ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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戦闘開始です!

 合計六両の戦車がエンジンを始動する。正確には四両の戦車と一両の突撃砲、そして一両の鉄道車両だ。鉄道部整備班の働きは見事なものだった。入念な整備が行われただけにエンジンは快調に回り、試合開始に備える。フィールドは起伏の激しい荒野で雑木林もあり、広い道は限られている。一弾流の得意とする伏撃を行うには良いが、巨体のT-35の移動にはかなり手間がかかるだろう。相手の出方を予測しつつ、以呂波は作戦を立てていた。

 

「準備はいい?」

「砲塔旋回、照準装置、異常無し……砲手、準備良し」

 

 咽頭マイクを通じ、澪が返事をする。車内がカヴェナンターよりは遥かに快適なためか、練習試合のときより元気そうな声だ。

 

「エンジン出力、変速機正常。操縦手、準備良し」

「閉鎖機動作確認! 弾薬格納正常! 装填手準備良し!」

「車内通話、車外通話、正常。通信手良ーし」

 

 滑らかに報告が返ってくる。タシュ重戦車での初試合だけに、隊長車乗員は皆気分が高揚していた。慣熟訓練においても澪は人一倍正確かつ迅速な照準能力を発揮し、主砲と照準装置の整備に余念がなかった。装填手である美佐子は砲弾が以前より遥かに重くなったにも関わらず、自分の役目の重大さが増したことをむしろ喜んでいる。結衣はカヴェナンターの悪夢のメカニズムから解放された反動もあり、タシュの操縦を心から楽しんでいた。

 

「各車、準備完了だってさ」

 

 晴が以呂波に伝える。飛び入りで参加した彼女もまた、過酷な訓練を笑ってこなす器量を持っていた。休憩時間に語る落語は程よいリラックスとなり、良きムードメーカーとなりつつあった。

 総じて、今のクルーの状態は良好だ。この勢いに乗じていけば物量差も押し返せるかもしれない。

 

「……早く撃ちたい……」

「澪さん、我慢我慢」

 

 モチベーションが上がりすぎている者もいるが。

 

 やがて、上空に白煙弾が打ち上げられた。

 

「パンツァー・フォー!」

 

 以呂波の号令で、六両が前進する。エンジンが吠え、履帯が土煙を上げた。徹底的な整備が行われたため戦車は快調だ。T-35も鈍重なりにスムーズな走行をしているが、登坂力の欠如はどうにもならない。起伏が多いこのフィールドでは移動できる場所は極端に制限されてしまう。

 

 それも踏まえて、以呂波は作戦を立てていた。とはいえ今回はドナウ高校との練習試合のような、決められたレールを辿る作戦ではない。相手指揮官の練度は高いだろうし、数に差がある以上、相手の出方により各車両が臨機応変に対処する必要がある。校内で模擬戦形式の指導を行うことで、加入時期の遅かった鉄道部チームを除き、各車ともそれができる練度まで鍛えたのだ。

 

「ソキは指示した道を通り、索敵を開始してください。障害物や地形の起伏に隠れながら、慎重にお願いします」

《三木、了解しました! 精一杯頑張ります!》

 

 元気の良い返事と共に、九五式装甲軌道車ソキは先行し、索敵へ向かった。自分から志願しただけあり、三木とそのクルーたちの士気は高い。だが如何せんまだ技量不足な点はある。本来はトルディIを斥候に使いたかったが、フラッグ戦では逃げるのが上手い者にフラッグ車を任せるのが定石だ。

 だがソキ以外にも偵察手段は用意してあった。

 

「T-35はズリーニィと共に、西の雑木林へ向かってください。車体の偽装を済ませ、相手の出方を見て案山子作戦、またはミレー作戦を展開してください」

《北森了解! 任せときな!》

《こちらズリーニィ、丸瀬。奮闘努力する》

 

 前回同様、二両が隊列から離れた。北森がT-35の主砲塔ハッチから顔を出し、笑顔で手を振る。待ち伏せポイントの一つである雑木林は高台にあるが、傾斜の緩い箇所は調べてあるのでT-35でも何とか登れる。

 そして林の草木でズリーニィ共々車体を偽装。敵と正面からぶつかれるタシュとトゥラーンIIIはトルディを守りつつこのまま前進し、ソキの情報を元に敵を奇襲、可能な限り相手の数を削る。そしてフラッグ車であるトルディを囮とし、雑木林へ誘い込んで決戦という計画だ。

 

 もちろん全てが計画通りに行くとは限らない。相手も馬鹿ではないのだ。

 

