二人の辿り着いた島は町が一つくらいはいりそうな大きさで、ぐるりと一周砂浜になっている中に森のように木々が茂っている。
ニルとルーリーノは砂浜にやや乗り上げる様に舟を止めてから、辺りを見渡しながら砂浜を歩いた。
「此処からだと見事に砂と木って感じですね」
ルーリーノがやや辟易した様子でそう洩らすと、ニルが砂を蹴るように歩きながら口を開いた。
「そして、その木がすごいな……」
そう言ってニルが視線を森に移す。
ルーリーノも促されるようにそちらを見ると、大陸ではなかなかお目にかかれないほどの巨木が何本も並んでいた。
「遠くからでは分かりませんでしたが、私には如何にも何かを隠していますって言っているように見えるんですよね」
溜息をつくように息を吐いてからルーリーノはそう言うと、ニルを見る。ニルはその視線に気がつかないのか、まっすぐ森の方を向いて「そうだな」と返した。
「何があるかわかりませんし、注意しながら先に行きましょうか」
「また、居るだろうからな……使いが」
ニルはそう言うとワザとらしく溜息をつき、でもルーリーノに言われたように辺りを警戒しながら森の中へと足を踏み出した。
森の中は微かに光が届いていて真っ暗ということはないが、その光が緑色の葉を通り抜けてくるためか全体的に緑色に見える。
地面はというとうっすらと草が生えているくらいで、場所によっては土の茶色が見えているところもある。
そんな森の中、二人はひとまず森の中央と思われる方へと向かった。
共に辺りを警戒しているためもあって殆ど会話はなく、その足取りも歩きよりも少し早いくらい。
しかし、元々町程度の大きさであるので数時間とかからず、二人はここにあるにはあまりにも不自然なものを見つけた。
「あれはなんでしょう……」
そう思わず声を出してしまったルーリーノの視線の先には白い建物。とはいってもだいぶ古いのか本来の白さはなく、不自然なのだけれどこの森の中に合って違和感はない。
「かなりでかい建物……としか言いようがないな……」
建物は四角形の上にさらに四角を置いたような形をしていて、窓の数から四階建てだと言う事はわかる。
しかし、それほど大きさの建物となると城や教会くらいしかなく、しかもその装飾は華やかなもので作りもこんな風に簡素ではない。
「ここがユウシャの遺跡……でしょうか?」
「そうだろうな」
そうなると、昔は人がいて建てたと言うよりも二人の中ではそう落ち着く方が自然な形となる。
しかし、同時に二人は困惑していた。
「今回はユウシャの使いはいないんですかね?」
ルーリーノがそう言ったところで、二人の背後から足音が聞こえてきて二人を驚かせる。
反射的に戦闘態勢に入った二人の前に現れたのは、ワンピースの様に上下一繋ぎになっているが身体の正面が開いているのか片方だけを外に出し、もう片方を中に入れ込み、腰辺りで細長い布でまいて留めているような黒い服を着ている老人。
髪の白いその老人は二人の前に姿を現すと一人納得したような様子で二人を眺めるように見る。
「どなたですか?」
老人から敵意を感じているわけではないが、今までの経験上この老人が普通の人間では無いので警戒を解くことなくルーリーノがそう尋ねる。
老人は一瞬呆けたような顔をした後で、楽しそうに笑った。
「どなたですか? と来たか。そうは言ってもお主らはわしが何なのかの予想くらいついておろう? だとしたらわしは何を答えたらよいのやら」
「名前……といったところじゃろうか」と老人は一人楽しそうに自問自答すると、しっかりと二人を視界にとらえて自己紹介を始める。
「今までの奴が何と名乗ったかは知らぬが、むしろ名乗ったのかすら怪しいが、わしはニゲルテストゥードーと名乗っておくかの。お主らの想像通りユウシャの使いの一匹といったところじゃ」
そんなニゲルテストゥードーの飄々とした様子にニルは一瞬気を抜いてしまい、しかしすぐにその態度を改める。
それにニゲルテストゥードー気がつきフォッフォと笑いながら口を開く。
「そんなに怖い顔をせんでもよかろう。別にわしはお主らと戦うつもりなないのじゃから」
「さすがにその言葉にそうですかといえると思いますか?」
問答することもなく襲いかかってきたチンロンを思い出しながら、疑う様な口調、鋭い視線でルーリーノがそう言うとニゲルテストゥードーは考えるような仕草を見せる。
「まあ、そうじゃろうな」
最後ニゲルテストゥードーはそう納得して「それならそのままで構わん」と二人に話しかける。
「ここまで来たということはお主らはマオウを倒そうと言うんじゃな?」
「残念ながら今のところそのつもりはないな」
ニルが表情を変えることなくそう言うと、ニゲルテストゥードーの視線が鋭くなり「ほお……」と意味あり気な声を洩らす。
「それならば何故こんなところまで来た?」
