黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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エピローグ

「本当にいいんだな?」

 

「そう言う約束でしょ?」

 

 大陸の東側、その中央に位置している人と亜人が混在する街。

 

 その街にある城の王座。そこで二十歳過ぎの青年と妙齢の女性が向き合って話している。

 

 二人とも黒い髪と黒の瞳をもち、女性の方が王座に座っていた。

 

「でも、まあ、最期に少しだけ話そうか」

 

 黒髪の女性、ユメはそう言ってにこりと笑う。同じく黒髪の青年、ニルはそんなユメの表情に少し戸惑う。最期にどうしてそんな表情ができるのかと。

 

「俺はあまり話すことはないんだけどな」

 

「それはひどいなあ」

 

 そっけなくニルが言った言葉にユメが笑顔を崩さないままで言った。

 

「でも、私の方はあるから付き合ってね。私を何年も付き合わせたんだからいいよね?」

 

「ま、最期だからな満足するまで付き合うさ」

 

 そう言って真っ直ぐにユメを見るニルにユメはからかうように「さすが騎士様は器が違うね」と言って笑う。

 

「ユウシャの力を使えば簡単に東と西を和解させ統一させることもできるはずだけど、ニル君はやらないの?」

 

 急に真剣な目をしてユメがそう言うと、ニルは呆れたように首を振る。

 

「それはあんたもできたはずだろ? それなのに千年前も今回もしなかった。

 

 理由はそれと変わらないさ。それにユウシャの力はルリノを守る時にしか使わない」

 

「例えユウシャの力を使って世界を一つにした所で神や世界から邪魔されるんだったら、世界の作ったルールの内で求める世界をつくる。

 

 千年前は単に壁に遮られていただけなんだけどね」

 

 上げ足を取るようにユメが言うのでニルが少し不機嫌な顔を見せた。

 

 そんなニルを見ているのが面白くて、ユメもそんな事をするのだがまるで反省する様子はない。

 

「まあ、楽しかったよ。最後に貴方達と一緒に居られて。少なくとも退屈はしなかったな」

 

「毎日俺やルリノをからかってたからな、さぞ楽しかっただろうよ」

 

 ニルがそうやって呆れた声を出しても、ユメの笑顔は崩れない。

 

 そんなユメの笑顔が消えた後、どこか寂しそうな表情になりこの世界でニルとユメしか理解できない言葉をユメは使う。

 

「でも、本当は普通に高校を卒業して、大学生になって、就職して、結婚して。特に何もないような人生なんだろうけど、そんな風に生きたかったな」

 

 それを語っている時のユメは年端もいかぬ少女のようで、ニルは何も声をかける事が出来なかった。

 

 しばらくして、ユメが何か吹っ切れたかのように「さて」と声を出す。

 

「最後に一つだけ聞かせて?」

 

 そういうユメの顔は真面目なようで、どこか下世話なような印象も受ける。

 

 そんな嫌な予感を覚えながらニルは「なんだ?」と短く尋ねた。

 

「どうしてルーリーノちゃんが東の王になろうと思ったのか気が付いてる?」

 

 ニルはそのことかと溜息をつき肩を落とす。

 

「気が付きたくはなかったな」

 

 ニルが正直にそう言うと、ユメは少し意外だったという顔をする。

 

「気がついた上で気が付いていないふりをしてたんだね」

 

「正直どういう顔していいのか分からなくなるからな」

 

 「まあ、そうだよね」とユメは最後の最後に面白いものを見つけたという表情を見せると「それじゃあ」とニルの方をまっすぐに見る。

 

「私がルーリーノちゃんに言っちゃう前に口止めしないとね」

 

「もういいのか?」

 

 ふざけて言っているかのようなユメの言葉を汲み取りニルが尋ねる。ユメは表情を変えることなく頷いた。

 

「私が言うのも変だとは思うけど、頑張ってね。『サヨウナラ』」

 

「ああ『サヨナラ』」

 

 ニルが最後に見たユメの姿は笑顔で手を振っていた。

 

 

 

 

 

「スティノ、メリーディへの舟の準備は出来ているか確認してきてくれませんか?」

 

