黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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発見

 夜が明けてニルがソファの上で目を覚ますと、ルーリーノはまだ寝ているのかベッドの上で掛け布団が膨らんでいた。

 

 久しぶりに故郷に帰ってきたと言うこともあって安心したのかぐっすりと眠っているルーリーノが起きないように、ニルがテーブルに備え付けられている椅子に座る。

 

 それから、未だ寝息を立てているルーリーノの方に何となく目を向けた。

 

 髪の毛が数束顔に掛かって眠っている姿はとても無防備で、いつものルーリーノからはとても想像できない。

 

 そして、改めて見るルーリーノの容姿はニルが出会った人の中でも一、二を争うほど整っていて、その浮世離れしたとも思える端麗さをニルはどこかで知っているような気がした。

 

「ああ、デーンスで見た亜人か……」

 

 思い出すと同時に少しニルの気持ちが落ち込む。

 

 しかし、どうして今までそうは思わなかったのかとニルは自分の中で疑問に思ったがすぐに答えが見つかった。

 

 一つは、当り前だがルーリーノに亜人としての特徴が無いから。

 亜人の外見で目を引くのは容姿だけではなく、長く尖った耳や背中に生えた羽、動物のような尻尾などなどそれぞれに特徴的な違いある。

 

 それから、とニルは今一度ルーリーノをしっかりと視界にとらえる。

 

 もう一つはその表情。亜人があんなにも表情がなかったのに対してルーリーノは最近は特にコロコロと表情が変わる。

 

 そこからくる印象の違いだろうと納得した所でニルの中にもう一つ疑問が浮かぶ。

 

 それならばルーリーノはどうして捨てられたのか。

 

 青目でここまで容姿端麗なら捨てられる理由などないのではないか。

 

 単純に家が貧しくて……と考えていた所で、家のドアがドンドンと鳴った。

 

「ルーリーノ居るんでしょ? 皆待ちかねてるよ」

 

 ノックの音と同時に聞こえてきたのは昨日の村の出入り口であったマーテルの声。

 

 その音と声にルーリーノが「うーん……」と言いながら目を薄く開ける。

 

 それから数秒で今までとは別人のようにスッと起き上がると「何事ですか?」と警戒した声を出す。

 

 その様子がどうにも可笑しくニルは笑いをこらえながら口を開く。

 

「お前の知り合いが押し掛けてきたってところだろう」

 

 ルーリーノはなんでニルが笑いをこらえているのかわからなくていい気はしなかったが今は目の前の問題に対処しないと思い、ニルにお礼を言いそれから適当に隠れているように頼んだ。

 

「別にいいがどうしてそんな必要があるんだ?」

 

「ニルのことを旅の仲間だと紹介しても、勝手に別の方向に持って行ってしまう人が多いですから、家に入れていたとばれた時点で結構な時間拘束されるからです」

 

 ルーリーノに言われてニルはふと昨日のマーテルの様子を思い出し納得する。

 

 ルーリーノはニルが隠れたことを横目で確認すると、未だにドンドンとなっているドアに近づいた。

 

「すいません、今起きました」

 

 言いながら片手でドアを開け、もう片方の手で目をこする。

 

 開いた先には十人ばかりの人が集まっていてどれもこれも懐かしい顔ばかりであった。

 

「そうかい、それはすまなかったね」

 

 ドアを叩いていたマーテルが少しだけ申し訳なさそうに返す。

 

 村の朝が早いと分かっていたルーリーノは特に嫌そうな顔をせずに、マーテルから視線を外しその後ろにいる人たちに移す。

 

「皆さんお久しぶりです」

 

 そう声をかけたルーリーノに村人は「よう帰ってきた」「まあた、めんこうなったのう」「すっかり美人さんじゃて」などと口々に話しだす。

 

 ルーリーノはそれに苦笑いを浮かべながら、マーテルの隣にいた他の人よりも一回りほど年をとった男性に声をかける。

 

「村長さんもお久しぶりです」

 

