「なあ、ルリノ聞いてるか?」
三つ目のユウシャの遺跡で一泊した後、舟をメリーディに返してからすぐにニルとルーリーノは東へと向かった。
大陸の東側は人の手が届いていないためにそのほとんどが森であるのだが、そんな事を知らないニルがルーリーノに今居る辺りの特徴を聞こうと問いかけると、ルーリーノは浮かない顔で時折ため息をつくだけでニルの言葉など聞こえていないように見える。
多少は話をするものの、この状態が昨日ルーリーノが怒って部屋を出て行ってから続いているので、そろそろニルは心配になってくる。
「おい、ルーリーノ」
結局ニルがそう言ってルーリーノの肩をつかむ。そこでルーリーノは驚いた声をあげて、ニルの方を見る。
「すいません。この辺りについてでしたね」
ルーリーノがそう言って申し訳なさそうな顔をするので、ニルとしては拍子抜けしてしまい「怒ってないのか?」と尋ねる。
その言葉に疑問を覚えたのはルーリーノで首をかしげて「どうしてですか?」と問い返した。
「昨日怒ったように出て行ったろ? その後から心ここにあらずって感じだったからな」
それを聞いてルーリーノは少しばつが悪そうに「あー……」と声をたずと「えっと……」と顔をそらす。
「今日はずっと考え事をしていまして……」
ニルはその考え事が何かと思ったが、すぐに一つ思い当たることがあったので口を開いた。
「今から行くって言う故郷のことか?」
「え? あぁ……まあ、そんな所です」
ニルの質問にルーリーノは言葉も表情も微妙な様子で答える。
それから、もうニルの話に乗ってしまおうと続けて話した。
「その事なんですが、今から向かう村が私の出身地って事になっているんですが、そこで生まれたというわけじゃないんです」
「つまりどういうことなんだ?」
ルーリーノの言葉だけを聞いてもあまり理解することのできなかったニルが、首をかしげるようにそう尋ねる。
対してルーリーノは不必要な事を言わないように注意しながら話し始めた。
「もともと私は身寄りがない、所謂捨て子と言う奴なのですが、何年か前にあの村に流れ着いたというわけです。
それから村の人の頼みをきいて信頼を得た後で、村から推薦を貰い冒険者になれたんです」
「このことを村に行く前に話しておくかどうかを考えていたんですよ」とルーリーノが困った笑顔を浮かべる。
その裏では、少し話に無理があったのではないかという不安に駆られていた。
しかしニルはルーリーノの不安など感じることはなく「そうか」と話し難そうな様子で言う。
それを見たルーリーノが今度は微笑みを浮かべて、それから口を開いた。
「そんなに気にしないでください。生まれた場所ではないですが、村が私の故郷であることには変わりないですから」
「ああ……」
浮かない顔でニルがそう返したのを機にこの話はここで終わりだろうと、ルーリーノは「この辺りについてでしたね」と気持ちを切り替えて切りだす。
それから、辺りの様子に目を移す。
まだ森の浅いところではあるが、どこを見ても木々が生い茂っている。しかし、南の孤島のそれとは違いそこまで背が高いわけではない。
それに、あの森とは違い動物が地面を走りまわっているのか、落ちた木の葉がカサカサと音を立てていて、時折鳴き声も聞こえる。
足元は落ち葉で覆われていて、二人が歩いても音が鳴る。そんな場所でルーリーノは何から話そうか考えながら手を身体の後ろで組んだ。
「そうですね。この大陸の東側には明確な国は存在しません。人が住むことのできる範囲がそんなに広くありませんからね。基本的に小さな村がいくつかあるだけです」
「それで、ルリノの故郷って言う村はどんな所なんだ?」
一度話を区切ったルーリーノの話を促すようにニルがそう尋ねる。
ルーリーノはやはりルリノと呼ばれるのかと小さく溜息をついてからニルの質問に答えた。
