黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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オフロ

 スティノがユメの所に行かないといけないからと部屋を後にしてからすぐに「ルリノ」とルーリーノを呼ぶ声が聞こえた。

 

 その声にパッと顔を明るくしたルーリーノであったが、どう対応すべきか迷った挙句「ルリノではないです」と少し怒ったような声で言った。

 

「食べ物残ってたらくれないか?」

 

 ルーリーノの声などまるで聞こえていないかのようにニルが尋ねると、ルーリーノは「あー……」と言いながらドアの方を向いた。

 

「スティノが持って行ってしまいました」

 

 西側の言葉を話すことに妙な安心感を得ながらルーリーノが言う。

 

「ルリノの事だから何か食べ物くらい持ってるだろ」

 

 ニルがそう言うのを聞いてルーリーノは「まあ、ありますけど……」と持っている食べ物の中から水分のほとんどない保存用のパンを手渡す。

 

 ニルはそれを受け取ると、食べ慣れたそれを口に運ぶ。

 

「来たんだな。壁の向こう側に」

 

 口の中の水分を容赦なく持っていく僅かに塩気のあるパンを飲み下した後でニルが感慨深そうにそう言った。

 

 ルーリーノは魔法で出した水をニルに手渡してから、口を開く。

 

「そうですね。そうはいっても私自身壁のあった場所と此処しか知りませんから、実感するのは誰かと会話するときくらいですけど」

 

「そう言えば何で俺はこんなところで寝てるんだ?」

 

 今更と言った感じではあるがニルがそう尋ねると、ルーリーノも「そう言えば」と質問で返す。

 

「ニルはいつから起きていたんですか?」

 

「東側で人が普通に暮らしているらしいってところからだな」

 

 それを聞いてルーリーノは少し呆れた顔をする。

 

 それと同時に「残ってたら」という言葉をニルが使った理由も分かった。

 

「どうして寝ているふりなんかしていたんですか。その時に起きていればそんな堅いパンを食べずに済んだんですよ?」

 

「全く状況が分からなかったからな。下手に動くよりはと思ったわけだ。

 

 後は、正直何話しているのかを何となく追いかけるので精一杯で声をかける余裕はなかった」

 

 ニルがそう言うのを聞いてルーリーノは「あー……そうですね」と困った笑顔を浮かべながら返す。

 

 それから、ニルが話し出す前に声を出した。

 

「とりあえず、簡単に説明しますね」

 

 そう言ってルーリーノは、獣人たちに会った事、マオウと思われる女性に会い此処まで連れてこられた事、それからマオウにニルが起きて準備ができたら来いと言われた事を言葉通り簡単に話した。

 

「その後はスティノが来て多少話をしていましたが、重要な部分はニルが起きていた所からですから大丈夫でしょう」

 

「人が普通に暮らしていて、半亜人も認められているって事でいいのか?」

 

 自分の理解が正しいのか不安に思ったニルがルーリーノに尋ねると、ルーリーノは頷いた。

 

 それから、ルーリーノは付け加えるように口を開く。

 

「私達の目的とは少し違いますが、こちら側は西よりも進んだ生活を送っているみたいですね」

 

「そうみたいだな」

 

 ニルがそう言ったところで、ドアが開きスティノが姿を見せる。それから、身体を起こしているニルを見ると「目が覚めたのですね」と東の言葉で少しばかり驚いた声を上げる。

 

 それを聞いていたルーリーノが自分が間に入るべきじゃないかと思ったところで、ニルが何の苦もなしに東側の言葉を使い始めた。

 

「だいぶ迷惑かけたみたいだな」

 

「迷惑だなんて、連れてきたのはユメ様ですし、看ていたのはルーリーノさんですから……」

 

 と、スティノはそこまで言うと違和感に気がついた。

 

 しかし、それよりも早く事の異常さに気が付いていたルーリーノが、西の言葉でニルを問い詰める。

 

「どうしてそんなに東側の言葉を使いこなせているんですか?」

 

「どうしてと言われてもな。まあ、ユウシャの力だ」

 

 ニルの返しにルーリーノはどうにも納得がいかないと言う表情を見せる。

 

 そうしている間に今度はスティノが少し興奮した様子で声をあげた。

 

