黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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川と休息

 ルーリーノが目を覚ました時まず目に映ったのは時折騒めく黒い葉っぱをつけた木の枝とその葉の間から差し込む木漏れ日。どこを見るでもなくボーっとしながら、葉っぱが黒いのは影になっているからかと納得したところでルーリーノは木々の騒めきの他に近くで水が流れる音がするのに気がついた。

 

 そもそも此処はどこなのだろうかと、身体を起こしたところでぽとりと額から何かが落ちた。ルーリーノが落ちたところに目をやると湿った布があって。

 

「ルリノ起きたか」

 

 そんな声が聞こえてきたので、もう一度ルーリーノは視線を動かす。それと同時に「私の名前はルーリーノです」というのも忘れない。そして、ニルはそれを軽く笑い飛ばす。

 

 ルーリーノがニルに目を移し終わったとき、ニルが自分の服を籠の代わりにしているのが見えた。

 

「それは何ですか?」

 

「ああ、これか」

 

 ニルはそう言ってルーリーノの隣まで来ると、服の籠からゴロゴロといくつもの丸っこいものを転がす。その色は赤であったり黄色であったり、ほぼ黒に近い藍色であったり。

 

「川も近いし魚とかとってこれればよかったんだがな。今まで魚釣りなんてやったことはないし、連れたところで処理の仕方なんて分からないしな」

 

 それが仮にも冒険者の言葉かとルーリーノは手を口に当ててスクスクと笑う。その姿はさながら何処かの御姫様のような感じではあったが、笑っている理由も理由なのでニルは無視して続ける。

 

「だから、適当に木の実を取ってきたわけだ。これにしたってどれを食べられるのかわからないから、量よりも種類を優先したけどな」

 

 笑われるのを承知でニルが言う。どの道ルーリーノが見たらどれが食べられて食べらないかわかるわけで、ここで下手に隠しても無意味だからという理由もあるが。

 

 しかし、ニルの想像とは違いルーリーノは笑うことはせずに、代わりにどれが食べられてどれが食べられないかを説明しだす。

 

 

 

「……で、この実は生育場所によって毒の有無が違いますから……どうしました?」

 

 黒っぽい木の実を口に放り投げ、わずかに酸っぱさを感じながら、ルーリーノが首をかしげる。

 

「いや、木の身に関しては笑わなかったな……と」

 

「笑ってほしかったんですか?」

 

 ルーリーノが楽しそうにいうのでニルは「そんなわけあるか」と返す。それから、ニルは内心ルーリーノがいつもの調子に戻ったことに対してホッとしていた。

 

「確かにこう言った知識がないことは冒険者としては致命的ですが……」

 

 何にも包むことなく言われた言葉にニルは「うぐっ」とうめくことしかできない。

 

「でも、限りある食料を無駄にしないように現地調達しようというのは大事ですし、何よりこのような知識がなかったから、わざわざ人を雇おうとすらしていたのではないですか?」

 

 あながち間違いではないルーリーノの言葉にニルは「そうだな」と答える。

 

 しかし、ルーリーノはそれだけではないなという予感もしていた。ニルほど力があればわざわざ戦闘力が高い人を選ばずとも自衛さえ出来れば後は何とでもなったはずではないか、と。

 

 

 

 木の実の説明をしながら、そんなに多くはないそれらを二人で食べた後、ルーリーノは改めてあたりを見渡す。

 

 後方は森の中かと思うほど木が生えているが、そんなに暗いわけではない。目の前にはいくらか空間があってその先からまた木が生えているといった具合。木が生えていない所は窪んでおりそれが左右に長く続いている。おそらく川が流れているのだろう。日は高く上ってしまっているが、涼しい位なのは近くに川があり、木の陰に居るからだろう。

 

 ルーリーノが記憶している限り、ポルターとトリオーの間にこのような場所はないのだが、そもそも町と町を結ぶ街道でそこまで道を逸れたことがないので知らなくても当然なような気もしていた。

 

「そう言えば、どうしてここまで運んでくれたんですか?」

 

 どこかはわからないが、少なくとも自分が倒れたところから大分離れているであろうと思いルーリーノは尋ねる。

 

「確か治療とかに使うのは主に水の精霊だろ? だったら水辺がいいと思ったからだな」

 

 「ルリノは魔導師だしな」と最後にニルが付け加えたが、ルーリーノは突っ込むことはせずに代わりにため息をひとつついた。

 

「そんなことまで知ってたんですね」

 

「知りあいは心配性だったからな」

 

 何気なくニルは言うが、ルーリーノにしてみれば助かったことに変わりはない。眠っているときには対して意味はないがこうやって起きた後、治療をする分には大いに意味をなす。

 

 ルーリーノはニルにお礼を言うと、左手を右の肩辺りに当てる。

 

「ミ・デヅィリ・マルファータ・クラーツォ」

 

 ルーリーノが呪文を唱えると、左手で抑えていた辺りが淡く光る。その光に照らされるルーリーノの顔がいつもに増して白く整って見えるのでニルは思わず目をそらした。

 

 時間にして一分もかからずに光は消え、ルーリーノは右手を上げたり回したりして動きを確かめる。

 

「治ったみたいだな」

 

「お陰さまで元通りです。破れたマントなんかは戻りませんけどね」

 

 顔を隠すという意味で、こう言った格好をしているのに、破れたままというのは逆に目立ってしまうのではないかと、ルーリーノは気にして言う。

 

「そういえば、もう魔法使ってよかったのか?」

 

 だいぶルーリーノが元気なったことで、安心し色々と気になり始めたニルが尋ねる。

 

「まだ、少し身体はだるいですが、この程度の魔法を使うくらいなら大丈夫です」

 

「そっか」

 

 ニルはそう言って立ち上がり歩き出す。それから少しだけ進んでまた座る。ルーリーノはその行動の意味が分からず後を追う。

 

「どうしたんですか?」

 

 ルーリーノはニルの隣に座るとニルの横顔を見ながら尋ねる。ニルの視線はただ一点を見つめている。

 

「川ってみるの初めてだからさ。何で水が流れてるのかなと」

 

「それは川だからですよ」

 

 ニルの見つめていた先をルーリーノも見つめて、真面目に答える。川は太陽の光を反射させキラキラと光っている。水が流れているので、その一瞬たりとも同じ光り方はしていない。

 

「川だからか」

 

 ニルの言葉にルーリーノは改めて「はい、川だからです」と返す。

 

 時折魚が跳ね、吹き抜ける風が心地よい中しばらく二人は無言で座っていた。


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