黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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狩り

 次の日の朝、ニルとルーリーノは村長の家に行くため適当に朝食を終えた後揃って外に出た、

 

 すでに朝焼けを見ることのできる時間はすぎていて、畑にはちらほら人がいる。朝の日差しはまだまだ優しいとは言っても、昨日二人が見ていた星たちよりも何倍も明るく、もちろん問題なく本も読める。

 

 隣にある村長の家に行くのにギルドを出てからわずか十数歩程度、呼び鈴のないドアをノックして二人は中の人にその存在を伝える。しばらくあって、ドアが開かれ村長が顔をのぞかせる。

 

「まっておったよ。さあ中へ」

 

 そう促されて二人は家の中に足を踏み入れる。通されたのは昨日と同じ部屋。

 

「早速ではあるが、君らにギルドを任されたものとして頼みがある。と、その前に……」

 

 村長さそこまで言うと少し言い辛そうに口を閉じる。しかし、ニルもルーリーノもその先の言葉はある程度想像できているので特に何も気にすることなくその言葉を待つ。

 

「君らが冒険者であるという証を見せてくれんか?」

 

 村長が言い難いのは当然のこと、村の子供を救ってくれた恩人を疑うような形になってしまうわけなのだから。しかし、村長という立場、そしてギルドを任されているという立場上これ以上身分のはっきりしないものにこの先の話は出来ない。そう思って村長は口を開く。

 

「黒髪に黒い瞳の人など見たことがなくてな……」

 

 言い訳をするように村長はそう言ったが、ニルとルーリーノはそう言ったことには慣れているので大した反応は見せない。

 

「まあ、そうですよね」

 

 ルーリーノは特に気を悪くした様子を見せずに持っていた袋の中からカードを取り出す。冒険者の身分を示すカード。見た目はただの薄っぺらい金属の板ではあるが、金属をそのように加工する技術が十分でない世界でそれを持っているだけで十分ギルドの一因だと証明することができる。さらには、簡単な魔法まで込められていてその魔法を特殊な装置で読み込むことで本人確認まで行える。ギルドが信頼を得るために開発してきた技術である。

 

 どのギルドにはその装置はあるので、二人とも問題なくその身分が証明された。

 

 それを見て安心した村長は「では……」と話し始める。

 

「君らに幾つか依頼を出したい」

 

「食料をそこらの森から取ってくればいいんですね?」

 

 ニルが珍しく敬語でそう言うと、村長が目を見開いて「知っておったのか」という。

 

「昨日ラクス君をこの村に送り届ける時に、彼からある程度事情を聞きました」

 

 村長の疑問にルーリーノが答える。それを聞いて村長は少し安心したかのような表情を見せる。それから改めて頷くと、村長が話し始めた。

 

「結局のところこの村は今食糧が足りておらん。数日で飢えると言うことはないだろうが、それでも村人達は心のどこかで心配しておってな、少しでも安心させてやりたいわけだよ」

 

「それじゃあ、依頼って言うのは出来るだけ食料を集めて来いってことでいいんですね」

 

 ニルがぶっきらぼうに言うと、村長は「そうだな……」と神妙に頷く。

 

「それで、報酬なんだが……そちらの成果を見てからというわけには……」

 

「ダメです」

 

 ニルの様子を窺うように話していた村長は、ルーリーノの方が急にそんなことを言い出すのでビクリと体を震わせる。

 

「おい、ルリノ」

 

「私の名前はルーリーノです」

 

 村長同様驚いたニルが思わず声をかけるが、ルーリーノはいつものようにそれをいなす。

 

「ニルの言いたいことはわかりますが、これはあくまでもギルドの依頼なんです。そこには明確な信頼がなくてはいけません。ギルドを任されているのならばそれくらいわかると思うんですが」

 

 いつもよりも棘のある声でルーリーノが言う。その迫力に負けてか村長は「そ、そうだな……」と俯いてしまった。

 

「しかし、こんな村だと君らが納得のいくような報酬が提示できるかどうか……」

 

 村長が視線をあちらこちらへと移しながらそう言ってもルーリーノの態度は変わらず寧ろよりその視線が鋭くなったかのようにも見える。

 

「だからと言って、一度例外を作るわけにはいきません。一度例外が起こってしまうとそこから波及していつかそれが普通になってしまうかも知れませんし。それに、この村にとってこの依頼が受理されるかどうかは死活問題かもしれませんが、私達冒険者も依頼の報酬で生活しているんです」

 

 いつもとは違うルーリーノの様子にニルがやや怯えていると、ルーリーノは一つ溜息をついて、表情を和らげる。

 

