「ニル。さっきの戦いについてどう思います?」
いつの間にか裸足になり足で水を掬っていたルーリーノが口を開いた。ニルはすぐに答えることができずに「どうって言われても……」とだけ言って考え込む。
「正直なところを言いますと、私一人ならあそこまで苦戦しなかったと思うんです」
ルーリーノはどこを見るわけでもなく、ただまっすぐに前を見つめて言う。
ニルとしては、自分が足手まといだったと言われているようで快くはなかったが、実際あの鳥を追い返したのはルーリーノであるので、何も言えない。しかし……とも思う。
「おそらく、ニルも同じことを考えるでしょうね」
自分が考えていることを当てられて、ニルは驚いてルーリーノの方を見る。しかしルーリーノはそんなニルの行動に気がつかないのか、話を続ける。
「ニルは、あの時私にいろいろと話しかけてきましたよね」
「そうだな」
ルーリーノが少し責めるような言い方をするので、下手なことを言わないようニルは素直に肯定する。
「今回返事をした私も私なんですけど、例えそれが私を心配しての言葉でもできれば控えてほしいんです。今回の場合はそれでも無意味だったかも知れませんが、まあ、私は魔導師なんですよ」
遠まわしに言われた言葉の意味をニルは少しだけ考える。それはすぐに思いついたが、そうであるならできれば先の戦闘中に思いつくべきだったと、ニルは己の行動を恥じた、単純な話、話しかけるというのは詠唱の邪魔をしているだけだったということだ。
「ああ、悪かったな」
元気をなくしたニルが言うと、ルーリーノは首を振る。
「例えばパーティーでの戦闘になれている人であるならこのような事態にならなかったであろうことも事実です」
「だから、」とルーリーノはニルの方を見る。
「今回はどちらもいけなかったんですよ」
そう言ってルーリーノは笑ったが、それでは根本的な解決になっていないと思い、ニルは口を開く。
「それで、これからはもっと連携とかをやっていければいいわけだよな?」
それに対して、ルーリーノは少し考えて首を振った。
「もちろん、それができればいいとは思うんですけど、下手な連携はそれこそ足の引っ張り合いになりかねません」
「時間があればじっくりと練習とかできるんでしょうけれど……」と、ルーリーノはそこまで言うと、指を一本立てる。
「だから、私はこれからニルを信頼することにします」
「信頼?」
ニルは言葉の意味を汲み取ることができず、首をかしげる。それに対してルーリーノは楽しそうな笑顔を見せる。
「はい、ニルがそんな簡単に負けるはずがない。そう信頼して私は目の前の敵だけを気にすることにします。だから、ニルも私のことを信じてください」
「ああ、わかった」
ニルが納得したようにそう言うと、ルーリーノが右手の小指をピンと立ててニルの方に向ける。
「なんだこれ?」
そう言ってニルが首をかしげると、ルーリーノは「ユビキリです」と目を細める。
「ユビキリ?」
「私の住んでいたところの習慣で、互いに約束を守るための契約みたいなものです。今では形だけしか残っていないんですけどね」
それを聞いて、ニルはおずおずとルーリーノと同じように小指を立てる。すると、すかさずルーリーノは小指同士を絡ませる。それから、軽くそれを振り上げ振り降ろすと同時に手を離した。
「これでいいのか?」
「はい。でも、さっきも言いましたが、今はもう形だけなのでちゃんと約束守ってくださいね」
そんな風に笑うルーリーノはどこか子供っぽいなと思いながらニルは見ていた。
「話を戻すようですが、ニルはあの鳥の亜獣をどう思いますか?」
「早い、高い、面倒くさい」
ニルは適当にそう言ってから、ひとつルーリーノの言葉を思い出した。
「そう言えば、殺しに来てないとか言ってたな。どうしてそう思ったんだ?」
ふざけるのか真面目に話すのかわからないニルの言葉にルーリーノは惑わされながらも答えるために口を開く。
「あの鳥、はじめの二回はただ直進しかしてこなかったのに、三度目で軌道変えてきましたよね?」
「そうだな」
「普通、最初の一撃で私かニルか確実にどちらかを戦闘不能にしにかかると思うんですよ」
「ただ、こちらを油断させたかっただけじゃないのか?」
ニルが疑問を口にすると、ルーリーノは困ったように「それはそれで」と目を伏せる。
「それだけの頭脳があるって言うのも驚くべきことだと思うんですが」
「まあ、確かに」
それからニルは少し考えて、白旗を上げる。
「ルリノはあの亜獣に関してどう思ってるんだ?」
「そうですね……こちらの力を測りに来た……と考えるのがしっくりくるんですよね」
そう言ってルーリーノは「うーん……」と唸る。ルーリーノの言葉に違和感を覚えて口を開く。
「でも、そうなると更に頭良くなってないか?」
「そうなんですよね……」
ルーリーノが空を仰ぎながらそう返す。その目には青というよりも水色に近い空と、申し訳程度にある雲。それからほんの少しだけ木の枝についた緑色の葉っぱが見えた。
そのままルーリーノがボーっと空を見ていると小さい影がその視界を横切った。一度体勢を立て直して振り返るように影を目で追いそれが小鳥のものであると確認した。
「どうした?」
ニルに声をかけられ「いえ、何でもありません」とルーリーノは照れたように返す。しかし、すぐにルーリーノが口を開く。
「ニルは鳥型の亜獣が町や村を襲ったという話を聞いたことがありますか?」
「ないけど、それがどうかしたのか?」
ニルが不思議そうな顔で答える。それに対してルーリーノは複雑そうな表情で口を開く。
「鳥なら壁なんて簡単に飛び越えられるんじゃないかと思いまして」
「言われてみればどうだけど……」
ニルも考える様子を見せたが、「助けて」という叫び声が聞こえたので考えるよりも先に動き出した。