「で、そいつらが例の怪しい奴らってわけか」
ニルとルーリーノが連れていかれた先、この町において一番大きな建物の隣の二回りほど小さな建物、その一室、執務室のような場所。
ニル達の前に兵士長と思われる人物、ニル達の後ろには連れてきた兵士たちが姿勢正しく並んでいた。
やや呆れた顔で椅子に座り、机の向こうからニル達を見ている壮齢の筋骨隆々な男。
「そうであります」
ニル達の時とはまるで態度の違う兵士長が敬礼をしながら言うと、男はにやにやと笑い出す。
「よかったな、五体満足で」
男の言葉に兵士長がよく分からないと言った顔をする。
それでも、男がにやにやと厭らしい笑いを浮かべるので痺れを切らした兵士長が口を開いた。
「ペレグヌス様、それはどう言うことでしょうか?」
それを聞いたニルがペレグヌスが反応するよりも先に驚いた表情を見せる。
魔導師と聞いていたので、もっと華奢な男を想像していた所での、ニル以上に筋肉の盛り上がった人物だと心構えなしに言われたようなものなのでそれも仕方がないだろうが。
ニルの中で驚きが渦巻いている間にペレグヌスは口を開いた。
「今日、俺の知り合いの碧眼のルーリーノが来るかもしれんと言ったろ?」
「は、はぁ?」
兵士長は未だ状況が分からずといった具合に間の抜けた声を上げる。
それを見てペレグヌスは今のこの楽しい状況に笑いを隠すことが出来ない。
「今お前たちが連れてきた二人組。そのちっこい方が碧眼のルーリーノだ」
「……へ、碧眼の……?」
兵士長が聞かされたことを事実として受け止めることができずに言葉を上手く話せない中ペレグヌスは続ける。
「もしかすると「先に武器を向けてきたのはそちらですから、恨まないでくださいね」と、運がよくて半殺しくらいにされてたんじゃないか?」
そう言ってペレグヌスは豪快に笑う。ルーリーノは初めは我慢しながら会話を聞いていたが、声色を変えてまで自分の真似をされたことに我慢することができなくなり声を出した。
「気持ちが悪いので私の真似をしないでください。それと、人を危険物みたいに言わないでください。それから、小さくて悪かったですね」
ルーリーノがそこまで一気に言い終わったところで、ペレグヌスはどこか物足りなさを感じすぐにその原因が分かるとすぐさま口を開いた。
「元気みたいだな、ルリルリ」
「私の名前はルーリーノです。そうやって勝手に名前を変えないでください」
ルーリーノがそうやって怒るところを見てペレグヌスは満足したような顔をした。
対してルーリーノは興奮のあまり軽くではあるが肩で息をしている。
そのやり取りを放心状態で兵士長含め、兵士たちは聞いていたが、頭の中で二人の関係を理解したところで身の危険を覚え始めた。
この町のトップとも言えるペレグヌスの知り合いで、そうでなくとも有名な冒険者、碧眼のルーリーノにとった彼らの態度は決して良かったとは言えず、下手をすれば文字通り首が飛んでもおかしくなかった。
「とりあえず、お前たちは下がってくれ」
ペレグヌスの言葉に兵士たちの中に安堵と疑問が浮かんで来る。それは兵士長も例外でなかったので口を開いた。
「このまま下がってもよろしいのでしょうか?」
「別に構わんよな? ルリルリ」
「実際私達も怪しかったですからね。別にどうしようなんて事は思いませんが、その呼び方はどうにかなりませんか?」
「ならんな」とペレグヌスが大笑いをするのを聞きながら兵士たちは今度ことしっかりと安堵し一度敬礼をすると部屋から出て行った。
「改めて、元気そうだなルリルリ」
「ちゃんとした名前で呼んでくれたらもっと元気になります」
ルーリーノが不貞腐れるようにそう言うと、その不機嫌さに反してペレグヌスの機嫌がよくなる。
「それと、初めましてだ。ユウシャ君」
「あんたは疑わないんだな」
ニルは一応敬語で話すか考えたが、ルーリーノの様子を見る限りそんな必要ないだろうと思いいつものようにそう返す。
ペレグヌスは特に驚いた様子もなく軽く笑いながら答えた。
「あの碧眼のルーリーノと一緒に旅をしているのが普通の人なわけあるまい。それに、そんなの持ってるのユウシャ位だろうよ」
ペレグヌスはニルの腰の直刀を示しながらそう言うと、続ける。
「それにしても、全然似てないんだな。やっぱりユウシャの血が色濃く出ているからか?」
「似ていないってどういうことですか?」
まじまじとニルを見ながらそう言うペレグヌスの言葉に、いち早く反応したのはルーリーノでペレグヌスがその事に少し驚いた顔をする。
「もしかして、ルリルリお前気付いていないのか?」
