黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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脱出

 一人森の中に入ってルーリーノは躊躇うことなく呪文を唱える。唱えるのは風の矢。それを十本ほど自分の周りに浮かばせておき、少しでも物音がすればそこに向かって矢を射る。

 

 十本打って結果は半々。五本は外れ五本は当たり。

 

「こうやってみると確かに狩りって難しい感じもしますけどね。罠とかを作ればもっと簡単だとは思いますが」

 

 ニルから聞いた成果を思い出しながらルーリーノが一人呟く。

 

 もう一度同じことをやって、ウサギやイノシシ、鹿などを十二匹ほど狩り終わったところでニルのいる川へと戻る。

 

 ルーリーノが戻ったとき、ニルはまだ一匹しか魚が釣れていなくて、それを見たルーリーノは「やっぱり魔法って便利ですね」と呟いてクスリと笑った。

 

 

 二人は一度狩ったものをすべて川岸まで運んできてそれを眺める。

 

「それで、これらをどうするかなんですけど」

 

 ルーリーノがニルに向かって言うと、ニルは「何かいい案でもあるのか?」と尋ねる。

 

「はい、どうせ二人では運びきれませんし、いっそのこと食べる人たちに運んでもらいましょう」

 

「つまり村人に取りに来てもらうってことか」

 

 「でもそれって……」危なくないか? とニルが言おうとしたところでニルは一つ思い出した。

 

「お守りか」

 

「そうです。まさかラクスの持っていた一つだけということはないでしょうから、安全にここまで来ることができるでしょう。

 

 それに、ラクスの持っていたお守りをここに置いておけば他の亜獣や動物にこれらが狙われることはないはずです」

 

 ニルは一度ルーリーノ言葉を反芻して頷く。

 

「そうだな。二人で運ぶよりは効率的か」

 

「そうと決まったのなら急いで戻りましょう」

 

 ニルの言葉を聞いてルーリーノは急かすようにそう言って、村の方を向く。

 

「早く戻った方がいいのはわかるが、少しくらいはこれ持っていった方がいいんじゃないか?」

 

 ニルが次期食糧を指さしながらルーリーノに問いかける。

 

「それよりも、今から全力で戻って村の方々に一度で持って行ってもらった方がはやいですよ」

 

「なるほどな」

 

 とだけニルは返して、先行していたルーリーノを追い越して走り出す。その速さを見てルーリーノは一つ溜息をついて叫んだ。

 

「さすがにそこまで速いと私が追い付けません」

 

 

 

 ニルが先に村に着いて、肩でしていた息が落ち着いた頃

 

「少しは……手加減……してください……」

 

 とルーリーノが疲労困憊と言った様子で姿を現す。

 

 息を整えるため膝に手を当てて前傾姿勢のルーリーを見て、ニルは今までの仕返しをしてやろうと思い、やや棒読みっぽく答え始めた。

 

「悪かったな。でも、ルリノが全力でって言ったわけだし、まさかこの程度についてこれないとは思わなくてな」

 

「私の……は、ルー……ノで……」

 

 ルーリーノがなんとか話そうとして、声を出そうとするがうまく発音されない。ニルはその様子を見て思わず声をあげて笑う。

 

「私が……疲れているの……が、そんなに……面白い……です……か」

 

 ルーリーノの必死の訴えにニルは首を振る。

 

「面白かったのは、最初に名前を注意しに来たところだな」

 

 まだ表情に笑みが残りながらニルが言ったのを聞いて、一度ルーリーノが大きく深呼吸をして何とか呼吸を整える。

 

「それは、いつもニルがちゃんと呼んでくれないからです」

 

 怒りながらルーリーノは言ったが、ニルは「だって呼びにくいし」と一蹴すると村の中に入って行った。

 

 

 

 

「と、言うわけで出来るだけ急ぎたいので人手を借りてもいいでしょうか?」

 

 村長の家で、ルーリーノが事情の説明をする。村長は説明を聞きながら、時折頷き説明が終わったら口を開いた。

 

「わかった。今の時間なら手が空いておるものも多いだろうし、すぐに向かわせよう。道案内は頼んでもよいか?」

 

