ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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一回戦はオーストラリア戦車です!

「皆さん、いよいよ初の公式試合です! 先日対戦したドナウ高校、そしてかの大洗女子学園も出場します!」

 

 整列したチームメンバーの前で船橋が告げた。一同が一斉にどよめく。昨年度の全国大会で奇跡的な優勝を収め、学園艦統廃合を乗り切った大洗女子。かつての自分たちの学校を守れなかった千種学園の面々としては、憧れに近い存在でもあるのだ。その大洗と、同じ大会へ参加するのである。

 

「戦車道歴十年以下の学校が対象のこの大会、私たちとしては名を上げる格好の機会! もちろん他校もそう考えていることでしょう! ですが私はこのチームが他校に劣ることなど、決してないと思っています!」

「その通り!」

「力を見せてやろうぜ!」

「千種のタンクは強し!」

 

 歓声を上げるメンバーたちに、船橋は満足げな笑みを浮かべた。練習試合に勝利して士気も上昇し、快調なスタートを切れた今、公式戦で良い結果を出せれば『戦車道で名を上げる』という目的は達成できる。かの大洗女子学園も参加するだけに、士魂杯への注目度は高いはずだ。

 続いて以呂波が船橋の前へ出た。義足が地面を踏み、微かに乾いた音を立てる。

 

「一回戦の対戦相手は虹蛇女子学園です。戦車道歴六年、主力はオーストラリア製のセンチネル巡航戦車」

 

 センチネルはオーストラリア軍が日本軍の侵攻に備えて開発した戦車だが、実戦で使われた記録はない。ドナウ高校のIV号戦車などに比べれば信頼性も劣り、組みし易い相手である。ただそれはあくまでも車両の性能の話だ。

 

「サポート班からの情報によると、保有車両数は我々より多く、大会にも上限枠の十両を参加させられるとのことです。私たちより経験も豊富でしょうから、油断はできません」

 

 一同の表情が引き締まった。猛訓練で鍛えているとはいえ、以呂波を除きまだ経験不足であることは否めない。練習試合に勝利し、さらに強力な戦車を手に入れたとはいえ、気を抜いてはならないのだ。しかも千種学園の車両はカヴェナンターを除き六両、相手は十両。フラッグ車さえ撃破すれば勝てるとはいえ、物量の差は大きなハンデになる。

 

「一回戦までの時間は少ないですが、作戦を立てつつ、より一層の訓練に励みましょう! 以上です!」

 

 全員が一斉に「はい!」と応え、それぞれの車両へ向かう。隊長車の面々は以呂波の周りに集まった。美佐子、結衣、澪、そして新たに加わった高遠晴。

 最初に口を開いたのは美佐子だった。

 

「ねえねえ、センチメンタルって強い戦車なの?」

「センチネル、ね」

 

 結衣がいつものように訂正を入れる。

 

「最大装甲厚は65mm。スペック上はタシュやトゥラーンIIIには敵わないけど、25ポンド砲装備型はそれなりに貫通力あるし、成形炸薬弾も撃てるはずだから気は抜けないね」

 

 成形炸薬弾とは『モンロー効果』と呼ばれる現象を利用した、対戦車榴弾の一種である。距離に限らず同じ貫通力を発揮できるので、初速の低い砲でも口径が大きければ十分な威力を発揮できる。センチネルACIII型が装備する25ポンド砲は87.6mmなので、かなりの威力になるはずだ。

 

「情報によるとかなり腕のいい砲手がいて、もしかしたら17ポンド砲も持っているかもしれないって」

「17ポンド……!」

 

 澪が反応した。砲手の血が騒ぎ出したのか、手足をムズムズさせている。

 連合国側最強の戦車砲として名高いオードナンスQF17ポンド砲。ドイツ軍のティーガー戦車を正面から撃破できる数少ない砲である。ドイツ屈指の戦車乗りたるミハエル・ヴィットマンに引導を渡したのも、17ポンド砲を装備したファイアフライだった。タシュの正面装甲でも耐えられないだろう。

 

