黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

6 / 60
道はずれの村

 声がしたのは川の渡った先の森の中。森の中という事でニルもルーリーノもいつも以上に周囲を警戒しながら走る。

 

 二人が辿り着いた先では、十歳ほどの男の子が泥だらけになりながら走ってきていた。その後ろから大人の腕ほどの太さと長さを持ち、毛がない代わりに厚い皮膚で覆われたイノシシのような獣が男の子を追い詰めている。

 

 ニルは咄嗟に亜獣と男の子の間に割り込むと「ルリノ、その子は任せた」と叫ぶ。それに対してルーリーノが「私はルリノではないです」と文句を言いながら、男の子に駆け寄る。

 

 男の子は顔に恐怖が張り付いており、ルーリーノが傍に行ってもまだこちらに向かってくる獣から目を離せないでいた。

 

「大丈夫ですから、安心してください」

 

 ルーリーノが男の子にそう言って笑顔を向けても、その表情は変わることなく代わりにニルが居る方向を指さしながら震える声を出す。

 

「お……お兄ちゃんが……」

 

「それこそ大丈夫です。あの人は殺しても死にませんから」

 

 

 そんな二人の様子を横目に見ながらニルはイノシシと対峙する。

 

「殺しても死なないってのはあんまりだろ」

 

 男の子を安心させるためとはいえ、失礼なことを言われたようでニルは一人呟き溜息をつく。

 

 それから腰の直刀に手をかけ引き抜く。見た目に反して羽よりも軽い刀。ニルはそれを構えることすらせず、真っ直ぐ突進してくるイノシシに向かって振り下ろす。それだけでイノシシが真っ二つに割れ同時に血が噴き出した。

 

 ニルは殆どついてない血を拭うと直刀を鞘に戻す。

 

「ルリノ終わったぞ」

 

 そうやる気のなさそうな声で言うとニルは二人のもとへ歩いて行った。

 

 

 イノシシが倒されてすぐ、ニルとルーリーノは男の子から話を聞こうと思ったが、緊張の糸が解けたためか男の子が泣き出してしまったので、泣きやむのを待ってから声をかける。

 

「私がルーリーノで、こっちの無愛想なのがニルです。貴方の名前は?」

 

「ラクスです。えっと助けてくれて……」

 

 茶色っぽい目を上げラクスがたどたどしく話すのをルーリーノが笑顔で見守る。

 

「ありがとう」

 

 とラクスが言い終わったところでニルが疑問を投げかける。

 

「どうしてこんなところに一人で来たんだ?」

 

 むしろ、よくここまで一人で来られたなと言いたい二ルではあったが、もしかすると近くに村や町があるからかもしれないし、下手なことを言ってルーリーノに笑われても面白くないので、あえて黙っていた。

 

「木の実を取ろうと思って……」

 

 おずおずとラクスが話す。

 

「この付近に村とかありましたっけ?」

 

 それを聞いてルーリーノが首をかしげる。ラクスは頷いて返すとおもむろに森の一角を指さす。

 

「あっちの方の小さい村なんだけど……お姉ちゃん達は冒険者?」

 

「一応な」

 

 ルーリーノの代わりにニルが答えると、ラクスの目に少し期待感が生まれる。

 

「本当に? 本当なの?」

 

「はい。トリオーに向かっていたんですが、途中で気分が悪くなってしまいまして川で休憩していました」

 

 ルーリーノがそう言うと、ラクスが「そっか……」と残念そうな顔をする。それにルーリーノが「どうしたんですか?」と尋ねた。

 

「久しぶりに冒険者の人が来てくれるかと思ったんだけど……」

 

 ラクスが残念そうにそう言うと、ニルが不思議そうな顔をする。

 

「そう言えば、ルーリーノはこの付近に村があることは知らなかったんだな」

 

「私は、東に行くための手がかりがありそうなところばかり巡っていましたから。すべての町や村を知っているわけじゃないですよ」

 

 「なるほどな」とニルは納得したように頷く。それに対して今度もまたルーリーノが「どうしたんですか?」と尋ねる。

 

「いや、一応どの町や村にもギルドってあるんだろ?」

 

「そうですね」

 

「だからどんな所にも冒険者は行くもんだと思ってたんだが、ラクス……の村には冒険者はほとんど来ないみたいだからさ」

 

「えっと、つまり何が言いたいんですか?」

 

「寄り道をしよう」

 