名前をちゃんと呼んで貰えないことはとても気になる所ではあるが、ルーリーノはそれ以上にペレグヌスが目を丸くして驚いていることに関心がいってしまったので、名前の件は一度置いておいて口を開く。
「気づいていないって何にでしょう?」
ルーリーノの質問の直後、ペレグヌスは何かを尋ねるようにニルの方を向き、ニルは今のルーリーノになら大丈夫だろうと、好きにすればいいという視線を向ける。
「よし。ルリルリはユウシャ君の刀を作ったのは誰だかわかるか?」
ルーリーノはニルと出会ったときのことを思い出しながら、ペレグヌスの質問に答える。
「確かニルの知り合いの魔導師ですよね。私は青目の魔導師だと思っているんですけど」
ルーリーノの話を聞きながらペレグヌスが頷く。それから質問を重ねた。
「正直、こんなごつい加護をかけることができるのは俺は一人しか知らんが誰が分かるか?」
その問いにルーリーノは首を振る。
「青目で私がまともに魔法を見たことがあるのはペレグヌスくらいですから」
「そしたら、ユウシャが作ったとされる国なら分かるだろ?」
急に問いが簡単になったルーリーノは少なからず疑問を覚えながら、とは言っても簡単な質問であることには変わりないのですぐ答える。
「さすがにそれ位分かります。キピウムですよね」
むしろ分からない人なんているんですかと言わんばかりにルーリーノが言うのを聞いて、ペレグヌスがもう一度頷く。
「じゃあ、今お前が一緒に旅しているのは誰だ?」
流石にそろそろ気がつくだろうとペレグヌスが思い始めたところで、ルーリーノが「えっ」と短い驚きの声をあげて口を押さえた。
それからルーリーノはもう一度考えをまとめて見てからもう一度驚きの声を上げる。
しかし、二度目は一度目とは違い、事実に対する驚きというよりも今まで気がつかなかった自分に対する驚き。
そうして、ルーリーノは恐る恐る口を開く。
「もしかして、ニルの知り合いってエルなんですか?」
「知り合いって言うか、妹だな」
驚くルーリーノにニルが話し難そうにそう言う。
ルーリーノはそのニルの言葉に今一度驚き思わず「どうして今まで教えてくれなかったんですか」と問おうとして、何とか自分の中に押しとどめた。
「俺としては別に教えても良かったと言えばよかったんだが、ユウシャとして旅に出た日に国王から「お前はもうキピウム王家の人ではない」と言われててな」
意図せずルーリーノは疑問が解消されたので色々と思いだすだけの余裕が生まれた。
考えてみればニルが大金を持っているのもそれが理由であろうし、今思うとエルだってずっと一緒にいたかのようにニルのことが分かっているようだった。
こうして見ると本当にどうして今まで気がつかなかったのだろうかとルーリーノは思ってしまう。
「何はともあれ、二人ともよく来た。今日はもう夜になるから休むといい部屋は……一部屋でいいよな?」
「二部屋にしてください」
ペレグヌスが冗談交じりに言った言葉にルーリーノは冷たい視線を送りながら返す。
ペレグヌスは軽く手を振りながら「わかったわかった」と返すと続けた。
「ルリルリは前の部屋分かるだろ? そこに行っといてくれ。ユウシャ君の部屋はその隣にしたいんだが、まだ少し片付けが終わっていなくてなそれが終わるまでここにいてくれや」
「私の名前はルーリーノです。後、いつかみたいに覗こうとしたら今度こそ此の御邸燃やしますからね」
ルーリーノが最後笑顔でそう言ったのちに「では御先に失礼します」とニルに言って部屋を出て行く。
ドアが閉まり足音が遠ざかってからニルは口を開いた。
「それで、俺に何の用事なんだ?」
「ほう、気づいてたのか」
ペレグヌスが特に驚いた様子もなくそう言ったのでニルが答える。
「今日俺たちが来るのが分かっていたんだろ? それなのに一つだけ部屋を片付けられていないって変だと思ってな」
「たぶんルリノも気が付いてるだろ」そう言ってニルがペレグヌスを見ると、ペレグヌスは「そんな感じだな」と豪快に笑った。
「それで、俺にどんな用事なんだ?」
改めてニルが問うと、ペレグヌスは首を振る。
「まあ、用事ってほどでもねえんだがな。俺がルーリーノの真似をして兵士共に言った言葉、あれは冗談じゃなくて昔のあいつなら実際に言っただろうしやっただろう言葉だ」
ペレグヌスがそこで一度息を吸うために言葉を切ったが、ニルは口を挟むことはせずひとまず話を聞いてしまうことにした。
「あいつもだいぶ丸くなった。おそらくユウシャ君のおかげだろう?」
ペレグヌスがそう尋ねてきたところで、ニルは首を振る。
「ルリノなら遅かれ早かれ今みたいになってだろ、むしろ俺の方がいろいろと教えられてるよ」
「他に何かあるか?」というニルの問にペレグヌスが首を振ったのを確認してから、ニルは部屋を後にした。