キアラはこちらが動いたのにまるで動きを見せないニルに僅かに疑問を抱いた。
しかし、あまり意識せずにニルまであと一歩というところまで迫ったところで、目の前からニルが消えてしまい気配を探る。
それから、次にキアラがニルの気配を見つけた時、キアラの胸には直刀が深々と刺さっていた。
「まさか……ここまで、とはね」
直刀を引き抜かれたキアラが重力に負けうつ伏せに倒れる。
「でも、まあ、楽しかったよ」
最期にそう言うと、キアラは楽しそうな顔で死んでいった。
最初の矢をバックステップで軽く避けたリウスが、手に持っていたナイフをルーリーノに投げつける。
空を切る音を立てながらルーリーノに迫るナイフは途中何かに阻まれ弾き落とされてしまった。
「遠距離攻撃は無理……ね」
リウスがそう呟いて何処からかナイフを取り出すと、今度はルーリーノの方へと一気に駆け寄る。
リウスとキアラが戦った場合十中八九キアラが勝つのだが、それでもリウスが唯一キアラに勝てる所がある。
それが速さであり、速さだけならばキアラを少し上回る。
リウスが異変に気がついたのは急に風を切る音が聞こえてきたから。
その音が近くにあると感じた瞬間にその音のする方へとナイフを振った。
確かな手ごたえがあり、それがルーリーノがよく使う風の矢であった事がわかる。
次の瞬間、リウスは弾幕のように飛んで来る矢に気がつき一度足を止めた。
これがキアラならばその大剣を一振りすれば自分が通る道の一つくらい作れそうなものだが、いかんせんリウスにはそのような馬鹿げた力は持ち合わせていない。
リウスは少しだけ考えると、とても楽しそうな顔をして自ら矢の中に飛び込んだ。
雨のように無数の矢がリウスに襲いかかるが、リウスは速さを緩めることなくジグザグに走りながらその矢を避ける。
どうしても避ける事が出来ないものは「あぶね」と言いながらもナイフで叩き落としルーリーノの所まであと数歩となったところで、リウスに不安がよぎった。
投げたナイフを落としたであろう何か、それを自分の力で破ることができるのか。
しかし、その不安はすぐに楽しさに替わる。
もしも駄目だったならばすぐに距離を置き、ルーリーノと戦える時間が延びるのだ。
何の不安も無くなったリウスがルーリーノに向かってナイフを突き出す。
その刃がルーリーノに当たる直前何かに遮られたような感覚があったが、すぐにそれがなくなりナイフが空を切る。
見るとルーリーノが後ろに飛び退いていた。
それを見た瞬間リウスがにやりと笑う。
ルーリーノが避けたと言う事は先ほどのような直接攻撃は有効だと言うこと。
リウスは飛び退いたルーリーノに呪文を唱える暇を与えないようにするために先ほどよりももう少しだけ速くルーリーノとの距離を縮める。
それから、もうルーリーノには避けられないだろうと言ったタイミングで首を狙って切りつけると、今度は完全にその勢いを殺されてしまった。
そこで生まれた一瞬の隙。
その隙をつかれたのか、リウスは腹部に激痛を感じそれと同時に身体から力が抜けルーリーノに倒れ掛かった。
リウスは何とか視線を移し痛みのある個所を見る。
「まさか、最期が自分のナイフだなんてな……」
そこに刺さっていたのは、初めルーリーノに向かって投げたナイフで、リウスはそんな言葉を漏らす。
「最後に少しだけリウスさんと話がしたかったですから。
私の魔法で、となると今頃リウスさんは消し炭か挽肉ってところですよ?」
「それはどっちも……嫌だな」
リウスが薄く笑顔を見せながらそう言って、咳をする。
その時にルーリーノの服や地面、自分の口元を血で染めていた。
「ルー嬢いいのか? この状態だと、同士討ちくらいなら……できるぞ?」
「無理ですよ。今少しでも動いたらその箇所が挽肉になりかねませんから」
そう言われて、リウスが何とか手を動かしてみると、確かに傷だらけになり何となく可笑しくなってしまう。
「完敗だよ……まさかルー嬢に負けるなんてな……でも、よかった……かな」
そう言い終わったところでリウスから完全に力が抜け、ルーリーノにかかる力が急に増した。
ルーリーノはそのリウスの身体を何とか支えると、もう答えることのないリウスに「私の名前はルーリーノです」といった。
「これくらい掘ればいいのか?」
ニルの足元には人が一人くらい寝転がれそうな穴があいている。
