船橋幸恵による一連の宣伝活動は確かな効果があった。試合の翌日、以呂波は見知らぬ生徒から「隊長さん、おはようございます!」と挨拶されるようになった。風紀委員の強面の男子生徒から道を譲られたりもした。練習を見学する生徒も増え、乗る戦車がなくてもサポートメンバーとして参加したいという声も出てきた。
今回は練習試合に勝利したに過ぎないが、船橋は戦車の性能差を覆しての勝利だったということを強調した。千種学園の戦車道参入が決して無謀ではない、価値のある挑戦だと示したのである。
校内で戦車道熱が高まったことを受け、生徒会も約束していた予算の捻出と、戦車道チームの支援を決定した。これにより以呂波たちは、望み通り新たな隊長車を購入できることになったのだ。
「ようこそ、八戸タンケリーワーク社へ」
立ち並ぶ格納庫の前で、守保が以呂波たちを出迎えた。彼の会社は地上ではなく海上を拠点としている。廃艦になった学園艦を買い取り、カンパニーシップとして使っているのだ。合宿などを行うための小さな学園艦をベースにしているが、会社の敷地としては十分な広さだった。本社や社員寮などの建物は当時の物をそのまま利用しているようだ。
甲板上にはレストアを行う工房の他、試験をする簡易的な演習場もある。丁度格納庫の一つに75mm砲が運び込まれるところで、ドアの開いている格納庫から顔を覗かせているのはメーベルワーゲン対空戦車だ。IV号戦車をベースにした対空戦車なので、上部をIV号の砲塔と交換して戦車道チームに売るつもりらしい。
「どうだ、結構立派な会社だろ?」
「うん。いろいろありそうで見てて飽きないよ」
以呂波は心底楽しそうに答えた。兄の会社を訪れるのは初めてである。同行しているのは美佐子ら隊長車乗員と丸瀬だ。航空学科の飛行機で行くことになったため、丸瀬が操縦を願い出たのだ。
「秘密基地みたいですね!」
「はは、確かにね。戦車だの武器だのばっかりだから」
美佐子の発言に笑顔で返し、守保は商売モードに入ることにした。すでに予算はメールで守保に送られており、以呂波たちは戦車を直接見て選びに来たのだ。
「お兄ちゃんのお勧めだっていう戦車は?」
「ああ、こっちにある。見てくれ」
そう言って守保が向かったのは、メーベルワーゲンを弄っている隣の格納庫だ。パーツ状態の戦車が多数並んでおり、これからレストアにかかるという所らしい。だが中には完全な状態の戦車や、時には一次大戦期の戦車も見受けられた。
「あ、これ知ってる! ヘッツァーちゃんだよね!」
「こいつはヘッツァーの火炎放射型で、これから戦車道仕様に改造する予定なんだ。向こうのシャーマンはスクラップ状態のをニコイチで組み上げてテスト待ち」
守保があれこれ説明しながら歩く。そんな中で、丸瀬が隅に置かれた一つの車両に目を留めた。車体は軽戦車または豆戦車だが、その車両は戦車にあるべきでないものが備わっていた。翼だ。
「あれは……A-40滑空戦車!?」
T-60軽戦車をベースにした、旧ソ連の空挺戦車である。戦車自体に翼をつけ、航空機から投下して滑空させるという珍兵器だ。一応まともに飛んで着陸できたのは大したものだが、その重量と空気抵抗で母機がオーバーヒートを起こしてしまった。結局、実用化はされなかったという。
「あれは戦車道で使い道は少なそうだから、マニア向けに売ることになるだろうな」
「うう……欲しい……!」
「丸瀬先輩! 今は戦力増強のために来てるんですからね!」
結衣が釘を刺しつつ、一行は格納庫の奥へ進む。半分から先は戦車砲が多数並んでいた。37mm程度の小型の物から、17ポンド砲や122mm砲、果てはヤークトティーガーの128mm砲まで置かれていた。旧日本軍の試製十糎戦車砲まであり、以呂波は品揃えの豊富さに舌を巻いた。同時にこれだけの会社を立ち上げた兄の能力、そして努力にも敬服する。
澪が珍しく結衣の背後から出て、戦車砲を間近で物色し始める。砲手を務める女子は最も兵器マニアに目覚めやすいという。好きこそ物の上手なれという言葉があるが、大砲の好きな砲手は自然と腕がよくなるようだ。中にはやたらめったらと撃ちまくるだけの者もいるが、澪は敵の急所に狙いを定め、正確に撃抜くことに楽しみを見出しつつある。
「さて。送られてきた予算ならパンターやコメット、安めの奴ならT-34/85やシャーマン系でも買える。けど、敢えてお勧めしたいプランがあってな」
そう言って、守保は並んでいる砲の一つを指差した。75mm長砲身、それもズリーニィIと同じ43M戦車砲である。
「まずこれをトゥラーンIIに搭載、装甲も強化。つまりトゥラーンIII仕様に改造する」
トゥラーンIII重戦車は試作のみに終わったトゥラーンシリーズの強化プランだ。主砲を長砲身に、最大装甲厚も90mmとし、対戦車戦闘力を強化した仕様である。戦局の悪化と、ハンガリーの単独講和を巡る政治的混乱のため、試作車両が完成したのみだった。
同じ75mm砲とはいえ、トゥラーンIIの短砲身砲と比べると貫通力におよそ二倍もの差がある。大きな戦力アップだ。
「なるほど……カタログスペック上は後期のIV号に匹敵する戦車になるね」
「そして新しい隊長車として、あれはどうだ?」
守保の示す先、格納庫の端に置かれた戦車に視線が集まった。