 ニルが村長の言葉に二つ返事で了承し、すぐに村の男たちが村の入り口に集められる。

 日頃から畑仕事をやっているだけあって屈強そうな三十から四十歳ほどと思われる男たちを見て、ニルはこれなら一度で運びきれるだろうと、少しだけ安心した。

 

 その中のリーダーのような人物にニル達は話しかけられる。

 

「お前ら昨日村に来たって言う冒険者だろ? この村のためにわざわざすまんね」

 

 他の男達に比べたら少し小柄な男だが、その声はしっかりとして居て男たちがざわめく中でも声がよく通る。

 

「一晩泊めてもらった礼ってところですよ」

 

 ニルがそう返すと、男は「そうか」と言って「じゃあ、案内してくれ」とニルを促した。

 

 

 

 森の中を大人数でぞろぞろと歩くのはある意味で怖い。これならばお守りなどなくても獣なんて寄ってこないようなくらいに。

 

 男たちは事前にルーリーノから説明を受けた長老の指示で手ぶらだったり大きな袋を持っていたりとさまざま。

 

 そしてその半数以上がナイフを携帯している。確かに森に行くにあたってナイフというものは必要になるものは多いけれど、とルーリーノは思う。

 

 しかし、そこから思考を巡らす前に男たちから話しかけられその思考を止めざるを得なくなってしまった。ニルにも話しかけている男もいるが、大多数はルーリーノへと話しかける。

 

 その内容は「嬢ちゃん可愛いね」とか「俺の息子の嫁にどうだ」など多少自重している感じはするがルーリーノが返答するのに困る質問も多い。

 

 対してニルはその髪と瞳の色に問いが集中し、ユウシャの生まれ変わりかなどとも言われていたが「たまたまこんな髪で苦労してるよ」と適当に返していた。

 

 目的地に着くとリーダーの男が「これは……」と少し驚く。それからすぐに「じゃあ、手はず通りに始めてくれ」とそのよく通る声を森に響かせる。

 

 それから男たちは持っていたナイフを使ってそれぞれに処理をしていった。血を抜き、内臓を取り除き、必要なら頭を切り落とす。

 

 ルーリーノはその様子に目を光らせていたが、隣でニルが少し青い顔をしていたので「大丈夫ですか?」と声をかける。

 

「何と言うか、あまり見ていて気持ちがいいものじゃないな……」

 

「確かにそうですが……」

 

 「必要な作業なんですよ」とルーリーノは柔らかい口調でまっすぐに作業を見つめながら言う。

 

「でも、気分がよくないなら見ていない方がいいですよ」

 

 視線をニルに移してルーリーノが言うとニルは迷った顔をする。そんな様子を見ながらルーリーノはこの様々な亜獣を真っ二つにしてきた男の危うさを再確認する。

 

 そうしている間に魚の方の処理が粗方終わったらしく、リーダーの元に一人の男が報告に来る。その手には大きめの袋を二つ持っていた。

 

「じゃあ、私達はそれを先に持っていきましょうか」

 

 報告が終わるタイミングでルーリーノがそう切りだす。リーダーの男は少し驚いた顔をしたが「頼まれてくれるか?」と問いなおす。

 

 それにルーリーノが「はい」と返し、袋を受け取る。中には腹が割かれ頭を切り落とされた魚が詰め込まれていた。

 

「ではニル今度はこれを持って全力で戻りましょう」

 

 ルーリーノはそう言って袋を一つニルに渡す。ニルはやや硬い表情でそれを受け取ると口を開いた。

 

「全力って、ルリノお前ついてこれないだろ?」

 

 そんな軽口をたたくが、ニルの頭には分解されていく動物たちが浮かんでいた。それに対してルーリーノは挑発するようにクスクスと笑うと、

 

「負けるのが怖いんですか?」

 

 という。その言葉にニルは思わず嘲笑した。

 

「負けるのが怖いのはそっちだろ」

 

「それでは、スタートです」

 

 そう言ってルーリーノが走り出す。やや遅れてニルも走り出し、簡単にルーリーノを追い抜く。

 

 しかし、ルーリーノはにやりと笑うと「ミ・プリフォーティギ……」と呪文を唱え始める。

 

「……ミア・ラピデコ」

 

 呪文を唱え終わると、ルーリーノの足取りが軽くなった。それから簡単にニルを追いつく。一度二人は視線を交わすと、今度がルーリーノがやや先行する。

 