それから、その隣には開けた時に掘り起こされた土が山になっていて、ニルはその状態でルーリーノに尋ねた。
ルーリーノは一度穴を確認すると「大丈夫だと思いますけど……」と少し呆れた顔でニルに言う。
「これ、掘ったわけじゃないですよね?」
「まあ、そうだな」
ニルの軽口に、ため息のつく思いになりながらルーリーノはキアラの亡骸を何とか支え穴の方へと持っていく。
本来ならば比較的力の弱いルーリーノの役目ではないのだが、どうしても自分でやりたいと言ったルーリーノにニルが譲った形となる。
「そう言えばルリノの目の色による違いって何だ?」
僅かでも目の前の現実を忘れられるようにと、ニルはまったく関係のない話題を出す。
ルーリーノは「言ってませんでしたっけ?」と首をかしげてそれから説明を始めた。
「普段は魔法で目を青くしているのですが、この魔法が難しくて多くの魔力を残しておかないと使えないんですよ。
同時に私の亜人としての特徴……私の場合は呪文の詠唱が要らないことですね。それが使えないんです」
ルーリーノがさらっと言ったので、ニルは納得しかけたが、簡単に納得してはいけない点を一つ見つけたので口を開く。
「と、言うことはかなりの力を抑えた状態で青目の魔導師と同等の力があるってことか?」
「そう言うことになりますね」
そんな事など今まで考えたことなかったと言わんばかりにルーリーノが言うので、ニルが呆れたように声を洩らす。
「何か反則っぽいよな」
「それをニルが言わないでください」
ルーリーノがニルの言葉にやはり呆れた声を出す。
そうしている間に作業が終わりキアラとリウスのささやかな墓が出来上がった。
「本当に戦いしか頭にない人達でした」
「そうだな」
ルーリーノが少しさびしげに言ったのにニルが相槌をうつ。
ニルが開けた穴に二人を埋め、場所が分かるようにと近くにあった木を削り作ったプレートを刺してあるだけの墓。
黙ってその墓を見ているルーリーノを見ていると、どこかに消えてしまいそうなくらいはかなくてニルは思わず「大丈夫か?」と尋ねる。
言ったあとで、今まで少なからず面倒を見てくれた人を自分の手に掛けたのだから大丈夫なわけないかと、ニルが軽率な発言を反省していると、ルーリーノから思いがけない言葉が返ってきた。
「ニルの方こそ大丈夫ですか?」
「俺が……か?」
ルーリーノの言葉にどうしても違和感を覚えニルが言うと、ルーリーノは「はい」と言ってから続ける。
「先ほどからどこか思いつめた顔をしてますよ?」
心配そうな表情のルーリーノの言葉を受けて、ニルは自分の顔を触ってみる。
もちろんそれで自分が思いつめているのかなんてわからないが、なんとなくそれっぽい顔をしていたのではないかという気になった。
それから、ニルは首を振ってルーリーノの言葉に返す。
「人って何だろうって思ってな。
キアラはルーリーノが亜人だろうが関係ないって言っていた。
でも、戦いは止めてくれそうになかったし……」
「色々な人がいるんですよ。半亜人である冒険者を連れて歩く物好きだっているんですから」
ルーリーノはそれだけ言うと、ニルの反応を待たず「さて、」と明るい声を出す。
「次はこれをどうにかしないといけませんね」
そう言ってルーリーノが見たのは茨の道。
太い茨に、ほぼ凶器でしかない棘。その奥に見える籠。
ルーリーノがこれを除去しようとすれば恐らく加減一つ間違えただけで籠の中にいるであろうエルも巻き添えなのは必至。
しかし、このままエルの魔力が尽きるのを待てば何日かかるかわからない。そんな風にルーリーノが一人思案していると「なあ」とニルの声が聞こえたのでルーリーノは耳を傾ける。
「この茨って魔法なんだろ? これ使えないのか?」
ニルがそう言って直刀を指すと、ルーリーノもその手があったかと感心する。
「大丈夫だと思いますよ」
ルーリーノの返答を聞いてニルは茨に向かって刀を振るう。
太い茨は勿論、それに付随する棘が刀に触れるだけで消えていく。
それでも一度や二度切ったくらいではまるで元に戻らない所を見るとエルの魔力の多さがうかがえる。
とはいえ、それほど時間がかからず二人は籠の前に辿り着いた。
その中には寝ていると言うよりも倒れていると言った方が正しいような恰好でエルが寝息を立てていてニルはその籠も躊躇わずに切りつける。