「元気そうで何よりじゃ」

 

「それはこちらの台詞ですよ」

 

 ルーリーノが冗談を言うように笑顔でそう返すと、村長が「ほお」と驚いた声を上げる。

 

 ルーリーノは何故村長が驚いたのかわからず首をかしげたが、その答えがすぐに帰ってきた。

 

「あのほとんど表情を見せなかった子が、こんなにいい笑顔を見せるようになるとはの。心配はしておったが、送り出して良かったかもしれん」

 

 村長がそう言って笑うので、ルーリーノは少し気恥ずかしくなり俯いていしまう。

 

 その後ろでも同意する声が上がるものだから、さらにルーリーノが困った顔をした。

 

「そう言えば、いつまでおれるんじゃ?」

 

 村長がそう言うので、ルーリーノはすぐにまじめな顔を作る。

 

「今回はあくまで旅の途中泊まるところが無かったので立ち寄っただけなので、今日この後すぐにでも出発しようと思います」

 

「そうか、冒険者として頑張っているようじゃの」

 

 村長が安心したように、嬉しそうに、でも少しだけ寂しそうにそう言ったところでその後ろの方から「少しくらいゆっくりしていけばいいだろう」とか「今日はうちで御馳走するよ」とか数々の声が上がり始めた所でマーテルが「はいはい」と手を叩く。

 

「ルーリーノも忙しいんだし、わたしたちだって何時までもこうしてるわけにはいかないだろう。仕事に戻るよ」

 

 そう号令をかけると、渋々と言った様子で人が散っていく。

 

 それを見送りながらルーリーノが思い切って声を出した。

 

「今日やらないといけないことが終わったらもう一度帰ってきますから」

 

 それが聞こえた村人達の足取りが目に見えて軽くなったのを見届けた頃、未だ家の前に残っていた村長が口を開く。

 

「さて、ルーリーノや中におる人と話をさせてくれんか?」

 

 それを聞いてルーリーノが溜息をついて、村長を見る。

 

「気づいていたんですね」

 

「まあ、昨日マーテルから報告は受けておったからな」

 

 それはそうかと、ルーリーノが納得してどうしようかと考えていると「別に俺は構わない」という声とともにニルが姿を見せた。

 

 その姿を見て村長が驚いた顔をする。

 

「黒髪に黒の瞳とはマーテルの報告も嘘ではなかったようじゃな」

 

 二人がそうやって今にもこの場で話を始めそうだったので、ルーリーノはとりあえず二人を家の中に促した。

 

 

 

 

「ルーリーノが誰かと一緒というのにも驚いたが、それがユウシャだとはな」

 

 村長が改めてニルの姿を見てそんな感想を漏らす。

 

 ニルにしてみると似たような事はよく言われるので対して気にすることでもないが、それでは話が進まなさそうだったので「それで、お話というのは?」と促した。

 

 村長は業務的なニルの声を聞いて村長が笑い声を上げる。

 

「そんな堅くなることはない。まあ、初めはお前さんがどこの誰で何故ルーリーノと一緒にいて何をしにこの村に来たのかと問い詰めるつもりじゃったがの」

 

 「それが村長の勤めの一つじゃからの」と冗談交じりに村長が言っても、ニルは嫌な顔を見せず、村長であればそうであって仕方ないとすら考えていた。

 

「それじゃあ、どうして話なんて?」

 

 単純な疑問としてニルが問いかけると、村長は少し意外そうな顔をして答える。

 

「ただ礼を言いたかっただけじゃよ」

 

「礼……?」

 

 ニルが不思議そうな顔をすると、村長が続ける。

 

「ルーリーノは最初全然表情を見せん子でな、村の面倒事を進んで解決してくれておったから皆からは感謝されておったが、取っ付きにくくてな。

 

 それから、ルーリーノも少しは感情を面に出すようにはなったが、むしろ皆がルーリーノとの関わり方が分かってきたと言った感じじゃ」

 