「自給自足で暮らす小さな村ですよ。今まで回ってきた町や村と特に何か違うと言う事はありません」
「なあ、確か東って亜獣の多い地域じゃなかったか? それなのに他の町みたいにやっていけるものなのか?」
亜獣がよく出現すると言えばトリオーがそうであるが、あそこは国家として亜獣退治をやっているし冒険者にも依頼が回ってくる。
しかし、今の話だと今から行く村はそう言うわけでもなさそうだと、ニルが首をひねりながら尋ねた。
その問いにルーリーノは少し困った顔を作ると話し出した。
「私の故郷の村が一応最東端になるのですが、その村から少し東に行ったところより西側はなぜが亜獣がやってこないんですよ。
もちろん全くということはないのですが、それでも村でどうにかできないレベルの亜獣が来ることは今のところないですね」
それを聞いてニルは納得のいかない様子で口を開く。
「じゃあ、どうして東の亜獣が強いなんて話が出てくるんだ?」
「実際に行った人がいるからですよ」
ニルの問にルーリーノがほとんど間をおくことなく答える。
「むしろ昔はよく行っていたみたいですね。未知の地という事で有益な情報には高額の報酬を出すと言う依頼が常にあったそうです。
ただ、帰ってくる冒険者はその中の何割かしかおらず、壁にたどりついても大した情報を得ることもできずに割に合わない報酬しか受け取れない事が広まっていつの間にかその依頼は姿を消したらしいです」
そこまで聞いてニルの中の疑問がいくらか氷解した。しかしそうなると、とニルの表情が曇りを見せる。
「俺達はその過去の冒険者が挑んでは散っていった森の中に入らないといけないわけだよな……」
恐怖というよりも気だるさに満ちた声でニルが言うと、ルーリーノが如何にもニルらしい反応だと自然と笑顔を作る。それから、いつもニルに軽口で話すように話した。
「いいじゃないですか、ニルはユウシャの力があるんですから……」
そこまで言ってから、ルーリーノはそう言えばとあることを思い出した。
「メリーディの遺跡でもユウシャの力って増えたんですよね?」
そう言われ、ニルも思い出したような顔をすると「そうだな」と言って考えはじめる。
「どんな力だったんですか?」
ルーリーノがニルの予想したそのままの質問をした所で、ニルの考えがまとまり口を開く。
確かにニルが何か言ったことはルーリーノには理解できたが、その内容はまるで理解できない。
今までも何度かこう言ったことがあったが、ルーリーノは漸くこの感覚が過去ニルと会う前にも感じた事があった事を思い出した。
「はじめて呪文を教えてもらったときに似てますね」
「どうかしたか?」
ルーリーノの呟きにニルが聡く反応したので、ルーリーノは「何でもないです」と首を振る。
「そう言えば、ユウシャの力は……」
「ルリノ軽く走ってみてくれ」
ルーリーノの言葉の途中でニルがそう言ったので、ルーリーノはその意図が飲み込めないままではあるが、言われたとおり軽く走る。
すると、ルーリーノが考えていたよりもずっと早い速度で足が動いて思わず数歩で止まった。
「何をしたんですか」
慌てた様子でルーリーノが怒っているのか驚いているのかわからない声を上げるのを見て、ニルはやろうとしていたことが成功したのだと分かった。
「今回のは具体的にどうというよりも、今までの力の補助に近い感じだな。
今まではユウシャの力を使う対象を指定できなかったんだが、それができるようになった」
「つまり、私も無敵状態になれると言うわけですね」
それはルーリーノにとっても悪くない話のはずなのに、やはりどうしてもルーリーノの中で納得が出来ないのか、やや投げやり気味にそう言うと溜息を洩らす。
その反応は今までも見てきたので、ニルも特にルーリーノに気を使うことなく「そうだな」といつもの調子で返した。
そうしているうちに森が開け、前方にルーリーノが言っていたように小さな村が見えた。