核となっている籠――正確にはエルなのだが――がなくなった事で、まだ微妙に残っていた茨がすべて姿を消し、元の静かな森に戻った。
「う……ん」
と、少し苦しそうに声を出してエルが目を覚ます。
無理やり起こされたかのように頭が働かず今自分がどうなっているのかすらわからない。
頭は何か温かく柔らかいものの上に乗っていて、身体は冷たくやや硬い所に横たわっている。
「目が覚めましたか?」
左側、ちゃんと立ち上がった状態ならば上の方からそんな声が聞こえてきてエルのぼんやりとした意識が少しずつ覚醒していく。
「ルーリーノ……さん?」
ようやく声の人物がルーリーノだと気がついたところで、エルは慌てたように起き上がる。
「ごめんなさい、こんなことを……」
未だ状況の掴めないエルが目の前の現実に謝罪していると、ルーリーノはふんわりと笑って「気にしないでください」という。
そんなやり取りをしているうちに、自分が眠りに落ちる前の状況を思い出しエルは視線をあちらこちらに向けた。
「大丈夫ですよ。キアラもリウスさんももういませんから」
ルーリーノの言葉を聞いてエルは動きを止めると、今の状況をはっきりと理解した。
キアラとリウスに追われていた自分を目の前のルーリーノと恐らくニルが助けてくれた。
それに「もういません」ということは、助け出される際に対立した二つの冒険者のパーティその先は考えるまでもない。
そして、エルはルーリーノの過去を知っている。
「あの、わたくし……何と言ったらいいのか……」
「偶々私達とキアラ達が対立してしまっただけですから。
それに、エル様が捕まったとなればニルは悲しむでしょう。
私はもうできるだけニルを悲しませたくないんですよ」
そう言ったルーリーノがその言葉をどれくらい本気で言っているのかはわからないが、そう言われてしまった以上、本当に何も言えなくなってしまったニルが話題を変えるために口を開いた。
「そう言えば、お兄様はどこにいるんでしょう?」
エルの言葉にルーリーノが困ったような、少し怯えているような顔を見せた。
「エル様に知っておいて貰いたいことがあるんですが、エル様の反応次第ではニルを悲しませかねないので私が頼んで席を外してもらっているんですよ」
「それはどのようなことなのでしょう?」
エルは毅然とした態度でそう尋ねる。
その言い方はまるでどのような事があっても動じない自信があると言いたげで、ルーリーノは少しだけ安心して目を閉じる。
それから目に掛けてある魔法を解いて開いた。
ルーリーノの赤く光る目を見てエルは思わず口を手で押さえてしまう。
ルーリーノが何も言わなくてもそこに答えが用意されているものなのに、ルーリーノはさらなる情報をエルに与えた。
「見ての通り私は亜人なんです。それも、人と亜人の子、半亜人です」
エルの反応に傷心はしたものの、ルーリーノはそれを表に出さずに言いきる。
ルーリーノが亜人であること、それ自体エルが予想していなかったわけではない。
かつてルーリーノを調べた時に最東端の村以前の情報を見つけることができなかった時点でルーリーノに何かあるのは分かっていたし、亜人であると言うのならそれを隠すために過去の情報が残らないようにすると言うのは筋が通っている。
では、何故自分がこんなに戸惑っているのか、エルにはそれが分からなかったがルーリーノが少し怯えているような表情をしていたことを思い出し気がついた。
「……ごめんなさい」
いつもの巫女然、王女然としたエルにしては珍しく、意地を張っていた子供がとうとう自分の非を認めた時に呟くような、そんな謝罪。
それに驚いたのはルーリーノの方で「どうして謝るんですか?」と声を出してしまう。
「わたくしは、巫女でありキピウムの王女なのです。
それは人のための存在であり、亜人から見ればおそらく今すぐにでも殺してしまいたいような存在でしょう。
ですから、わたくしは貴女が亜人だと分かった瞬間恐れてしまったのです。
今までキピウム王家が、巫女が貴方達にしてきたことは謝って済むことではない。
ですが、わたくしは謝る以外の事が思いつかないのです」
それを聞いてルーリーノは安心した。少なくとも、目の前にいる『人』が『半亜人』である自分を拒絶しようとしていたのではなかったと分かったから。
「あくまで私個人は……ですが、もう人を恨んではいないんですよ。
