ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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“鉄脚”と“鉄腕”です!

 荒野のフィールドに花火が上がり、学生たちの応援歌が響き渡る。観客席の正面には全国大会と同様に、列車砲の車体を流用した巨大モニターが設置されていた。客席は生徒の父兄や戦車好きなど一般の観客、そして千種学園と虹蛇女子学園の応援団という三つのグループに別れている。

 その三つのどれにも属していないのは、他の出場校の選手だ。いずれ対戦するかもしれない相手の試合を偵察しているのである。有名でない学校同士の試合のため、現地での情報収集は重要だ。

 

 そして参加する選手たちは準備用エリアにて、戦車の最終点検を行っていた。

 

「ユニフォームが間に合ってよかったね!」

「そうね。色合いは地味だけどカッコいいわ」

 

 降ろしたての服を着て、美佐子たちははしゃいでいる。

 グレーを基調とした軍服風のユニフォームには戦車内で動きやすいよう、引っかかる物が少ない機能的なデザインだった。オーストリアやハンガリーの軍服を意識した赤い襟章には、それぞれの役割に応じたワッペンが付けられている。砲手は照準、操縦手は履帯、装填手は砲弾、通信手は電波マークと言った具合で、車長は腰に短剣を帯びる。学校の被服科に作らせたため、経費も最低限で済んだ。

 

「地味な中にも華があっていいじゃないかい。あんまりゴテゴテした格好はちょっとねぇ」

 

 通信機をチェックしつつ、晴が言う。彼女は意外にも機械に強いようで、すぐに通信手の仕事にも慣れた。マイクチェックのときにいつも落語の『寿限無』を唱えるのは名物になりつつある。もちろん前方機銃の点検も欠かさない。

 

「今更ですけど、お晴さんはどうして戦車道を始めたんですか?」

 

 足回りの点検を済ませた結衣が尋ねた。晴は『先輩』と呼ばれるより『お晴さん』と呼ばれた方がしっくり来るらしい。

 

「お結衣ちゃん、それはね。あたしゃ噺家の娘に生まれて、自分も噺家目指してる身なんだ」

「女の落語家ってどのくらいいるんですか?」

「そう。それなんだよ、お美佐ちゃん。女の噺家は一割くらいしかいない」

 

 口を挟んできた美佐子を扇子で指し、晴は言う。

 講談や浪曲と違い、落語家に女性はほとんどいないのだ。女性が「俺」「おいら」などの一人称を使い男を演じることに、どうしても違和感が生じてしまうためだろう。落語のほとんどが男性視点の物語ということも理由かもしれない。

 

「女だてらに噺家を目指すなら、強い女にならなきゃと思ったのさ」

「なるほど。それならやっぱり戦車道、と」

「じゃあ、あたしや澪ちゃんと同じですね!」

 

 そういうことさ、と美佐子に笑いかけ、晴は再び通信手席に潜り込んだ。

 

 一方以呂波は折りたたみ式の椅子に座り、九五式装甲軌道車『ソキ』の乗員たちを集めていた。

 

「初陣が公式戦で緊張しているかとは思いますが、焦らず落ち着いて動いてください」

「はい!」

 

 ソキの車長・三木が直立姿勢で返事をした。鉄道部として学園艦の路面電車を運転していた彼女だが、訓練でソキの扱いも大分上達した。だがやはり戦車に乗り込んで砲弾の飛び交う中を進むのは、並大抵の度胸でできることではない。いくら特殊カーボンのおかげで貫通しないとはいえ、ソキの装甲は8mm程度しかないのだ。

 武装も後から積んだ機関銃のみなので、役割は当然偵察に限られる。今回はフィールドに線路がないため本領は発揮できないが、むしろその方が考えることが少なくて楽かもしれない。

 

「打ち合わせ通り偵察に専念して、敵に見つかったらすぐに引き返してください」

「はい、頑張ります!」

 

 三木は三年生だが、隊長とはいえ一年生の以呂波に敬語を使い、頭を下げている。他の乗員は二年か一年だが、皆同じような態度だ。やはり精神面ではまだ不安があった。だが今回は最も逃げ足の速いトルディをフラッグ車にしたので、彼女たちに偵察を委ねるしかないのだ。

 

「一ノ瀬さん、ただいま」

 

 船橋が小走りで以呂波に駆け寄ってくる。軽く息を切らし、手にはメモ帳を持っていた。

 

「お疲れさまです、先輩。どうでした?」

「やっぱりいたよ。センチネルACIV」

 

 彼女は相手の準備エリアを偵察してきたのである。メモ帳を以呂波に渡すと、そこには敵部隊の編成が書かれていた。

 

 マーモン・ヘリントンCTL豆戦車 一両(フラッグ車)