 ニルはそれに置いていかれることはなく、結果二人はほぼ同時に村に辿り着いた。最初川から走った時よりも少しだけ短い時間でついたが、二人の疲労は限界に近く村の前で二人して座り込む。

 

「なんで……そんなに……はやいんだよ」

 

 ニルが尋ねると、ルーリーノは苦しいながらも笑顔を見せて「どうしてでしょうね」と返す。それから、互いに呼吸が落ち着くまで待ってから立ち上がった。

 

 結局村に入るまでの時間は一回目と同じ。しかし、その手には魚が詰まった袋が握られており、村に残っていた女たちがそれを見てお礼を言いすぐさま働き出す。

 

「今度は何をするんだ?」

 

 ニルがやはり不思議そうな顔でそう言うのでルーリーノが説明する。

 

「保存できるように干すんですよ。私達も持っているような保存食って水分が少ないものが多いですよね?」

 

 それを聞いてニルは納得がいったように「なるほど」と呟く。

 

「ここに居ても仕方がないですし、村長さんに報告しに行きましょうか」

 

 ルーリーノが提案するとニルは頷いた。

 

 

 

「本当に助かった」

 

 報告を終えた村長の第一声がそれだった。その表情には安堵のようなものが浮かんでいる。

 

「それで、報酬だが……」

 

 と、村長が言いかけたところで、ルーリーノが口を挟む。

 

「結局村の方々にも手伝ってもらっているわけですし、最初に言っていた報酬の半分で構いません。それから、支払いもご自身の目で確かめてからでいいです」

 

 頭を下げながら丁寧にそう言うと村長は「それは本当に助かる」と第一声と似たようなことを言う。

 

「それでは、ギルドで一休みしてから森の方の手伝いに戻ります」

 

 そう言ってルーリーノがニルを引き連れて村長の家を出ようとすると「ちょっとニルさんの方だけ残ってくれんか」と村長が声をかける。

 

 ニルは訳が分からないままに「わかりました」と言うが、ルーリーノはそれに嫌な予感を覚えた。

 

 しかし、どうすることもできずに先に村長の家から出て、ニルが出てくるのを待った。

 

 

 

 

 ニルが戻ってきた頃村の女たちの作業も最終段階が始まっていた。

 

 村長の家のドアを開けてニルが姿を見せた時、ルーリーノは内心とても安心しつつニルに「とりあえず、一度ギルドに戻りましょうか」と言う。

 

 それから、ニルを引っ張るようにルーリーノはギルドの中に入るとニルの方を向き「どんな話だったんですか?」と問いかけた。

 

「やはり報酬が少ないと思うから、村の中でも選りすぐりの美女を今から云々と……みたいな感じだったか」

 

 ニルは何でそんなことを聞くんだと言ったように首をかしげるが、ルーリーノはそんなニルの疑問に答えることはせずにいつもよりも低いトーンで

 

「今すぐにこの村から出ましょう。詳しい場所はわかりませんが、何とか今日中にはトリオーの城下に着くはずです」

 

 そう言う。ニルにはその意図が分からなかったが、ルーリーノが有無を言わせずと言った感じだったので短く「わかった」と言って荷物を確認する。

 

 こう言った急場に備えて最低限必要なものは常に持っているので、簡単に確認を終えるとルーリーノは今一度ニルの方を見る。

 

「今から村を出て村が見えなくなるまで私達は川に居る男性たちを手伝いに行くという体で行きます。それから、ここからもう一度街道に戻るには真っ直ぐ西に向かえばいいですよね?」

 

「おそらく……としか言いようがないが、街道の東に川があったらから大丈夫だろう」

 

「それだけで十分です。それから、村を出てからしばらくの間は走っていきたいんですけど、その後のことも考えてあまり速く走りすぎないでくださいね」

 

 今日二回の走りを思い出しながら、念を押すようにニルに言う。その何とも言えない圧力に押されニルは「あ、あぁ……」とだけ返す。しかしその後になんとか

 

「理由は後から聞かせてくれよ」

 

 と付け加える。ルーリーノは二つ返事で了承した。

 

 それから二人はギルドから出て、村の魚を干している女たちに見送られて村から脱出した。


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