 ニルとユメが居たところとはまた別の部屋。沢山の書類で埋まりそうな部屋の中、ルーリーノがスティノに指示する声が聞こえる。

 

「畏まりました。ルーリーノ様」

 

 スティノはそう言って頭を下げると、部屋を出て行く直前に思い出したかのように口を開く。

 

「今日のお召し物もとてもお似合いですよ」

 

 それだけ言い残してスティノが扉の外に出ると、胸が慎ましやかなのにも関わらず胸元が大きく開いた服を着たルーリーノは盛大に溜息をついた。

 

「本当にお似合いですよ。ルーリーノ様」

 

「様をつけないでください。それから着ている方は割と恥ずかしいんですよ? エル様。むしろこんなものを着せるなんて何かの当てつけだとしか思えません」

 

 聞こえてきた声にルーリーノが疲れたように言うと、エルがクスクスと笑いながら姿を現す。

 

 その両手にはたくさんの書類が抱えられていて、それを見たルーリーノがさらに疲れた顔を見せた。

 

「様を付けないでと言うのはわたくしが言うべきことですよ? もうわたくしは姫でも巫女でもないのですから。それに対して東の王となる方なのです」

 

「そうなんですけど……」

 

 何も言い返せなくなったルーリーノが力無く返す。

 

「それに、スティノさんが用意している物を律儀に着ているのはルーリーノさんじゃないですか」

 

「それもそうなんですけど……」

 

 「様」が「さん」に戻った事に僅かに安心感を得つつ、やはり言い返せないルーリーノがそう言って顔を伏せる。

 

 それを見て思わずエルは笑顔になってしまった。

 

 しかし、これから話すことを考えれば笑顔ではいられないと努めて真剣な表情をつくる。

 

「ルーリーノさんは王座に行かなくていいのですか?」

 

 王座では今ユメとニルが最後の会話をしている頃だろうと予想しながらエルがルーリーノに尋ねる。

 

「残念ながら行っている余裕はないです。

 

 サボりがちだったとは言え何だかんだで働いてくれていた人が居なくなってしまいますから」

 

 ルーリーノが目の前で積まれている書類を見ながらそう言うと、エルは困った笑顔を浮かべて「それもそうですね」と返す。

 

「それで、わたくしはここにいてもいいのでしょうか?」

 

「それは、全てが終わった時に私がエル様を殺してしまうんじゃないかと言う心配ですか?」

 

 ルーリーノがお返しとばかりに厭味ったらしく言い、実際そうとられても仕方がない状況ではあるのでエルはまたも困った笑顔を作る。

 

「大丈夫ですよ。私はニルがいる限り感情に任せて人を殺すことはありません」

 

 ルーリーノは出来るだけ平生を装ってそう言ったが、エルはルーリーノがニルの名前を出す時に優しく同時に寂しさも滲ませた声を出したことに聡く気が付く。

 

「ルーリーノさんはやはりお兄様の事が……」

 

 エルがそこまで言ったところで、ルーリーノが「それに」と声を出してエルの言葉を遮った。

 

「王が人を憎む時、人を憎むのであって個人を憎むわけではないようです」

 

「と、言うことはユメさんは、お兄様に」

 

 ルーリーノの言葉に状況を察することの出来たエルがそこまで言うと口ごもる。

 

「それが彼女の望みだったんですから」

 

 落ち込んだ様子を見せたエルを慰めるようにルーリーノが言うと、エルは暗い表情のままで口を開く。

 

「では、ルーリーノさんの願いは叶うことがあるのですか?」

 

「それは無理ですね。エル様はどうして私が人への憎しみを抑えられているかわかりますか?」

 

 ルーリーノの問いにエルは首を振る。ルーリーノはエルの反応を確認した後で窓から青々と広がる空を見る。

 

「人への憎しみを抑えるにはそれ以上の何かがあればいいんです」

 

「ルーリーノさんには何があるのですか?」

 

 痛々しくも聞こえるエルの声にルーリーノはほとんど間を置かずに答える。

 

「私は世界が憎いんです。

 

 人に対する憎しみなんかどうでもよく思ってしまうほどに」

 

 そう言ったルーリーノはとても寂しそうな笑顔をしていた。

 


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