ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

11 / 102
第二章 鉄脚 VS 鉄腕
小さな祝宴です!


 澪の撃った砲弾はIV号の車体中央にある、メンテナンス用ハッチに命中していた。砲手には敵戦車の急所を徹底的に頭に叩き込ませるという、以呂波の指導が功を奏したのだ。

 そして試合終了後、カヴェナンターの走行装置の圧搾空気パイプに見事な亀裂が見つかった。エンジンも後少し長時間動かしていれば、オーバーヒートで白旗システムが作動していたという際どい状況だった。

 しかしそれでも、千種学園の勝利に変わりはない。ドナウ高校の矢車マリは負け惜しみの類は一切言わなかった。ただ以呂波に向かい深々と頭を下げた後、引き締まった表情で次のように述べた。

 

「次は勝たせてもらいます」

 

 彼女の中で、千種学園戦車道チームは倒すべきライバルとなったようだ。相手にそのような感情を抱かせる戦いが、以呂波たちにできたのだ。

 

 その後、学園艦に帰還した以呂波たちだが、反省会 兼 初勝利祝賀会は翌日に決まった。理由は帰還後に船橋がさっさと広報委員会を招集し、校内のニュース番組や学園新聞の作成作業に向かってしまったからだ。学校内で戦車道熱が盛り上がれば予算も増えるだろうし、戦車道を始めた理由から見ても注目は集めなくてはならない。勝利した以上、速やかに特報を打つのは当然のことだ。

 

 そのためチームメンバーは学校の大浴場で入浴を済ませた後、以呂波から二言三言講評を述べ、本日は解散となったのだが……。

 

 

 

 

「かんぱーい!」

 

 明るい声と共に、四人の少女はグラスを触れ合わせた。中に入っているジュースを、美佐子は一気に全部、以呂波と結衣は半分ほど、澪はほんの少しだけ飲む。

 

「ぷはーっ! 勝利の後のジュースは美味い!」

「親父臭いよ、美佐子さん」

 

 ごろりと畳に横たわる美佐子に、以呂波は笑いながら言う。畳の上なので以呂波も義足を外し、座布団の上でくつろいでいた。

 ここは結衣、美佐子、澪の三人が共同で住んでいる和風の一軒家だ。学園艦では仲の良い生徒同士で同じ家に住むことがよくある。ここで隊長車チーム四人で簡単なお祝いをしようと、結衣が提案したのだ。

 テーブルには四人で作った鶏の唐揚げやシーザーサラダ、肉じゃが、味噌汁といった料理が並んでいる。以呂波は一人暮らしをしているので料理もできなくはないが、出来合いのもので済ませることの方が多い。脚のこともあり、他三名の気遣いもあって座ってできる仕事を手伝った。

 

「一ノ瀬さん、レモン汁はかける派?」

「かけるよ」

「よかったぁ。かけるの私だけだったのよ」

 

 そう言いながら、結衣が以呂波の唐揚げに手際良くレモンを搾る。爽やかな香りが広がった。

 

「同居し始めたとき、勝手に全員分レモンをかけたら美佐子は怒るし、澪は涙眼になるし……」

「結衣ちゃん、私たちにとってあれはテロ行為だったんだよ!」

「……レモンは駄目」

 

 拳を振り上げ力説する美佐子と、珍しく彼女に同調する澪。『唐揚げにレモン』は好みがはっきりと分かれる上、肯定派と否定派が決して分かり合えない問題だ。何かと気を利かせる結衣の性格が裏目に出たということだろう。

 以呂波が笑いつつ唐揚げを食べると、肉汁がじわっと口の中へ広がった。唐揚げというのは飽きのこない料理だが、今日のは特に美味しく思えた。

 

「うん、美味しい!」

「……肉じゃが、少し甘くしすぎたかも……」

「私は好きよ、このくらい甘いのも」

 

 料理をつつきながら、少女たちは思い思いに雑談する。

 

「それにしても、イギリス人は何であんな戦車を大量に作っちゃったんだろうね?」

 

 美佐子が笑いながら言った。『あんな戦車』とは無論、カヴェナンター巡航戦車のことである。多数の欠陥を抱えていたにも関わらず大量生産され、結局訓練にしか使われなかったのだ。

 

「ドイツ軍の勢いが凄かったから、テストも済んでなかったのに大慌てで正式化しちゃったんだって。他にもイギリスにはヴァリアント歩兵戦車っていうのがあって、もしそっちだったら結衣さんが過労死してたと思う」

「イギリス軍は操縦手を軽視してたのかしら……」

「結衣ちゃん、本当にお疲れさま!」

「……お疲れさま」

 

 澪が結衣のグラスにジュースを注いだ。カヴェナンターはラジエーターが操縦手の隣にあったため、結衣は特に暑い思いをしなくてはならなかったのである。彼女の繊細な操縦あってこそ、欠陥まみれのカヴェナンターで粘ることができたのだ。

 

「本当、結衣さんにはいくら感謝しても足りないよ。もちろん美佐子さんと澪さんにも」

「何言ってるのよ。一ノ瀬さんがいてくれたから勝てたんじゃない」

 

 結衣たちからすれば今日の勝利は以呂波のお陰だ。危ういと思われたときも以呂波が落ち着いていて、それどころか笑顔を浮かべていたからこそ、皆大丈夫だと思って動けた。

 だが以呂波にしてみれば、戦車の劣悪さにも関わらず自分を信じてくれた仲間たちこそ、勝利に不可欠な存在だったのだ。自暴自棄になって、結衣たちの気遣いを拒絶していた自分が情けなく思える。