「ですから、私達は今から『友人であるラクス君』が落とした『お守り』を『友達として』探しに行きます。その時についでに自分たちの食料も採ってこようと思うのですが、もしかすると次の町に行くまでには不必要なほど大量に採ってくるかも知れません。そうなると私達も処分に困るので、買い取っていただけると助かるのですが、どうでしょう? もちろん元々処分するものでしたのでそんな大金を取ろうとは思いません。相場の十分の一くらいでどうでしょうか?」

 

 そこまでルーリーノが言い終わると、村長がポカンと口を開けていた。それからややあって、村長が慌てたように口を開く。

 

「ぜ、是非そうしてくれんか」

 

「わかりました。それでは私達はこれで」

 

 ルーリーノは恭しく一礼すると、棒立ちになっているニルの袖を引いて村長の家を後にした。

 

 

 

 森の中。二人の視界に入るのは一面木ではあるが、その葉の間を縫って日差しが差し込んでくるので、真っ暗というわけではない。

 

「あれでよかったんですよね?」

 

 ニルより少し一歩先で、後ろを向いて歩きながらルーリーノがニルに尋ねる。

 

「あれってのは?」

 

「村長さんへの対応です」

 

 ルーリーノがくるっと反回転してニルの真横に着く。

 

 ニルはルーリーノの言葉を聞いて、「あー……」と曖昧に声を出すと「そうだな」と話し始める。

 

「わざわざあんな面倒くさい方法取らなくて良かったんじゃないか?」

 

「それはつまり村長さんの依頼を無視すればよかった……ということですか?」

 

 ルーリーノが猫のような笑顔を浮かべてそう言ったので、ニルは首を振る。

 

「言いたいことはわかっていますよ。でも、ああせざるを得なかったの半分はニルのせいなんですからね?」

 

 ルーリーノが人差し指を立てながらそう言うとニルが不思議そうな顔をする。

 

「それってどういうことだ?」

 

「ニルの身分を確認するためにはどうしてもギルドとして証明するしかないからですね。ニルの髪が黒いのが悪いんです」

 

 ルーリーノが笑いながらそう言うとニルは「悪かったな。生まれてこの型この色なんだよ」と少し拗ねた声を出す。

 

「それで、ギルドの一員として私達の身分を確認してしまった以上あの村長さんから受けるのは正式な依頼となるのはわかりますか?」

 

「まあ、なんとなくな」

 

 ニル足を向けている方から視線を動かさずに答える。

 

「そうなってしまった以上、もしも依頼の内容が曖昧なままで私たちが受理してしまうと、ばれた時に困るのはあの村です。具体的には今までもあまり来ることのなかった冒険者が全く来なくなるかもしれませんね」

 

 「ギルドって言うのは意外と厳格なんですよ」ルーリーノがそう言って話を終えると、ニルが押し黙って考えるそぶりを見せる。

 

「つまり、今回は俺が世間知らずだったということか」

 

「そうなりますね」

 

 ルーリーノが全く躊躇うことなく言う。それを聞いて若干肩を落としたニルに声をかける。

 

「それでもいいんじゃないですか? 冒険者になって日も浅いわけですし、それにニルはあくまでもユウシャなんですから」

 

 そう言われてニルは考える。自分はユウシャだからこんなことをしているのか。でもすぐに心の中で首を振り、口では「そうだな」と答えておく。

 

 

 

 しばらく歩いて昨日の川までやってくると、ルーリーノが荷物を降ろす。

 

「とりあえずは、ここを拠点にして食料を集めればいいでしょう」

 

「ラクスのお守りはどうするんだ?」

 

 一応名目上はそれを探すのが目的なのだから探さないわけにはいかないだろうという事でニルがルーリーノに言う。ルーリーノは笑顔になって「それはニルにお任せします」と返す。

 

 同時にニルが嫌そうな顔をする。

 

「探すと言っても割とこの森広いぞ?」

 

「だからです。ニルには冒険者としての能力も身に付けてもらわないといけませんしね。修行か何かだと思ってください」

 

 年下であるルーリーノにそう言われ、少し思うところがあるニルだが、ぐっと堪え具体的にどうしたらよいのかをルーリーノに尋ねた。

 

「お守りは獣を寄せ付けないんですよね。ですから、それを利用してください。幸いなことにこの森には亜獣だけではなく普通の動物も沢山いるみたいですし不自然にどちらの気配もなければそこに落ちていると思います」

 

「なるほどな……」

 

