ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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ラストプランです!

 III号突撃砲の撃破に成功した後、三木はしばらく逃げ続けた。回避・逃走に関してなら彼女の技術はトップクラスだ。装甲の薄いソキだからこそ磨かれた技だと言って良い。丸瀬は飛行機、大坪は馬が最高だと思っているように、三木もまた鉄道が一番好きだ。だからこそあくまでも鉄道車両であるソキで、本物の戦車を相手にすることに楽しみを見出していた。そして準決勝で巨大戦車E-100を撃破してから、なおさら度胸がついた。

 

 操縦手の右肩を蹴り、IV号戦車の射線を回避する。刹那、ゲルリッヒ砲が火を吹いた。圧縮された砲弾がすぐ側を掠めて行ったが、損傷はない。そのまま路地へ入り、逃走を続ける。

 

 先頭に立ち追って来たのは三式中戦車チヌだった。間違っても傑作戦車ではない。一式中戦車の車体を流用しているのはともかくとして、砲塔からは駐退機が大きくはみ出た姿は如何にも『急造品』という設計ではある。しかしその75mm砲はM4シャーマンを撃破可能な火力を持っており、そもそも鉄道連隊の牽引・警備車両であるソキ車とは桁違いだ。

 加えて無限軌道の内側に鉄輪を備える構造上、ソキの車幅はチヌより20cmほど広い。狭い場所を逃げ続けるというのはリスクもあった。

 否、逃げているわけではない。獲物を狩人の射線まで誘い出すのだ。

 

「こちら三木、チヌ車が追ってきます。今から仕掛けます!」

《了解、お願いします!》

 

 砲塔から顔を出してタイミングを図る。見るのは標的となる三式中戦車と、建物の窓だ。

 

「用意」

 

 操縦手がクラッチに足をかけた。額に汗が滲む。しかし自分たちならできると信じていた。

 

「突撃!」

 

 三木から号令が下った途端、彼女は行動に移った。前方への突撃ではない。ブレーキをかけつつ素早くギアを切り替え、後進に入れたのだ。シンクロメッシュ機構がないため、操縦手がギアの回転数を合わせねばならない。それでも愛するソキに慣れ親しんだ彼女は極めてスムーズにそれをやってのけた。

 ソキは勢いよく後退する。三木が砲塔内に屈んで耐衝撃姿勢をとった直後、愛車は追ってきたチヌ車に衝突した。

 

 刹那、75mm砲が暴発。三木の頭上、開け放たれたハッチから発砲炎がちらりと見えた。

 衝突の衝撃により、ねこにゃーが握っていた拉縄が引かれて撃発したのだ。しかし近すぎたため、装填されていた徹甲弾はソキの砲塔側面を通り抜けた。

 

 即座に立ち上がる三木。恐怖心など砲声とともに吹き飛んでいる。再び砲塔から顔を出して眼前の敵を視認する。足を止めた三式中戦車、そしてその横にある、建物の窓の位置を。

 

「一ノ瀬さん、西側から六番目の窓! 今です!」

 

 報告した直後、もう一度車内へ退避する。以呂波の『撃て!』という号令がヘッドフォンに入った。

 その途端、窓ガラスを突き破って飛来した徹甲弾。それが三式中戦車の右側面、砲塔のアリクイマークへと直撃した。高初速の一撃によって車体が大きく揺れ、弾痕付近の塗装が剥離する。

 ねこにゃーがおずおずとキューポラから顔を出したとき、その隣には白旗が上がっていた。

 

《大洗・三式中戦車、走行不能!》

 

 建物の窓から、反対側の窓の向こうを狙った射撃。如何に以呂波と澪の技量が優れていても、一両だけではそんな芸当はできない。ソキを使って敵の動きを封じ、位置を連絡させて撃つ。全乗員の阿吽の呼吸が必要となる連携だった。

 

