黒髪ユウシャと青目の少女   作:姫崎しう

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授業の始まり

 入ってきた少年を見てペレグヌスは呆れたというよりも面倒くさそうな顔をする。

 

「嫌だよ、そんな何の得にもならなさそうなこと。俺の他にも魔導師ならいるだろ」

 

 すっかり座り方を崩してしまったペレグヌスの言葉に少年は尚も食ってかかる。

 

「ペレグヌスが一番強いんだからペレグヌスに教えてもらった方が良いに決まってるだろ? 教えてくれなかったら明日もまた来るからな」

 

 少年の謎の脅しにペレグヌスは嫌な顔を隠すことすらしなかったが、ちらりといつもと違う状況が目の端に映りにやりと笑う。

 

 ルーリーノとニルは突然の少年の襲来に呆然と二人の様子を見ているだけだったが、ルーリーノは急にペレグヌスが笑ったのを見て、嫌な予感を覚える。直後その予感が正しかったのだと悟った。

 

「なあルリルリ、こいつウィリって言うんだが三日くらい魔法を教えてやってくれないか」

 

 その言葉にルーリーノが反応するよりも先にウィリと呼ばれた少年が驚いた声を上げる。

 

「俺と年もそんなに変わらない女に襲わるなんて嫌だよ」

 

「だそうですよ」

 

 ウィリの言葉にルーリーノは何も思わないわけではないが、乗っかっておけばこの面倒な状況を抜け出せるかと思い本心を隠しペレグヌスに言う。

 

 しかし、ペレグヌスはそれに怯むことなく、むしろこの展開を予想していたのかというぐらいスムーズに言葉を返す。

 

「そいつ碧眼のルーリーノだぞ?」

 

「この女が?」

 

 ウィリが今一度驚いた声をあげ訝しげにルーリーノを見た。身長はウィリと同じくらいだが、顔は整っていて何より綺麗な青い瞳をしている。

 

 青い目をしているというだけで緑色の目のウィリとはその実力は天と地程の差がありウィリが魔法を教わるには十分である。

 

 しかも碧眼のルーリーノと言えば、ウィリと同じ世代で冒険者として名前が知れ渡っている。

 

 言わばウィリの尊敬するような人物であるが、それでも自分と同世代のしかも女に教わるのは彼のプライドが拒もうとする。

 

 それに、直前に嫌だと言ってしまった手前、前言を撤回して頭を下げるのはもっとプライドが許さない。

 

「ど、どうしても教えたいってんなら、教わらないこともないかな」

 

 結果こう言う上から目線の態度になってしまう。

 

「別に私は教えたいなんてことはないですから……」

 

 そんなウィリの子供っぽい対応にルーリーノもあまり良い気持ちには成れず、少し機嫌を損ねてそう言いかけた所で考えなおす。

 

「そうですね、報酬次第と言ったところでしょうか」

 

 それを聞いてニルが少し呆れた表情を作るが、確かに三日も拘束されるのであればそれなりに何かないとルーリーノは動かないなと納得して特別何か言うことはしない。

 

「それに関してはさっき色々教えてやったろ」

 

 ペレグヌスがそう言って鼻で笑う。

 

 それを言われたら流石のルーリーノも返す言葉はないのではないかとニルは思ったのだが、ルーリーノは表情を変えることなく口を開いた。

 

「こちらだって遺跡の秘密について教えてあげたと思いますが」

 

 「それに、私を雇うのにあの程度の報酬で足りるとでも思っているんですか?」と、ルーリーノが楽しそうに言うと、ペレグヌスが唸る。

 

 そのやり取りを見ながらニルは何ともルーリーノらしいと心の中で笑う。

 

「じゃあ、どうしてほしいんだ」

 

 結局ペレグヌスがそう折れたことで話が進む。

 

「それじゃあ、メリーディに舟を用意してくれませんか? ペレグヌスなら難しいことじゃないですよね」

 

 それを聞いたペレグヌスはウィリの相手をする事とメリーディに船を用意する事のどちらが面倒か天秤に掛けた後「わかった」と頷く。

 

「と、言うことになりましたがニル、良かったですか?」

 

 ペレグヌスの了承を確認した後でルーリーノが事後承諾よろしくそうニルに尋ねる。

 

 考えてみればルーリーノから足を止める提案をしてくるのは珍しいなと思いつつニルはルーリーノの問に頷いた。

 

「ありがとうございます。もしかすると、メリーディで舟が手に入らない可能性を考えると、ここに三日留まった方がいいかなと思いまして」

 

 ルーリーノの言葉を聞いてニルは納得する。

 

 舟なんて簡単に買えるものであるのかも分からないし、危険な場所に行くのにわざわざ舟を貸してくれる人もいないかもしれない。

 

 そうなると多少時間がかかっても確実に舟を手に入れておいた方がいい。

 

「まあ、俺もユウシャの力をうまく使えるように多少研究しないといけないと思ってたからな」

 

 ニルはそこまで言ったのちに、ウィリに聞かれないように注意しながらルーリーノに耳打ちをする。

 

「でも、三日の子守で舟ってのはどうなんだ?」

 

 ペレグヌスはあっさり了解したが、明らかにルーリーノの方が得をしているのではないかと思いニルがそう尋ねると、ルーリーノは「まあ、確かに言葉通りの意味なら貰いすぎかもしれませんが……」と考えるように視線を遠くにやりながら答える。

 

「私が真面目にお金を稼ごうと思ったら恐らく一日で舟を買えるくらいには稼げます。

 

 その私の時間を使わせようというのだから見方によってはペレグヌスの方が得をしているようにも見えます。

 

