黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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森と草原の境目で

 村を出たルーリーノは出来るだけ村から離れようと北の方へと足を進めていた。

 

 一度ばれてしまったものはしばらくすれば大陸の西側中に広がるであろうから、そうなってしまえば自分の居場所はない。

 

 そうなる前に自ら最初にニルと行ったユウシャの遺跡にでも隠れて今後のことを考えようとそう言うわけである。

 

「それにしても、最悪のタイミングでばれてしまいましたね」

 

 一人呟いた言葉は誰もいない道と森の境に吸い込まれ、その時ルーリーノが見せた笑顔はとても空々しかった。

 

 あのように言ってしまえば村人はおろか、ニルからも見限られてしまう、しかしあのように言わなければ今度はニルが自分と同じ目にあってしまうかもしれない。

 

 そんな事を考えて森と草原の間を歩くルーリーノが誰かにつけられていることに気がついたのは、ふと足を止めた時。

 

 気がつくと同時にルーリーノは気配のする方を向いて身構える。

 

 それから、青から赤へと転じさせた瞳でジッと見つめた。

 

「誰ですか?」

 

 ブランカティグロとの攻防でだいぶ魔力は減ってしまったが、それでも並みの冒険者レベルならば簡単に無力化することはできる。

 

 むしろ、今は相手をしている気分ではないのだけれど、とルーリーノは考えていたが普段の癖からか相手を探ってしまう。

 

 森の中からガサガサと音を立てて人影見えた時、ルーリーノは距離を取ろうと一歩後ずさろうとする。

 

 しかし、その時身体が動かなくない事に気がついた。

 

 それと同時に森の中に見える人影が誰なのか勘づき、出るかわからない声を出してみる。

 

「どうして着いてきたんですか?」

 

 声を出すことの出来た事にルーリーノが少し驚いていると、ニルが森の木の陰から姿を現した。

 

「どうして俺だってわかったんだ?」

 

 とても不思議そうな表情でニルが尋ねると、ルーリーノが「答える代わりにこれを解いてくれませんか?」とニルに頼む。

 

 しかし、ニルはすぐに首を振った。

 

「それ解いたら、お前逃げるだろ?」

 

 考えていたことを当てられて、ルーリーノがばつが悪そうに視線をそらす。

 

 それから、諦めたように目を伏せると、ため息をついてから「わかりました」と言って話し出した。

 

「今の私の行動をこうも簡単に縛ることができる可能性がある人が、ニル以外にはいませんから」

 

 それを聞いてニルは何となく納得すると同時に、「今の」というのが目が赤い状態であることを理解した。

 

「それでお前はどこに行って何をしようって言うんだ?」

 

「それを人である貴方に教えると思いますか?」

 

 ニルの問いにルーリーノが冷たい視線を送りながら答える。

 

 ニルはその言葉に少し傷ついたような表情を滲ませながら次の質問を投げかけた。

 

「俺を騙していたって言うのも本当なのか?」

 

「騙す……とは違いますが、一秒でも早く壁を越えるため私に都合がいいことは何度も言ってきましたね。

 

 お陰でここまでは思っていたよりも速く壁の向こうに行けると思ったんですが……」

 

 「最後の詰めでこんな事になるなんて予想外でした」とルーリーノがほとんど表情を変えずに言う。

 

 それから、ニルが何かを言うよりも速く冷え切った笑顔を見せた。

 

「まあ、でも今までありがとうございました。もういいですよね? これを解いてくれませんか?」

 

 ルーリーノにそう言われ、ニルは意を決したように「最後に一つだけ聞いていいか?」とルーリーノに尋ね返す。それに対してルーリーノは「仕方ありませんね」と肩を落とした。

 

「ルーリーノ『ショウジキニコタエテクレ』。ルーリーノは人を恨んでいるのか?」

 

 そう言ったニルの言葉の「ルーリーノ」の後一言か二言くらいをルーリーノは理解することができず首をかしげたが、肝心の質問部分はちゃんと理解できた。

 

 同時にどうしてそれを聞いてくるのだとルーリーノは心の中で叫ぶ。

 

 しかし、言うことは決まっているので心の中の事を面に出さないように無表情で口を開いた。

 

「もちろん、一人残らず殺してしまいたいほど恨んでいました」

 

 ルーリーノの言葉にニルが顔を歪めたが、ルーリーノはルーリーノで思っていたことと違う言葉が声に出ていた事に驚いた。

 

 しかし、今のニル様子から見るとそのミスに気が付いていないようなので、ルーリーノはこのことに関しては何も言わないと決めた。

 