 後ろから二人の会話を聞いているルーリーノにしてみれば自分の話を目の前でされて居心地が悪いことこの上なかったのだが、村長が言っていることをルーリーノは何一つ否定できないので口を挟むこともできず、窓の外を見て気を紛らわせる。

 

 しかし、どうしても聞こえるし、気になってしまうので結果、そわそわとあちらを見たりこちらを見たりと忙しそうにしていた。

 

「そんなあの子が笑うようになったのはお前さんのおかげじゃろ?」

 

「それは違うな」

 

 ペレグヌスにも似たような事を言われたなと思いながらニルはそう答える。

 

 村長はその答えが予想外だったのか思わず「どういうことじゃ?」と尋ねた。

 

「俺に会わなくてもあいつは、遅かれ早かれそうなっていただろう。そう思わないか?」

 

 ニルがそう言ったところで、ルーリーノの居心地の悪さが限界に達して思わず声を出した。

 

「それでは、村長。私達はそろそろ出発しますので村のことよろしくお願いします」

 

 そう言って、掛けていたケープを急いで手に取る。

 

 それを見てニルも呆れたように出発の準備を手短に済ました。

 

「そうか、忙しないの」

 

 そんな村長の言葉を背に受けてルーリーノは引っ張るようにニルを家の外へと連れ出す。

 

 その時に村長に向かって「あとよろしくお願いしますね」とだけ言ってドアを閉めた。

 

 

 

 

「よかったのか?」

 

 村を出た直後ニルがルーリーノに尋ねる。

 

 それを聞いて何に対することなのかいくつも思い当たる節のあるルーリーノは「何がですか?」と返した。

 

「久しぶりに帰ってきた故郷なんだからもう少しゆっくりしていかなくて良かったのか?」

 

「いいんですよ」

 

 ルーリーノがそう言って背伸びをするように両手を上に上げる。それからその腕から力が抜けたように手がスッと落ちた後で続けた。

 

「だって、私は最終的にあの村に帰れるとは思っていませんから」

 

「それはどういう事だ?」

 

 ルーリーノの突然のそんな発言に、ニルは怪訝そうに問う。ルーリーノは遠くを見ながら答えた。

 

「私の目的は壁の向こうに行くことですから、その先で上手く行こうと行くまいとこちら側に戻ってこれる保証はないですからね。

 

 それなら、情が移ってしまう前に過ぎ去ってしまった方がいいですよね」

 

 ニルはそれに「そうか」と返しはしたが、故郷を捨ててまで壁の向こうに行きたいと言うルーリーノの気持ちが分からないでいた。

 それが魔導師というものなのだろうかと無理やり納得させながらニルはルーリーノを見る。

 

 その時ルーリーノが「ここからですよ」と声を出したので、ニルがビクリと身体を震わせた。

 

「何がだ?」

 

 状況が理解できないままにニルがそう尋ねると、ルーリーノが少し呆れた顔をする。

 

「今まで真っ直ぐ東南東に歩いてきましたが、ようやく亜獣が出るかどうかというラインに来たと言うことです」

 

 そう言われてニルが思い出したように「ああ」と声を出す。それを、ルーリーノがため息の出る思いで視界に捉えてから「それじゃあ行きますよ」と声をかけた。

 

 

 

 

 ルーリーノの言うラインを越えても木々に囲まれた様子はまるで変わることなく、それ以外も特に変化はなかった。

 

「妙だな」

 

 二人が警戒しながら歩いていると、急にニルがそう呟いた。

 

 そしてルーリーノがそれに同意するように頷く。

 

「言われていたほど強い亜獣が出てきませんね」

 

 ルーリーノがそう言ったように、危険区域に入ってしばらくの間出てくるのは力の弱い亜獣しか出てこない。

 

 それでも警戒を解くことなく周囲を観察しながら歩いていると先を歩いていたルーリーノが「何ですかこれ……」と声を上げた。

 

 ニルも何事かとルーリーノの視線の先を見ると、そこには荒れ果てた建物があった。


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