 それに、この依頼は私にしか受けられないでしょうから、そうなるとそれだけ報酬は大きくなるものなんですよ」

 

 ニルはそんなルーリーノの言葉を聞きながら、納得がいくような行かないような心地にで頷く。

 

 ルーリーノは首をかしげているようにも見えるニルのことを放っておいてくるりとウィリの方を向く。

 

「それでは、今日から三日間よろしくお願いしますね。ウィリ君」

 

 急にそうい言われたウィリは驚いた表情を見せ、目の前で好き勝手行われていたやり取りにやや不快感を覚えながらも、結果漸く青目の魔導師に魔法を教えてもらえるという期待を胸に「あ、ああ……」と少しふてくされたような声を出した。

 

 ルーリーノは不満げにもとりあえず肯定を示したウィリを見てすぐにペレグヌスの方を向く。

 

「それじゃあ、私はこれで失礼しますね」

 

 その後でルーリーノはもう一度ウィリの方を向くと声をかける。

 

「それじゃあ、私は町の出入り口にいますから準備ができたらすぐに来てくださいね」

 

「じゅ、準備って何だよ?」

 

 急にそんなことを言われたウィリは驚いたように何とかそれだけ言葉にする。ルーリーノは少し迷ったように「うーん」と唸ると、何かを思いついたように口を開く。

 

「流石に街中で魔法を教えることは出来ないので外でやろうと思うのですが、それにあたってウィリ君が必要だと思うものを持ってきてください」

 

 それだけ笑顔で言うと、ルーリーノはペレグヌスの執務室を後にした。残されたウィリは初めポカンと口をあけるとすぐに我に返って「ちょっと待てよ」と言って慌ててルーリーノに続く。

 

「なあ、ユウシャ君。あれをどう思う」

 

 一連の流れを眺め終わった後でペレグヌスがニルに声をかける。ニルは二人が出て行ったドアを見ながら少し気の毒そうな顔で返した。

 

「ウィリが気の毒で仕方がない」

 

「だよな。まさかウィリ坊も授業始める前から評価されるとは思ってないだろうからな」

 

 それから、しばし無言の時間が流れた後ニルが「それじゃ、俺もこの辺で」と部屋を後にしようとドアノブに手をかける。

 

「ルリルリにあったら明後日までは今日泊めた部屋好きに使って良いって言っておいてくれ」

 

 思い出したようにペレグヌスがニルの背中にそう言うとニルはペレグヌスの方を見ることなく「わかった」と言ってドアを開けた。

 

 

 

 

 ペレグヌスの邸を出た後ルーリーノはケープのフードを目深に被って、まっすぐ町の出入り口へと向かった。

 

 邸を出てすぐの景色は夜の時とは違い、この町がいったいどうなっているのかというのが一目で分かるほど見晴らしがよく、ふいてくる風は少し強いような感じもする。

 

 町の奥の方にペレグヌス邸はあるので、近い所に石造りの建物が見え地面も石畳になっている。

 

 それがある所から急に木造の建物に土と言った装いに替わる。

 

 ルーリーノ自身この町には何度か来ていたが、こうやって意識して町を見回したことがなかったのでその景色に少し感動を覚えてしまった。

 

 

 

 ルーリーノが目的地に着いてしばらくしてからウィリが姿を現した。

 

 ペレグヌスの屋敷に押し掛けてきた時と同じ軽装に右手にはウィリの身長の半分ほどの杖を持っている。

 

「持ってきたのは杖だけですか?」

 

 ウィリの姿を見たルーリーノは最初にそう尋ねる。ウィリは少し反抗的な態度で「そうだよ、文句あるか?」と返す。

 

 それに対してルーリーノは「まあ、いいでしょう」というと、町の門から外に出た。

 

 ウィリもそれに続いて外に出たが、大人のいない状況で外に出ること自体初めてだったので、周りをキョロキョロ見渡して何処か落ち着かない様子を見せる。

 

「さて、早速ですがウィリ君はどうして魔法を教わりたいんですか?」

 

 ルーリーノはそんな落ち着かないウィリにいきなりそんな質問を投げかける。

 

 ウィリはハッとしてルーリーノの方を見ると、すぐに答えた。

 

「魔法をマスターして、兵士か冒険者かになって活躍できたらかっこいいだろ」

 

 胸を張ってそう言うウィリを少し残念そうな目でルーリーノは見ると「そうですか」とそっけなく返す。

 

 自分の夢をそんな簡単に返されてしまったウィリは、たった今まで頭の中で思い描いていたかっこいい自分を一度消して少し不機嫌になる。

 

 しかし、ルーリーノはウィリの感情の動きなどまるで気にせずに声を出す。

 

「とりあえず、今のままだと冒険者は諦めた方がよさそうですね」

 

「それってどういう事だよ」

 

 ルーリーノの歯に衣着せぬ物言いに我慢しきれなくなったウィリが怒鳴るように言うが、相変わらずルーリーノは冷静なままウィリの問に答える。

 

「ここは町の外です。最近でこそ数は減ってきましたが亜獣と遭遇する可能性は大いにあります。

 

 それなのにウィリ君が持ってきたのは杖だけなんですよね?」

 

 ルーリーノが言いたいことが分かったウィリは何とか言い返したかったが、返す言葉も見つからず、結局頷くしかできなかった。

 

「冒険者になって一番大事なことは活躍することではなく生き残ることです。それが分からない限り冒険者は諦めた方がいいと思いますよ」

 

 「それでもなりたいというのならこれからは気をつけるんですね」とルーリーノがフォローするようなことを付け加えたので、流石に何か言い返そうと思っていたウィリの言葉の行方が無くなってしまった。


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