 しかし三木は悟ることになった。自分たちがこれ以上戦うのは不可能であると。澤のM3リーが路地の反対側へ先回りし、こちらに砲塔を向けつつあったのだ。

 退路は塞がれた。口元に笑みが浮かび、心には言葉が浮かぶ。ベストは尽くした、と。

 

「一ノ瀬隊長、私たちはここまでのようです! 後はお願いします!」

 

 叫びつつ、銃眼に据え付けた三八式騎銃を撃つ。槓桿(ボルトハンドル)を引いて空薬莢を弾き出し、さらにトリガーを引く。たかが騎兵銃が戦車を傷つけられるはずもなく、オリーブ色の装甲に虚しく弾かれるばかりだ。それでも三木は撃ち続けたかった。

 

 M3リーの副砲はすでに、ソキ車へ照準を合わせていた。

 

「千種学園バンザイ! 鉄道部バンザイ! 大洗もバンザイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……三木の連呼が途絶えた後、ソキの走行不能を告げるアナウンスが流れた。移動を始めたタシュ重戦車の車長席にて、以呂波はふと息を吐く。思えば一回戦前に加入してから、これまで一度も撃破されたことのないチームだった。戦車戦に耐えられるような設計ではないし、前線にも出ていたのに、この生存率は奇跡と言って良い。だがその奇跡を起こしたのは三木たち鉄道部の実力だった。

 

「ありがとうございます、三木先輩」

 

 拳を握りしめ、以呂波は次の作戦へ思考を巡らせた。丁度そのタイミングで、無線機に仲間の声が入った。

 

《こちら大坪! 今到着したよ!》

 

 トゥラーンIIIが来た。彼女たちは約束を果たしたのだ。以呂波の顔に笑みが浮かぶ。

 

「了解、次の作戦に移ります!」

 

 次の一手でM3リーを撃破する。その後は西住みほ……彼女のIV号戦車が相手だ。

 7.5cmKwK42のマズルブレーキはもう煤まみれだった。高初速砲の特徴である。元はV号戦車パンターの装備であり、75mm砲としては最高クラスの貫徹力を誇る豹の牙だ。相手のゲルリッヒ砲にも引けを取らない。

 

 あの人に勝つ。

 改めて決意を固め、以呂波はタシュを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 西住みほの額に汗がにじむ。『クマウマ戦法』で戦局を覆したはずが、再度ひっくり返された。

 

 みほと同様、以呂波も自分の姉の強さを尊敬している。その姉を含めた実力者が、四両がかりで挑み倒しきれなかった相手……それが西住みほなのだ。そんな彼女を倒すために義足の戦車長が編み出した最後の策、それは障害物越しの攻撃だった。原点は一弾流本来の得意分野である伏撃・奇襲である。観測役の味方と連携し、針の穴を通すような精密射撃をやってのけた。回避も反撃もされにくい、狩人か暗殺者のような攻撃方法だ。

 

 しかしみほは悔しさを感じなかった。むしろ舌を巻いていた。こんな戦い方ができるのか、と。

 才能もあれば向上心もある、しかし戦車道自体が好きかと言われれば、みほは返答に困るだろう。彼女が楽しさを感じたのは、戦車の中で芽生える仲間たちとの絆なのだ。一緒に買い食いをしたり、海水浴へ行ったり、時には騒動が起きたり。そんな友達との時間こそ何よりの宝だった。

 だが様々な選手と出会う中で、戦車道自体の奥深さも感じていた。優花里がこの道に強く憧れていたのも、姉や母が心血を注ぐ理由も、分かってきたような気がする。そして右脚を失いながら戦車の道へ戻った、以呂波の気持ちも。

 

「アリクイさんチーム、みんな怪我は無いって!」

 

 快活に報告する沙織。自体の深刻さを理解した上で明るさを失わない。彼女の笑顔と気遣いには何度も助けられてきた。みほも安堵しつつ、後から追従する後輩を振り返った。

 

