黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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最東端の村

 そこだけ森が避けているように出来た空間にある、百八十度以上を森に囲まれた村。

 

 ある意味で生命線とも言える村を守るための柵は、危険だと言われる地域にもっとも隣接している村であるはずなのに大きな町のそれと比べると低く、作りも簡素で本当に亜獣など来ないように見える。

 

 他の村と変わらず、面積の半分以上を畑が占めていて遠くからでもそこで働いている人の姿を見ることができた。

 

 二人がその村についた時、珍しく日が落ちていて、村に着く直前ニルがルーリーノに「珍しいな」と声を掛けていた。

 

「普段に比べて急いで来ましたが、それでも日が暮れてしまうかどうかは半々ってところでしたからね」

 

 ルーリーノの返しを聞いてニルは、やはり珍しいと思い直したのだが、そこでルーリーノの言葉を思い出した。

 

「珍しくそう言う賭けに出たのはこの辺りで亜獣が出ないからか?」

 

「そうですね。夜道を歩くのはそれだけで安全とは言い難いですが、長時間歩く事はないと分かっていましたから、あまり賭けってほどでもないですが」

 

 ルーリーノの迷いのない言葉にニルは納得したような顔を見せる。

 

 その時ちょうど村に辿り着いた二人に「誰だいあんたたち」と敵意を持った低い女の人の声が投げかけられた。

 

 ウンダの町でも似たような事があったので、ニルは特に驚くことも無く、とは言っても日が暮れてから村にやってきたフードで顔を隠した二人組の言葉を素直に信じてくれるとは思えず対応はルーリーノに任せることとした。

 

 ルーリーノは最初の声で誰が声を掛けてきたのかわかったので、少し昔を懐かしみフードの向こうで思わず微笑む。

 

 それから、一歩村の門へと近づきフードを取ると相手に聞こえるように話しかけた。

 

「マーテルさん、こんばんは」

 

 ルーリーノの声を聞いて暗闇の向こう、ニルとルーリーノに敵意を向けていた辺りから「まさか」という声が聞こえる。

 

「その声はルーリーノかい?」

 

「お久しぶりです」

 

 急に闇の向こうの声が優しさを帯び、ルーリーノが声に答えるようにそう言った。

 

 それからすぐに物陰から一人の恰幅の良い女性が現れる。

 

 年はルーリーノの二、三倍と言ったところで、ルーリーノを見るなり駆け寄ってきて抱きしめた。

 

「よく無事に帰ってきたね。もう帰ってこないかと思ってたよ」

 

 マーテルが力の限りルーリーノを抱きしめながらそう言うので、ルーリーノも何か返そうとするがうまく返せない。

 

 やっとの思いで「マーテルさん苦しいです」というと、ようやく解放された。

 

「本当はあまり帰ってくる気はなかったんですけどね」

 

「そうだね。村にひょっこりやってきて、面倒を見てやっていたら一年位で冒険者になって「目的を果たすまで帰ってきません」って飛び出していったからね」

 

 懐かしそうにマーテルが言うと、ルーリーノは気恥かしそうに顔を赤らめて「いちいちあらましを説明しないでください」と少し怒った声で言う。

 

 そんなルーリーノの対応すら微笑ましく感じるマーテルは思い出したように口を開いた。

 

「そう言えば、目的とやらは達成できたのかい?」

 

「もう少し……ですね。そのためにどうしてもこの近くに来ないといけなかったのですが、日も落ちてしまったので立ち寄ることにしました」

 

 有言を実行できなかった恥ずかしさからか、ルーリーノがばつの悪そうに答える。

 

 しかし、マーテルはそんな事など気にしないかの様子で明るい声を出した。

 

「そうかい、そうかい。何にせよ、無事な姿が見られてあたしゃ嬉しいよ」

 

 そうやってルーリーノの肩を叩く。それからハッとしたように叩くのをやめ、また口を開いた。

 

「他の連中も呼んでこようか。とはいっても今はもう若い子はいないけどね」

 

 マーテルが少し寂しそうな顔で締めくくったのでルーリーノは心配になりマーテルに「何かあったんですか?」尋ねる。

 

 それに対して、マーテルは一瞬ルーリーノが何を言っているのかわからないと言った顔を見せた後に笑いだした。

 

「いやいや、みんな揃って出稼ぎにキピウムの方へ行っただけさね」

 

 それを聞いてルーリーノは安心したが、今度はマーテルが驚いたような顔をする。

 

「いやあ、だいぶ変わったとは思ったけど、そうね。だいぶ表情が柔らかくなったね。昔はあんなに無表情だったのに」

 

 「今のルーリーノを見たらうちの男達は黙ってないだろうね」と、マーテルが冗談のように言うので、ルーリーノは困ったような顔をする。

 

「とりあえず、顔を合わせるのは明日にしましょう。今日はもう日も暮れていますし今から騒がしくしてしまっては迷惑でしょうから」

 

 ルーリーノの言葉にマーテルが「そうだね」と仕方がなさそうに言う。

 

「そろそろ紹介してもらっていいか?」

 

 そんな二人のやり取りをずっと後ろから見ていたニルが、タイミングを見計らってそう言うと、ルーリーノが「そうでした」と手を叩く。

 

「こちらが、マーテルさんです。私がこの村にいた時にいろいろお世話してくれた人です」

 

 まずはニルに向かってルーリーノがそう言うと、今度はマーテルの方を向く。

 

「それでこっちが……」

 

「ルーリーノの恋人かい?」

 