「すごいです。すごいです。本当に御二方は西から来たんですね」

 

 そう言ってスティノは知らない言葉で流暢に会話をする二人にある種の羨望のまなざしを向ける。

 

 その言葉自体はルーリーノもニルも聞き取ることはできてはいたが、ともに何と返事をすべきか迷っているうちにスティノがさらに言葉を追加した。

 

「お二方ともこちらの言葉が使えるのはどういうわけですか?」

 

「えっと、西、では、魔法を使う時の、呪文として、こちらの言葉を、使ってたの」

 

 ニルがユウシャの力のことを言っていいのか迷っているうちにルーリーノがそう答える。

 

 それに対してスティノが「そう言うものなのですね」とあまり理解できていないように返す。

 

 それからルーリーノの言葉を聞いたニルが、何やら楽しそうにルーリーノの方を見ると口を開いた。

 

「何ていうか、いつもとだいぶ違うよな」

 

 ニルが東の言葉でそう言うのでルーリーノも同じように「仕方がない」と言おうと思ったが咄嗟に言葉が出てこなかったので、諦めて西の言葉で「仕方ないじゃないですか」という。

 

「むしろ、ニルがおかしいんです」

 

「ルリノも俺と同じ力使ってやろうか?」

 

 「できるんですか?」とルーリーノが首を傾げるのでニルが「ああ」と返す。

 

 その間ずっと東側の言葉で話していたのでスティノが目をぱちくりとさせ状況が理解できていなっそうだった。

 

 それに気がついたニルが「ある方法があってそれでこっちの言葉をこいつもちゃんと話せるように……」と色々伏せながら説明すると、スティノが興奮した様子で「ダメです」という。

 

 それにニルとルーリーノが唖然としているのにも気がつかない様子でスティノは続けた。

 

「確かにルーリーノさんとちゃんとお話はしたいですが、そうすると今の愛らしいたどたどしさがなくなってしまいます」

 

「でも、それだと明日からルリノが困るだろ」

 

 スティノの言葉はとても早口なので、ルーリーノにはまるで理解が出来ない。

 

 わからないままにスティノを見ると何やら深刻そうな顔で考えているが、ニルを見るとやや呆れているような顔をしている。

 

 ルーリーノがこの落差になおさら理解に苦しんでいるとスティノが渋々と言った感じで口を開いた。

 

「では、今日だけはこのままと言う事で……駄目でしょうか」

 

「それならいいか」

 

 ニルがほとんど考えることなく答えたあたりでルーリーノは話が一区切りしたと思いニルに尋ねる。

 

「何がこのままで、何がいいんですか?」

 

「今日だけはルリノが上手く東の言葉が話せないままでいいって事だ」

 

 ニルが何気なしに言うとルーリーノが「どうしてですか?」と質問を続ける。

 

 ニルは、今度は少し考えてから口を開いた。

 

「スティノ……がこのままにしておいてくれと言ったのが一つ。もう一つはこの力を使うと恐らく混乱するからいっその事寝る前にでも使ってすぐに寝た方がいいからだな」

 

 それを聞いて、ルーリーノは最後の遺跡でのことを思い出した。

 

 なるほど、そうなるのであれば確かに今よりも寝る直前の方がありがたい。

 

 むしろ使われた時点で意識を失ってしまいそうだが。

 

「そう言えば、どうしてスティノは、来たの?」

 

 状況を理解し納得したルーリーノがスティノにそう尋ねる。

 

 スティノは「そうでした」と思い出したように言った。

 

「そろそろオフロにでも入れてやりなさいとユメ様から言われまして、ヨクジョウまで案内しに来たのです」

 

 そう言ってから、スティノは「ご案内いたしますね」とドアを開いた。

 

 ニルとルーリーノは互いに顔を見合わせてから、それから先にニルが口を開いた。

 

「ルリノ行って来いよ」

 

「ニルが先でいいですよ」

 

 そんな風なやり取りをしたがスティノには理解できず、ただ何となく状況は理解できたので「お二方とも行きますよ?」と声をかける。

 

 言われた二人は一瞬固まってしまったが、言われるがまま一緒に歩きだした。

 

 

 

 

 扉を出ると流石はお城と言わんばかりの煌びやかさがあった。

 

