黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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メリーディ

 メリーディは南の国における城下町というだけでなく、この大陸の西側に置いて最大の港町でもある。

 

 町の中心を大きな川が流れていて、ひとつ道を挟んでそれに沿うように白い壁に茶色の屋根、もしくは全体的に茶色い家が立ち並んでいる。

 

 川には何隻もの舟が並んでいて、それに乗りそのまま海へと出られるようになっている。

 

 もちろん海の方にも舟はあるが川のそれとは比べものにならないほど大きく、十数人から数十人は乗れるものが主。

 

 空には白っぽい鳥が群れをなし、舟が漁に出る日などは陸においても鳥に負けないほどに賑わうのだが、今日は生憎の曇り空。

 

 しかも今にも雨が降ってきそうなほどに黒っぽいとなるとどの舟も漁に出ることはなく今までの城下に比べるとだいぶひっそりとした印象を受ける。

 

「静かなところだな」

 

 故にニルがこのように勘違いするのも仕方がないとも言える。

 

「普段はそうではないはずなんですけどね。舟が出ないとあまり活気づかないんですよ」

 

 ルーリーノの言葉を聞いてニルは「そう言うものか」と町を見渡す。

 

 二人がいるのは町の門を入って少し歩いたところ。

 

 町のほとんどが海と川に面しているこの町は、他の町に比べると壁や門のある面積は狭い。

 

 そうすることによって亜獣が攻めてくる方向を一方向にして、町を守りやすくすると言われている。

 

「そう言えば、海にすむ生き物は亜獣化していないのか?」

 

 しているのだとしたら、この町ほど危ない町もないだろうと思いながらニルがルーリーノに尋ねると、ルーリーノは首を振った。

 

「今のところ確認されていませんね。そもそも亜獣が生まれた原因は人と亜人の戦争だと言われていますから、その舞台とならなかった海は何ともなかったのではないでしょうか」

 

 ルーリーノが流れるようにそう説明したところで、ぽつりぽつりと雨が降ってきた。

 

 二人は逃げるように雨宿りできる場所を探して、一軒の喫茶店の軒先に収まった。

 

「よく今まで持ってくれたってところでしょうか」

 

「そうだな」

 

 二人がそうしている間にも雨は強くなり、濡れた石がその色を濃くし始める。

 

「そんな所にいてはお店にも他のお客様にも迷惑なりますよ?」

 

 店先のテラス。木のテーブルに椅子、それに本来は日差しを防ぐためにあったであろうパラソル。

 

 そこから笑うような女の子の声が聞こえて、二人はすぐにそちらを見た。

 

 そこにいたのは、ルーリーノと同じくらいの年齢の、そしてルーリーノのように冒険者のような恰好をした緑色の目の女の子。

 

「よろしければ一緒にお茶でも飲みませんか? 雨の音を聞きながらというのも風流がございますよ」

 

 女の子はそのままそう続けたが、ニルはそんなことよりも目の前の女の子が自分の知っている人物に酷似していることに驚いていた。

 

「エル様どうしてここに?」

 

 ルーリーノもルーリーノで、一国の王女がまた普通に町中にいることに驚いてそう声を出す。

 

「ルーリーノさん、それから、おにい……いえ、ユウシャ様お久しぶりですね」

 

 エルはルーリーノの質問を一度保留して置いてそう言う。そうしてからルーリーノの質問に答えた。

 

「今回はお二人にお会いしたくてこうして待っていました。本来ならユウシャ様には会わせる顔もないのですが」

 

 そんな二人のやり取りを見て、何となく状況を理解したニルは他のどんな話よりもまず……と口を開く。

 

「もうルリノにはばれてるから無理にユウシャ何て呼ばなくていい」

 

 「まあ、縁を切られたわけだから兄と呼んで貰う筋合いもないが」とニルがそっけなく言ったあとで、エルはきょとんとした様子でルーリーノを見た。

 

 エルと視線の合ったルーリーノは何も話すことはなく、代わりに頷くとエルは改めてニルの方を見る。

 

「お兄様、お久しぶりです」

 

 ややぎこちない笑顔でエルはそう言うと、二人をテラスに促す。

 

 パラソルがあるとは言え本来ならば雨が吹き込んできそうなものだが、どういうわけかそう言うことはなく雨がパラソルを叩く音もだいぶ抑えられているようである。

 

 ルーリーノはパラソルの下に入った瞬間にこれがエルの魔法によるものだとすぐに気がついたが、ニルはそれに気がつくまでに少しだけ時間を要した。

 

「でも、どうしてばれてしまったのですか? お兄様がそう言う間違いをするとは思えないのですが……」

 

 前にルーリーノと出会ったときに自分が何か過ちを犯してしまったのではないかと――ばれたところであまり問題はないところではあるが――エルは少し不安げに尋ねる。

 