「澤さん、敵フラッグ車を集中攻撃します! 援護してください!」

《了解です!》

 

 梓も臆してはいない。彼女を次の隊長として育てるのが自分の最後の仕事となるだろう。

 

「最後まで全力で、戦い抜きましょう!」

 

 宣言した直後だった。

 突然、M3リーの車体が左へ大きく逸れた。みほが「あっ!」と叫んだときには回転するかのように路肩へ突っ込み、そこで行き足を止める。

 

 左の履帯が断裂していた。最初の攻防で破損していた部分が、とうとう限界に達したのだ。乗員も気づいてはいたものの、わざわざ交換するような時間はなかった。『クマウマ戦法』の激しいドリフト走行にも耐えられたのは、阪口桂利奈の操縦技術あってこそだろう。

 

 一瞬、躊躇いの表情を見せるみほ。しかしM3のキューポラから顔を出した梓と目が合った。

 

《西住隊長、すみません! すぐに修理します! 先に行ってください!》

 

 梓は分かっていた。三式中戦車が撃破されてからまだほとんど時間は経っていない。以呂波のタシュ重戦車がまだ近くにいる。今こそこれを追撃し、撃破するチャンスなのだ。自分のためにみほの足を止めさせるわけにはいかない。

 そしてみほの方も、ここで迷っている暇はなかった。

 

「分かりました、澤さんも気をつけて!」

 

 後輩たちがどのような道を進むことになるかまでは分からない。だがみほは自分の経験から、一つだけ言い切れることがあった。

 その道は険しくても、楽しいものでなくてはならないということだ。そのためには自分が今の道を楽しまなくてはならない。みほだけではなく、あんこうチーム全員が同じ思いだった。

 

 

 

 

 

 

「こちら晴。M3は履帯が切れて止まった。今修理してる」

 

 双眼鏡を覗きながら、晴が報告する。彼女はタシュ重戦車から降り、市街地の時計塔に登っていた。T-35が撃破されたため、彼女が徒歩での偵察を行うことになったのだ。

 M3の周りには梓ら乗員が展開し、全力で修理に当たっている。一方、みほは以呂波の行く先を推測し、追跡を続けていた。

 

《私たちでトドメを刺そうか?》

《いいえ、まだ大坪先輩がいることに気づかれるとマズイです。無視して修理が終わるまでにIV号を倒します》

 

 決断に淀みはない。思慮深さに加え即断即決ができなくては、推移する戦況に対応できないのだ。予定を繰り上げ、対IV号用の作戦を発動せねばならない。幸いにもM3の擱座した場所は作戦にさほど影響のない地点だった。

 

《これが最後のプランです。『ツィター作戦』、決行します!》

 

 以呂波の言葉を聞き、噺家通信手はニヤリと笑う。

 

「見せておくれよ、師匠。あんたのサゲを」

 

 

 

 

 

 

 

 ……選手のみならず、観戦している誰もが悟っていた。決着の時は間近だと。

 フラッグ戦には時間制限がある。時間内に決着がつかなかった場合、両チームの代表が一騎打ちを行い、勝者を決めるのだ。故に劣勢に立たされた側が時間切れまで持久し、一騎打ちでの逆転を狙うという戦法もある。以呂波もそれを考えなかったわけではないが、すぐに却下した。ここまで競り合っている以上、みほも疲労していることだろう。ここで相手を休ませるよりも、押し切った方が良い。

 みほもまた、このまま決着をつけるつもりでいた。ここへ来て受け身に入っては付け入る隙が生じる。

 

 タシュ重戦車がIV号の前に姿を現し、発砲。みほが卓越した見切りで回避し、反撃。その寸前にタシュは路地へ逃げ込む。

 少女たちは無限軌道という脚で踊り続けた。お互いに一撃で相手を倒せる火力のため、緊張感は極限まで高まった。二人の車長は視力のみに頼らず、相手のエンジン音を聞き分け、肌の感覚で距離感を掴む。五感を研ぎ澄ませていた。互いに卓越した射撃回避技術を持っているため、直撃弾は一向に出ない。

