黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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ユウシャの遺跡その3

 ニルが刀を鞘に戻す頃、真っ二つになった亀が地面にその姿を現した。

 

「なあ、ルリノこれでよかったと思うか?」

 

 ニゲルテストゥードーの最期の言葉が頭から離れないニルがルーリーノに背を向けたまま尋ねる。

 

「少なくとも今はこうするしかなかったんじゃないんですか?」

 

 ニゲルテストゥードーの言葉が聞こえていなかったルーリーノは、しかしニルの反応から何となく心境を予想して答えた。

 

 ルーリーノの言葉を聞いてニルは何とか自分を納得させ、目の前の建物を眺める。

 

 入口らしきドアにはガラスがはめ込まれていて、それを支えている枠は鉄で出来ているのが銀色をしている。とは言ってもくすんでしまっているそれは銀というよりも灰色に近いのかもしれないが。

 

 ニルは一度ルーリーノに視線を送ってから、建物の方へと向かった。

 

 誰も話すことのない空間はしんと静まり返っていて、ニルが足を踏み出すたびにどうしようもなくその音が響きわたっているように感じられる。

 

 ルーリーノもニルに遅れて歩き出したため、ほんの少しだけ騒がしくなった森の中、先に建物の入り口についたニルが足を止めてルーリーノを待った。

 

「これがドアみたいですね」

 

 ルーリーノがニルの後ろからそう声をかけると、ニルは「そうだな」と言って頷く。

 

 それから会話をすることなくニルが扉の取っ手部分に手をかけると、ひんやりとした感覚に襲われた。それから引っ張るようにドアを開けると、急に背後から建物の中に風が吹きこむ。

 

 その風に驚きはしたものの、限界までドアを開くとそこでドアが止まったのでニルは恐る恐る足を踏み入れる。中は少し肌寒く、入ってすぐ床が一段高くなっていた。

 

 視線を辺りに移すとニルの身長と同じくらいの高さまである本棚のようなものが一定間隔でいくつも並んでおり、壁は白く床は木でできているらしい。

 

 その本棚地帯を抜けると道が二手に分かれていて、片方は窓の沢山ある廊下。もう片方は階段。

 

 廊下の方は床が木で窓のある側の壁は白く塗られているが石のような硬さをしていて、もう片側はたくさんの引き戸がある。

 

 その扉には丁度人の頭あたりの高さに四角くガラスがはめ込まれていて中の様子を窺うことができる。

 

 階段の方は、壁が廊下と同じく石のようなもので作られていて、床はゴムを何十倍にも固くしたような素材が使われており踊り場には緑の板が壁にくっついている。

 

「別れて探索した方が良さそうですね」

 

 二つの道を交互に見ながらルーリーノがそう提案する。

 

 ニルも同じように見てから少し面倒臭そうに溜息をつくと「そうするか」と言ってから、階段を昇り始めた。

 

 こう言ったニルの勝手な行動にも慣れてきたルーリーノであるので「では四階からお願いします」と去りゆくニルに声をかけた後、特に何も思わず廊下の方へと足を向けた。

 

 

 

 床が固く、またそれなりに長い廊下であるのでルーリーノが歩くたびにコツコツと足音が響く。

 

 まずは一番手前の扉と思いながら戸に手をかけると、金属特有の冷たさがルーリーノの指先に伝わる。

 

 その感覚に驚いて反射的に手を戻してしまったルーリーノであるが、特に何もないことが分かるとゆっくりと戸をあけ中に入った。

 

 部屋の中はたくさんの机が並べられていて、一見すると簡単な迷路のようにも見える。

 

 しかし、よく見るといくつかのブロックに分けられて机が並んでいるだけで迷路というほどでもない。

 

 どの机も無機物のような冷たさがあり、またどの机にも何も乗ってはいない。

 

 戸とは反対側の壁は窓になっていて、森の様子がよく見える。

 

 その他特に目ぼしいものはないが、窓とも戸とも違う壁にいくつも白い線の入った黒のような深緑のような板が掛けられていた。

 

「この机をすべて調べていくとなると少し大変そうですね」

 

 他に気にするところがないルーリーノは、目の前の大量の引き出しを前に肩を落としながらそう呟いた。

 

 ただ引き出しを開け続けるという単純な作業は、ルーリーノの体力だけじゃなく精神的にも疲れを与える。

 

 初めは中に何かあるのではと期待を持って開けていたのが、三分の一が終わったあたりで何もないのではと言う不安に変わり、最後にはただ腕を動かすだけの状態で、それで本当に何もなかったのだから残るのは精神的肉体的疲れであることはある意味正しい。

 

 そうして一つ目が終わり、二つ目の部屋も同規模ならば休憩しようかと思いながら入ってみると、今度は先ほどの三分の一ほどの大きさの部屋だと分かる。

 