 それを聞いてニルとルーリーノは互いに顔を見合せて、困った顔をした。

 

「ペレグヌスがな……」

 

 ニルが溜息をつきながらそう言うと、エルもどこか納得したように「彼ですか……」と苦い顔を見せた。

 

 

「そう言えば、エルはどうしてそんな恰好しているんだ?」

 

 キピウム城にいる時には見たことのなかったエルの格好を見てニルはそう尋ねる。そもそもどうして目が緑色なのかすらニルには分かっていないが。

 

「そう言えばお兄様にこの格好を見せるのは初めてでしたね。お忍びで外に出る時にはこうやって変装するのです。目の色は魔法で変えました」

 

 エルはそう言うと、目に掛けてある魔法を一度解いて元々の綺麗な青い瞳をニルに見せた。

 

 その目の色を見てニルが何処か安心した表情を見せたところでエルは呪文を唱え目の色を緑色に見せかける。

 

 そんな二人のやり取りを見ながらルーリーノは改めて二人が兄妹であるのだと実感するのと同時にはたして自分がこの場にいていいのだろうかと言う気分になってしまう。

 

 しかし、エルがルーリーノとニルの二人に話があるのだとしたらこの場を離れるわけにはいかないと口を開いた。

 

「エル様はどう言った理由で私達を待っていたのですか?」

 

 ルーリーノのそんな問いかけにエルは少し困った顔を見せ、それからすぐに笑顔を見せると声を出す

 

「わたくしの事よりもお二人の今までの旅についてお聞きしてもよろしいですか?」

 

 少し焦ったように言うエルにニルは疑問を覚えたが、ルーリーノの顔を窺ったあとでゆっくりと話しだした。

 

 

 少しずつ雨が弱まっていく中、ニルとルーリーノは所々で入れ替わりながら、二人の出会いからウンダの町を出るまでの話をかいつまんでエルに話した。

 

 その時ニルは意図的にデーンスの町で起こった事を話すのは避けたが、エルはその事に特に何も言うことはなく終始楽しそうに話を聞いていた。

 

 それから話がすべて終わったところでエルがクスクスと笑い出す。

 

「どうかしたんですか?」

 

 何か変な事を言ってしまったのではないかと心配してルーリーノがそうエルに尋ねると、エルは「いえ」と笑いながら言って、楽しそうな表情のままにニルを見る。

 

「本当にお兄様がルーリーノさんのことを『ルリノ』と呼んでいるので少し可笑しくなってしまいまして」

 

 そう言われてもニルは特に反応することはなく、ルーリーノは色々な意味を込めて溜息をつく。

 

 そんな二人を尻目にエルは昔のことを思い出しているかのように、遠くを見つめると続けた。

 

「わたくしの『エル』という呼び方も初めはお兄様が言いだしたことでしたね。カエルレウス何て呼び難いと言って」

 

「そうなんですか?」

 

 その瞳にやや無邪気さを湛えているエルとは対照的にルーリーノは不思議そうに尋ねる。それに対してニルがさも当然と言った様子で口を開いた。

 

「実際呼びにくいだろう? カエルレウスって」

 

 言われてルーリーノは確かに……と納得しかけたが、エル自身はどう思っているのだろうとエルに視線を移す。

 

 その視線に気がついたエルは少し考えて話し出した。

 

「カエルレウスというのは両親から頂いた名前ですが、エルはお兄様から頂いた名前。わたくしとしてはどちらで呼ばれても構わないのです。むしろエルと呼ばれた方が嬉しいくらいですね」

 

 恥ずかしげもなくそう言ったエルがルーリーノにはどこか羨ましく感じて、話を変えようと口を開きかけた時近くに雷が落ち雨が激しさを取り戻し始めた。

 

「さて、そろそろどうして私達を待っていたのか教えてもらえますか? エル様」

 

 ルーリーノの言葉を受けてエルは諦めたように真剣な表情を見せた。

 

「そうですね。ユウシャとしての旅が終わるまでお兄様に会わないようにと思っていましたが、どうしても伝えておきたいことがありまして」

 

「お前が直接言いに来なければならないことなのか?」

 

 ユウシャとしての旅が……という段階で何を勝手にそんな事を決めたのだろうという気になって仕方がないニルであったが、話をそらさないためにそう尋ねる。

 

 エルはまっすぐニルを見ると「はい、お兄様」と頷いた。

 

「少し前のことですが、神の声が聞こえなくなりました」

 

 それを聞いたニルとルーリーノは驚いた表情を見せたが、エルは敢えて無視して話を続ける。

 

「その事はまだお兄様方以外には言っていませんが、もしかすると神はユウシャのことを快く思っていないのかも知れません」

 

「それってどういう事だ?」

 

 エルの言葉にニルが思わず身体を乗り出した。

 