そう問われたニルは、まるで自分に言い聞かせるかのように答え始める。
「俺は世界を変えるためにマオウと話しあわないとならない。
少なくとも奴隷に、亜人に生まれたと言うだけで幸せになれないようなそんな世界は、俺は認めない。例えそうするために前のユウシャの意思に反したとしても」
ニルの言葉をニゲルテストゥードーは半分楽しそうに半分真面目に聞いてから、その見た目らしからぬ厭らしい笑みを浮かべて口を開く。
「すべての人がそれを受け入れられると思うてか? 今まで亜人を物のように見てくるように教え込まれてきた人の認識がそんな簡単に変わると思うてか? そもそも亜人自身が開放を望んでいると思うておるのか?」
畳み掛けるようなニゲルテストゥードーの言葉に怖じ気づきそうになっていたニルであったが、最後の言葉を聞いて自分の中から何かが込み上げてくるのが分かった。
「亜人たちは望んでいないわけじゃない。望めないんだ。自分が物として扱われることしか知らないんだ。だからちゃんと自分たちが幸せでいていいのだと教えないといけないし、そんな世界を作らないといけない」
「それに、今は亜人の数が減って亜人の存在を話でしか聞いたことない人も結構いるんです。そんな人ならば多少時間をかければ認識を変えるのも難しくないでしょう」
感情的にニルが話した直後、ルーリーノが冷静にそう付け加えた。それに対してニゲルテストゥードーは声を出して笑う。
「それはお主らが勝手に思っているだけの自己満足でしかないかもしれんぞ?」
片目だけ大きく見開き、手を口元にあて覗き込むように見上げるニゲルテストゥードーの言葉にニルはやはり言葉を失ってしまう。
しかし、ルーリーノはその言葉を鼻で笑うと自信たっぷりに口を開いた。
「いいじゃないですか自己満足だって。優しさも結局は自己満足なんですから。
私は寧ろ自己満足ではないかと問われ自分を顧みることの出来たニルを評価したいくらいですよ」
それを聞いてニゲルテストゥードーが声をあげて笑う。
「優しさ……のお。確かに今世のユウシャは優しすぎるくらいじゃろうな。じゃが、甘さとも言える。
それはただでさえ困難なお主が成そうとしていることをさらに困難にするじゃろう」
ニゲルテストゥードーはそこで一度言葉を区切り、ニルではなくルーリーノを見た。それから、ニルやルーリーノが何かを言う前に話を再開する。
「それでもお主は世界を変えると言うか?」
今度はニルを向いてのニルに向けた言葉。ニルが確認するかのようにルーリーノを見ると、ルーリーノは何も言うことなくただ頷いた。
「それでも、誰かが動かなければ世界は変わらない」
「ま、そう言うじゃろうな」
ニルの言葉を聞いたニゲルテストゥードーがさも当然のように言うので、ニルは拍子抜けしてしまい思わず気を抜く。
それからニゲルテストゥードーは遠くを見ながらゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、そろそろわしを殺してもらうとしようかの」
「何を言って……」
唐突の言葉にニルが理解できないようにそう食いつくが、ニゲルテストゥードーはニルの言っている事が可笑しいとでも言うように、気の抜けた声を出す。
「何せわしはユウシャの使いでこの遺跡を守ってるからの。わしを倒さないと中に入ることすらできぬよ」
「まあ、あくまで此処は……じゃがの」とニゲルテストゥードーが思い出したように付け加えたのまで聞いて漸くニルが声を出す。
「別に殺さなくったって何か方法が……」
「まあ、無いことも無いじゃろうが、言ってしまえばわしがお主に殺されたいわけじゃ」
その言葉がニルの中でリーベルと重なり、思わず目をそらす。そんなニルの様子を見た上でニゲルテストゥードーは続けるように口を開いた。
「わしらユウシャの使いは長すぎるほどに生きたしの。
しかも、役目を果たすまでは死ぬ事も出来ぬ。
それならば死ねる時に死にたいと思うて当然じゃろう?
それに、こんな会って数時間と経たん老いぼれを始末できんようでお主の望みがかなうと思うてか?」
ニゲルテストゥードーがそこまで言うと全身が真っ黒に染まる。次第にその黒が巨大化し形を変えていく。
最終的に現れたのは全身が黒く白いひげを生やした亀。
『この姿の方がお主も殺り易かろうて』
そう言った亀にニルは一度「本当にいいんだな?」と問いかける。それに対してニゲルテストゥードーは鼻で笑ってから『先ほどから何度も言っておろう』と返す。
「わかった」
そう言ってニルは直刀を引き抜きニゲルテストゥードーに近づく。その後は出来るだけ感情を出さないように、流れる様に刀を構え切り裂く。
そうして、ニルに殺される直前ニゲルテストゥードーは『そんな顔をするなら、お主はわしを殺すべきではなかったの』と呟いた。