溶接で組み上げられた傾斜装甲と、パンターに似た丸みを帯びた砲塔前面。そして高威力を予感させる長い砲身を備えていた。全体的にV号戦車パンターに似ていたが、転輪の並びなどに違いが見受けられる。以呂波も見たことのない戦車だった。
「44Mタシュ。ハンガリー軍が計画していた戦車だ」
「え!? 確か、開発中止になった奴だよね!?」
以呂波は思わずその戦車に駆け寄った。手を借りることなく、義足でコンクリートの地面を踏みながら近づき、装甲に触れる。冷たい装甲板はしっかりと溶接されており、履帯や転輪も異常はなさそうだ。同じ格納庫内にあるレストア待ちの車両と比べ、大分整備が行き届いている。
「最大装甲厚120mm、最高速度45km/h。主砲はパンターと同じのを使ってる。威力は抜群だ」
パンターの主砲KwK42は75mm砲だが、ズリーニィの43MやIV号F2型のKwK40をさらに上回る装甲貫通力を持つ。T-34やM4などは1000m以上の距離から撃破可能だ。
美佐子と澪もその強そうな外見に目を輝かせている。しかし結衣だけは怪訝そうな表情をしていた。
「どうして開発中止になったのですか?」
「試作車両を作っているときに工場を爆撃されたからだ。カヴェナンターみたいなスカポンタンじゃないよ」
「なら安心です」
結衣はホッとしたような微笑を浮かべた。また欠陥戦車に乗せられてはたまったものではない。少なくとも結衣はカヴェナンターと八九式中戦車のどちらかを選べと言われれば、迷わず後者を選択するだろう。
「こいつは戦車道用に戦後作られた奴だから、ちゃんとうちの職員が試験を一通り済ませてある。品質は保証するし、連盟からの認定も受けている」
試作段階だった戦車も、戦車道連盟と個別協議を行って許可を得れば使用できる。守保は持っていた鞄から認定証を取り出し、以呂波に見せた。彼の言う品質保証の証明でもある。そしてトゥラーンの改造パーツと併せた見積書も渡す。
「タシュがハンガリー戦車を率いて戦う姿を見たいって声が、社員の間で高まってきてね。どうかな、隊長」
「買います!」
以呂波は即答した。試作車両とはいえ強力な主砲と装甲を纏った戦車。それに加え、既存の戦車も強化できる。全体的な戦力向上のためにも、このプランが最良だと判断した。
「みんなもこれでいい?」
「賛成!」
「……うん」
「私もいいわ」
「乗員ではないが、私も良いと思う」
少女たちの意見が一致するのを見て、守保は笑みを浮かべた。鞄から出した『売約済み』のシールをタシュの前面装甲に張る。続いて43M戦車砲にも。
「それじゃ、トゥラーンの強化用パーツと図面、タシュ。できるだけ早く納品するよ」
「ありがとう! ……あ、それと」
ふいに以呂波は何かを思い出したようだ。
「日本製の機関銃ってある?」
「ん? そのくらいは用意できるが。どうするんだ?」
「実は学校の倉庫からもう一両見つかって」
「へぇ、よかったじゃないか」
日本製の機関銃を買い求めるということは日本戦車だろうが、車両数が多いに超したことはない。火力は期待できなくても、偵察や撹乱などの任務に十分使い道はある。かの大洗女子学園の八九式も、昨年の全国大会で終始重要な役割を果たしていた。以呂波の能力ならきっと上手く使えるはずだ。
しかし守保の言葉に対して、以呂波は乾いた笑い声を立てた。
「まあ……戦車っぽい車両なんだけどね」
「っぽい?」
そう言われて守保が最初に思い浮かんだのは自走砲である。戦車道のルール上、三号突撃砲などのように密閉戦闘室を持っていれば戦車と同じ扱いになる。日本陸軍の車両でそれに当てはまるのは二式砲戦車と三式砲戦車だ。それらは他国の自走砲に比べれば問題もあるものの、まともな対戦車火力は持っている。以呂波が苦笑するような車両ではないはずだ。
「車種は?」
「ソキ」
以呂波の返答を聞き、守保は少し考えた。日本軍の装甲戦闘車両で『ソキ』と名がつく物は二種類ある。片方はオープントップの試製対空戦車のことで、戦車道のルール上使用できない。
そしてもう片方は……
「ほら、これです」
結衣が守保に携帯を見せた。画面に写っているのは一両の軽戦車で、回転砲塔を有している。だがその砲塔には武装はなく、よく見ると銃眼が空けてはあった。履帯を持っているし、一見するとただの戦車である。しかし。
「鉄道車両を戦車道に使うのか!?」
九五式装甲軌道車『ソキ』。
履帯の内側に鉄輪を備え、部品の付け替えなしで線路上を走行可能な軌陸車。日本陸軍鉄道連隊の秘密兵器であった。
お読み頂きありがとうございます。
ちょい仕事が忙しくて更新ペースは落ちますが、ちまちま書いています。
タシュ重戦車は製作中に破壊され開発中止となった戦車ですが、BDのコメンタリーで「アンツィオ勢にはP43bis(模型のみ完成)とか使わせたかったけど、本編でP40が出ちゃってたから断念」というような話があったと聞きまして、模型だけしか作られなかった戦車がOKなら、試作に取りかかっていたタシュもいけるだろうという理屈で出しました。
(2015.12.25追記 最近出たドラマCD「月刊戦車道」で実際にアンツィオ勢がP43bis仕様に改造すべく資金集めしていたので、タシュも全く問題ないと断定)
そしてハンガリー戦車だけではつまらないので、日本軍の面白車両「九五式装甲軌道車」を新たな戦力として登場させますw
今後も応援頂ければ幸いです。
2015年 7月6日
八戸タンケリーワーク社の描写を改訂しました。