 それをルーリーノが腕で制しニルがちゃんと椅子に座ったところでエルが答える。

 

「『お前たちのユウシャを監視するという役目はこれで終わりだ。今はしばし休むといい』というのがわたくしが最後に聞いた神の言葉です」

 

「監視……ですか」

 

 ニルが何か言うよりも先にルーリーノがそう呟く。

 

「もちろん、深い意味はないのかも知れませんが……嫌な予感がするのです」

 

 それからは暫く誰も口を開くことはなかったが、不意にルーリーノが声を出した。

 

「これでお話は終わりでしょうか?」

 

「あ、そうですね。お時間をお取りしました」

 

 急に声をかけられてエルははじめ驚いた声をあげたが、すぐに頭を下げる。

 

 それを見てルーリーノは立ち上がると口を開いた。

 

「それでは、私は今からギルドに向かわないといけませんので、しばらくの間席を外させてもらいますね」

 

 ルーリーノはそう言うと、反応を待つことなく「ミ・オードニ・デトゥーニ・プルヴォ」と呪文を唱えてから雨空の下ギルドまで歩きだした。

 

 ルーリーノが去って、雨音が途絶えない中しばしの沈黙があってエルが口を開く。

 

「気を遣わせてしまったみたいですね」

 

「そうだな」

 

 ニルがそう返したところで一度会話が途切れ、エルはどうもそわそわしている自分がいることに気がついた。それでも何か話さなくてはと声を出す。

 

「お兄様……今まで……」

 

「何もできなくてごめんなさいってところか?」

 

 途中でニルに台詞を奪われたエルだったが、言いたいことは大体言い表されていたので、エルは頷いて答える。

 

 エルが頷くのを見てニルは呆れたように溜息をついたので、エルは悪いことをしてしまったのかとハラハラしだす。

 

「俺はお前に礼を言うことはあっても、謝られることはないよ。この刀にもだいぶ助けられたしな」

 

 そう言ってニルは腰に差している直刀をエルに見せる。

 

 エルはニルの言葉に首をふってから、まっすぐにニルを見つめる。

 

「それはわたくしも同じです。お兄様には感謝してもしきれません。わたくしを巫女や王女ではなく一人の『エル』として見てくれたのはお兄様だけでしたから」

 

 エルはそこまで言うと、一度躊躇い、しかし続けた。

 

「ですから、このまま神の言う通りにマオウを討伐するのは止めてほしいのです。とても嫌な予感がしてならないのです」

 

 エルの静かながらも訴えてくる言葉を聞いて、ニルは先ほど話さなかった話をする決意をする。

 

 エルがニルを心配しているのはわかるが、どうしてもニルは壁を越えマオウに会わなければならない。そうニルが思っている理由をエルに分かってもらうために。

 

「悪いなエル。実はお前に貰ったこの直刀デーンスで一度血に染めたんだ」

 

 急ともとれるニルの発言にエルは少し驚いたが「そうでしたか」とだけ口にする。

 

「驚かないんだな」

 

「驚かないことはないですけれど、冒険者として旅に出たのですから可能性としては十分にあり得ることですから。

 

 わたくしは、その刀をお兄様がお兄様として使って頂けるのならその是非を問うことはしません」

 

 それよりも「デーンスで」という所にエルは意識が向いてしまう。

 

「デーンスで亜人奴隷を買って、その子に頼まれたんだ「ころしてください」ってな」

 

 話をするニルの顔は平生を装っていたが、妹たるエルにはその隠してある悲しみに気がつき、何も言えなくなってしまう。

 

「それで、思ったんだよ。人と亜人関係なしに平和に過ごしていける世界にならないかってな。幸い俺はそれができるかもしれない力と機会を与えられた」

 

 そこまで言ってニルは言葉を切る。それから、改めてエルの目をまっすぐ見つめてから続きを言う。

 

「エル……俺はできればマオウと話がしたいんだ。だから、俺はこの旅を止めるわけにはいかない」

 

「そう……ですか」

 

 ニルの決意にエルは呟くようにそう言うと、エルは無理に笑顔をつくった。

 

「お兄様がそう言うのであれば、わたくしは世界を変えて帰ってくるお兄様を無事に待っていなくてはなりませんね」

 

「ああ、頼む」

 

 エルの言葉にニルがそう返すと、エルが思わず「お兄様」と口を開いた。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、今日はありがとうございました。わたくしはそろそろ教会に戻らなければなりませんので」

 

 そう言ってエルは立ち上がると一度頭を下げ、ルーリーノと同じ呪文を唱えると雨の中へと姿を消した。

 

 残されたニルは雨に霞む町をしばらく眺めた後で、勝手にテラスを使っていたという後ろめたさもあり、一度喫茶店で飲み物を頼むと先ほどと同じテラスでルーリーノを待つことにした。


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