「ところでセンチネル戦車と言えば、正面の真ん中に変な物が出てるねぇ。あの形はまるで……」

「あれは前方機銃のカバーです」

 

 唐突に下ネタを出しかけた晴を速やかに阻止し、以呂波は咳払いをした。

 

「こほん……とにかく。大洗やドナウのことが気になるとは思うけど、今は目先の相手に集中すること。そして早くタシュでの戦いに慣れることを考えて」

「了解!」

 

 四人は一斉に敬礼をした。美佐子だけは何故か肘を前に出す海軍式敬礼である。

 

 今は目先の相手に集中……以呂波は自分自身にその言葉を言い聞かせているのだと、気づく者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八戸守保は昼休みのオフィスで、パソコンの画面を眺めていた。映っているのは『士魂杯』のトーナメント表である。参加する学校は合計十六校で、全国大会と同じ規模だ。

 

 しかしいくつか特殊な点があった。トーナメント表はAブロックとBブロック、それぞれの二回戦までしか書かれていないのだ。準決勝はそこまで勝ち残った四校が、AブロックチームとBブロックチームに別れて行い、勝ったチームで決勝戦を行うというルールである。他校との共闘という、あまり馴染みのない状況に対応できるか。面白い試みではあるだろう。

 戦車道歴十年以下の学校が対象のため、車両数は準決勝のみ二十両、他の試合は十両のみと定められている。どの道戦車道参入から日が浅い学校では物量に頼った戦法は不可能と思われる。

 

「おっ。トーナメントの組み合わせ、もう出てるんですね」

「ああ。千種学園も……大洗も出るみたいだ」

 

 声をかけてきた秘書の女性に応え、組み合わせをじっと睨んだ。昨年の全国大会で大番狂わせをやってのけ、全国にその名を轟かせた大洗女子学園。昔は強豪校だったようだが、長い断絶期間を経て昨年度戦車道を復活させたため、士魂杯への出場資格はある。昨年度の優勝は『大洗の軍神』こと西住みほの能力だけでなく、戦車道復活を主導した生徒会長の手腕による所も大きいと、守保は分析していた。その会長が卒業した今年度、大洗女子学園はどう戦うのか……注目する者は多いはずだ。

 

 千種学園と大洗は同じAブロック、それもお互い両端だ。つまりこの変則的なトーナメントだと、決勝戦で戦うことになる。もちろん勝ち進めれば、だが。

 

 そして守保はBブロックの方に、先日千種学園と対戦したドナウ高校、そしてもう一つ目にとまる学校があった。

 

「決号工業高校も、か……」

 

 衰退していた戦車道を二年前に復活させた学校である。その復活の中心となった人物は守保の、そして以呂波のよく知る者であった。

 

「こりゃ、一波乱あるかもな」

 

 守保がそうぼやいたとき、ポケットの中で携帯が鳴った。仕事用とは別に持っている、プライベート用の方だ。表示されている名前を見た途端、早速波乱が始まったことを察した。

 通話ボタンを押し、携帯を耳に当てる。

 

「もしもし」

《兄貴! 士魂杯のトーナメント表見たか!?》

 

 初っ端から大声が耳に響いた。一瞬携帯から顔を離し、やれやれと息を吐く。彼を『兄』と呼ぶ人間は以呂波だけではない。一ノ瀬家には陸上自衛隊に勤務する長女と、高校三年生の次女がいるのだ。

 それにしても久しぶりに声を聞いたと思ったら、出し抜けにその言葉とは。

 

「見たよ、千鶴。それでどうした?」

《千種学園が出場するってどういうことだよ!? あそこは戦車道やってないんだろう!》

「始めたから出場するんだろう。『大洗の奇蹟』以来戦車道に日が当たり始めたからな、俺にとっても稼ぎ時……」

《つまり、以呂波がまた戦車道を始めたっていうことだろ!》

 

 妹の言葉に、守保は頬を掻いた。千種学園が戦車道に参加したとなれば、今年度入学した以呂波が関わっていると考えるのは当然のことだ。そして守保と仲の良い以呂波のことだから、何か相談の一つもしただろうと予測するのも自然なことである。

