副隊長の囁くような声が、レシーバーから聞こえた。

 

 

 




明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。

今回で十六話と相成りました。
正直去年連載を始めたとき、初期主人公車がカヴェナンター、二代目がタシュなどという欠陥またはドマイナー戦車のオンパレードという二次創作がどの程度受けるのかと思っていましたが、応援のコメントやご評価を頂き、誠に嬉しい限りです。
ありがとうございます。
「どの程度受けるのか心配だったなら何でこんな構成で書いたんだよ」と言われたら、書きたかったからと言う他ありませんw



ところでお読み頂いた方々に二点ばかり、お尋ねしたいことがございます。

1.まだ先のことですが、第二回戦の相手はソ連戦車とイギリス戦車、どちらを見たいと思いますか?
2.本作の中で好きなキャラクターは誰でしょうか?

お答えいただける方は今回の活動報告またはメッセージに書いていただけると幸いです。
感想欄でアンケートをやると規則に触れてしまうので。


では改めまして、ガルパン映画版を楽しみにしつつ、今年も頑張りたいと思います。
宜しくお願い致します。

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