 

 しかし地の利を味方につけているのは以呂波たちの方だった。千種学園に保管されている学園艦の精密模型を使い、市街地の地理は頭に叩き込んである。そして辛うじて動けるトゥラーンIIIがいることが大きなアドバンテージだった。

 

「大坪先輩、射撃用意!」

 

 追ってくるIV号を見やる。ゲルリッヒ砲がこちらへ向いているが、結衣が不規則な之字運動を繰り返して狙いをつけさせない。華ほどの砲手であっても、フェイントを多用した動きにはなかなか対応できなかった。

 だがジグザグに走行しているということは、その分追いつかれやすいということ。IV号が徐々に距離を詰めてくる。至近距離になればさすがに当てられるだろう。

 

「今!」

 

 かつて寮だった建物の前へ、タシュが差し掛かったとき。以呂波の号令の直後、轟音と共に建物の壁が崩れた。レンガがタシュのすぐ後ろに撒き散らされ、IV号戦車は急ブレーキをかけて停車する。

 建物の反対側からトゥラーンIIIが榴弾を撃ち込んだのである。対戦車用の長砲身75mm砲であり、KV-2の152mm榴弾のような破壊的な爆発力はない。それでも遅延信管を利用して反対側の壁を崩すには十分だった。瓦礫に行く手を阻まれたIV号は回り道をすべく、信地旋回を行う。

 

 その間に以呂波は目的地へと戦車を走らせた。長い歴史を持つ学園艦のため、度重なる改装・拡張の結果、街の一部分が妙な構造になったらしい。大通りへ繋がるやや急な下り坂があった。あんこうチームの裏をかくため、その地形を利用する。

 

「大坪先輩、ナイスです! あとは西住さんを大通りへ!」

《分かった! おびき出すね!》

 

 トゥラーンIIIのエンジン音が微かに聞こえた。機種はタシュ重戦車と同じだが、より重いタシュは同じ物を二基積んでいる。

 結衣がアクセルを吹かし、斜面を登る。市街地の一段高い位置へ移動し、目的のキルゾーンへと向かう。

 

「成功と失敗は五分五分かしら?」

「戦車道で希望的観測はよくないからね。ざっと見積もって失敗が六分かな」

 

 会話しながらも義足を操縦席へ伸ばし、肩を蹴って方向を指示する。戦車を滑らかに左折させながら、結衣はクスッと笑みを漏らした。

 

「ちょうど良い数字じゃない」

 

 直後に戦車の前方がガクリと下がった。下り斜面に達したのだ。

 

「右へ寄せて停止。砲塔を左へ!」

 

 高度な技術を要求される命令だった。視界の狭い戦車での幅寄せは極めて難易度が高い。しかし結衣は制動をかけながらも、建物に衝突しないギリギリの位置までタシュを寄せることができた。自車の幅と障害物までの距離を感覚で測れるまでになっているのだ。

 坂道でぴたりと停止し、そのままぐっハンドブレーキをかける。澪がゆっくりと砲を旋回させた。少し心配していたが、何とか砲を真横に向けられるだけの道幅があった。

 

 この坂を下れば大通りに出る。その後の一撃で全てが決まるのだ。

 

 

 

 

 

 

 一方のみほは、大坪の駆るトゥラーンIIIとの攻防に入っていた。吹き飛んだ誘導輪の代わりに、転輪へ直接履帯を巻きつけるという荒業を見て、千種学園の敢闘精神に再び舌を巻いた。

 相手は奇しくも、準決勝で自分の影武者を勤めてくれた少女だ。あのときはトラビを相手に、単なる偽者ではない実力を見せ付けた。

 

「このままだとタシュに回り込まれるぞ」

 