 確かに理にかなっているとニルは思う。冒険者にとって辺りの気配を感じ取ることができるのは重要な能力だと言うことくらいニルにも簡単に想像できる。ただ……

 

「冒険者ってそこまでの能力必要か?」

 

 結論から言うと、身を守ることを第一とすれば殺気を感じ取ることができれば何とかなるしニルはその能力が十分というほど備わっている。

 

「確かに絶対に必要かと言われればそうではないですが、あって損というわけじゃないですし、こう言った機会というのもこの先あまりないと思いますから。とりあえずゲーム感覚でやってみてください」

 

 そこまで言われてしまえば、ニルとしては断りようがないから諦めて頷く。それから、ふと気になったことをルーリーノに尋ねる。

 

「俺が探している間にルリノは何してるんだ?」

 

「私は……って言うのはもういいです。えっと、ここで釣りをしています」

 

「何か不公平感を覚えるのだが……」

 

「ニルがお守りを持ってきてくれたら釣りのやり方を教えて私と交代でいいですよ? でも、お守りばかりに気を取られず食料も探してくださいね」

 

 ルーリーノがさも当然のごとく言うので、ニルは何も言えなくなりルーリーノに背を向ける。その背中に向かってルーリーノが声をかける。

 

「大丈夫だとは思いますが、気を付けてくださいね」

 

「そっちこそな」

 

 そう言って後ろを向いたままニルが手を振って森の中に消えていく。

 

 残ったルーリーノは適当な木の枝を折り、先ほどおろした荷物の中から細い糸を取り出すと枝の先端に取り付けた。その先に木を削って作った針を付け、それを川に垂らす。

 

 餌などないのでうまく魚が食いついてくれるかはわからないが、ルーリーノは大丈夫だという自信があった。

 

 

 

 ニルは森に戻るとひとまず目を閉じた。しばらく目を閉じていると、ニルの耳にたくさんの物音が入ってくるようになる。

 

「確かに、何か沢山いるみたいだな」

 

 その状態でわざと大きな音を立てる。すると、大きく分けて二種類の反応があることにニルは気が付く。一つは音つまりニルから離れるように動くものと、逆にニルに近づいてくるもの。

 

 ニルが目を開けるとすでに近くで草を踏みつける音が聞こえ、ニルは腰に手を伸ばす。

 

「左右から一匹ずつと、後ろに二匹……か」

 

 二ルがそう呟いたところで、四匹の亜獣が一斉にニルに飛び掛かる。ニルはスッと一歩だけ前に進むと反回転し直刀を引き抜き横に薙ぐ。

 

 ニルに襲いかかろうとしていたのは、小型犬のような亜獣で黒い毛に紫の爪と歯を持っていた。しかし、ニルの一線で叫びを上げる間もなく絶命し、血を吹き出しながら地面に落ちる。

 

 それをぼんやりと見ながら、ニルは一人「そう言えば、こいつら食えるのか?」と呟いていた。

 

 

 

 川で釣りをしながらルーリーノは頭を悩ませていた。

 

「釣った魚をどうやって村まで持っていきましょうか……」

 

 村が食糧不足であるならば二、三日で駄目になってしまうようなものを持って行っても焼け石に水ではある。保存食の定番である干し肉や干物と言ったものを作るだけの知識もルーリーノは持っているが、ルーリーノにしてみればそこまでしてやる必要性を感じない。

 

「そもそも、たった二人程度の冒険者が持ってくるような食料で村が何日持つんでしょうね」

 

 恐らくニルとルーリーノが頑張って持っていったとしてもせいぜい十数日、長くても三十日と言ったところではないだろうか。ルーリーノがそんなことを考えながら竿を引くとその先にはルーリーノの手のひらの倍はあろうかという魚がくっついている。

 

「まあ、考えても仕方がないですね」

 

 本心としては早く壁を越え東へ行きたいと思っているルーリーノは、釣れた魚を自分で作った簡易生簀に放り投げるともう一度糸を垂らした。

 

 

 

 

 

 お守りを探しながらニルが次に行おうとしているのは動物の捕獲。要領としては先ほどと同じようにわざと物音をたて、逃げて行く気配を今度は相手に気づかれないように追う。

 

 こちらへと向かってくる亜獣とは違い、動物はこちらの僅かな音も察知して全力で逃げる。ようやく、ウサギを一匹狩ることができたところでニルはなるほど確かにこれは修行になるかもしれないと感心する。

 

「弓が使えたらな……」

 

 と、動物を追いかけつつニルは呟く。弓ならば無理にこちらから近づくことをしなくていいので腕さえあれば成功率はとても高くなる。ニルも全く弓が使えないということはないので恐らく今よりは上手くいくはずである。