《一ノ瀬隊長。背中は任せてね》

 

 トゥラーンの砲塔から、大坪が以呂波に微笑みかける。愛車に顕著な強化が施されただけに、彼女も強い意気込みを見せていた。隊長車が陣頭に立てる車両になったため、大坪たち馬術部チームがその支援をするのだ。

 

「はい、大坪先輩。宜しくお願いします。船橋先輩はできるだけタシュの後ろから出ず、側方を十分警戒してください」

《了解。まあこの先の狭い道じゃ、横からは襲われないと思うけどね》

 

 船橋が言う通り、タシュを先頭にした三両は丘に挟まれた隘路へ差し掛かっていた。このような道を、そして高台をどう利用するかも勝負の鍵となるだろう。相手方も同じ考えのはずで、特に虎の子であるACIVを何処に配置してくるかが問題だ。そして、フラッグ車であるCTLも。

 

「お晴さん、ソキからの報告に注意していてください」

「はいよ。しっかり聞いておくからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……試合が始まると観客席も活気づいた。双方の学校の吹奏楽部の演奏に加え、歓声も上がる。戦車に乗っている選手たちには聞こえなくとも、応援の声は絶えなかった。

 巨大スクリーンには各車両の動きが映し出され、同時に地形なども分かるようになっている。無人ヘリで撮影した映像も時折中継されるが、まだ双方が会敵していないため、戦車の性能や選手名などが主に表示されていた。

 

 守保はカップに入ったコーヒーを飲みながら、その様子を見守っていた。兄としても戦車ディーラーとしても、以呂波には勝ってほしい。八戸タンケリーワークが組み上げたタシュが活躍すれば、会社の名も売れるだろう。元々海外の戦車道チームが解散した際、組み立て途中だった物を買い取ったもので、守保としては品揃えの広さをアピールするための車両でもあった。が、完成させた以上は実戦で活躍して欲しいという気持ちも出てくるものだ。

 

「妹さん、やってくれるでしょうか?」

 

 右隣に座る秘書が、画面を注視しながら尋ねた。彼女も戦車道経験者であり、戦術面での知識も豊富だ。だがスペックで敵に勝る車両が三両あるとはいえ、数で劣る上に欠陥戦車T-35や、そもそも戦車ではない九五式装甲軌道車まで連れた千種学園である。どう立ち向かっていくか予想するのは難しい。

 

「あいつのことだ、無様な戦い方はしないさ。ただ虹蛇女子の隊長も相当なものらしくてな」

 

 戦車道チームの指揮官にも様々なタイプがある。スポーツマン、武人肌、戦闘狂、戦略家などだ。虹蛇女子と対戦したという千鶴の話によると、ベジマイトと称する隊長は『狩人』とのことだった。論理に野性的な勘や本能を加え、優れた洞察力で敵の策を看破して追いつめていくのだという。本人は義手の身であることから、乗り降りが楽で小回りが効くCTL豆戦車で指揮に専念するようだ。

 

 そして副隊長の矢部海里……通称カイリーという少女は非常に優れた砲手で、強豪校に引き抜かれてもおかしくはないほどの腕だという。どうやら彼女が17ポンド砲搭載型のACIVを任されていると見て良さそうだ。

 

「強力な主砲を積んでいるとはいえ、センチネル巡航戦車の装甲ではタシュとまともに戦おうとしないでしょうね」

「ああ。どうにかしてACIVの前に引きずり出そうとしてくるだろうな」

 

 “鉄脚”対“鉄腕”。再起を決めたときの以呂波と同様、相手も強い想いがあって義手の身で戦車道を続けているのだろう。それだけに白熱した試合になりそうだ。

 

「シャッチョさん、一つ食べる?」

 

 やたらと馴れ馴れしい態度で、スーツ姿の女子大生が袋を差し出してきた。『茨城県産 高級干し芋』とラベルに書かれている。いただくよ、と応えて守保は一枚摘み出した。

 

「相変わらず好きだね、干し芋」

「郷土の名産だからねー。……っと」

 

 ふいに、彼女はポケットへ手を入れた。マナーモードの携帯に着信があったようだ。表示された名前をちらりと見て、通話ボタンを押す。

 

「もしもし。……あー、河嶋ー。あたしはもう会長じゃないよー? ……うん、分かった。お疲れ様〜」

 

 手短に会話を済ませ、スクリーンへ視線を戻す。

 

「お友達とも相変わらずみたいだね」

「そうなんだよねー。角谷って呼べばいいのにさー」

 