 

「でもさ、これからが本番だよね! 新しい戦車買わないと!」

 

 美佐子が言う通り、以呂波もこのままカヴェナンターを使い続ける気はない。いくら絆が強くても、あのような戦車で戦っていては士気が下がるだろう。それだけならまだしも、熱射病で倒れる者が出るかもしれない。車内温度が四十度になる戦車をアフリカへ送ろうとしていた(一部は実際に送った)イギリス軍と、そんな戦車で訓練させられても愛国心を失わなかった英国戦車兵こそ異常というものだ。

 

 すでに以呂波は守保に連絡をし、「勧めたい戦車があるから、予算が決まったら見に来い」との返答を受けている。

 

「船橋先輩、今頃頑張ってるでしょうね」

「うん。学園長や生徒会からは約束を取り付けてあるみたいだけど、校内から注目が集まればもっともらえるかもしれないし」

「……射程、長いのがいい……」

 

 澪が切実に言った。並外れた集中力を持つ彼女は、目標を狙い撃つことに楽しみを見出しつつある。現に今回の試合では敵戦車の急所を的確に狙撃してみせたのだ。相変わらず普段は結衣の後ろに隠れているが、「強くなれるのなら」と戦車道を志した甲斐はあったのかもしれない。

 

「そうなると砲弾も重くなるから、美佐子さんの頑張りも重要だよ」

「うん、筋トレ続けるよ! イロハちゃんを抱っこしてランニングとかしてみよっかな」

「人を重りにしない!」

 

 以呂波は美佐子にぶつ真似をした。そんなやり取りを見て笑いながら、結衣が何気なくテレビのリモコンを手に取る。

 

 彼女が電源ボタンを押した瞬間、四人の目に飛び込んできたのは戦車の発砲炎だった。続いて『千種学園のタンクは強し!』の文字が、力強いゴシック体で表示される。

 

『鉄獅子は邁進する! 我が校の歴史はこれから始まるのだ!』

 

 やたらと勇ましいナレーションが入り、以呂波たちはあっけに取られていた。学園艦では一般のテレビ番組も見られるが、たまたま学校広報のチャンネルになっていたようだ。そして次に映ったのは戦車チームの訓練風景。整列したチームの前で、以呂波が訓示を行っている映像だった。

 

『千種学園戦車隊は初の練習試合に勝利を飾った! 団結力が物を言う戦車道での勝利は、即ち本校が世間で云われている『寄せ集め学校』でないことの証明に他ならない!』

 

「……もう宣伝映像できたんだね」

「何かプロパガンダの臭いがプンプンするわ……」

 

 結衣が苦笑する。テレビ画面の上に『この時間に放送予定だった『命の道徳授業』は都合により中止となりました。ご了承ください』というテロップが流れた。船橋は突貫工事で作ったニュース番組を強引に放送したようである。

 

「これ学園艦中に放送されてるんだよね!? ね!?」

「……恥ずかしい……」

 

 興奮する美佐子に、赤くなって縮こまる澪。画面は戦車の走行シーンや砲撃、そして休憩時間に笑い合うクルーたちの映像へと切り替わる。

 続いて、戦車の砲塔から顔を出す以呂波の顔が映る。

 

『部隊を率いる戦車隊長、一ノ瀬以呂波! 一年生でありながらその卓越した知識と技術、そしてキャプテン・エイハブの如き執念で敵戦車を追いつめ……』

 

「おお、完全にプロパイダだね!」

「プロパガンダ、ね」

「あはは……」

 

 乾いた声で笑う以呂波だが、その後のニュース映像には好感が持てた。最初に以呂波を義足の船長エイハブに例えた以外、彼女が障害者であることを強調していなかったのだ。義足の戦車長と言えば注目は集まるだろうが、船橋はそのような方法を好まなかったのだろう。彼女が単なる宣伝目的で戦車道を始めたのではないと、以呂波は改めて思った。

 

「これで予算降りるかな? 社長さんのお勧めってどんな戦車なんだろ?」

「……ファイアフライとかがいい……」

 

 17ポンド砲や88mm砲は砲手の憧れである。

 

「イギリス製以外がいいわ」

 

 結衣は英国製不信に陥ったようだ。

 

「そういえば船橋先輩が、学園艦の倉庫からもう一両見つかったって言ってたわね。あんまり強くないって話だけど」

「ああ……私も見たけど、あれは……うーん」

 

 思い思いに雑談しつつ、四人は食事を進める。その中で、以呂波は何か懐かしい感情を覚えた。彼女にとって一ノ瀬家は決して冷たい家庭ではなかったが、戦車道から遠ざけられてからはどうにも居心地が悪くなったのだ。

 母も姉達も戦車乗り。同じ食卓を囲んでいても、自分一人が輪から外されているように感じた。だから姉のいる学校ではなく、千種学園に入学したのである。

 

 今、共に食卓を囲む三人は同じ戦車の乗員だ。同じ目線の仲間であり、家族だった。

 

 いずれ母が今の以呂波のことを知り、勝手に戦車道に戻ったことを叱責されるかもしれない。だがそれでも、以呂波は決心していた。何が何でも、この家族を守ろうと。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。