 センチネルACI 四両

 センチネルACIII 四両

 センチネルACIV 一両

 

 ACIはカヴェナンターと同じ2ポンド砲搭載、ACIIIは25ポンド砲、そして試作車両のみが作られたACIVは17ポンド砲を搭載している。相手の攻撃の要となることは間違いない。CTLはアメリカ製の豆戦車で、オーストラリアでも訓練に使用された。非力ではあるが信頼性が高く、速度もそれなりに出る。

 

「17ポンド砲もさることながら、フラッグ車にチョコマカ逃げ回られたら厄介ね」

「ええ……」

 

 ……そのとき、接近してくるエンジン音に以呂波は気づいた。戦車よりも遥かに静かな音である。

 荒れた地面を踏み越えて、箱形の運転席を持つ小型の車両が近づいてくる。イギリス製のダイムラー偵察車で、『ディンゴ』の愛称で呼ばれる快速の装輪車両だ。戦車道の公式戦では選手の移動用に貸し出されることが多いが、今接近中の車両には虹とブーメランを象った校章が描かれている。

 

 偵察車は彼女の前で停止し、乗っていた女子生徒二名が降りてきた。

 二人とも北森たち農業科生徒に似た、日焼けした健康的な少女だった。一人は野生児な短髪で、体格も良い。操縦していた方は逆に小柄で、長髪の温厚な風貌である。短髪の方が手を後ろに回し、上半身を曲げて以呂波の顔をじっと見る。

 

「こんにちは。ボクが虹蛇学園の隊長……ベジマイトって呼んで。こっちは副隊長のカイリーね」

「千種学園隊長の一ノ瀬以呂波です。今日はよろしくお願いします」

 

 愛想良く名乗った彼女に、以呂波も椅子から立ち上がり丁寧に挨拶を返す。矢車マリと違いかなりフレンドリーな態度だ。だがその直後、ベジマイトは以呂波の義足に視線を移した。

 

「その脚だと、戦車に乗るとき大変じゃない?」

「みんなに手伝ってもらっていますから」

「そっか。君も良い仲間を持ってるんだね」

「それは自信を持って言えます」

 

 胸を張って以呂波は答えた。紛れも無い本心だった。それを見てベジマイトの方も笑顔を浮かべ、背中に回していた右手を前へ出す。丁度、握手を求める姿勢だ。しかし以呂波はその手を握ろうとして、はっと目を見開いた。

 

 袖口から出ているのは銀色の、ペンチやピンセットを思わせる形をした金属部品。能動義手だったのだ。

 

「この手……貴方、も……?」

「一ノ瀬さん。君とは敢えて、こっちの手で握手したいんだ。いいかな?」

 

 彼女の言葉に、以呂波は言葉ではなく行動で応えた。金属製の手をそっと握り、握手を交わす。先ほどまで左手で握っていたのか、その義手はほんのりと温かかった。

 

「今日はいい勝負をしよう!」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

 溌剌とした声で言葉を交わす二人の横へ、船橋がさっとカメラを構えて歩み出た。ベジマイトはかなりノリの良い人柄のようで、にっこり笑ってピースサインをする。船橋が立て続けに三回シャッターを切った。この写真が学校新聞の見出しを飾ることになるのだろう。

 

「じゃあ、戦車に乗ってまた会おう!」

「はい!」

 

 義手で敬礼をするベジマイトに、以呂波も義足でカチャリと地面を踏みつつ敬礼する。その後ベジマイトは再びディンゴに乗り込み、カイリーと呼ばれた副隊長も一礼して踵を返した。

 

 エンジンをかけて走り去って行く偵察車の後ろ姿を見送る以呂波に、美佐子が歩み寄ってきた。

 

「以呂波ちゃんの他にもいるんだね、ああいう人!」

「うん。何だか勇気出たよ!」

 

 これから敵として戦う相手から勇気をもらうなど変な話ではある。だが以呂波は心からそう思っていた。腕を失っても戦車隊長として戦い、立派にチームを率いている人がいるのだ。片脚が義足の自分が戦車道を続けても、誰が文句を言う資格があるだろうか。

 そしてベジマイトと自分は他にも似ている点があるように感じていた。戦車が好き、ということだ。

 

「ふむ。エイハブ船長とフック船長だね、こりゃ」

 

 晴がぽつりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……選手たちが準備に勤しんでいるとき、八戸守保は観客席で試合開始を待っていた。仕事は決して暇ではないが、スケジュール調整が得意なのだ。一緒に来た秘書は飲み物を買いに行っており、今は一人だ。

 

「こんにちは、シャッチョさん」

 

 何処か人を食ったような女性の声がした。自分以外に『社長』と呼ばれる人間がこの場にいるかもしれないが、一先ず彼は振り返った。

 そこにいたのは案の定、守保の知っている人物だった。まだ二十歳に達しているかいないか、歳若い女性だ。一見すると小学生と間違われそうな低身長だが、襟元を正したスーツ姿からはそれを打ち消すかのような『風格』が感じられた。