「本当に!?」

 

 最後ラクスがニルとルーリーノの会話に入ってくる。同時にルーリーノが「ニル」と制止させようとしたが、途中で黙った。それからルーリーノは「うーん」と悩み始める。

 

「なあ、ラクス。お前の村まで案内してくれないか」

 

「うん」

 

 そうやって、男二人が歩きはじめるまで、ルーリーノは悩み続けていた。

 

 

 

 

「そう言えば、ラクスの村ってどんな所なんだ?」

 

 木々の間、道とは呼べないようなところを歩きながらニルがラクスに尋ねる。ラクスは先頭でそのルーリーノよりも少し小さい体でひょいひょいと木の枝などの障害物を超えながら口を開く。

 

「う~ん……何にもない所だよ? でも、獣が嫌うにおいを出す柵に囲まれてるから危なくないし、畑もあって年に一度くらい商人の人が来ていろんなものと交換してもらえるんだよ。その時に護衛として雇われている冒険者の人がギルドの依頼をしてくれるって感じなんだけど……」

 

 そこまで言ってラクスは暗い表情を見せる。

 

「今年は不作だって、村の分の食べ物も少なくって。だから、少しでも村の役に立てればと思って木の実を取りに……」

 

 話はずれてしまったがおおよそどういった状況なのかわかったニルは「そっか」とだけ返す。

 

 そうしている間に森を抜け、三人はあまり高くない柵に覆われた村に辿り着いた。僅かに刺激臭がするので、おそらくこれが獣が嫌うにおいというやつだろうとニルは納得する。

 

 村に近づくと厚い木材で作られた扉のついた柵の境目、つまりこの村の入り口に人が立っているのが見えた。

 

「ラクス!!」

 

 その人はニル達の姿を見ると、そう言って走ってくる。三十代ほどの目が茶色で、エプロンをした女の人。

 

 ニル達の中から的確にラクスを見つけると「どこに行ってたの?」とラクスを抱きしめる。抱き締められたラクスはどこか迷惑そうな恥ずかしそうなそんな表情をしている。

 

「木の実を取りに行こうと思ったんだけど……」

 

 ラクスは女の人を自分から引き剥がすと、俯きながらボソリという。その様子を隣で見ているニルもルーリーノもどうしていいのかわからず、時折顔を見合わせつつラクスと女性のやり取りを眺めていた。

 

「勝手にお守りまで持ち出して、どうして一人で行こうと思ったの」

 

「えっと……」

 

 ラクスの顔が凍りつく。

 

「お守りって何ですか?」

 

 そこでルーリーノが話をそらすためか口をはさんだ。女性はそこでやっとニルとルーリーノの存在に気がついたらしく警戒しながらも不思議そうな顔をする。

 

「あなた方は?」

 

「私はルーリーノ、あっちはニルと言います。ラクス君が森で亜獣に襲われそうになっていたので、ここまで一緒に付いてきました」

 

 ルーリーノが簡単に経緯を話すと、女性よりも先にラクスが「あっ」と言って顔に諦めの表情を浮かべる。そのラクスの反応を見て女性はどう思ったのか、警戒を解いて二人にお礼を言う。

 

「それで、お守りというのは?」

 

 改めて聞いたということは、ラクスへの助け船ではなく自分の興味だったかとニルは考えながら、でもそれを口にはせずにただ立っていた。

 

「えっと、あのね……」

 

 慌てたようにラクスが口を開く。それに対して、ラクスの母親が叱りつけるように「ラクス」と言うと、彼はしょんぼりと俯く。

 

「もう気が付いているかもしれませんが、この村は村を囲っている柵の香りで獣を寄せ付けないようにしています。この柵と同じ素材で作ったのがお守りというわけです。どうしても村を出ないといけない用事などがあると之を持っていくことで獣から襲われなくなるんです」

 

「なるほど……」

 

 女性の言葉にルーリーノが納得した声を出す。それから、ルーリーノがお礼を言うと女性は首をふって「こちらこそ、バカ息子を助けていただいて」と頭を下げる。

 

 

「よかったら、村によって行きませんか?」

 

 女性が何かをひらめいたように手を叩いてそう言う。空が赤く染まり始めだいぶ肌寒くなってくる時間。そもそも――ニルは喜んで、ルーリーノはしぶしぶ――村に立ち寄る予定だったので「はい」と返事をした。

 

 