 それに安心したルーリーノが部屋の様子を確認すると、まず目を引くのが三つあるベッド。それぞれのベッドはシーツのように大きく白い布で仕切られていている。

 

 それから一つだけある机は椅子に座った時に窓の方を向くように置かれていて、何故か椅子が二つある。

 

 最後に上半分が窓のようになっている大きな棚が置いてあるが、ルーリーノが確認するまでもなく上半分は空で、おそらくしたにも何も入っていないであろうことが簡単に予想できる。

 

 この部屋の捜索はひとつ前のそれの十分の一とかからず終わったが、結局何もなくルーリーノは少し肩を落としながら部屋を後にした。

 

 

 

 

「ルリノ来てくれ」

 

 と上の階からニルがルーリーノを呼んだとき、ルーリーノはどうにか効率よく捜索をする方法がないものかと考えていた。

 

 ルーリーノはその考えをすぐに止め、ニルに「今何階ですか?」と叫び返す。

 

 「四階だ」とニルから返事が来た時ルーリーノは「まだ四階とは上も大変みたいですね」と苦笑いを浮かべた。

 

 

 結論から言うと二階以降はルーリーノが捜索した一階とはまた少し違った意味でやる気を失いそうだった。

 

 各階の部屋数は八。その一つ一つはほとんど同じつくり、内装をしていて、綺麗に机が三、四十個並んで置かれている。

 

 それから、一階の広い部屋と同じように深緑の板が机を目印に前と後ろに張り付けられ、後ろには何も入っていない棚が置かれていた。

 

 また机は一階のものほどシッカリとしてはおらず、中に物を入れるための空洞があるだけで後は二本の棒に板を取り付けただけのような形をしている。

 

 故に引き出しは開けなくてもいいが、一つ一つ中を確認しないといけなくなってしまう。

 

 一階から四階へ上る途中、ルーリーノは各戸の上に小さな看板のように小さな四角い板がくっついているのが分かった。

 

 しかし何を書いているのかはまったく分からず、一階でも同様に何か書いていたのではないかという疑問がわくと同時に自分ではそれを読むことはできないと自己完結させた。

 

 ニルが居たのは四階の真ん中の方の部屋。その中、机がたくさんあるうちの窓際後ろの方の机。

 

 ルーリーノが辿り着いた時ニルはそこでパラパラと何かを見ていた。

 

「何を見ているんですか?」

 

 おおよそ予想は付いているが、ニルに話しかけるためにルーリーノがそう尋ねる。

 

 ニルはその声でルーリーノが来た事に気がついたのか、ハッとしたようにルーリーノの方を向くと手に持っていたものをルーリーノに渡す。

 

 それはルーリーノの予想通り、今までの遺跡にあったのと同じ本。ルーリーノはニルに断りを入れるとそのページをめくり内容を確認しはじめた。

 

『マオウを倒すには、マオウを起こさないといけない。マオウを起こすにはマオウと同等の力がなければならない』

 

『マオウと同等の力を手にするにはユウシャの力を手にしないといけない。しかしユウシャの力は大き過ぎる』

 

『それはもう「人」とは呼ばれないほどに』

 

『それでも先へ進むと言うのであれば東へ向かうと良い』

 

 今までのようにそう書かれていた先はルーリーノには読むことができずに、ニルに本を返す。

 

「つまり、マオウに会いたければ人をやめろって事だな」

 

 本を返されたのを見てニルがやや冗談めかしくそう言う。

 

 ルーリーノはニルの調子に合わせるように「そうですね」と軽く返すと、緊張した面持ちで続ける。

 

「それでどうするんですか?」

 

「今さら何もしないわけにはいかないだろ」

 

 ニルのそんな言葉を聞いてルーリーノは安心したと同時に、後ろめたさが込み上げてくる。ルーリーノの心情など知る由もないニルはさらに続けた。

 

「それに、俺がどうなってもきっとルリノが何とかしてくれるだろうしな」

 

 もちろんニルは本当にルーリーノがどうにかしてくれるとは思っていない。

 

 ただ、そこにあるのは今までニルが迷ってきた時にいつも手を差し伸べてくれたという、ルーリーノへの信頼であり安心感。

 

「私はルリノではありません」

 

 ニルの本心を全てとはいかないまでも、何となく察してしまったルーリーノはニルに対する後ろめたさが度合いを増し、それを顔に出さないようにそう言って怒ったふりをする。

 

 それからその調子で「私はもう疲れたので一階で休ませてもらいますね」と言ってからニルの反応を待たずに部屋を後にした。

 

 相変わらず、怒ったと言うのに全く反省の色の見えないニルに少々呆れ、同時に安心感すら覚えたが、それ以上に耐えがたくなった後ろめたさが部屋を出た後のルーリーノに「ごめんなさい」と呟かせた。


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