ですから、ニルと私が帰ってくるのを待っていてください。
それから、ニルが望んでいる世界をつくるのの手伝いをしてください」
ルーリーノはエルにそう言うと、エルに笑いかけた。
「もう話は終わったか?」
しばらくしてニルがそう言って何処からかやってきた。
ルーリーノはすぐに「はい、終わりました」と答え、エルは整理のつかない気持ちを抑え込んで「お久しぶりです。お兄様」と笑顔を作る。
「ああ、なんともなさそうで良かった」
ニルがエルの顔を見て安心してそう言うと「早速で悪いが」と続けて話す。
「今キピウムはどうなっているんだ? そもそも何で戦争が起こったんだ?」
「戦争が始まったのは神がそう扇動したからです」
エルの返答にニルが首をかしげているとエルは「順番に話して行きましょう」と説明を始めた。
「詳しい時期まではわかりませんが、メリーディでわたくしたちがお会いしていた前後か、もう少し前、キピウムを除く三カ国で神の声が聞こえる巫女が一人ずつ現れました。
そして神が言ったのだそうです。『キピウムを落とした国の巫女を今後新の巫女とする』と」
「新しい巫女が……と言うのは少し予想外でしたね」
エルの話をニルと一緒に訊いていたルーリーノがそう言うと、ニルが驚いたように「知ってたのか?」と尋ねる。
「少なくともエル様から神の声が聞こえなくなったと言う話を聞いた時からいつか争いがあるんじゃないかなとは思ってました」
ルーリーノの答えに、どうしてそれを早く言わなかったのかとニルは思わなくもなかったが、ルーリーノの事情を思い出しそれを飲み込む。代わりに疑問に思ったところを口にした。
「どうして神はキピウムを落とそうなんて考えているんだ?」
「以前も言ったと思いますが、神はあまりユウシャが好ましくなさそうでしたから……」
そうはいっても、何故好ましくないのかとなると分からないので、エルは戸惑い気味にそう答える。
その間に考えを進めていたルーリーノが口を開いた。
「今までの遺跡で分かった事から考えてみると、神、世界は今のイレギュラーな状態ではなく世界を本来の形に戻したいと思っているんですよね?」
それに対してニルが頷いたのを見てルーリーノは続ける。
「では、この世界にあるイレギュラーってなんでしょう?」
「……あの壁とユウシャの血ってことか」
ニルが自分の考えていた答えに辿り着いたところで、ルーリーノが頷く。
エルは二人の会話が何なのかわからなかったが、邪魔にならないように口を閉じていた。
「じゃあどうして、キピウム王家に巫女なんて……」
ニルが呟いたのを見て、今までの話の流れからエルが口を開く。
「ユウシャの力を受け継ぐもの、つまりお兄様が生まれてくるのを監視するため……でしょうか」
「そうでしょうね。むしろ、ニルが生まれるまでキピウム王家に潰れてもらったら困ったのではないでしょうか?」
エルの発言を受け、ルーリーノが言葉を付け加える。
それでも、ニルには新たな疑問が生まれるので問いを続けた。
「ユウシャの力を受け継いだ者が生まれた方が神としては困るんじゃないか?」
「きっと、神にはあのユウシャが作った壁を壊す手段がないんでしょう」
ルーリーノにそう言われて漸くニルの中で納得がいった。
「それで、今戦争はどんな状態なんだ?」
実際に戦争が行われているところを見たことがないニルは現実感がないままでエルにそう問いかけた。
しかし、エルは意図して避けていたことを問われて困ってしまう。
「お、お兄様がお知りになる必要はないですよ」
だからこう言ってごまかしてみようとすると、エルの予想とは違いニルの返事は「そうか」と短く言っただけだった。
それで、エルは安心したが、どういうわけかニルが近づいてくるのでどうしたのだろうと首をひねる。
「悪いな」
ニルはそうエルに聞こえるように言うと、エルの頭の上に手を乗せると何かを呟いた。
瞬間ニルの中にエルが見た戦争の様子が入ってくる。
家が焼かれ、道で人が何人も亡くなっていた。
中には小さな子供や女の人まで混ざっていて、町に入り込んだ兵士は誰かれ構わず殺して行く。
町を出て街道のある草原に出ると、多くの兵士が死に絶えあちらこちらに打ち捨てられていて、残った者はキピウムの町に逃げ込み門を閉じて耐え忍んでいるが、数日のうちに門が突破されキピウムの町でさえ血の海に沈むのが目に見えていた。