「はじめに村長の所にご案内しますね」

 

 そう言った女性に連れられて、ニルとルーリーノは村の中に入る。

 

 村の面積は直前にニルとルーリーノが居たポルターよりも少し狭いくらい。ポルターが国境の大きな町なのでとても広い村ということになるが、実際は半分以上が畑。さらに家と家の間隔も広いので住んでいる人はポルターの十分の一といったところ。

 

 村に入ると、土が露出したままの大きめの道が真っ直ぐあり、その右側に広大な畑が、左側に木造の建物があるといった具合。畑の近くには川が流れていて、おそらく二人が休んでいた川とつながっているのだと考えられる。

 

 道を歩いているとすれ違う人すれ違う人から「ラクス見つかったんだね」とか「こんな時期に冒険者かい?」とか「珍しい髪の色してるね」などと声をかけられる。

 

 そうして、ニル達は村の奥一番大きな家に連れて行かれる。ラクスの母親は躊躇うことなく扉をノックすると「村長さん」と声をかけた。

 

 それからすぐに人の良さそうな老人が姿を現し、ラクスの母親と少し話すと、視線をニル達に移し「よくいらっしゃった。何ももてなせぬがどうぞ」と手招きする。

 

 ニルとルーリーノは一度顔を見合わせると、促されるままに中に入る。それと同時にラクスの母親が「私達はここで」と言って、ラクスの頭に手を置きラクスと同時に頭を下げる。再度ラクスの顔が正面を向いた時、ニルにはラクスが今すぐにでも逃げ出しそうなほどに泣きそうな顔をしているように見えた。

 

 

 二人が案内されたのは大きい机が中央やや奥の方に置かれており、壁際には数々の書類が入っている本棚がある、それだけの簡素な部屋。

 

 村長が椅子に座り、机をはさんで二人が立っているという状況。村長は座る際に「腰が悪くてすまんね」と断っていた。

 

「ようこそ、わたし達の村へ。聞けばラクスの坊やを助けてくれたようで、感謝してもし足りんよ」

 

 柔らかい口調で村長が話す。

 

「いいえ、私達もたまたま通りかかっただけですし、それほど苦労したわけでもありません」

 

「まあ、実際亜獣倒したのは俺だしな」

 

 ルーリーノが丁寧な言葉で返した隣で、ニルがぼそっと呟く。それを聞いたルーリーノが「ニル?」と言って睨みつけ、村長に謝る。

 

「構わんよ。君らくらいの若者のそう言った会話というのも久しく聞いておらんからな」

 

 ほっほっほ、と人の良さそうな笑顔を浮かべて村長が言う。

 

「それで、できれば今日はこの村に泊めてほしいんですけど……」

 

 ルーリーノが話を変えるためにそう尋ねると、村長は「君らは冒険者なのだろう?」と質問を重ねる。

 

「そうです」

 

「それならここの隣にあるギルドに泊まりなさい。見ての通り小さい村なのでな建物はあってもほぼ無人ではあるが整備はしておる」

 

 そう言って村長は机から鍵を取り出し、二人に手渡す。その時にルーリーノは「ありがとうございます」とお礼を言った。

 

「食事は面倒だとは思うがここまで来てくれんか? 一応ギルドの管理はわたしなのだが、今はこの家のことだけで手いっぱいで、そちらに回す者がいなくてな」

 

 村長さんが申し訳なさそうにそう言うと、ルーリーノは明るい声で「気にしないでください」と返す。それから何時頃来たらいいのかルーリーノが尋ねようと口を開くと、ニルが先に声を出した。

 

「俺達は勝手に食べるので、食事の申し出はありがたいですが、お断りします」

 

 あまりにも堂々とそう言うので村長は「そうか」とだけ言う。その表情はわかりにくいが安心した色が浮かんでいた。

 

 ルーリーノはルーリーノでニルの発言が失礼にではなかったかと冷や冷やしつつニルを睨みつけ、それが全く効果がないと分かると、軽く溜息をついて村長に「この人がすいません」と謝る。村長は頭を下げたルーリーノに「気にしとらんから頭をあげてくれ」と慌てた様子で言った。

 

「それじゃあ、俺達はここで……」

 

 ルーリーノが頭をあげるのを確認してニルが、言うと村長が二人を引きとめる。

 

「できれば明日の朝にでもまた来てくれんか? ギルドとして頼みたいことがあるんでな」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。