 それからいつの間にか身体の拘束が解けていることに気がつき今すぐにでもこの場から逃げ出そうと思ったところで「でも……」と自分の口が、喉が、声を出し始めたことに今一度驚く。

 

「村の人々に迎えられて、冒険者になって、そしてニルと出会って人への恨みも薄れて行きました」

 

 勝手に動く口が自分の本心を話してしまうのをルーリーノは必死で止めようとする。

 

 これ以上言ってしまうと、ニルの前から消えると言う決意が揺らいでしまいそうだから。

 

 しかし、ルーリーノの口は本人の意思を無視して動き続ける。

 

「だってそうじゃないですか。私は半亜人なんです。

 

 本来ならば生まれたその瞬間に殺されてしまうそんな存在なんです。

 

 普通なら村の人たちみたいに半亜人と分かっただけで嫌悪感を示すんです。

 

 でも、もしも私が人だったならあんなにも皆優しくしてくれたんです。

 

 それを知ってしまったら、もう自分が亜人だと言う事を恨むしかないじゃないですか」

 

「言っただろ、俺は亜人や人の違いが分からないって」

 

 ルーリーノの告白を聞きながら、それをさせているのが自分だと解っているので黙って聞いておこうと思っていたニルが、思わず声を出す。

 

 その声はどこか怒っているようだったが、ルーリーノは悲しそうな声でそれに答えた。

 

「だからです。そもそも、今私がこんな風に考えられるのはニルと旅をしたおかげなんです。

 

 それまでは自分のことだけで精一杯でしたから。でも、ニルと旅することで色々なことに気づかされました」

 

 「だからニルにはとても感謝してます」と、ルーリーノはそこで一度笑顔を見せる。

 

「でも、私が半亜人だとばれてしまった以上、私と一緒にいることでニルも蔑みの対象となってしまいます。

 

 「半亜人の肩を持つ人だ」と言う事で、もしかすると私よりも人に忌み嫌われてしまうかも知れません。

 

 それは私が嫌ですからここで御別れです」

 

 そう言ってルーリーノはニルに背を向け歩き出す。

 

 それをニルが「おい、ルリノ」と引き止めるように声をかける。

 

 その声に一瞬足を止め掛けたルーリーノだったが、後ろ髪ひかれる思いを断ち切って歩みを続けた。

 

「今から行くのは東だろ? そっちは北じゃないか?」

 

 そんなニルの場に似合わない言葉を聞いて、ルーリーノは立ち止まりニルの方を見ると怒ったように声を出す。

 

「話を聞いてましたか? ニルとはもう御別れなんです。どうしてそんな事を言うんですか?」

 

 そんなルーリーノの抗議も、ニルには意味がないらしく「聞いてはいたな」と反省の色のない返しをして続ける。

 

「でもなルリノ、俺は世界を変えに行くんだ。それも、ルーリーノが言ったことだろ?」

 

 ルーリーノはそれを聞いて思わず「う……」と声を出してしまったが、すぐに言い返す。

 

「それだって、ニルが壁を越えるのを止めないようにするために言ったことです」

 

「できると思ったから言ったんだろ?」

 

 ここは否定しなければならないと頭では分かっているが、ルーリーノは不思議な力で本当のことを口にする。

 

「もしかしたら……くらいには思っていましたし、ユウシャの遺跡でマオウがお伽噺に出てきたマオウとは違うと分かった時には出来るかもしれないとは思いましたが……」

 

 そろそろ真実今はどういうわけか嘘をつくことができないと分かったルーリーノが「でも」と続けようとする。

 

「半亜人であるルリノが一緒に来た方がマオウと話せる可能性が高くなるかもしれないだろ? それとも、これ以上俺と一緒に行くのは嫌か?」

 

 ルーリーノの言葉に被せるようにニルが言った言葉にルーリーノが沈黙する。

 

 草原と森の境、草原から森へと風が草や葉を揺らしながら通り抜けた頃、俯いているルーリーノがぽつりと呟いた。

 

「嫌なわけあるはずないじゃないですか……」

 

 それから「でも」と言いながらルーリーノが真っ直ぐニルの顔を見る。しかし、ニルがその先を言わせないように声を出した。

 

「その「でも」がなくなるように手伝ってくれないか?」

 

 それに対してルーリーノが「はい」と返したとき、ルーリーノの目から涙が零れた。

 

 

 

 

「実際の所私は本当に自分の生まれた場所はわからないんです」

 

 ルーリーノとニルが言いあいをしていた場所と同じ場所で二人は気に寄りかかるように座りながらお茶を飲んでいた。

 