 苦笑しつつさらに干し芋を頬張り、彼女……元大洗女子学園生徒会長はスクリーンを見つめる目を細めた。虹蛇女子学園を表す赤い車両アイコンの群れに、青いアイコンが一両、接近していたのだ。

 

「ソキが接敵したみたいだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……二列縦隊を組み、センチネル巡航戦車が進軍する。2ポンド砲搭載型が先行し、25ポンド砲型は後へ続いていた。その数合計九両で、内一両のみアメリカ製のマーモン・ヘリントンCTLだった。豆戦車やタンケッテと呼ばれるものの一種で、全長はおよそ三メートル半、乗員は二名のみ。今走行している車両は車体右側に操縦席、左側に機銃砲塔が搭載されているが、逆になっているタイプもある。通信アンテナの先にはフラッグ車であることを示す、赤い旗が括り付けられていた。

 

「敵はどう出てきますかね」

「うん、そろそろ斥候が出てくる頃だと思うんだ」

 

 操縦手にそう返事しながら、ベジマイトは砲塔から顔を出し、手にした小さなチューブの中身を吸っていた。絵の具のそれに似たチューブの中身は、彼女のニックネームの由来となったペーストである。オーストラリア軍のレーションにも含まれているものだ。

 

「食べる?」

「……結構です」

 

 チューブを差し出すと、操縦手は露骨に嫌な顔をした。好みの分かれる食材である。

 つまらなそうな顔をして、ベジマイトは左前方にある丘に目をやった。これからあの丘の麓に沿って進軍する予定だったが、彼女はそこをじっと凝視し、義手で指し示した。

 

「六号車、七号車。十一時方向、丘の稜線へ榴弾ぶっ込んで」

《何も見えませんが……》

「いいからいいから。ほら撃った撃った!」

 

 ハッチの縁を義手でコンコンと叩きながら、追い立てるように射撃命令を出す。指示通りACIII二両が砲塔を指向した。25ポンド砲は対戦車用にも用いられた榴弾砲だが、今装填されたのは対歩兵用の榴弾である。障害物除去などに使えるため、歩兵のいない戦車道の試合でも榴弾は搭載されているのだ。

 二つの砲声が上がり、発砲炎が広がった。87mm榴弾が丘の上に着弾し、炸裂音と共に土煙を上げる。

 だが榴弾が爆発した煙だけではなく、横へ尾を引くように走る土煙が確認できた。稜線からちらりと、小さな砲塔が見えた。

 

「ほーら見ろ。斥候がいた」

「何で分かるんですか隊長!?」

「息づかい、かな。何となく分かるんだよ」

 

 相手は九五式装甲軌道車ソキだった。稜線に隠れながら動きを監視するつもりだったのである。しかしベジマイトの野生の勘がそれを見抜いてしまった。

 離脱しようとするソキを狩人の目で睨みつつ、彼女は次の指示を出す。

 

「主砲は使用禁止、ACIの機銃で追い込むよ。カイリー、C地点で狙撃スタンバイね」

《……了解》

 

 ACIVに乗った副隊長が、冷静な声で返事をしてきた。車体機銃を搭載したACIを先頭にソキの追撃が始まる。高遠晴が下ネタに使おうとしたセンチネルの車体機銃はACIにしか装備されていない。ACIIIは25ポンド砲の大きな砲弾を格納するため、機銃手席を廃して収納スペースに変えているのだ。ACIが機銃を盛んに撃ちつつ、丘を登って追撃する。

 

「さあ、鬼ごっこだ! 全車追撃!」

「わざわざ17ポンド砲で倒すんですか?」

 

 小さなCTLの車体を操りながら、操縦手が尋ねる。当然の疑問だった。最大装甲厚8mmのソキに対し、連合国最強の対戦車砲を使うのは明らかなオーバーキルだ。それに斥候は早めに排除した方がいい。わざわざ機銃で脅しながら追いかけ回すなどという、サディスティックな戦法を取っても意味はないだろう。そして部下たちはベジマイトが必要以上に相手をいたぶるような真似を嫌うことも知っていた。

 

 だがベジマイトはそんな仲間の疑問を他所に、チューブに少量残っていたペーストを全て吸い出し、空のチューブをポケットに押し込んだ。まるでピクニックでもしているかのような、楽しそうな表情だ。

 

 

「カイリーが狙うのは斥候じゃないよ」

 




お待たせ致しました。
お読み頂きありがとうございます。
いよいよ一回戦目ですが、今回は相手もかなりのやり手です。
『野生の勘』という原作の隊長たちにはいなかった個性を持たせてみましたが、いかがだったでしょうか。

ご感想・ご批評、お待ちしております。

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