 麻子が指摘した。彼女たちとトゥラーンIIIは建物の陰に車体を隠しつつ撃ち合っていた。大坪も以呂波から指導を受けた射撃回避技術を持っているため、簡単には当たってくれない。麻子の言うとおり、このままでは以呂波に背後を取られる可能性が高かった。

 

「もう一発撃って、その隙に移動します!」

 

 相手がやったように、榴弾で建物の壁を崩して足止めする方法は使えない。ゲルリッヒ砲は先細りした砲身で砲弾を圧縮するという構造上、炸薬の充填された榴弾を撃つには甚だ不向きなのだ。それでもPak 41には専用の榴弾が開発されていたが、炸薬量は通常の75mm榴弾の27%しかない。砲身寿命の短さと並び、ゲルリッヒ砲が普及しなかった理由だ。

 

 優花里が漸減徹甲弾を装填。自動的に閉鎖器が閉まると、装填手用グローブを嵌めた手でスイッチを押す。

 華がトリガーを引いて発砲。細いスリット状のマズルブレーキから発射炎が広がった。

 

 寸前に大坪が自車を横道へ退避させたため、命中はしなかった。だがこの一撃でみほは脱出の時間を得ることができた。即座に戦車を反転させ、大通りへ向かって退避する。

 

 動けないうさぎさんチームから敵を遠ざけ、尚且つ確実に撃破したい。いっそ姉と一騎打ちをしたときのように、ある程度広い場所で格闘を仕掛けるか。

 思いをめぐらしながらも耳をそばだてる。これも姉と戦ったときと同じだ。相手のエンジン音を聞き分け、慎重かつ即決的に行動せねばならない。

 

 往時は賑やかであっただろう、美しい大通りへ出る。左右を確認。敵影はない。エンジン音も無し。

 

「左へ向かってください! 先ほどの広場ならM3からも離れています!」

 

 車長の命令に阿吽の呼吸でギアを切り替え、アクセルを吹かし、戦車を加速させる麻子。みほは前方を睨んだ。視覚や聴覚だけではない、嗅覚、触覚、味覚まで総動員する。敵戦車の臭いや味など分かるものではないが、神経を研ぎ澄ませると自然にそうなった。

 

 あんこうチーム全員が疲労感も忘れ、試合に熱中している。全乗員が時計の歯車の如く精密に動き、連携し、IV号戦車を操っていた。

 

 が、そのとき。

 みほは進路上の地面に何かを見た。とても小さく、黄色い、輝く何かを。

 

 その瞬間、みほは半ば無意識のうちに麻子の左肩を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

《師匠、今だ! 大通りに出たよ!》

 

 晴の声が以呂波の耳に入る。即座に義足で結衣の肩を蹴った。発進の合図だ。

 ハンドブレーキが解除されると、44Mタシュ重戦車はゆっくりと坂を下り始めた。聞こえる音は履帯の立てる金属音のみ。

 

 以呂波はタシュのエンジンを切っていたのだ。騒音を最小限にして奇襲をかけるために。

 

 ギアをニュートラルにした戦車は自重で坂を下り、大通りに入って停止する。結衣がしっかりとブレーキを踏み込んでいた。

 以呂波の目に見えたのは、反対側へ走るIV号戦車の後姿。小豆色に塗られた砲塔の上にはこちらに背を向けた、西住みほの姿があった。そしてその横で揺れる、小さな大将旗(フラッグ)も。

 

 気づかれていない。完全に背後を取った。こちらを見ているのはジャケットの背に縫い付けられた、あんこうのマークのみ。

 美佐子が腕に抱いていた徹甲弾を、最大限の速度で砲尾へ押し込む。乾いた音を立てて作動する閉鎖器。

 次いでスイッチが押され、「発射準備良し」のランプが点灯した。

 

 その間、澪はすでに照準を合わせていた。動力を切っても、大抵の戦車は手動で砲塔を回せる。

 