 そのときにルーリーノが両手でコップを持ちながらそう呟くように言った。

 

 ニルは特に何も言うことなくルーリーノが続きを話すのを待つ。

 

「詳しい話はわかりませんが、私の母親を買った人は興味本位にエルフである母と関係を持ったのだそうです。

 

 その中で私を身籠り主人に捨てられ、捨てられた先で私を出産したと言うわけです」

 

「捨てられた先……ってよく助かったな」

 

 捨てられた先とは所謂奴隷の村に属するところだろうと考えながらニルが口にする。

 

 それに対してルーリーノは自身もよく分からないと言った様子で首をひねりながら答えた。

 

「よく分かりませんが、曰く突然聞こえてきた声に従って私を隠していたのだそうです。

 言う通りにすれば私が一人で生きていけるまでは隠し育てることができるだろう、と。

 それで洞窟のような場所で、母親とは寝るときくらいしか一緒に入れませんでしたが、何年も過ごしました。

 

 それから、母親に「壁を越えて東に行くことができれば、きっとルーリーノも堂々と生きて行ける場所があるから」と言われ、私だけ逃げ出しました。

 

 その後はあの村に辿り着いて……と言うわけです」

 

「だから、壁を越えたがってたんだな」

 

「そうですね。母の遺言のようなものですから」

 

 ルーリーノが遠くを見つめながらそう返すと、ニルが少し言い辛そうに口を開く。

 

「と、言うことはルリノの母親は……」

 

「実際にこの目で見たわけではありませんが、毎日帰ってくる度に新しい傷をつけ私の姿を見るまで死んだような目をしていましたから、もう生きてはいないでしょうね。

 

 何度か洞窟を抜けだして母の様子を見に行ったこともありますがその時は鞭を打たれながら働いていました」

 

 「その時が人を最も恨んでいた時かもしれませんね。今思い出しても流石に思うところがありますから」と、ルーリーノが話を締めるとニルは心中穏やかではいられなくなる。

 しかし、ルーリーノ自身が「思うところ」を面に出していなのに自分が感情をあらわにしても仕方がないと、できるだけ平生を心がけて口を開いた。

 

「そう言えばルリノってどこで魔法を教わったんだ? 今の話だと村に着いてからってことにならないか?」

 

「どういうわけか、母が知ってたんですよ。

 

 自分では使えないみたいでしたが、知識だけはあって夜短い間だけ教えてくれました。

 退屈凌ぎになんて冗談を言いながら。

 

 お陰で昼間も私はあまり退屈することはありませんでしたね。

 

 今となっては母が残してくれた物はこの魔法と名前くらいなものです」

 

 どうしてルーリーノが名前をちゃんと呼ばれないことに敏感だったのかわかって、ニルは少しばつの悪い顔をする。

 

「ルリ……いや、ルーリーノ」

 

 いつもの癖でルリノと言ってしまいそうになり慌ててルーリーノと言い直すと、ルーリーノがクスクスと笑いだす。

 

「呼びやすい方でいいですよ」

 

「いいのか?」

 

 ニルが首をかしげると、ルーリーノが少し悩んだ様子を見せた。

 

「今まで通りの返し方をすることもあるでしょうけど、それでもニルなら……」

 

 そう言ってルーリーノが照れたような笑顔を作った。それを見てニルは思わずドキリとしてしまう。

 

 そうやってニルが内心動揺している間にルーリーノの表情には疑問が浮かんでおり「そう言えば」と話し始めた。

 

「さっき私を縛っていたものや本音を言わせていたものはユウシャの力なんですよね?」

 

「そうだな」

 

 ニルはそう短く答えて、少し考えてから説明を加え始める。

 

「ユウシャの力ってのはある意味で魔法に似ててな」

 

「魔法にですか?」

 

 ルーリーノの言葉に頷いてからニルは続ける。

 

「呪文って言うのは何をどうするのかを精霊に伝えるもので一種の言語に近いだろ?」

 

「そうですね。私が魔法を使う前に言う『ミ・オードニ』って言うのは要するに『私は命じる』みたいなものですから」

 

「それと同じでユウシャの力はユウシャの居た世界の言語を言う事で発動するらしい。

 

 ただ、どういうわけか魔法とは桁違いの事まで発動できる」

 

 そこまで聞いてルーリーノは理解のために黙り込む。

 

 それから、自分の理解が正しいかニルに確認するために口を開いた。

 

「つまりさっきのはユウシャの言葉で『動くな』とか言ったわけですか?」

 

「そう言う事だな」

 

 ニルはそう答えてから、難しい顔をして続ける。

 