気分が悪くなったニルが急に口を押さえ座り込んでしまったのでエルが慌てたように「大丈夫ですか」と声をかける。
それに対してルーリーノは至って落ち着いた様子で口を開いた。
「エル様の記憶を見たんですね、ニル?」
「なあ、エル。本当に戦争は神が言ったから始まっただけなのか?」
ニルはどちらの言葉に答えることもなくエルに向かってそう言った。
言われたエルはとても困った顔をしてニルから目をそらす。
本当のことを言いたくはないけれど、ルーリーノの言葉を信じるのであればここで嘘を言っても変わらない。
それならば、自分の口から言った方がいいかもしれないと、そう結論付けてエルが答える。
「きっかけが神なのは間違いないでしょう。ですが、そうだとしても攻め込んでくるのが速すぎます。
と、なると以前からキピウムを落とす準備はしておいた所に今回の件があったのでしょう」
沈んだ声で言ったエルの言葉にニルは「わかった、ありがとう」ととても冷めた声で返す。
そのようなニルの声を聞いた事の無かったエルは思わず恐怖を感じてしまった。
「なあ、ルーリーノ。どうやったら戦争が止まると思うか?」
冷めた声のままでニルが尋ねると、ルーリーノが少し考えてから答える。
「私は戦争を経験した事がないのではっきりとは分かりませんが、戦争をしている場合でなくなれば嫌でも止まるでしょう」
ルーリーノの言葉に納得して、ニルは考える。
それから、何かを思いついたように顔を上げると、もう一度ルーリーノに問うた。
「もともとあるべきだった世界に、いくらか近づけるだけだったら、やってみてもいいよな?」
ニルはそれだけしか言わなかったが、なんとなくルーリーノはニルがやりたいことが分かった。
それが正しいのかどうか、ニルのストッパーになると約束をしたルーリーノにはわからなかったが、結局ニルを止めることはしなかった。
それから、三人がやってきたのはトリオーのユウシャの遺跡付近。
今のニルにしてみれば一瞬で飛んでこられる距離なので時間は先ほどとほとんど変わらないが、ユウシャの力を始めて体感したエルは状況が理解できずに目を白黒させていた。
相変わらず植物がほとんど生えておらず、鳥型の亜獣が空を飛んでいる。
そんな場所でニルはすぐに目的の存在を発見することができた。
裸足に赤いワンピース。赤い髪に赤い目をした女性。
その女性アカスズメはニル達に背を向ける形で多くの亜鳥に囲まれるようにしていた。
足音でニルが来た事に気が付いていたアカスズメはニルが声をかけるより前に、後ろを向いたままニルに話しかける。
「ようやく僕を殺しに来てくれたのかい?」
「あんたがいなくなれば此処の亜獣が放たれるんだろう?」
「やはり、思った通りだったみたいだね。
その通り、僕がいなくなればこの子たちは好き放題に飛び回るだろう。
この子たちの力を考えると戦争で兵を送りこんでいる国では対処は難しいかもしれないね」
一つの質問で、アカスズメはニルの知りたかった事をほとんど話す。
聞きたいことのなくなったニルは直刀を引き抜きアカスズメに向かって構えた。
その時にエルとルーリーノに下がっておくように言う。
そこでようやくニルの方を向いたアカスズメが薄く笑いながら口を開く。
「そんな事しなくても、僕はもう君には勝てないよ。
だから最後、僕の炎ごと僕を燃やしつくしてくれないかい?」
そう言ってアカスズメは鳥の姿へと形を変える。ニルは「わかった」と短く返すと、まっすぐに火の鳥を見つめ「モエツキロ」と言った。
真っ赤な炎に包まれたアカスズメが燃え尽き、亜鳥たちが一斉にどこかへ飛び立ったのを見送ってから、ニルはルーリーノとエルの所へ戻った。
それから、何か聞きたそうに「お兄様」と言いかけたエルの言葉を遮ってニルが声を出す。
「この山沿いに海の方まで歩いていけば小屋のようなところがある。
戻ってきたらすべて話すから、今はそこに行って俺たちが戻ってくるのを待っていてくれないか?」
「わかりました……」
エルは口にし掛かっていたことすべてをしまい込むと、ニルを困らせないようにそう返す。それから「ですが」と続けた。
「絶対に戻ってきてくださいね? わたくしにはここがどこなのかすらわからないのですから」
冗談を言うようなエルの言葉に、ニルは感謝して、ルーリーノとともに西と東を隔てる壁へと向かった。