 

「まぁ、でもそれじゃあ、ルーリーノが言っていた修行にはならないんだろうなっと」

 

 相手の動きを読みながら先回りをして仕留める。ニルの中でやらないといけないことはわかっているが、実際にそれができるかどうかというのは別の話で、もしも亜獣に襲われた時のために体力も残しつつ狩りを続けて見ても成功率は十パーセントというところ。

 

 成果としてはウサギが一匹にイノシシが一匹。

 

 そうやって動物を追い回している中で、ニルは妙な行動を取る動物が居る事に気が付いた。変に遠回りをしているようなそんな動物。それが、特定の動物がそのような行動をしているのではなくて特定の場所を避けているのだと気がついた時、ニルはそこにお守りがあるのだとわかった。

 

 急いでその場所に向かってみると、小さなきんちゃく袋が落ちていてそれを拾うとルーリーノと合流するために移動する。

 

 その間、動くものがニルから離れていくのを感じ、ニルはそれがお守りであると確信した。

 

 

 

 

 ニルがルーリーノの所に戻ったとき、ルーリーノの近くに魚の山ができていた。それを見てニルは一瞬言葉を失う。

 

「それ、全部ルリノが釣ったのか?」

 

「ルリノじゃないですって……でも、確かに私が釣りました。最初の方は生簀に入れていたんですがそれでも足りなくなったので、山にしていますが……」

 

 「戻ってきたということはお守り見つかったんですね」とルーリーノの青い目がニルをとらえる。

 

「そうだな。あと、多少狩りもしたがどうしていいのかわからなかったから、わかる位置に置いてきた」

 

 ルーリーノの隣にある山を見つつ、言い難そうにニルが言う。

 

「それでいいと思いますよ? 正直私もこの魚どうしようか困っているところですし」

 

 ルーリーノが台詞通り困ったような笑いを浮かべる。ニルはその魚たちに目を移すと「そうだろうな」と乾いた笑いを返す。

 

「これって何匹くらいいるんだ?」

 

「二、三十匹くらいだと思います。でも、このまま放置しているのは正直よくないんですよね。何も処理していないですし」

 

 「それで……」とルーリーノがニルをまっすぐ見る。

 

「ニルは何を狩ったんですか?」

 

 ルーリーノの問にニルは「うっ……」と唸る。それから諦めたように口を開く。

 

「ウサギとイノシシが一匹ずつだ」

 

 また笑われるのではないかと身構えながらニルは言ったが、その予想とは裏腹にルーリーノは「なかなかすごいですね」と関心の声を上げる。

 

「笑わないんだな」

 

 拍子抜けしたニルが思わず漏らすと、ルーリーノがクスクスと笑う。

 

「まさか、刀で動物を狩るなんて思いませんでしたから。ある意味笑おうと思えば笑えますよ」

 

「笑いながら言うなよ」

 

 内心ほっとしながらニルが溜息をつく。「すみません」まだ半分笑った状態でルーリーノはいって、改めて話し始める。

 

「では、約束通り釣りのやり方を教えますね。とは言っても特別なことは何もないんですけど……」

 

 そう言ってルーリーノは適当に木の枝を二本ほど折る。一本は長め、一本は短め。ニルはその様子を見て、頭にはてなを浮かべる。

 

「これを竿の代わりにして、糸をつけます」

 

 それから、ルーリーノは背中のあたりから短いナイフを取り出すと、短い方の枝を削り始める。Uの字になるように削った後、先を尖らせると糸の先につける。

 

「あとは、これを川に投げて食いつくのを待つだけです」

 

「それで釣れるものなのか?」

 

 ニルが怪訝な目でルーリーノを見ながら言う。それに対してルーリーノは特に気分を害されることなく「やってみましょうか」とだけ言って、ひょいと川に釣り糸を垂らす。

 

 その時にニルには聞こえないほどの大きさの声でルーリーノが何か呟く。それから少しして、竿の先がピクピクと揺れた。

 

「こんな感じになったら、タイミングを合わせて思いっきり引けば……」

 

 ルーリーノが言って竿を引くと、糸の先に魚がくっついた状態で現れる。

 

 ニルが驚いている横で、ルーリーノは「釣れます」と言って釣れた魚を山に投げる。

 

「それじゃあ、私は適当に狩りをしに行ってきますね。それまで見張り兼食料調達よろしくお願いします」

 

 急にルーリーノがそう言ったのでニルは慌てて「わかった」と答えるしかなかった。


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