 

「やあ、これはお久しぶり。一人かい?」

「ええ。シャッチョさんもお一人ですかー?」

「秘書と来たんだが、今飲み物を買いに行かせててさ」

 

 言葉を交わしつつ、その女は守保の近くに座る。

 

「ところで、ちょっと気になったんだけど……」

 

 喋りながら士魂杯のパンフレットを広げ、彼女はその一ページを指差す。各出場校と隊長の顔写真が載っているページだ。当然以呂波の写真もある。もう一人の妹である、一ノ瀬千鶴の写真もだ。

 

「この子とこの子、シャッチョさんと似てるよね。名字も一ノ瀬だし」

「似てるかい? 二人とも妹だよ」

「おお、それでシャッチョさん直々に応援に来たんだ」

「そう言う君は偵察にでも来たのか?」

 

 守保の言葉に、彼女は照れくさそうに笑って「まあね」と返した。

 

「やっぱ卒業してもさー、世話焼きたくなっちゃうんだよね」

「はは、そういう物だろうな」

 

 守保は頷いた。彼女は今大学生ではあるが、高校在学中に何をやっていたのか守保は知っている。どれだけ母校を愛していたのかも。

 

 

「しかも、命がけで守った学校なんだから」

「……うん」

 

 

 




お読み頂きありがとうございます。
一回戦はイタリア戦車にしようかと思ってたのですが、編成を考えてるうちに「アンツィオ高校より強い車両ばっかになっちまった!?」となったのでオーストラリア戦車という斜め上の展開に……w

ご感想・ご批評お待ちしております。
なお、ソキの乗員六名がどう役割分担していたか、史実をご存知の方がいたら教えていただけると嬉しいです(資料少ないんですよあの車両……)w





登場キャラ・戦車メモ書き

高遠晴
好きな戦車:一式中戦車チヘ
好きな花:花筏
・公式戦前に飛び入りで参加した二年生で、「喋るのが得意なら」と隊長車通信手に任命される。
・落語家の娘であり、女だてらに落語家を目指すなら強い女になろうと戦車道に加わる。
・独特な口調で場を掻き回すが、その一方で鋭い目で物事を見ることも。
・日本舞踊や茶道の経験もある。



44Mタシュ重戦車
武装:7.5cm KwK 42戦車砲(75mm)、34/40M機関銃(8mm)×2
最高速度:45km/h
乗員:5名
(※スペックは量産車仕様の計画値)
・T-34などに対抗すべく、ハンガリーが開発していた戦車。
・最大装甲厚120mmとして溶接で組み上げ、ドイツのパンター戦車に似た避弾経始に優れたデザインとなる予定だった。
・試作車両にはズリーニィIと同じハンガリー製の43M戦車砲を搭載する予定だったが、量産車両にはパンターと同じ7.5cm KwK 42を搭載する計画だった。
・計画重量は38トンでパンターよりも軽量だが、ハンガリーでは75mm砲を搭載していれば重戦車に分類された。
・計画通り完成すれば優れた戦車になったと思われるが、1944年7月27日、製造中の試作車両が米軍の爆撃で破壊されてしまい、未完に終わった。
・千種学園が購入した車両は元々、解散した海外のプロ戦車道チームで製造途中だったものを、八戸タンケリーワーク社が買い取って完成させたもの。




三木三津子
好きな戦車:九五式装甲軌道車ソキ
好きな花:捩花
・鉄道部員の三年生で、ソキの車長を担当する。
・鉄道に並々ならぬこだわりを持ち、自らソキの車長に立候補した。
・機械に関する知識も豊富だが、やる気が空回りしがち。



九五式装甲軌道車 ソキ
武装:なし(現場で有り合わせの物を搭載)
最高速度:軌道外30km/h、軌道上72km/h
乗員:6名
・日本陸軍鉄道連隊の秘密兵器で、おそらく戦車道に参加できる唯一の鉄道車両。
・一見すると軽戦車だが、履帯の内側に引き込み式の鉄輪を備えており、部品の付け替えなしで線路上を走行できる上、狭軌・標準軌・広軌いずれの幅の線路にも対応できる。
・元々は軽砲を搭載する予定だったが、戦車を管轄する歩兵科から「工兵が戦車を持つとはけしからん」と文句を言われたため非武装で作られた。
・回転砲塔には銃眼が空けられており、現地で必要に応じ十一年式などの機関銃を搭載した。
・装甲は小銃弾を防げる程度で、前面装甲でさえ8mmしかない。
・千種学園では鉄道部がいたく気に入ったため戦列に加えることに。

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