 

《母さんの許しもなしにこんなことしたら、以呂波は一弾流を……!》

「一弾流を破門になるとか、一ノ瀬家から勘当されるとか、以呂波はもうどうでもいいんだと思うよ」

 

 一方的にまくしたてる妹、一ノ瀬千鶴の言葉を遮り、守保は自分の意見を述べた。

 

「戦車道しかできない人間に育てられて、片脚を失った途端に辞めさせられた。お前が以呂波の立場だったらどう思う?」

《……それは……》

「戦車乗りの家で、一人だけその輪から外されたんだ。とっくに勘当されたようなもんだろう」

 

 極論ではあるが、以呂波の思っていたことと大して違わないだろうと守保は考えていた。だから見舞いに行ったときも自分に八つ当たりしたのだろうと。元々男に生まれたがため、最初から家族の輪から外されていた守保だから分かる。すでに勘当されて好きなように生きている兄に、以呂波が複雑な感情を抱いていたのは確かだ。

 当然、守保のみならず姉妹たちも以呂波のことを心配していた。気力を失っていた彼女の姿は見るに耐えないものだと、家族全員が思っていたはずだ。

 

「千鶴、お前は決号工業高校で衰退していた戦車道を復活させた。お前の学校と同じように、以呂波も再起しようとしているんだ。止めさせる権利なんて誰にもないと思うけどな」

《……そうだな。私がとやかく言うことじゃないよな》

 

 千鶴の声が少し落ち着いたようだ。何だかんだで、妹たちは勘当された兄のこと信頼しているのである。家を出てしばらくの間、一番上の長女がたまに様子を見に来てくれていたし、何か悩みがあると母親ではなく守保に相談してくることが多かった。以呂波の怪我も母親は守保には一切知らせず、千鶴から聞かされて初めて知ったくらいだ。

 

《分かった。もし母さんが何か言ってきたときには……私も以呂波に味方する》

「うん、それもいいんじゃないか。お前ももう親の言うことばかり聞かなくてもいい年頃なんだから」

 

 そう言って話を終わらせようとした守保だったが、電話の向こうから気にかかることが聞こえてきた。

 

《虹蛇女子学園の隊長と会ったら、以呂波も母さんの言うことなんて聞かなくなるかもな》

「ん?」

 

 ちらりとトーナメント表に目を戻す。虹蛇女子は一回戦目で千種学園と当たる学校のようだ。八戸タンケリーワーク社は元々プロ戦車道チームを相手にしており、高校の戦車道チーム、ましてや全国大会に出てこない学校のことはあまり調べていない。ただオーストラリアと縁の深い学校で、戦車もセンチネル巡航戦車を使うことは知っていた。

 

《虹蛇女子とは試合したことあるんだけどさ、隊長のベジマイトって奴が……》

「ベジマイトぉ? オーストラリア風の学校だからっていくらなんでも」

 

 高校戦車道の隊長は乗っている戦車にちなんだ愛称で呼ばれることが多い。イギリス製戦車なら紅茶の銘柄や等級、イタリア製戦車ならイタリア料理の食材などだ。ベジマイトというのはビール酵母から作られるペースト状の食材で、オーストラリアとニュージーランドで食べられている。オーストラリアの国民食と勘違いされることもあるが、実のところその味は(オーストラリア人でさえ)好き嫌いがかなりはっきり分かれるという。尚、守保は普通に食べられた。

 

《そいつ、四六時中ベジマイト食ってる変人なんだけど、かなりやり手なんだよ》

「ああ……天才とナントカは紙一重って言うからな」

《通称、“鉄腕のベジマイト”だ》

 

 鉄腕、という単語を聞き、守保はふとパソコンのキーを叩き、虹蛇女子学園の情報を検索した。有名な学校でなくても、戦車道のデーターベースを探せば簡単なことだ。

 すぐにチームの活動履歴と、隊長の情報が見つかり、守保は妹の言葉の意味が分かった。

 

 四肢の一つを欠いて尚も戦車に乗る少女が、日本にもう一人いたのだ。

 


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