 床には真っ赤なカーペットが敷かれ、窓を支える枠には緻密な細工が施され、天井は無駄に高い。

 

 たまにスティノと同じ格好の人とすれ違うと、ニルとルーリーノは恭しく頭を下げられ特にルーリーノは変に緊張してしまう。

 

 その空気にのまれて声も出せずにスティノの後を歩いて行くと、間もなく目的地に着いた。

 

 そこだけ何故か他の所は趣が違ってあるのは扉ではなく暖簾。

 

 廊下をはさんで木で作られたベンチがあるのだが、それに彫り込まれている模様がとても芸術的なものでこの空間だととても異質なもののように感じられる。

 

「お疲れ様でした。ルーリーノさんは右側、ニルさんは左側に行ってください」

 

 そう言われて改めて見てみると、同じような入口が二つある。それで男女を分けているのかとルーリーノがホッとしているうちに、ニルが左の入口へと足を進めた。

 

「替えのお召し物はすでに用意してありますので、あがりましたらそれに着替えてください」

 

 そのニルのスティノがそう声をかけると、ニルは立ち止まってスティノ方を見てから「わかった」と答える。それからすぐに部屋の中に消えていった。

 

「さて、それでは私達も行きましょうか」

 

 スティノがそう言ってルーリーノの手を引く。

 

 しかし、ルーリーノはスティノの言葉に違和感を覚え引かれるまま自分で歩こうとはしない。

 

「スティノも、来るの?」

 

 何とかルーリーノが尋ねると、スティノは「もちろんです」と笑顔を見せた。

 

「私の役目はお二方のお世話をすることですので、当然ながらオフロのお手伝いもさせていただきます」

 

「ニルは、どうなの?」

 

「さすがに私が男性が使う方に入るわけには行きませんので……ユメ様にもルーリーノさんのお手伝いをするように言われています」

 

 堂々と言うスティノにルーリーノはとうとう諦めてスティノの後について中に入る。

 

 脱衣所に当たる所からはお城の雰囲気を取り戻し、白い床はルーリーノの姿を映し出す。

 

 広さとしても何十人も入れるのではないかと思うほどで、そのスペースに僅か二人だけでいると言う事にルーリーノは落ち着かない。

 

 スティノはそんな風に戸惑っているルーリーノを微笑ましいものを見る目で見ながら、ルーリーノの着ているケープに手を伸ばした。

 

「ちょっと、なにを」

 

 スティノの行動に驚いたルーリーノがそう声を上げると、スティノは当然と言う表情で話しだす。

 

「私がお召し物を脱がせますのでルーリーノさんは気にせずに立っていてください」

 

「そうは言っても……」

 

 そこから先はルーリーノの言葉などまるで受け入れられず、するすると慣れた手つきのスティノに服を脱がされてしまった。

 

 その後、全身をスティノに洗われ湯船に入れられるまでルーリーノは恥ずかしそうにしていたが、スティノは楽しそうにしていた。

 

 とても広い湯船に入って漸く解放されたルーリーノは、そこで膝を立てるようにして座っていた。

 

 それからスティノに背を向けている状態で声をかける。

 

「ここの入り口だけ、雰囲気が違った、よね?」

 

 本当はもっと言いたいことがあったが、恐らく言ったところで無駄だと今までの流れで理解したルーリーノが仕方なくそう話すと、スティノは「そうですね」と答える。

 

「あれはユメ様の趣味らしいですね」

 

「ユメ様……は、東の、王なんだよね?」

 

「はい。とは言いましても今日千年に及ぶ封印からお目覚めになったのですが」

 

 それを聞いてルーリーノは驚くと同時に、マオウが目を覚ます条件を思い出した。

 

「千年も、眠っていて、王って認められる、ものなの?」

 

「そうですね。普通は無理かも知れませんが、現在この東側で使われている技術の元を考えたのがユメ様なんです。

 

 それも、千年かかってもユメ様の考えていたものをすべて実現は出来ていません」

 

 つまりはあの小さな時計というのもユメが考え出したものなのかとルーリーノが考えていると、スティノは「何より」と続ける。

 

「ユメ様には誰も勝てません。その強さこそが王の証です」

 

「あの人が、そんなに……」

 

 そこまで言ってルーリーノはいや、と思い直す。

 