「撃て!」

 

 KwK 42戦車砲が火を噴いた、以呂波は確信した。勝った、と。

 

 

 だが信じられないことが起きた。発砲炎が一瞬視界を塞いだ直後のことだ。

 みほのIV号戦車が、やや左へ曲がっていたのだ。

 

 命中するはずだった75mm徹甲弾は空を切る。何故避けられたか、以呂波には理解できなかった。奇襲は完璧に成功したはずだ。みほはこちらを見ていなかったし、気づいてもいなかった。

 

 確かにそうだった。みほは後ろから撃たれるまで、背後を取られたことに気づかなかった。彼女は攻撃を避けたのではなかったのだ。

 視力の良い以呂波は気づいた。IV号があのまま直進すれば轢いていたであろう、地面にある小さな物に。

 

 

 石畳の割れ目に咲いた、一輪のタンポポ。

 

 

「花を避けた……!?」

 

 

 刹那、みほが弾かれたように後ろを振り向いた。車長同士の目が合う。途端にIV号は急加速し、けたたましいスキール音が響く。

 ドリフト機動による急速反転で、あんこうチームはタシュ重戦車へ向き合おうとしていた。

 

「次弾装填!」

 

 以呂波は叫んだ。今からエンジンを再始動させては間に合わない。攻撃を以って最大の防御とする。

 美佐子の装塡速度は驚くべきものだった。考えるよりも先に条件反射で体を動かした。徹甲弾が薬室に押し込まれ、再びランプが点灯する。砲手たる澪もまた、集中力を解いていなかった。変則的なドリフト走行を行う相手に照準するのは至難の技だ。だが相手が撃ってくる時には確実に停止する。

 

 紙一重の瞬間を狙う。

 

 二人の戦車長はぴたりと目を合わせている。だが実際には相手とその戦車、全体を観ていた。

 そして、異口同音に号令を発した。

 

 

「撃て!」

 

 

 双方の75mm砲が吼えた。そして二人は同時に同じものを感じた。

 発射炎と陽炎で歪む視界。交差する徹甲弾。車体を揺さぶる被弾の衝撃。

 

 弾け飛ぶ装甲の破片。捲き上る黒煙。

 

 

 以呂波は発砲の瞬間車内に身を屈め、美佐子の肩に掴まっていた。脚にぐっと力を入れ、ゆっくりとキューポラから顔を出す。義足の関節が微かな駆動音を立てた。同じタイミングでみほも顔を出し、再び目が合う。

 観客、両校の生徒、先に撃破された選手たち。そして時計塔に立つ晴。試合を見守っていた誰もが息を飲んだ。

 

 煙が晴れる。タシュは側面、IV号は正面装甲に深々と弾痕が穿たれていた。そして双方の砲塔から、煤けた白旗が上がっていたのだ。

 ふと、空から聞こえるエンジン音。連盟の運用する双発爆撃機『銀河』だ。ガラス張りの爆撃手席に搭乗した審判員が、少女たちと戦車を見下ろす。

 

 

《両チームフラッグ車、走行不能。コンピューターによる精密判定を開始》

 

 

 

 ……以呂波には分かっていた。自分たちは格段に強くなったが、あんこうチームには今一歩及ばないと。

 

 例えば美佐子の装塡速度は優花里より上かもしれない。しかし他の乗員の補助、弾薬の管理といった、装塡手としての総合力では敵わないだろう。

 澪も命中率は華と互角だった。彼女やカイリーから教えを受け、数学的な計算だけでない、極めて精密な射撃能力を手にいれた。だが、時に命中率より重要となる『ある能力』において、やはり一歩及ばなかった。

 

 

《判定終了。44Mタシュ重戦車の白旗判定が先であると判明。よって……》

 

 

 撃たれる前に撃つこと、である。

 

 

 

《大洗女子学園の勝利!》

 

 

 


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