 ルーリーノの言葉の途中でマーテルがからかうように遮る。それに対してルーリーノは「違います」と顔を真っ赤にして言うと「一緒に旅をしているだけです」と早口に言ってニルを引っ張り出す。

 

「それじゃあ、私は家に帰りますから」

 

 捨て台詞のようにルーリーノがそう言うと、マーテルが思い出したように口を開いた。

 

「たまに片付けくらいはやってたから多分すぐ使えるよ」

 

 そのマーテルの言葉を背中に受けつつルーリーノは早足でニルの袖を引き続けていた。

 

 

 

「よかったのか?」

 

 しばらく歩いた後、解放されたニルがルーリーノに問いかけると、ルーリーノは未だに少し興奮が冷めきっていない様子で答える。

 

「いいんですよ。どうせ家が隣なんですから」

 

 そう言えば世話してもらっていたと言ってたなと考えながらニルがルーリーノの言葉を聞いていた時、ルーリーノの足が止まった。

 

 日も落ちて暗闇が支配する村。

 

 もちろん、町のように夜中まで騒いでいるところも無く、どの家も蝋燭のような小さな明かりしかない。

 

 森が近いせいか、よく動物の鳴き声が聞こえるのが、村が暗闇の中なのも相まってとても不気味に感じる。

 

 しかし、空を見上げれば満天の星空が広がっており、それを見ながら聞く虫の声は心地の良いものにも感じる。

 

 ルーリーノが足を止めたのは、ちょうど自分の家の前に来たからで、数年前この家を出ていったと言うのにそのままそこにあった事にルーリーノは少なからず感動した。

 

 それから、木でできたドアを開けると真っ暗な部屋の中記憶を頼りに部屋の中央へと向かう。

 

 そこで、呪文を唱えると中央のテーブルの上にあった石が光り出す。

 

 ぼんやりと部屋の姿を見せる程度の明かりがついたところでルーリーノが部屋を見渡すと、確かに埃を被っていることなくすぐに使えそう。

 

 特にテーブルとソファと本棚とベッドしかないのは出て行ったときのままだった。

 

「もう入っていいか?」

 

 外からそんな声が聞こえてきて、ルーリーノはニルが未だ外にいることに気がついた。

 

 ルーリーノは少し疑問に思いながら、ドアを開けると「一緒に入ってきていなかったんですね」と首をかしげる。

 

「ああ、女の人の部屋に入るときはノックしろだの何だのと言ってくる奴がいたからな。半分癖みたいなもんだ」

 

 そのニルが言う『奴』というのがエル姫だと思うと、ルーリーノの中で少し可笑しくなってしまう。

 

 それと同時に、男の人を家に入れるのは初めてかもしれないとも思ったが、先ほど見回した通り大して何かある部屋ではないのでそちらの方は割とどうでもよくなった。

 

「まあ、姫様なら色々とあるのでしょう。見ての通り私の家には何もないですからお気づかいは不要ですよ」

 

 「ここに泊まるのはあったとしても後一回といったところでしょうけどね」とルーリーノが微笑むのを見ながらニルは部屋の中を見回す。

 

 物はないがそれがなんともルーリーノらしいのではないかとニルが思っていると、ルーリーノが声をかけた。

 

「今日は特にやることも無いですし寝てしまいましょうか」

 

「そうだな」

 

 ニルがそう返すと、ルーリーノがすかさず口を開く。

 

「一応ニルがお客さまですからベッドを使ってください。私はソファで寝ますから」

 

 そう言ってニルを見ると、ニルはすでにソファに陣取っており断固として動こうと言う気配がない。

 

 その様子を見てルーリーノが呆れた顔を見せていると、ニルが声を出した。

 

「久しぶりに帰ってきたんだろ? いつも通りにくつろげよ」

 

 ニルに言われて、諦めてルーリーノはベッドに腰掛ける。

 

 それから、その微妙に硬い感じに懐かしさを抱きつつ少し子供じみた声を出す。

 

「ニルが居ますから、いつも通りってわけにはいきませんよね?」

 

「じゃあ、今日は外で寝るか」

 

 ルーリーノの言葉を真に受けたのか悪ノリしたのかわからないがニルがそう言って、立ち上がる。

 

 それに焦ったルーリーノは慌てて声を出した。

 

「ニルならいいんですよ、これでも信頼してますから」

 

 それを聞いてニルが「そうか」とソファに戻ったのはいいが、言ったルーリーノとしてはふとマーテルに言われた『恋人』という単語が頭をよぎり、それを払いのけるように首をふりさらに口を開く。

 

「もちろん、仲間としてですからね」

 

「ん? まあ、そうだろ?」

 

 ルーリーノが何故そんな事を言うのかわからなかったニルがそう返すと、ルーリーノは一人焦った自分が恥ずかしく思えてくる。

 

「そう言えば、何でマーテルはあんなところにいたんだ?」

 

 ルーリーノの様子などまるで解っていないニルがそう尋ねるので、しかしルーリーノは少し冷静になれた。

 

「こんなところにある村ですから、一応見張りですね。

 

 本来女性は昼間とかなんですが、まだ夕方の日があるうちから割り振られていてそろそろ交替する頃だったんでしょう。

 

 まあ、見張りがマーテルじゃなくても大丈夫だったとは思いますが」

 

「なるほどな」

 

 ニルが納得した声を出したのを聞いて、ルーリーノが「そろそろ寝ましょうか」と切り出す。

 

 それにニルも同意してルーリーノがテーブルの上にある石の上にケープをかけると「お休みなさい」と声をかける。

 

 ニルがそれに答える形で「お休み」というと、二人はすぐに眠りに落ちて行った。


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