 ユメは少なくともルーリーノよりは強い。

 

 まじめにやっていた様子は見られなかったのに簡単にルーリーノからニルを奪ったのであるから、もしも本気でユメがルーリーノを殺るつもりだったならば、ルーリーノは数秒ともたずに殺されるだろう。

 

 それでもまだ、何かがルーリーノの中で引っかかっていたがこれ以上湯につかっているとのぼせてしまいそうだったので立ち上がり出入り口の方を向く。

 

 するとそこには、待ってましたとばかりにタオルを構えたスティノの姿があってルーリーノは溜息をついた。

 

 

 

 

「えっと、着る物は、どこにあるの?」

 

 スティノによって目一杯身体を拭かれたルーリーノはそう言って辺りを見渡す。

 

 すると、スティノが何処からかピンク色の布を持ってきた。

 

「お召し物はこちらになります」

 

 そう言ってスティノが持っていた布を広げる。

 

 それは、とてもひらひらしたワンピースのようで、それを見た瞬間ルーリーノが少し嫌そうな顔をした。

 

「そういうのは、私には、似合わな……」

 

 とルーリーノが言っている間にスティノにそれを着せられてしまい、結局最後まで言うことはできなかった。

 

「とてもお似合いですよ」

 

 スティノはそう言ったが、ルーリーノは居心地が悪そうに裾の方を掴んでひらひらとさせていた。

 

 

 

 暖簾をくぐった先でニルがベンチに腰かけて待っていた。

 

 その服装はやはりいつもと違うが、それでもルーリーノに比べればとても落ち着いた色の服で派手な装飾もない。

 

 その事にルーリーノは納得がいかないと同時に恥ずかしい思いだったがニルに「似合ってるんじゃないか?」と言われ顔を赤らめた。

 

 部屋に戻る道でルーリーノはニルにスティノに聞いた事を教えた。

 

 その時にニルは何かに気がついたかのような顔をしていたが「そうか」とだけしか返さなかった。

 

 それから元の部屋のドアの前に着いたところでスティノが足を止めた。

 

「こちらがニルさんのお部屋になります。それから、この一つ隣のお部屋がルーリーノさんのお部屋です」

 

 そう言いながらそれぞれのドアを指すスティノに、ニルが声をかける。

 

「明日朝から街に行って、それから王に会いたいんだが」

 

「わかりました。その時には街をご案内いたしますね」

 

 スティノがあっさりとそう返してきたので、ニルが少し驚く。

 

「いいのか?」

 

「ユメ様からはお二方がユメ様に会いたいと言った時に連れてくること、それ以外ではお二方のお世話、お手伝いをすることしか命じられていませんので」

 

 そう言ったスティノにニルが「そうか」と返すとスティノは「それでは御休みなさいませ」と頭を下げてもと来た道を戻り始めた。

 

「街に行くんですか?」

 

 ルーリーノが尋ねると、ニルは「ああ」と声を出す。

 

「実際に見てみないと分からないこともあるからな」

 

「それもそうですね」

 

 ルーリーノがニルにそう返して割り振られた部屋に行こうと歩きはじめた時、ニルも一緒についていく。それに気がついたルーリーノが少し困った顔でニルの方を向いた。

 

「どうして着いてくるんですか?」

 

「ユウシャの力使うって言ったろ?」

 

 そう言われてルーリーノは「そうでした」と思い出した。

 

 

 

「ベッドに入った状態じゃないとだめなんですか?」

 

 掛け布団から顔を半分だけだした状態でルーリーノがニルにそう問いかける。

 

「そうじゃなくてもいいが、その後その場に倒れるかもしれないしな」

 

 「それだったら初めから寝てた方がいいだろ?」とニルが言った事にルーリーノは「そうなんですけど……」とか細い声を出す。

 

「まあ、俺自身に使ったやつよりも反動が少なくはしようと思うが念のためな」

 

 ニルはそう言うと、ルーリーノの反応を待つことなくルーリーノが理解できない言葉を紡いだ。

 

 直後ルーリーノは中に何かが流れてくるような感覚に襲われる。

 

 それと同時に今まで聞き取ることのできなかった東側の言葉の意味が急に分かりはじめ、結局多すぎる情報量に強制的に睡眠を取らされることとなった。


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