「実は俺はまだこの力の限界をはっきりとは分かってない。

 

 どういうことまでできるのか、知ろうとすればすぐわかるんだがな」

 

「それならどうして知ろうとしないんですか?」

 

 ルーリーノが純粋な疑問を投げかけると、ニルの顔に少しだけ恐怖が浮かんだ。

 

「正直怖いんだよ。今分かっている段階だと恐らく出来ない事はない。

 

 国の一つ滅ぼそうと思ったら十秒かからないだろうし、もちろんあの壁だって簡単に壊せる。

 

 ユウシャが人じゃなくなるって言っていた意味がようやくわかったよ」

 

 そう言ったニルにかける言葉をルーリーノはなかなか見つけることができない。

 

 それは今ニルが悩んでいるのが恐らく人を逸脱した力を手にしたものだけが体感するものだから。

 

 それからルーリーノは下手な慰めをすることは諦めニルの手を取った。

 

「その力をニルが間違ったことに使いそうになったのなら私が全力で叱ってあげますから安心してください」

 

「何だそれ? 安心していいのか?」

 

 そう言ってニルが笑うのを見てルーリーノは安心した表情を見せる。

 

 そうして空気が和んだ所でガシャンガシャンとキピウムの方角から聞こえてきた。

 

 二人がそちらを見ると、剣を杖代わりにしながら片足を引きずって歩く兵士がゆっくり歩いてきていた。

 

 ニルはその鎧に見覚えがあり、見つけるなり走って兵士に近づく。

 

「おい、何があった」

 

 ニルが尋ねると、キピウムの兵士はのろのろと顔をあげニルの姿を視界にとらえる。

 

 それから「ニル様ご無事で何よりであります」と声を絞り出すと、激しく咳をする。

 

 後からやってきたルーリーノが赤い目を隠すことなく魔法を使い兵士の傷を治す。

 

 それからニルに声をかけた。

 

「気持ちは分かりますが先に治療してあげないと何も答えられませんよ?」

 

 そう言った頃にはルーリーノの瞳は青色に戻っていて、その色の変化についてニルは少し疑問に思ったが、今は目の前の事だと思いルーリーノにお礼を言って兵士を見る。

 

 傷だらけの鎧はそのままだが、至る所にあった細かい傷はほぼ治っていて、引きずっていた足も今ではもう杖なしで立つ事は出来ている。

 

「話せるか?」

 

 今度は兵士に確認するようにそう言うと兵士は恐縮したように敬礼をすると「大丈夫であります」と緊張した声で言う。

 

「それでキピウムで何かあったのか?」

 

 兵士は未だに緊張した様子で少し上ずった声で答える。

 

「急にトリオーとデーンスが攻めてきたであります。

 

 その対応が間に合わず、すでにキピウム城下近くまで攻め込まれ防戦一方であります。

 自分はそこから逃げる途中足をやられて……」

 

 と言ったところで、兵士は自分の失言に気がつき青ざめる。

 

「戦争が始まってしまったんですか?」

 

 青ざめた兵士などお構いなし、というよりも気にしている余裕がないと言った様子でルーリーノが尋ねる。

 

 兵士はこのまま先ほどの失態がうやむやになってしまうことを祈りつつ「そうであります」と返した。

 

 すると、ルーリーノがとても焦ったようにニルに声をかける。

 

「間に合うかわかりませんが急いでエル姫の所に行きましょう」

 

「どうしてエルなんだ?」

 

 ルーリーノの動揺した様子に押されて、エルのことを心配しながらもニルはそんな事を尋ねる。

 

「すいませんが説明している暇はないです。全速力で行きたいのでいつもに増して魔法を使いますね」

 

 ニルのことを半ば無視するようなルーリーノの慌て様に少し驚いていたニルであるが、今すぐにでも走りだしそうなルーリーノの肩を叩いて落ち着かせる。

 

「移動に関しては俺が何とかするから落ち着け。とりあえずエルの所に行けばいいんだな?」

 

「はい、恐らくこの戦争の目的の半分はエル姫を捕らえる、もしくは殺害することでしょうから」

 

 そんな二人のやり取りを見ながら、この二人が今からカエルレウス姫のところへ行こうとしているのを理解した兵士が「姫は今は城には……」と言い掛けたところで、ニルが口をひらく。

 

「ここから森と草原の境を南に行けば村があるからそこで保護してもらうといい。その時俺たちにあった事は言わない方がいいぞ」

 

 急に言われ兵士がポカンと呆けている間に、一瞬にして二人の姿が兵士の視界から消えてしまった。


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